Y/K Out Side Joker . コート上の海将

高嶋ソック

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Proving On

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 影村の怪物じみた強さが全国の舞台で証明される。高峰は自分達がそうであったように、影村の突出した実力はもっと表へ出るべきだという考えだった。それは相方の山瀬も同じで、影村が合宿の費用から何までを賞金を稼いで当て込めたという事実に基づいた結果から判断したものだった。

 「......すっげぇ。やっぱ影村ッチすげぇよ。」
 「リバースサーブ...まさか国内で打てる選手がいるとは。」
 「...それって、あの漫画とかに出てくる逆スライスのかかった回転すよね。」

 「そうだ。コントロールの制御が難しいから扱いづらい。彼は大衆の前で190キロ近い速度でそれを叩き込んだんだ。もうこの国のプレーヤー達の常識を破壊しにかかっているな。(吉岡さん、今頃興奮してるんだろうな。)」

 新貝は高峰に逆スライス回転のサービスであるリバースサーブの難しさを高峰に教えた。一方実況・解説席では吉岡達が日本国内で机上の空論とされているリバースサーブを打った影村を見て沸き上がっていた。

 「吉岡さん、今のサーブ、スライスサーブとは逆の方向へと向かって行きましたがこれはどうでしょうか。」

 「いやぁ、これ凄いですよ!?ハッハッハッハ!リバースサーブですねぇ!あんなに速い速度でリバース使うプレーヤー初めてみましたよ!そもそも実戦で使ったの国内プレーヤーほとんどいないんじゃないですかね!」

 「影村選手、その技量の引き出しから国内で数少ないプレーヤーのみが使えるサーブを選んで打ち込んできました。2ゲーム目も影村選手が取りました。恐ろしいセカンドサーブを見せつけてのサービスゲームキープです。」

 八神のサービスゲームが始まる。八神はボールを受け取る。

 「......。(リバースサーブ...まさかあの速度で叩き込んで来るとは...しかし、俺がやる事はあいつをストローク戦へ引きずり込む...でもってカウンターで仕留める!)」

 八神のトスが上がりサーブが打たれる180キロのフラットサーブ。コート上で今できる八神の最大速度のフラットサーブが打たれる。影村は八神がラケットを振りだす時点でもうコート内へ入っていた。八神のサーブに対して影村はただのブロックリターンを行う様にコンパクトにラケットを振りだす。

 「........!(来た!ストローク戦!)」

 影村がサーブを返してきた。ボールは八神の打ちやすい球種で彼のフォアハンド側へとバウンドした。八神はすかさず影村のいない場所へとボールを打つ。フォアハンドのダウンザライン。影村が八神の動きを呼んでいたのか、既に走りながらバックハンドの構えを完了していた。八神は影村に彼の計算した場所へとボールを打つように誘導されたことに気が付く。八神は慌ててがら空きになったバックハンド側へと走る。

 「おぉぉぉ!(ダウンザラインを打つように誘導したのか!あからさまにがら空きの状態で追いつくとか!どんだけ脚はえぇんだ!)」

 八神は自慢の俊足を生かしてボールへと追いつき、今度はバックハンドで影村のフォアサイドのベースライン際の付近を狙ってコートサイドラインの真上を通るダウンザラインのボールを打った。影村が走ってくる。その顔はポーカーフェースで表情が読めなかった。八神は彼がフォアハンドで自分のがら空きになった対角線クロス側へと打つのだという確信をもって走り出した。影村の口角が上がる。ボールが1バウンドしてトップスピンの回転に身を任せてコートを走る。

 「.......っち!」

 八神がベースライン、コートの真中付近へと到達したとき、影村が闘牛の様に腰を落として低い姿勢で走りながら、ラケットを下から上に荒々しくスイングする。竹下のウインドミルスイングの様でそうではない。まるでボールをぶん殴ったかのようなスイングだった。影村はラケットにボールが当たった後も、そのまま走り去っていくように移動しながらフォアハンドのフォロースルーを完了した。八神の逆を突いたフラット回転が利いた速いストレートのダウンザライン返しが炸裂した。

