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Proving On
chronicle.36
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八神は自分の心臓の鼓動音が身体中を駆け巡る感覚に襲われる。彼はそれを快感と捉えていた。これまでの試合で彼は数ゲームを落としただけだった。池内に師事し、来る日も来る日もコートカバーリング力を磨き続けた。体格が小さい自分にできる事を厳選し、現実的に自分の強みを伸ばすための練習メニューを組んだ。普段やらなかった徹底した栄養管理や睡眠管理も実践した。
「.........フゥ。(やれるだけのことは全部やって来た。通用してくれよ。俺...。)」
緊張する顔の八神を見た影村はいったん構えを解いた。八神が影村の方へと向き直った時、影村がラケットを上へ投げた。ラケットは空中で回転しながら4メートル程まで上がってそのまま落ちて来た。影村はそれをキャッチした。八神は影村の動作を「緊張するな。全部ぶつけてこい」と捉えたのか、頷いた後に大きく深呼吸して肩の力を抜いた。審判が両者の状況を確認した。
今回の審判はATPの大会で主審も務める程のキャリアを持っていたため試合に緊張感が生まれる。
「The best of 3 Tie-break sets, Shusuke to serve, Ready......Play.」
影村は聞き慣れた英語の審判コールに懐かしさを覚える。八神は手でボールを突く。ラケットを構えてトスを上げる1.5秒程度の間に影村がどの位置へ立ってどのコースのボールを狙っているのかを予測する。
「......(サービスコートの中央へ出てきてフォアとバック両方ともに対処する気か。角度のついたボールで振れば!)」
八神がトスを上げた。トスされて高く上がりきるまでにボールめがけて膝を曲げ、まるで弓を引くような体勢を取った。そしてトスされたボールが上がりきったところでラケットを振り上げる。
「......フン!」
八神の160キロ台のスピンサーブが影村のサービスコートの外側を狙う。ボールは角度が付いた状態でバウンドした。影村は既にコート内におり、バウンド後コートの外側へ逃げていくボールを超コンパクトなフォームのフォアハンドで打ち返す。
ボールは八神がサーブを打った位置とは逆サイドへ飛んで行く。八神が走り始めた。彼は全力で走ってボールを拾った。ラケットの角度をつけ、影村が居ないバックハンドサイドへとボールを返す。それはバックハンド側のサービスコート内へと落ちてバウンドした。影村はそれを追いかけ、今度はコンパクトなフォームのバックハンドストロークを八神のいないフォアハンドサイドへと返した。八神は走ろうとするも追いつかなかった。
「0-15」
「.....おぉ。」
たった十数秒あるかないかの中で起きた出来事。影村のクラス中が彼らの動きに感心する。特にスポーツをやって来たクラスメイト達は、影村の無駄な動きがみられない動作に感動を覚える。八神がボールボーイからボールを貰って次のサービス位置までラケットでボールを突いて移動する。影村は軽くその場でジャンプして次のレシーブ位置へと向かう。観客席では八神のファン達が祈る様に試合を見つめていた。タゴザエモンの実況と吉岡の解説が続く。
「先手を打ちました影村選手。」
「八神選手のコートカバーリング力を見たんだと考えられます。」
八神のトスが上がる。今度は影村のバックハンド側へボールがバウンドする。球種は先ほどと同じスピンサーブ。バウンドの高さで相手の態勢を崩そうとするも、影村はコンパクトなフォームのライジングショットによるバックハンドで八神のいないフォアハンド側へとこれを返した。八神はコートのベースライン際に走り、対角線側へとそれを撃ち込むも影村のボレーによって阻止される。
「0-30...」
