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Proving On
chronicle.41
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影村がUSオープンジュニアに選抜されなかったという情報を最も早く耳にしたであろう新貝と吉岡は落胆し、酒場で酒を飲みながら愚痴をこぼしつつ影村について話し合っていた。
「吉岡さん...私としたことが...申し訳ない...抗議文書も作ったが、理事会に止められた。」
「...笹原の野郎。もっと早い段階でこれを準備していたのか。ってことは理事会もか...。」
「おそらくですが、水谷との試合中にもう動いていたんでしょう。」
「あの狸親父が理事長になった途端にこれだ。やっぱ俺が言った通りになったろ。」
「えぇ、最早連盟協会は共同企業体の息が掛かった人間達が上層部を占めている。」
「そうだな...焼き鳥うめ...。」
「笹原。ファイヴパーソンプロジェクト初期からいる企業側のプロジェクトリーダー...できる男だとは思ったが、影村の試合中に見せたあの取乱しようから動くまでがとても速かった。」
「あぁ、変に迅速な対応だと思った。テレビ中継のキャンセルなんて決勝戦当日にできるもんじゃない。それにテレビメディアの車両をあたかも当日引き返したように見せたのも、俺達の対応をまごつかせるための仕込み。本命は役員会で自分が決めた選抜メンバーを正式に通すための時間稼ぎ。あいつが動くときは大体保険を掛けるもんだ。テレビはあらかじめ放送する番組を入れ替えられるように仕組んで動いていたんだろうな。」
「しかし、インターネット動画サイト...そして小規模とはいえ、老舗中の老舗であるスポーツ雑誌に助けられるとは...きっと笹原もその誤算に頭を抱えたでしょうね。」
吉岡はビールを一気に飲み干した。新貝は自分のペースで飲んでいた。彼は悩んでいた。影村という何億カラットものダイアモンドをみすみす手放したくはなかった。
「吉岡さん。影村君は...」
「影村君はこのまま圧倒的な強さで勝ち続けるだけだ。俺達が彼をしっかり留め置かないと...幸い、彼の技術は東越大のメンバー達が保っている。これだけが救いだな。共同企業体と笹原が問題だ。」
「トータルは最悪だ...いっそのこともう彼を海外の...」
「あぁ、あいつはこの国から離れていた期間が長い。それでいて、この国ではなく海を渡ったスイスで本当の友といえる存在に出会ってる。恐らく活動の場が変わっても何も感じねぇだろうよ。だが今は駄目だ。実績を積ませるんだ。表には出なかったとしても、大会のレコードは変わる事はない。変えた途端このスポーツをやっている全ての人々が...全国にいる学生達が...連盟協会の敵に回る事になる。」
「...はぁ。これじゃあ、影村君が不憫だ。」
2人は頭を抱えた。その姿をこっそり写真にとられて、SNSにで拡散された姿を見た者達が彼らへ同情したという。
同刻、石原市内のレストラン
田覚と重森はデートの最後に食事をとっていた。2人はワインを飲みながら話し合う。
「やっぱり浮かない顔をしているな浩正。」
「わかるか亜樹...はぁ、今回の件。」
「見ればわかる。浩正は影村の近くにいるんだから。」
「影村はおそらく次も、その次も大会で実績を積んでいくだろう。」
「あぁ、そうね。浩正、新貝さんと吉岡さんと何か話したの?」
「あいつを早い段階で海外に行かせる案があった。しかし、今あいつを海外へ行かせるには早すぎるんだ。受け入れ先がない。それは影村に実績が無いからだ。せめてインターハイ王者ぐらいにはなってもらわないと...。」
「そうか...苦労してるんだな。」
「すまない。」
「いいんだ。浩正の悩む顔が晴れるのを待っている。」
「ところでそっちの女テニは?」
「昨日影村が見に来て、一目で弱点をズバッと言い当てられたわ。」
「...あいつそういうところ遠慮がないからなぁ。」