 「0-15」

 「ハァ....ハァ....ハァ....!(ここで逆!?普通切返しの対角線クロス側だろ!?)」

 2人の間に観客達の声援は聞こえない。影村と八神は互いに集中した世界の先にいた。影村の視線が八神へと向けられる。

 「.......。」

 影村は呼吸を整えながらじっと八神の動きを観察する。そして影村が立ち尽くして周りを見渡す。彼はそのまま肩や膝、足首をほぐすように回して背伸びをし、軽く2回ジャンプした。

 「....。(俺はこの国で一体何をしているのだろうか。ただ実績を付けるといったが、ここにいると自分が何の為にラケットを振っているのかがわからなくなる...こいつ等、本当にテニスが楽しいんだろうか。)」

 八神はボールを貰うと次のサービス位置へと移動する。観客達が八神の健闘を祈っている。1ポイントでもいいから挽回してほしいという眼差しを送る。八神は柄にもなくプレッシャーを感じていた。

 「.........。(どうすればいい...俺は...次の作戦は...拾いに行くだけなら奴に押し込まれる...長いラリーが続けばあのライジングショット気味の戦術で追いやられる。互いに左右に打ち続ける消耗戦もと思ったが...いいや、それしかない!)」

 八神がトスを上げる。同じく影村のバックハンド側へサーブを打つ。少しでも彼の動きを遅くしてラリー内で時間と戦術を立てる時間を稼ぎたいが、生半可な戦略や半端なコースでは影村のカウンターの餌食になる。八神のフラットサーブが影村のバックハンド側をついてくる。影村はコートへと3歩、サービスラインより30センチへ手前と進んでいた。

 「......!?(何を!)」

 影村の予測した位置にバックハンド側、コートの外側を突いてきたフラット系のボールがバウンドした。彼は腰の高さよりも若干低めにバウンドするボールに対して、ラケットを持った右腕を背中の後ろへと回して背面打ちを実行した。ボールが八神のいないバックハンド側へとまっすぐ進んでいく。八神は走った。何とかボールに追いついた彼は体勢を崩しながら対角線クロス側へ切返しのフォアハンドストロークを打つ。

 しかし影村は八神の打った切返しのボールがわざと自分の足元の真中へと落ちる位置へ来るようにサービスコート前でネットと平行に走った。八神が打ったボールは、影村が走りながら助走して飛び上がった時に開かれた右足と左足の隙間から見せたラケットのスイートスポットに直撃し、彼のいないバックハンド側のサービスラインとサイドラインの交点の上へと落ちた。八神は前に出ようとするも間に合わないと踏み動きを止めた。

 「0-30」

 「........。(クッソ...化物だ...選ばれた5人の天才を相手にそんなプレーがまかり通るだと...こんなのリベンジでもなんでもねぇ...。)」

 解説のタゴザエモンは影村が八神に見せたトリックショット2発に言葉を失った。そして我に返ると吉岡の方を向いた。

 「よ、吉岡さん。今の動きは何ですか!?」
 「...影村選手がバックハンドを狙ってくるサーブをラケットの背面ショットで返して...それを更にクロス方向に打って来た八神君のボールを股抜きボレーで処理...したようですね。」
 「....そんなことできるんですか?」
 「彼、これやり慣れてますね。ハハハ。(ハリー・グラスマン...!この少年に一体どこまでの技量を仕込んだんだ...!)」

 タゴザエモンは後にこの試合中に影村が見せた今のプレーを見て、吉岡は音声こそ笑っていたが、その表情は凍り付いたようだったと話す。影村のクラスでは試合を見ている生徒達が、彼の見せるえげつないプレーに盛り上がるどころか八神へ同情する声が上がった。

 「......えっぐ。」
 「...もう暴力じゃねぇのかこれ。」
 「完全に遊んでやがるぞ...天才で...。」
 「八神君...可哀そう...」
 「私、影村くん来たら一言言ってやろうかしら。」

 影村の披露する2連続のスーパープレーに対して観客達は拍手も賞賛もしなかった。しなかったというよりはあまりにも違和感なく自然過ぎたためそのままやり過ごしたといった状況であった。視聴覚室にいる竹下と佐藤。両者ともあれだけインターハイで自分達を絶望させた八神に、影村が圧倒的且つ一方的な暴力ともつかない程の実力差を見せつけている事に声を震わせる。

 「......うそ、あの八神君が。」
 「今まで俺達に見せていた試合は何かの制限を付けていたとでもいうのか...影村...。」
 「隆二...。」
 「影村...一体どこまでの高みにいるんだ...お前一体何なんだ...日本でトップにいるプレーヤーに...それかよ...。」