影村は淡々と作業をするように次の位置でラケットを構える。八神はボールを手に持って上を向き、大きく息を吐く。八神は今度はコートセンターへフラット系のサーブを打つもこれをネットに掛ける。
「......。(この男にはセカンドサーブなんて生易しいものは与えてはいけない。すかさずリターンエース確定だ。)」
八神は影村の立ち位置を確認した。影村はベースラインの線上に立ち、コート外側となるフォアハンド側に寄っていた。
「......。(フォアサイドを警戒しているか...しかし、バックハンドへのストレートへ打ってこいと誘っている可能性も!)」
八神はセカンドサーブもファーストサーブ同様170キロ台のフラットサーブを打ち込む。影村は八神がトスを上げた時点でコート内へ2歩ほど進んでおり、フォアハンドだとコースも読んでいた。彼が読んだ通り、フォアハンド側へフラットサーブが打ち込まれる。影村はそれを八神がサーブを打ち終わった着地点へと返した。八神の足元でボールがバウンドする。
「......。(水谷の時の!)」
八神は咄嗟の反応でフォアハンドを打ち上げたが、ネットの2.5メートルほどの位置へと上がり、影村がすかさずスマッシュを撃ち込んだ。
「0-40...」
「......。(全部狙って撃ち込んでやがる...少しずつでいい、ストローク戦へ持ち込むんだ。俺の土壌に引き込め...!)」
影村は周囲の状況を一度見まわす。そしてボールボーイが走って自分の配置へ付いたことを確認するとラケットを構えた。八神がトスを上げる。影村のフォアハンド側を狙う為、ボールを強くこすりつけ、彼の態勢を崩すべく打ち終わりのフォロースルーを内側へと振りぬく。
ボールは影村のフォアハンド側へと着地し、高くバウンドしつつ彼のいるコートの真中へと舵を切る様に影村の遠くへと離れていった。
「........!(キックサーブ!)」
竹下は中継の画面越しに八神のサーブをキックサーブ、いわゆるツイストサーブであると判断した。影村は大きく飛び出しコンパクトスイングで八神の立っている場所へボールを返す。今度は腰の高さまで上がった打ちやすいボールだった。八神は影村を左右に振る事を狙う為、フォアハンドストロークで影村のフォアハンド側へボールを撃ち込み、バウンド後コートの外側へと彼を追い出そうとした。影村は走り込み、今度は八神がいないフォアハンド側へと対角線へボールを打ち返す。
「.........ッ!(切返しかぁ!)」
八神は走り込み、影村も横移動ステップでベースライン上、コートの中央へと戻る。八神がフォアハンドで影村のバックハンド側へ真っすぐボールを打ち返す。彼の代名詞であるダウンザラインと呼ばれるカウンターショットだった。影村はすぐさま反応し、バックハンドのフォームで、対角線へボールを打ち返し、八神のバックハンド側を突いた。
「.........!(そう来るか!だが追い付く!)」
八神は俊足を生かしてバックハンド側へと走り込んでそれを打ち上げる。
「.........ック!(罠だ!!)」
八神は奥歯を噛んで影村にしてやられたという顔をした。影村はすでに走り込んでスマッシュの態勢に入っていた。彼はそのままスマッシュを決めた。
「Game Yoshitaka first game. Yoshitaka to service.」
観客席からまばらに拍手が起こる。1ゲーム目から八神が押されていた。影村はボールボーイからボールを2球受け取る。1球をポケットに入れ、残り1球をラケットで突きながらサーブを打つベースライン中央付近へと足を進める。
「来るぞ...」
「ヤバイサーブが来る。」
「200キロでも速過ぎて見えないのにな」
「ねぇねぇ、あの選手ってサーブ凄いの?」
「もう日本人離れしてるよ。すごい音がするの。」
「えーなにそれコワーイ。八神君取れるのかなぁ...」
「あいつのサーブ、噂だとレシーブ側から見ると全くコースが読めねぇって。」
「なんだよそれリアルチートじゃん。」