「うちのメンバー、影村の指摘を聞いて反発するどころか、すんなり認めちゃったのよ。」
重森はワインを一口含んだ。田覚は皿の上に盛り付けられたメインディッシュを見ながら学生達の心情に帰り、何気なしに言った。
「まぁ、あいつ、女テニを完膚なきまでにボコッてるしな...俺にも容赦しなかったしなぁ、ブヒィーブヒィーってボール追ってたら試合終わってたわ。」
「ブッ...ゲッホゲッホ...。」
「おいおい、大丈夫か?」
「浩正...冗談抜きで話は本当だったのね。」
「そうだ。あ、はい、そうです。やられました。やられましたよ。もうドストレートでやられました。第一ね。サーブ速えぇ上に、あのフォーム何処打ってくるかわからねぇわ、技術の引き出し多すぎるわ。ストロークテンポえげつないわで観客の同情の目が痛かったわ。」
「まぁ...フフフ...。」
「俺の尊厳がぁ...。」
「いいのよ。昔から変わらない浩正で。」
2人の会話は弾んだ。田覚は影村のフォローをどうするか考えあぐねていた。重森の助言を聞いて最終的に至った結論。それはいつも通り、何も無かったかのように接するというものだった。もはやそれしか手段がない。感情をあまり表に出さない影村への対応はこれが最適解だった。
竹下は佐藤と市原市内の街を歩く。1人暮らしの竹下はコンビニ弁当などを食べていたが、佐藤がそれに危機感を覚えて現在は待機的に料理を作りに行っている状態だった。ショッピングセンターの帰り道を歩く2人。終始無言だが、2人共それでよかった。ただ手を繋いで歩く。それだけの事に佐藤は至福の時を感じていた。
「...ねぇ、隆二。」
「フフ、何だい?理恵華。」
「影村君、ショック受けてるかな?」
「...多分受けていないと思うよ。」
「...え?」
佐藤は竹下の発言にい驚く。競技で勝つ事を目的としている学生テニスプレーヤーは総じてプライドが高い。この世界では、USオープンジュニアに出られる事が学生達にとってこれ以上に名誉なものはなく、プロテニスプレーヤーへの階段を登れる大いなる道筋だった。
「そ、そんなことないでしょう!?USオープンジュニア選抜の結果よ!?」
「いや、影村は凡そ俺達日本の学生テニスプレーヤー達とは感覚が違う。」
「......どういうこと?」
「フフ、俺達がインターハイを賭けて練習や、合宿、そして部活動に必要なコーチ代を稼ぐために奔走していただろう?普通は自分も出場したがるはずさ。」
「....お金。」
「フフ、気が付いたね。影村は名誉だけでは飯を食えないことを知っている。俺達学生らがインターハイで頂点に行こうと、全国選抜でUSオープンジュニアへの出場権を争う為に戦いっていようと...あいつはそれを平気で無視して賞金の高い大会に出場する。そういう男なんだ。それに、あの時影村がいなかったら、俺はラケットを振れなくなっていたかもしれない。」
「.....。」
「フフ、俺もリトルリーグのような大会ではなく、もっと早く大人達の出る試合に出ていた方が実力は上がったのかもね。(それだけじゃない...ウィングシューターズ...圧倒的スパルタ指導の下で練習を積み重ね、世界に名だたるプロ選手達のヒッティングパートナーまで務める超ド級実力派選手の集団。その頂点に君臨する5人にだけ許されたトッププロ選手及びそのチームとの同行。そして個々に賞金トーナメントの出場が許されている...俺達はとんでもない怪物と巡り合わされたのかもしれない。)」
海の水平線上に日没最後の線が浮かぶ手前、工業地帯の煙突が影となり黒い造形を作り始める光景を背に、竹下と佐藤はまた無言のまま街の中を歩きだした。影村は学校帰りに参加した賞金付きのナイトーナメントを終えて自宅へと帰る。自宅では彼が帰宅の連絡をしたため、母の日和が食事を用意していた。
「......帰った。」
「あら、お帰り。義孝。」
「...何も言わないのか?」
「フフフ...言う訳ないでしょう。あなた、頑張ってるんだから。」
「...すまない、母さん。」