 八神が追い詰めるられる姿を見て悔しそうに涙を滲ませる竹下。そんな竹下の手を優しく握る佐藤に心配そうに彼を見る部活動報告会の面々。2人の姿を視聴覚室の端から見ている重森の姿があった。

 「......。」

 重森は部活動会議で男子テニス部の顧問である峰沢と照山が言っていた言葉を思い出す。

 “なお、コーチ代は東京の高額草トーナメントにて部員1名が更に30万弱を稼ぎましたので”
 
 “その選手は全国5人の天才の一人である龍谷宰君を6-0のストレートで負かしております。この大会で20万円を獲得しております。選手の事はまだ世間には出せないので伏せておきます。”

 “我々男子テニス部の為に日夜賞金を稼いでバックアップしてくれるプロにも匹敵するであろうそのプレーヤーと共にね。尤も、コート1面も持ってませんので、資金調達のため、最後に言った彼を動かし続ける必要がありますので難しいですがね。”

 重森は最初は竹下と高峰・山瀬が賞金を稼いでいると考えていたが、彼らでは5人の天才をストレートで破る事は不可能である。そしてその部活動報告会の席で指刺された影村の姿。彼女は当時全く信じていなかった。しかし実際に女子テニス部主将である永井との試合を見た時、そして全県杯での彼の試合を見たこともあってか、影村がこのまま勝ち進めば、現在の状況が生まれることは容易に予測できたため、複雑な表情で2人の背中を見るしかなかった。

 「.....ハァ...ハァ...アァ!...ァァッ!。」

 八神が苦悶の表情で息を散らしながら影村とのラリー戦を行う。読めないサーブ、コンパクトフォームと正確な読みと位置取りによるライジング気味のストローク、ペースを乱され続けた八神は、影村が表情を変えずに攻撃を押し込んで捻じ伏せて来る状況に絶望感を覚える。ベースラインより後ろへと下げられては走らされてを繰り返し行わされ体力は底をついていた。応援席が八神への声援で一杯になる。しかし奇跡は起こらず、八神は影村のサーブを予測できるほどの集中力を温存できず決勝戦が終了する。

 「Game set and match Yoshitaka. 6-0・6-0. 」

 観客が静まる。動画のコメントも静まる。タゴザエモンは2セット目の第1ゲームより影村がハイペースで攻撃を仕掛け始めた所からもう実況を止めていた。吉岡はタゴザエモンをフォローしつつ、影村のプレーを全国にいる視聴者へと一生懸命に説明していた。

 八神は影村へ全く届かなかった自身の無力さに打ちひしがれるどころか、それよりも全力で動き続け体力を出し切った為、ベンチに座ったまま放心状態となっていた。

 「2セット目からラリーのテンポ速すぎだろ。あんなの振り回されるわ。」
 「海将の奴、終止ベースラインの内側で打ってたよな。」
 「多分あいつ来年のインターハイも掻っ攫っていくだろうな。」
 「インターハイどころか、全県杯まで取っていく気じゃ。」

 「八神君可哀そう...」
 「...もう来年からは海生代かぁ。私あの人怖い。」
 「そうね。何だろうなんだか怖いね。華が無いっていうか...ね。」

 観客達は試合が終わるとぞろぞろと会場を後にする。影村はベンチに座っている八神を見ると、審判の方へと近寄った。八神の疲労が限界点に達していると考えての事だった。

 「Hey, leave him alone.おい、彼は放っておいてくれ
 
 「Understood. thank you.わかった。ありがとう。

 審判は影村が日系人なのかと思いながら日本語ではなく英語で返した。影村は審判の後姿を見るとラケットバッグへ荷物を突っ込んで選手通用口へと歩いて行った。高峰が通路に立っていた。彼はどことなく嬉しそうに、そしてどことなく複雑そうな表情で立っていた。

 「おつかれちん☆」
 「フッ...Leave it to me. 俺はそれをやっただけだ。」
 「わかってるよ...わかってる...だけど...いや、それ以上はやめとくよ。勝った奴が正義だ。」