「しかもあの身長だろ?」
「ファースト打下ろすだけじゃん。」
観客席がざわつき始める。吉岡も彼のサーブを見るのは久しぶりなようで、身体がソワソワしている様子だった。そんな彼の様子を見た実況のタゴザエモンが彼に解説を求める。
「あっさりと1ゲーム目を取りました影村選手。吉岡さん、会場中がざわついた様子ですがこれは。」
「おそらく影村選手のサーブでしょうね。彼は全試合の1発目で、全力のファーストサーブを叩き込んで相手の出方を見るんですね。あぁ、今八神選手後ろへ下がりましたね。ベースラインより1メートルほど下がっていますね...影村君のサーブの勢いが殺されるところを取りたいという所でしょう。」
「なるほど...さぁ、高校生最速、いや、日本人選手サービス最速記録、ほぼ242.キロを叩きだした影村選手のサービスゲームが始まります。」
影村のファーストゲーム先取に拍手を送って騒いでいたクラスメイト達が、実況の言葉を聞いた途端に静かになった。
「おい、242キロってバトミントンよりは遅いよな。バド部どうなんだ?」
「あぁ、バトミントンよりは遅いが、シャトルは空気抵抗である程度の距離行けば速度が急速に落ちる...だがテニスの場合は勝手が違う。バウンド後もあまり速度が落ちない...ましてやシャトルより重いボールで242キロってことは...つまり...。」
「...やっべ鳥肌立ってきた。」
クラスメイト達は食い入るように画面を見ていた。一方視聴覚室側では、竹下を始め、初めて彼のサーブを見る者達が画面をじっと見つめていた。竹下も影村のサーブを見るのは初めてだった。いつもは練習中指導側であった為、尚且つ彼の「身内とは公式戦でのみ試合をする。」という確固たるポリシーがありそれを尊重しての事だった。
「影村ッチ...サーブ初めて見るや。」
「隣いいかね?」
「新貝監督...。」
「フフ、私も彼のサーブは初めて見るよ。まさかこんなにもざわつくとはね。」
「っすね。俺うれしいっす。影村ッチがやっと日の目を見られるんだから。」
「......あぁ、そうだ。彼はもっと表に出るべきだ。吉岡さんも同じことを言っていた。」
「.........。(クゥー!あのレジェンドにここまで言わすか影村ッチぃ~☆)」
高峰は上がるテンションを抑えつつ影村の動きを見つめる。静岡県の私立富士宮恵泉学園では、嶋藤、矢留、桃谷達が影村のサーブを食い入るように見ていた。
「何としても影村君のサーブの研究をしないと...でないと一生後悔するわ。」
「鉄子先輩...影村君は多分このセットを最短で取るだろう。八神、ラケッ...いや、なんでもない。」
「...。」
「鉄子、分析頼む。」
「バッチリ録画してるわ。」
桃谷は手帳を広げて画面を見た。影村がサーブの態勢に入った。ラケットで突いていたボールを左手に持ち替えて、1回だけ手でボールを突いてラケットを構えた。足は肩幅より少し狭く開き、70%背中を相手に向ける程の極端なクローズスタンス。そしてトスが上がりきる場所を目で見た後、影村はトスを上げた。
そこにBGM要らなかった
環境音すら観客達には聞こえなかった
そして、何も考えさせてくれなかった
トスと同時に足が曲がり、体を捻らせ、ラケットを持った肘が背骨のあたりにまで食い込む。そしてコンマゼロ数秒の後、体の捻じ戻しが始まる。力の伝達はつま先を起点に、脹脛、伸びあがるために戻される膝、太ももから上半身の捻じ戻しの順に伝達され、その反発力はエネルギーとなって影村のラケットを振る肩から腕へと伝達を完了した。ラケットはボールへ向かって真っすぐ振り上げられ、ラケットのスイートスポットへと直撃する。そしてすぐさま彼が手首を返すプロネーション動作へと乗せられボールに力の全てが伝達された。ボールは莫大なエネルギを受け取りガットへと食い込んだ。そしてガットの反発力を受取り強烈な打音と共に初速を得た。
「.........!!!(来る!!初手のサーブ!!!セン...!)」
