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Proving On

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 数日後、海生代高等学校

 追試の日を迎えた高峰と竹下。2人はそれぞれ落とした科目の追試が行われる教室で座っていた。竹下は数学と国語と化学で万遍なく、そして高峰は物理だけがどうしても突出して苦手だった。影村はまさか竹下が勉強そっちのけでテニスに打ち込んだ人生を送っていたとは思ってもいなかった。佐藤も同じ事を思っていた。しかし、高峰に関しては、「チャラいので自業自得だろうに」という言葉しか出て来なかった。影村と佐藤は校庭で追試の時間が終わるのを待っていた。

 「...。(フフ、予選に出る前の段階だったようだね。)」
 「...。(あぁ...順位は取れてるのに...順位は取れてるのに。どうして今回は物理だけ...!)」

 2人は無言のまま向かい合わせのベンチに座っていた。しばらく無言だった2人だが、佐藤が口を開いた。

 「ねぇ、影村君...。」
 「......。」

 佐藤の呼びかけに影村は顔を上げた。彼女は竹下よりも実力が高い影村をどこか複雑な表情で見つめていた。影村も佐藤が面倒な人物であると考えての事なのか、必要最低限の会話だけをするようにしていた。

 「影村君、あなたはどこのスクールに通っていたの?」
 「スクール?」
 「そう。いったいどれだけの練習をすれば、貴方の様に圧倒的な強さを手に入れられるのか。教えてくれない?」
 「.........。」
 「......そう、答えたくないのね。」
 「...答えたところで、分かりはしないさ。」

 影村は立ち上がる。佐藤は歩き出す影村の大きな背中を目で追いかける。影村は途中で足を止め、後ろにいる佐藤の方を見る。

 「強さは手に入れるものじゃねぇ。気が付けば手に入っているものだ...とんでもないスパルタコーチだった、俺の師匠の言葉だ。」

 影村はそのまま歩いて行った。佐藤は影村の後姿を凝視した。彼の姿が見えなくなった時、彼女は空を見上げる。

 「.....。(手に入れるんじゃなくて、気が付いたら手に入っている...か。なんか彼が言うと重みを感じるわね...あれだけの技量がある...一体どれだけの場数を踏んできたの...?一般トーナメントに身を置き続けた結果...いえ、もしそうだとしたら...彼は...どれだけの数の試合を...竹下君達が小中学と大きな大会で全国の同年代の子達と戦っていた時期に...既に影村君は、大人の上級者達と...体の出来上がった、力のある大人達と試合をしていたって事になる...。)」

 佐藤は無言で、影村が今までどんな風に勝ち上がり、ここまで来たのかをいくつかシミュレートした。彼女はふと印象に残っている影村のラケットを思い出す。420グラムという重さ、トップヘヴィに偏ったラケットは、自分達が小学6年生の時に販売されたものだったという事は覚えている。

 「.........。(あのラケット、恐らくずっと使い続けてる。あれだけのパワーを持ってるならもっといいラケットがあったはずよ。それでもあれを使い続けてるなんて、どうかしているわ。よっぽど強烈な印象が残る程の出来事がないと...。)」

 佐藤は影村がどんなルートで国内で燻っていたのかを考える。しかし実際彼はスイスで圧倒的強者の中で揉まれた上に、世界最強のスパルタ鬼コーチと呼ばれたハリー・グラスマンに才を見出され徹底的な指導を受けた挙句、「学生の大会なんて出てないでさっさと金稼いでこい!」という教えの下、ローマン達4人と一緒に、大小問わずそこら中の大会に出場していた。ある時は無理やり出場料を払ってトーナメントへ押しかけ、ある時は低年齢でも参加できるかの確認を取らずに押し通り、それぞれが圧倒的な強さで賞金を獲得するといった環境下に身を置いていた。

 影村は学校内を歩いている。彼はなんとなしに他の部活動を見て回った。バレー部、バスケ部、サッカー部、柔道部、空手部、剣道部、最後に女子テニス部が練習しているコートを横切る。

 「......。」

 女子テニス部では重森の指導の下で、打倒関東中山女子大学高等部を掲げ練習に励むレギュラーメンバー達の姿があった。影村は上着のポケットに手を突っ込んだまま彼女達の動きを観察していた。コートから出てきて麦茶を飲む女子生徒が彼の存在に気が付いた。