影村の活躍はインターネット記事になり、大会の翌朝、両親はその記事を見て驚いたという。しかし、影村がUSオープンに選抜されなかったという炎上記事を見た途端、スイスで生き生きとしていた影村本人の姿が記憶へ強烈に残っていることもあり、日本の水になじめるか、そしてまたP.T.S.Dが再発しないか心配しているのが現状だった。
「USオープンジュニアの件、残念だったわね。」
「あぁ...。」
「ショック...は、受けてないみたいね。」
「名誉じゃ飯は食えない。それに、あいつらとの約束があるしな。国内で実績を積んで外に出る。それだけだ。」
「...そう。お父さん。あなたの事心配してたわ。優勝者を選抜しないのはこれ如何にって、とても不満そうな顔だったわ。」
「...シャワー浴びてくる。」
影村は自室に荷物を置いた。あまり多くの者は置きたくないという彼の主義もあり、部屋の中はすっきりとしてシンプルでミニマルだった。それは彼がいずれ外へと転戦していくため、残す物はない方がよいとの考えの下に実行されていた。
翌日、海生代高等学校
「あ、影村ッチきた!」
「おーい!」
高峰と山瀬が影村へと手を振る。影村は久しぶりに山瀬の顔を見たため、まるで久しぶりに会う親戚の弟分である従兄と会った時の様に、表情が少し緩んでいた。しかし影村は山瀬の足元を見る。彼のサポータで固められた痛々しい足を見てすぐに表情が戻った。
「影村君...僕。」
「いいんだ。山瀬は次にやる事を淡々とすればいい。まず足を治せ...よく戻ってきた。」
「影村君....うん。ありがとう。」
「ウェーイ☆ 影村ッチやぁさしぃ~!」
「もぉー、高峰チャラーい!」
「...行こう。」
影村は部活動ミーティングのため高峰と山瀬と共に視聴覚室へと向かう。影村達は淡々と次の部活動は何をするべきか。その方針を夜遅くまで議論する事となった。次のインターハイまでの準備、合宿の計画、高峰がまとめた影村の賞金額とクラウドファンディングの収支報告、佐藤の竹下強化メニューの提案、山瀬のリハビリ方法及びダブルス戦術について、予算的に影村の合宿への参加が可能か同課の健闘、田覚とオンラインでの打合わせによる日程調整、学校と補修授業や単位の調整など多義に亘った。
彼らが部活動ミーティングの打ち合わせを行っている中、海外の各所で影村が全県杯の男子シングルスで優勝したという情報が、現地にいるクリスからアンディとジャックへ、そしてその2人からローマン、そしてマルコスへと伝達して行く...影村より先に世界の舞台へと躍り出た超級の怪物達4人が、世界各地で進撃するように勝利を収めていく。この進撃が後にファイヴナンバーズと呼ばれる最強争いを繰り広げる世代の呼び名の礎となった。
ポーランド ワルシャワ 某ジュニアテニス選手権 男子シングルス決勝戦
「おうおう、ジャック。早くヨシタカとやりたかったのに残念だな。」
「へっ、ジャパニーズの連中、眼腐ってんじゃね?」
「辛辣だな。そりゃあ、まぁクリスの情報じゃジャパニーズのテニス法人って大企業グループに乗っ取られてんだってさ。」
「自分の売り込みたい選手をごり押しして、ヨシタカを選抜から外したんだ。目が腐ってるとしか言いようがねぇだろ?まぁ、それなりの報いは受けるだろうな。何年後かわからねぇけど。」
「この大会。今回は勝つぜ。ジャック。」
「何を言ってる。今回も俺が勝つぞ。アンディ。」
ジャックとアンディはまるで高峰と山瀬の様に拳を合わせた。観客の歓声響く中、2人はコートへと入場していった。
ドイツ フランクフルト マム・アイン 某ジュニアテニス選手権 男子シングルス決勝戦
『 Jeu,set et match.remporté par Marcos.6-1・6-0. 』
「...ヨシタカが来ると思ったのになぁ...ローマン今頃怒ってるんだろうな。....ふぁぁぁ...ねみ...疲れた...腹減った...。」
『Marcos! Serrez les mains! 』
「あ。いっけねぇー。」
HAHAHAHA!