八神が影村がトスを上げた時点で思考を張り巡らせた。しかし、彼が「ネットを越えてバウンドするボールをどうする」かへ思考を切り替えた時、既にボールは彼の横を通過した。ボールはそのまま後ろへと向かって行き壁に当たった。八神は首だけゆっくりと後ろを振り返る。
「...15-0」
「はえぇぇぇ!!」
「何キロ出しやがった!」
「なんだよ今の音!」
「バケモンだ...!バケモンがおる!」
「え、ボールどこ行ったの!?」
「あんなの取れないでしょう!」
「出たよバケモノサーブ...」
主審が判断に詰まって無線で専用端末の結果を確認し、影村のサーブが入った事を確認した。初めて目にする影村のサーブを見て高峰は唖然とし、新貝が固まり、画面の向こうにいた影村のクラスメイトや部活動報告会の面々も固まり、全国の視聴者達が打音と速度に何が起きたのかわからず凍り付いた。一瞬の沈黙の後、観客達、視聴者共大いに沸き上がった。竹下は影村のサーブを見て手を震わせ、自分も受けてみたいとフラストレーションがたまっていたが、佐藤の顔を見て我に返った。
「.........フゥ。(やれるだけのことは全部やって来た。通用してくれよ。俺...。)」
緊張する顔の八神を見た影村はいったん構えを解いた。八神が影村の方へと向き直った時、影村がラケットを上へ投げた。ラケットは空中で回転しながら4メートル程まで上がってそのまま落ちて来た。影村はそれをキャッチした。八神は影村の動作を「緊張するな。全部ぶつけてこい」と捉えたのか、頷いた後に大きく深呼吸して肩の力を抜いた。審判が両者の状況を確認した。
今回の審判はATPの大会で主審も務める程のキャリアを持っていたため試合に緊張感が生まれる。
「The best of 3 Tie-break sets, Shusuke to serve, Ready......Play.」
影村は聞き慣れた英語の審判コールに懐かしさを覚える。八神は手でボールを突く。ラケットを構えてトスを上げる1.5秒程度の間に影村がどの位置へ立ってどのコースのボールを狙っているのかを予測する。
「......(サービスコートの中央へ出てきてフォアとバック両方ともに対処する気か。角度のついたボールで振れば!)」
八神がトスを上げた。トスされて高く上がりきるまでにボールめがけて膝を曲げ、まるで弓を引くような体勢を取った。そしてトスされたボールが上がりきったところでラケットを振り上げる。
「......フン!」
八神の160キロ台のスピンサーブが影村のサービスコートの外側を狙う。ボールは角度が付いた状態でバウンドした。影村は既にコート内におり、バウンド後コートの外側へ逃げていくボールを超コンパクトなフォームのフォアハンドで打ち返す。
ボールは八神がサーブを打った位置とは逆サイドへ飛んで行く。八神が走り始めた。彼は全力で走ってボールを拾った。ラケットの角度をつけ、影村が居ないバックハンドサイドへとボールを返す。それはバックハンド側のサービスコート内へと落ちてバウンドした。影村はそれを追いかけ、今度はコンパクトなフォームのバックハンドストロークを八神のいないフォアハンドサイドへと返した。八神は走ろうとするも追いつかなかった。
「0-15」
「.....おぉ。」
たった十数秒あるかないかの中で起きた出来事。影村のクラス中が彼らの動きに感心する。特にスポーツをやって来たクラスメイト達は、影村の無駄な動きがみられない動作に感動を覚える。八神がボールボーイからボールを貰って次のサービス位置までラケットでボールを突いて移動する。影村は軽くその場でジャンプして次のレシーブ位置へと向かう。観客席では八神のファン達が祈る様に試合を見つめていた。タゴザエモンの実況と吉岡の解説が続く。
「先手を打ちました影村選手。」
「八神選手のコートカバーリング力を見たんだと考えられます。」