 「あ、影村君。」

 影村は女子生徒の声に気が付く。同じ1年生のようだった。影村は彼女の方を見る。彼の強い眼光が、1年生女子部員を威圧する。しかし彼女は後退りしなかった。

 「...どうしたの?女子テニス部なんて見て。」
 「....いや、仮に俺達がここで練習を行っていたら、今頃どうなったかと考えていた。それだけだ。」
 「そう...。」
 「......。」
 「影村君の試合見たわ。5人の天才のトップにいる八神君相手に圧倒的。正直、怖かったわ。」
 「...試合が終わった翌日に同じことを言われたさ。」
 「...あなた、よく難しい顔をしてるわね。」
 「元々こんな顔だ。家族からも言われる。」
 「フフ。」
 「...。」
 「月井。月井理沙つきいりさよ。」
 「影村義孝だ。じゃあな。」
 「えぇ。」

 影村は低くも優しい声で月井と別れの挨拶を交わす。後に月井は女子テニス部の主将として、3年生の時に全国大会へと進んだ。影村がその場を去ろうとした時、コートから出て来た重森が歩いてきた。

 「今日は...練習はしていないのか?追試を受ける者でもいるのか?」
 「...どうも男テニの連中はIQをテニスにがん振りしちまってるらしい。」
 「プッ、クックックック!ハッハッハッハ!」
 「....フッ。」

 月井は2人の会話をする姿を見て、重森が初めて大笑いした姿を見たことになる。暫くして重森の笑いが納まる。そして影村は質問する。

 「あんたこそ...田覚さんとはうまくいっているのか?」
 「なっ!お、お前、それはここでは!って月井!いたのか。」
 「...で、どうなんだ?」
 「そ、それは...」
 「...フッ。そうかい。表情でわかる。続いているんだな。安心したぜ。」
 「で、どういう風の吹きまわしだ?ここへ来るなんて。さては気になる娘でもいるのか?」

 「いいや。もし、ここでコートを取り返して練習していたらどうなっていたのかと、今しがた考え事に耽っていただけだ。」

 「華がないな。」
 「それが売りなんでね。」

 月井は影村が恐ろしく荒々しい人物という印象があった。しかし何気ない会話をしている彼の声は低く優しくどこか父親の様な印象だった。

 「主将の永井、クロスからの切り返しが弱い。ダウンザラインを取り入れたほうがいい。三谷は前後の動きにムラがある。フットワークの改善と持久力の強化。ダブルスは互いのフォローをフィーリングでやっている。試合中に見合いする可能性がある。役割を徹底したほうがいい。あと、月井だがサーブのバリエーションが少ない。回転系のサーブを何種類か教えたほうがいい。あとシングルスの村井、サボってるぞ。試合にその面が出てくるだろう。」

 「...全く、お前というやつは。一目見ただけでレギュラーの弱点を見抜くとは。」
 「...じゃあな。」
 「田覚から話は聞いた...。」
 「同情でもするか?」
 「せざるを得んだろ。それにあの大会の結果、新貝さんと吉岡さんが猛抗議したほどだ。」
 「......。」

 影村は黙り込んだ。月井も、全県杯のサイトでそれを確認したのか、とても複雑で暗い表情となった。重森もインターネットの動画中継であれだけの活躍をした影村が報われると考えていた。しかし現実は違った。全県杯の選抜結果に生放送動画を見ていた全国のネット住人達によって選抜結果のインターネット記事が炎上し、新貝は抗議するもその結果に落胆し、吉岡は日本テニス界の未来の芽を潰そうとする勢力の行動に怒り酒を煽った程だった。

 「まぁ、金もうけするなら結果は分かりきっている事だ。」
 「お前はそれでいいのか?」
 「...竹下に言われた。勝ち続けろと。」
 「そうか。だがお前がインターハイを取った時に状況は―」
 「変わらねぇだろうよ。だがコートに立つ以上、勝ち続けるだけだ。」

 影村は静かに校門へと歩いて行った。月井は重森の前に立つ。そして2人で影村の歩いて行く後姿を見送る。

 「教えてください。どうして彼は選抜されなかったのですか?」

 「....全県杯の男子シングルスで勝利を収めたとして、総合優勝を果たした神奈川県の方が優先的に選抜される。そして今回選抜されたのは準優勝の八神と、準決勝で影村と対戦した堀部だった。両者とも影村にこっぴどくやられた相手だがな。」

 「...裏があるんですね。」
 「大人の事情というやつだろう。」
 「...ひどい。」
 「あぁ。不憫だ。私ですらそう思える程にな。」

 重森と月井は練習に戻って行った。影村がUSオープンジュニアのメンバーに選抜されなかった。この発表は全国にいる5人の天才、そして彼の試合を見た不特定多数のネットユーザー、更には大会運営者とスタッフらが日本テニス連盟協会へ不信感を募らせるものとなる。