試合中終止クレーコート内で走り周って相手を翻弄し、試合終了後に一気に押し寄せてくる空腹と睡魔に苛まれるマルコス。彼はボーッと空を見つめたまま背伸びをするも、審判から早く握手をしろと注意されて観客の笑いを背に後頭部をポリポリと掻いて準優勝者が待つネットへと向かって行った。
イギリス バーミンガム 某ジュニアテニス選手権 男子シングルス決勝戦
『Game set and match Roman. 6-0・6-0.』
「......。(日本がUSオープンジュニア選抜でヨシタカを外した...普通優勝した選手を選抜するべきだ...。恐らく、大人達の思惑だろう。今のジャパニーズ達では、俺達に追いつけるほどの実力を持つヨシタカは倒せない。俺が舞台を用意してやってもいいが、大きなお世話って奴だろうよ。)」
ローマンはリストバンドの位置を直し、観客席に座っているフランス人の母と、イギリス人の父へと手を振ったあと、ネットまで歩いて行き、相手選手と握手してコートの退場口へと向かって行った。
怪物達4人が海将影村の情報を入手し、彼がさっさと次のステージへと上がってくることを望んだ。影村は部活動ミーティングが終わった後の帰りの電車の中で、携帯端末からテニス情報サイトを見て4人の活躍を目にする。そして電車の窓からまるで連結するように続く工業地帯を眺めながら、静かに電車に揺られ帰宅の途についた。
「吉岡さん...私としたことが...申し訳ない...抗議文書も作ったが、理事会に止められた。」
「...笹原の野郎。もっと早い段階でこれを準備していたのか。ってことは理事会もか...。」
「おそらくですが、水谷との試合中にもう動いていたんでしょう。」
「あの狸親父が理事長になった途端にこれだ。やっぱ俺が言った通りになったろ。」
「えぇ、最早連盟協会は共同企業体の息が掛かった人間達が上層部を占めている。」
「そうだな...焼き鳥うめ...。」
「笹原。ファイヴパーソンプロジェクト初期からいる企業側のプロジェクトリーダー...できる男だとは思ったが、影村の試合中に見せたあの取乱しようから動くまでがとても速かった。」
「あぁ、変に迅速な対応だと思った。テレビ中継のキャンセルなんて決勝戦当日にできるもんじゃない。それにテレビメディアの車両をあたかも当日引き返したように見せたのも、俺達の対応をまごつかせるための仕込み。本命は役員会で自分が決めた選抜メンバーを正式に通すための時間稼ぎ。あいつが動くときは大体保険を掛けるもんだ。テレビはあらかじめ放送する番組を入れ替えられるように仕組んで動いていたんだろうな。」
「しかし、インターネット動画サイト...そして小規模とはいえ、老舗中の老舗であるスポーツ雑誌に助けられるとは...きっと笹原もその誤算に頭を抱えたでしょうね。」
吉岡はビールを一気に飲み干した。新貝は自分のペースで飲んでいた。彼は悩んでいた。影村という何億カラットものダイアモンドをみすみす手放したくはなかった。
「吉岡さん。影村君は...」
「影村君はこのまま圧倒的な強さで勝ち続けるだけだ。俺達が彼をしっかり留め置かないと...幸い、彼の技術は東越大のメンバー達が保っている。これだけが救いだな。共同企業体と笹原が問題だ。」
「トータルは最悪だ...いっそのこともう彼を海外の...」
「あぁ、あいつはこの国から離れていた期間が長い。それでいて、この国ではなく海を渡ったスイスで本当の友といえる存在に出会ってる。恐らく活動の場が変わっても何も感じねぇだろうよ。だが今は駄目だ。実績を積ませるんだ。表には出なかったとしても、大会のレコードは変わる事はない。変えた途端このスポーツをやっている全ての人々が...全国にいる学生達が...連盟協会の敵に回る事になる。」