八神のトスが上がる。今度は影村のバックハンド側へボールがバウンドする。球種は先ほどと同じスピンサーブ。バウンドの高さで相手の態勢を崩そうとするも、影村はコンパクトなフォームのライジングショットによるバックハンドで八神のいないフォアハンド側へとこれを返した。八神はコートのベースライン際に走り、対角線側へとそれを撃ち込むも影村のボレーによって阻止される。
「0-30...」
影村は淡々と作業をするように次の位置でラケットを構える。八神はボールを手に持って上を向き、大きく息を吐く。八神は今度はコートセンターへフラット系のサーブを打つもこれをネットに掛ける。
「......。(この男にはセカンドサーブなんて生易しいものは与えてはいけない。すかさずリターンエース確定だ。)」
八神は影村の立ち位置を確認した。影村はベースラインの線上に立ち、コート外側となるフォアハンド側に寄っていた。
「......。(フォアサイドを警戒しているか...しかし、バックハンドへのストレートへ打ってこいと誘っている可能性も!)」
八神はセカンドサーブもファーストサーブ同様170キロ台のフラットサーブを打ち込む。影村は八神がトスを上げた時点でコート内へ2歩ほど進んでおり、フォアハンドだとコースも読んでいた。彼が読んだ通り、フォアハンド側へフラットサーブが打ち込まれる。影村はそれを八神がサーブを打ち終わった着地点へと返した。八神の足元でボールがバウンドする。
「......。(水谷の時の!)」
八神は咄嗟の反応でフォアハンドを打ち上げたが、ネットの2.5メートルほどの位置へと上がり、影村がすかさずスマッシュを撃ち込んだ。
「0-40...」
「......。(全部狙って撃ち込んでやがる...少しずつでいい、ストローク戦へ持ち込むんだ。俺の土壌に引き込め...!)」
影村は周囲の状況を一度見まわす。そしてボールボーイが走って自分の配置へ付いたことを確認するとラケットを構えた。八神がトスを上げる。影村のフォアハンド側を狙う為、ボールを強くこすりつけ、彼の態勢を崩すべく打ち終わりのフォロースルーを内側へと振りぬく。
ボールは影村のフォアハンド側へと着地し、高くバウンドしつつ彼のいるコートの真中へと舵を切る様に影村の遠くへと離れていった。
「........!(キックサーブ!)」
竹下は中継の画面越しに八神のサーブをキックサーブ、いわゆるツイストサーブであると判断した。影村は大きく飛び出しコンパクトスイングで八神の立っている場所へボールを返す。今度は腰の高さまで上がった打ちやすいボールだった。八神は影村を左右に振る事を狙う為、フォアハンドストロークで影村のフォアハンド側へボールを撃ち込み、バウンド後コートの外側へと彼を追い出そうとした。影村は走り込み、今度は八神がいないフォアハンド側へと対角線へボールを打ち返す。
「.........ッ!(切返しかぁ!)」
八神は走り込み、影村も横移動ステップでベースライン上、コートの中央へと戻る。八神がフォアハンドで影村のバックハンド側へ真っすぐボールを打ち返す。彼の代名詞であるダウンザラインと呼ばれるカウンターショットだった。影村はすぐさま反応し、バックハンドのフォームで、対角線へボールを打ち返し、八神のバックハンド側を突いた。
「.........!(そう来るか!だが追い付く!)」
八神は俊足を生かしてバックハンド側へと走り込んでそれを打ち上げる。
「.........ック!(罠だ!!)」
八神は奥歯を噛んで影村にしてやられたという顔をした。影村はすでに走り込んでスマッシュの態勢に入っていた。彼はそのままスマッシュを決めた。
「Game Yoshitaka first game. Yoshitaka to service.」
観客席からまばらに拍手が起こる。1ゲーム目から八神が押されていた。影村はボールボーイからボールを2球受け取る。1球をポケットに入れ、残り1球をラケットで突きながらサーブを打つベースライン中央付近へと足を進める。
「来るぞ...」
「ヤバイサーブが来る。」