 福岡では影村が選抜されなかった事をまるで自分の事のように怒り狂っている人物がいた。

 「ごぉらぁ!龍谷!どこへ行こうしよるか!」
 「決まっとる!わりゃぁ東京の本部ば行って抗議してきてやる!ドスばもってこんかい!」
 「熱くなるな!ドスって物騒なもんあるわけがなか!」
 「は、離せぇ!離さんかお前らぁ!」
 「ここは落ち着くんじゃ!ここんおる面子で一番悔しいのは主将じゃけえ!落ち着くんじゃ!」
 「.........。」
 「主将...。」
 「いいんじゃ...さっき抗議の電話入れた。じぇけん取り合ってくれんかった...。」

 自分達が最も恐れたプレーヤーが選抜されず、影村に負けた5人の天才である八神と前年度インターハイ男子シングルス王者の堀部が選抜された事に龍谷は憤慨していた。堀部は日本テニス連盟協会へ抗議の申し入れと、影村を選抜するようにとの連絡を入れるがそれは突き返された。当の八神は柄にもなく怒りを露わにし、携帯端末を見た後に机をたたく。

 「くっそぉ!笹原の野郎め!金にしか目の無い役員共に根回ししやがったな!」
 「八神、俺達も抗議の電話を入れた。しかし突き返されたんだ。」
 「...ック!」

 八神の顔はこれ以上ない怒りで真っ黒に塗りつぶされていた。まるで自分のプライドを逆なでされたように激高した。

 「...この3年間で、あいつが...影村が選抜されなかったら、俺はテニスを辞める!あいつらはやってはいけない事を現にやったんだ!あぁ、クッソ!試合に負けるよりもつれぇ!」

 珍しく取乱す八神を見た周囲の同級生らは終始彼が冷静になるよう努めた。静岡県では矢留や桃谷らも抗議の電話を学校代表で入れていたが、八神や龍谷等同様突き返される形で取り合ってもらえなかった。

 「あり得ない...あり得ないわ...どうして...どうしてシングルスを取った影村君が選抜されなかったの。」

 「あれだけの強さを証明したというのにあんまりだ。鉄子先輩俺あいつらが心配だ。」
 「...矢留君、貴方何を。」
 「竹下に電話する。彼らが一番ショックを受けるはずだ。」

 海生代高等学校に一台の車が乗り入れる。車を降りた新貝は早足で職員室へと向かう。影村は既に家へと向かっていた。竹下と佐藤そして高峰は、帰り道のコンビニの前で全県杯の選抜結果に目を通す。そしてUSオープンジュニア出場メンバーに、男子シングルスで優勝した影村の名前が載っていないことに気が付いた。

 「...どういうこと!?影村君シングルス取ったのに除外って...!」
 「...笹原だ。」
 「...隆二。」
 「あぁ、そうだ。間違いなくそうだ...!笹原は協会の役員達に掛け合ったんだ...。」

 「ノブ...。」

 佐藤は竹下の動揺する姿を見て、事の大きさを理解する。高峰は悔しさに拳を握る。そしてふと何かに気が付いたかのように血相を変えて山瀬に1本の電話を入れた。

 「あ、ノブノブ...。」
 「見たよ...。」
 「ノブノブ...。」

 山瀬は高峰の電話に出ると、即座に全県杯の選抜結果についての話と分かって返事をした。高峰の予想通り山瀬がとてつもないショックを受けていた様子だった。その声は涙に震えていた。

 「見たよ高峰ぇ...どうして影村君が選ばれてないの?」
 「ノブノブ...」
 「僕達が負けちゃったからかな?」
 「違う...ノブのせいじゃない!だから、今は怪我を治すことに専念するんだ!」
 「...うん。兄ちゃんが言ってた。影村君はただ勝ち続けるだけだろうって...。」
 「.......。」
 「高峰...僕、もう負けない...。」
 「あぁ、俺達はこれから負けられない。あいつの為にもな。だからもう泣くな。(クソッ!認めねぇぞ...この結果!でも、コートの上で勝ち続ける...か...あぁ、かっけぇよ!かっけぇよ...影村...クッソォ...。)」
 「うん...。」

 電話の向こうで声を震わせる山瀬を落ち着かせる高峰。電話を切った彼は竹下に緊急の部活動ミーティングをするよう提案した。佐藤はこれに同意し、テニス部副キャプテンの山城へと電話した。

 「イエーイ、理恵華ちゃん?全県杯の件?」
 「はい!山城先輩!次回の合宿計画の準備中に申し訳ないです。緊急で部活動ミーティングをやりたいです。」

 海生代高校の面々達は後日部活動ミーティングを行う事となる。新貝は職員室で峰沢と面談していた。彼は何度も頭を下げた。峰沢はそんな彼の肩を持ち静かに頷いた。そして後から合流した重村、田覚と会合して何かしらの方向性が決まった様子であった。
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