「...はぁ。これじゃあ、影村君が不憫だ。」
2人は頭を抱えた。その姿をこっそり写真にとられて、SNSにで拡散された姿を見た者達が彼らへ同情したという。
同刻、石原市内のレストラン
田覚と重森はデートの最後に食事をとっていた。2人はワインを飲みながら話し合う。
「やっぱり浮かない顔をしているな浩正。」
「わかるか亜樹...はぁ、今回の件。」
「見ればわかる。浩正は影村の近くにいるんだから。」
「影村はおそらく次も、その次も大会で実績を積んでいくだろう。」
「あぁ、そうね。浩正、新貝さんと吉岡さんと何か話したの?」
「あいつを早い段階で海外に行かせる案があった。しかし、今あいつを海外へ行かせるには早すぎるんだ。受け入れ先がない。それは影村に実績が無いからだ。せめてインターハイ王者ぐらいにはなってもらわないと...。」
「そうか...苦労してるんだな。」
「すまない。」
「いいんだ。浩正の悩む顔が晴れるのを待っている。」
「ところでそっちの女テニは?」
「昨日影村が見に来て、一目で弱点をズバッと言い当てられたわ。」
「...あいつそういうところ遠慮がないからなぁ。」
「うちのメンバー、影村の指摘を聞いて反発するどころか、すんなり認めちゃったのよ。」
重森はワインを一口含んだ。田覚は皿の上に盛り付けられたメインディッシュを見ながら学生達の心情に帰り、何気なしに言った。
「まぁ、あいつ、女テニを完膚なきまでにボコッてるしな...俺にも容赦しなかったしなぁ、ブヒィーブヒィーってボール追ってたら試合終わってたわ。」
「ブッ...ゲッホゲッホ...。」
「おいおい、大丈夫か?」
「浩正...冗談抜きで話は本当だったのね。」
「そうだ。あ、はい、そうです。やられました。やられましたよ。もうドストレートでやられました。第一ね。サーブ速えぇ上に、あのフォーム何処打ってくるかわからねぇわ、技術の引き出し多すぎるわ。ストロークテンポえげつないわで観客の同情の目が痛かったわ。」
「まぁ...フフフ...。」
「俺の尊厳がぁ...。」
「いいのよ。昔から変わらない浩正で。」
2人の会話は弾んだ。田覚は影村のフォローをどうするか考えあぐねていた。重森の助言を聞いて最終的に至った結論。それはいつも通り、何も無かったかのように接するというものだった。もはやそれしか手段がない。感情をあまり表に出さない影村への対応はこれが最適解だった。
竹下は佐藤と市原市内の街を歩く。1人暮らしの竹下はコンビニ弁当などを食べていたが、佐藤がそれに危機感を覚えて現在は待機的に料理を作りに行っている状態だった。ショッピングセンターの帰り道を歩く2人。終始無言だが、2人共それでよかった。ただ手を繋いで歩く。それだけの事に佐藤は至福の時を感じていた。
「...ねぇ、隆二。」
「フフ、何だい?理恵華。」
「影村君、ショック受けてるかな?」
「...多分受けていないと思うよ。」
「...え?」
佐藤は竹下の発言にい驚く。競技で勝つ事を目的としている学生テニスプレーヤーは総じてプライドが高い。この世界では、USオープンジュニアに出られる事が学生達にとってこれ以上に名誉なものはなく、プロテニスプレーヤーへの階段を登れる大いなる道筋だった。
「そ、そんなことないでしょう!?USオープンジュニア選抜の結果よ!?」
「いや、影村は凡そ俺達日本の学生テニスプレーヤー達とは感覚が違う。」
「......どういうこと?」