 高峰は複雑な表情で影村を見ていた。山瀬がけがで勝てなかった手前、5人の天才である八神に勝った事は嬉しかった。しかし対戦した八神への同情もあった。

 「......じゃあな。表彰式は田覚コーチ達が戻ってきた時頼んだぜ。」
 「影村ッチ...。」
 「俺はやる事をやった。それだけだ。」
 「.........。(言葉足らずかよ...全く...。)」

 表彰式に八神と影村の姿はなかった。山瀬は観客席のベンチから高峰が優勝旗を受け取る姿を笑顔で見ていた。

 この日、いつもは各県予選の壁から出て来ない強豪校が入り乱れ、波乱に満ちた全県杯が終わった。

 男子ダブルスは五日市工業高校が優勝を飾るも、総合優勝は神奈川県だった。ダブルスでの功績が大きかったようだ。更にベスト8の中で3チームが残っていたことが大きかったようだ。高峰は表彰式では真面目な顔で優勝旗を受け取った様子だった。

 影村は有明コロシアムに背を向けて歩き始めようとしていた。

 「おい、お前がヨシタカか?」

 「............。」

 影村が英語で呼び止められる。彼の後ろにはカメラを持ったクリスの姿があった。彼は影村にニッコリ笑って近づいてきた。

 「アンディに聞いた時は、一体誰かと思ったが...キミすごいねぇ!さすがあの最強鬼コーチ、ハリ―現役最後の教え子だな!」

 「あ、あぁ...あんた、アンディを知ってるのか?」
 「知ってるも何も、アンディと俺は幼馴染で親友さ。」
 「そうかい。」
 「で、ちょっと聞かせてくれよ。時間いいか?アンディにあんたの事聞いて来いって言われててさぁ。な、いいだろ?」
 「...あぁ。」

 クリスは影村と肩を組んで半ば無理矢理引っ張っていった。影村は「まぁよいか」という顔をして彼に引っ張られていった。田覚は表彰式後、大会運営のテントで吉岡、新貝らと合流した。3人共表情は硬く険しかった。高峰は松葉づえをつく山瀬を支えながら駅へと向かってゆく。笹原は会社事務所で役員を交えた緊急会議へと参加するべく会議室の扉を開けた。


 全ての試合日程を終了し、それぞれ全国の学校の生徒達が、またそれぞれの日常へと戻ってゆく。そして全ての大会参加者達には翌日からの補習授業という超現実的な“拷問”が待っていた。


 数日後、千葉県市原市 養老川臨海公園


 テスト期間中の下校時間、竹下と影村は公園のベンチで座っていた。快晴の天気の下でコンビナートの煙突が聳え立ち、大空へ蒸気を放って風に揺られていびつな形の一筋の造形を作っていた。そんな状景を眺めながら2人は飲み物片手に話をする。

 「佐藤じゃなくてよかったのか?野郎2人じゃつまらねぇだろ。」

 「フフ、気にしないでくれ。むしろこっちのほうが今は落ち着く。邪魔されず気兼ねなく話せる相手がいるだけで十分なんだ。」

 「どうした。八神を倒したのがそんなに不満か。」
 「フフ、いいよ。インターハイの仇は取ってくれたからね。」
 「仇...殺してないぞ?」
 「フフ、時代劇に影響されたのかい?」
 「いいや、なんとなくお前が複雑な表情をしていたからな。高峰も同じ顔していたぞ。」
 「...影村。」
 「......?」

 「勝ち続けてくれ...あの後、クラスの人達が何を言ったかはわからないけど、もう遠慮はいらない。一切の妥協を許さずにその力を見せつけ続けてくれ。俺達のテニスの常識を破壊しながらでもいい。」

 「...そうかい。」

 「...あぁ。」

 2人はコンビナートの煙突群に目をやると、そのままゆっくりと空を見上げて互いのこれからの男子テニス部の活動内容や体制について意見と議論を交わした。インターネット動画の生放送、そして小谷と島永両名による全県杯の雑誌の特集記事。その影響により、全国の選手達が海生代高等学校の存在を認知した。

 海将影村、天才竹下、トリックスター高峰、鉄壁山瀬というそれぞれの2つ名が公になった日であり、そして彼らが着る黒いジャージの「.海」の文字を見た者達から畏怖の念を向けられる事となる。ここに原点にして最高到達点と云われた海生代高校男子テニス部の黄金時代。海生代高校男子テニス部伝説の2人の時代が始まったのである。
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