「フフ、俺達がインターハイを賭けて練習や、合宿、そして部活動に必要なコーチ代を稼ぐために奔走していただろう?普通は自分も出場したがるはずさ。」
「....お金。」
「フフ、気が付いたね。影村は名誉だけでは飯を食えないことを知っている。俺達学生らがインターハイで頂点に行こうと、全国選抜でUSオープンジュニアへの出場権を争う為に戦いっていようと...あいつはそれを平気で無視して賞金の高い大会に出場する。そういう男なんだ。それに、あの時影村がいなかったら、俺はラケットを振れなくなっていたかもしれない。」
「.....。」
「フフ、俺もリトルリーグのような大会ではなく、もっと早く大人達の出る試合に出ていた方が実力は上がったのかもね。(それだけじゃない...ウィングシューターズ...圧倒的スパルタ指導の下で練習を積み重ね、世界に名だたるプロ選手達のヒッティングパートナーまで務める超ド級実力派選手の集団。その頂点に君臨する5人にだけ許されたトッププロ選手及びそのチームとの同行。そして個々に賞金トーナメントの出場が許されている...俺達はとんでもない怪物と巡り合わされたのかもしれない。)」
海の水平線上に日没最後の線が浮かぶ手前、工業地帯の煙突が影となり黒い造形を作り始める光景を背に、竹下と佐藤はまた無言のまま街の中を歩きだした。影村は学校帰りに参加した賞金付きのナイトーナメントを終えて自宅へと帰る。自宅では彼が帰宅の連絡をしたため、母の日和が食事を用意していた。
「......帰った。」
「あら、お帰り。義孝。」
「...何も言わないのか?」
「フフフ...言う訳ないでしょう。あなた、頑張ってるんだから。」
「...すまない、母さん。」
影村の活躍はインターネット記事になり、大会の翌朝、両親はその記事を見て驚いたという。しかし、影村がUSオープンに選抜されなかったという炎上記事を見た途端、スイスで生き生きとしていた影村本人の姿が記憶へ強烈に残っていることもあり、日本の水になじめるか、そしてまたP.T.S.Dが再発しないか心配しているのが現状だった。
「USオープンジュニアの件、残念だったわね。」
「あぁ...。」
「ショック...は、受けてないみたいね。」
「名誉じゃ飯は食えない。それに、あいつらとの約束があるしな。国内で実績を積んで外に出る。それだけだ。」
「...そう。お父さん。あなたの事心配してたわ。優勝者を選抜しないのはこれ如何にって、とても不満そうな顔だったわ。」
「...シャワー浴びてくる。」
影村は自室に荷物を置いた。あまり多くの者は置きたくないという彼の主義もあり、部屋の中はすっきりとしてシンプルでミニマルだった。それは彼がいずれ外へと転戦していくため、残す物はない方がよいとの考えの下に実行されていた。
翌日、海生代高等学校
「あ、影村ッチきた!」
「おーい!」
高峰と山瀬が影村へと手を振る。影村は久しぶりに山瀬の顔を見たため、まるで久しぶりに会う親戚の弟分である従兄と会った時の様に、表情が少し緩んでいた。しかし影村は山瀬の足元を見る。彼のサポータで固められた痛々しい足を見てすぐに表情が戻った。
「影村君...僕。」
「いいんだ。山瀬は次にやる事を淡々とすればいい。まず足を治せ...よく戻ってきた。」
「影村君....うん。ありがとう。」
「ウェーイ☆ 影村ッチやぁさしぃ~!」
「もぉー、高峰チャラーい!」
「...行こう。」
影村は部活動ミーティングのため高峰と山瀬と共に視聴覚室へと向かう。影村達は淡々と次の部活動は何をするべきか。その方針を夜遅くまで議論する事となった。次のインターハイまでの準備、合宿の計画、高峰がまとめた影村の賞金額とクラウドファンディングの収支報告、佐藤の竹下強化メニューの提案、山瀬のリハビリ方法及びダブルス戦術について、予算的に影村の合宿への参加が可能か同課の健闘、田覚とオンラインでの打合わせによる日程調整、学校と補修授業や単位の調整など多義に亘った。
彼らが部活動ミーティングの打ち合わせを行っている中、海外の各所で影村が全県杯の男子シングルスで優勝したという情報が、現地にいるクリスからアンディとジャックへ、そしてその2人からローマン、そしてマルコスへと伝達して行く...影村より先に世界の舞台へと躍り出た超級の怪物達4人が、世界各地で進撃するように勝利を収めていく。この進撃が後にファイヴナンバーズと呼ばれる最強争いを繰り広げる世代の呼び名の礎となった。
ポーランド ワルシャワ 某ジュニアテニス選手権 男子シングルス決勝戦
「おうおう、ジャック。早くヨシタカとやりたかったのに残念だな。」
「へっ、ジャパニーズの連中、眼腐ってんじゃね?」
「辛辣だな。そりゃあ、まぁクリスの情報じゃジャパニーズのテニス法人って大企業グループに乗っ取られてんだってさ。」
「自分の売り込みたい選手をごり押しして、ヨシタカを選抜から外したんだ。目が腐ってるとしか言いようがねぇだろ?まぁ、それなりの報いは受けるだろうな。何年後かわからねぇけど。」
「この大会。今回は勝つぜ。ジャック。」
「何を言ってる。今回も俺が勝つぞ。アンディ。」
ジャックとアンディはまるで高峰と山瀬の様に拳を合わせた。観客の歓声響く中、2人はコートへと入場していった。
ドイツ フランクフルト マム・アイン 某ジュニアテニス選手権 男子シングルス決勝戦
『 Jeu,set et match.remporté par Marcos.6-1・6-0. 』
「...ヨシタカが来ると思ったのになぁ...ローマン今頃怒ってるんだろうな。....ふぁぁぁ...ねみ...疲れた...腹減った...。」
『Marcos! Serrez les mains! 』
「あ。いっけねぇー。」
HAHAHAHA!
試合中終止クレーコート内で走り周って相手を翻弄し、試合終了後に一気に押し寄せてくる空腹と睡魔に苛まれるマルコス。彼はボーッと空を見つめたまま背伸びをするも、審判から早く握手をしろと注意されて観客の笑いを背に後頭部をポリポリと掻いて準優勝者が待つネットへと向かって行った。
イギリス バーミンガム 某ジュニアテニス選手権 男子シングルス決勝戦
『Game set and match Roman. 6-0・6-0.』
「......。(日本がUSオープンジュニア選抜でヨシタカを外した...普通優勝した選手を選抜するべきだ...。恐らく、大人達の思惑だろう。今のジャパニーズ達では、俺達に追いつけるほどの実力を持つヨシタカは倒せない。俺が舞台を用意してやってもいいが、大きなお世話って奴だろうよ。)」
ローマンはリストバンドの位置を直し、観客席に座っているフランス人の母と、イギリス人の父へと手を振ったあと、ネットまで歩いて行き、相手選手と握手してコートの退場口へと向かって行った。
怪物達4人が海将影村の情報を入手し、彼がさっさと次のステージへと上がってくることを望んだ。影村は部活動ミーティングが終わった後の帰りの電車の中で、携帯端末からテニス情報サイトを見て4人の活躍を目にする。そして電車の窓からまるで連結するように続く工業地帯を眺めながら、静かに電車に揺られ帰宅の途についた。
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