「200キロでも速過ぎて見えないのにな」
「ねぇねぇ、あの選手ってサーブ凄いの?」
「もう日本人離れしてるよ。すごい音がするの。」
「えーなにそれコワーイ。八神君取れるのかなぁ...」
「あいつのサーブ、噂だとレシーブ側から見ると全くコースが読めねぇって。」
「なんだよそれリアルチートじゃん。」
「しかもあの身長だろ?」
「ファースト打下ろすだけじゃん。」
観客席がざわつき始める。吉岡も彼のサーブを見るのは久しぶりなようで、身体がソワソワしている様子だった。そんな彼の様子を見た実況のタゴザエモンが彼に解説を求める。
「あっさりと1ゲーム目を取りました影村選手。吉岡さん、会場中がざわついた様子ですがこれは。」
「おそらく影村選手のサーブでしょうね。彼は全試合の1発目で、全力のファーストサーブを叩き込んで相手の出方を見るんですね。あぁ、今八神選手後ろへ下がりましたね。ベースラインより1メートルほど下がっていますね...影村君のサーブの勢いが殺されるところを取りたいという所でしょう。」
「なるほど...さぁ、高校生最速、いや、日本人選手サービス最速記録、ほぼ242.キロを叩きだした影村選手のサービスゲームが始まります。」
影村のファーストゲーム先取に拍手を送って騒いでいたクラスメイト達が、実況の言葉を聞いた途端に静かになった。
「おい、242キロってバトミントンよりは遅いよな。バド部どうなんだ?」
「あぁ、バトミントンよりは遅いが、シャトルは空気抵抗である程度の距離行けば速度が急速に落ちる...だがテニスの場合は勝手が違う。バウンド後もあまり速度が落ちない...ましてやシャトルより重いボールで242キロってことは...つまり...。」
「...やっべ鳥肌立ってきた。」
クラスメイト達は食い入るように画面を見ていた。一方視聴覚室側では、竹下を始め、初めて彼のサーブを見る者達が画面をじっと見つめていた。竹下も影村のサーブを見るのは初めてだった。いつもは練習中指導側であった為、尚且つ彼の「身内とは公式戦でのみ試合をする。」という確固たるポリシーがありそれを尊重しての事だった。
「影村ッチ...サーブ初めて見るや。」
「隣いいかね?」
「新貝監督...。」
「フフ、私も彼のサーブは初めて見るよ。まさかこんなにもざわつくとはね。」
「っすね。俺うれしいっす。影村ッチがやっと日の目を見られるんだから。」
「......あぁ、そうだ。彼はもっと表に出るべきだ。吉岡さんも同じことを言っていた。」
「.........。(クゥー!あのレジェンドにここまで言わすか影村ッチぃ~☆)」
高峰は上がるテンションを抑えつつ影村の動きを見つめる。静岡県の私立富士宮恵泉学園では、嶋藤、矢留、桃谷達が影村のサーブを食い入るように見ていた。
「何としても影村君のサーブの研究をしないと...でないと一生後悔するわ。」
「鉄子先輩...影村君は多分このセットを最短で取るだろう。八神、ラケッ...いや、なんでもない。」
「...。」
「鉄子、分析頼む。」
「バッチリ録画してるわ。」
桃谷は手帳を広げて画面を見た。影村がサーブの態勢に入った。ラケットで突いていたボールを左手に持ち替えて、1回だけ手でボールを突いてラケットを構えた。足は肩幅より少し狭く開き、70%背中を相手に向ける程の極端なクローズスタンス。そしてトスが上がりきる場所を目で見た後、影村はトスを上げた。
そこにBGM要らなかった
環境音すら観客達には聞こえなかった
そして、何も考えさせてくれなかった
トスと同時に足が曲がり、体を捻らせ、ラケットを持った肘が背骨のあたりにまで食い込む。そしてコンマゼロ数秒の後、体の捻じ戻しが始まる。力の伝達はつま先を起点に、脹脛、伸びあがるために戻される膝、太ももから上半身の捻じ戻しの順に伝達され、その反発力はエネルギーとなって影村のラケットを振る肩から腕へと伝達を完了した。ラケットはボールへ向かって真っすぐ振り上げられ、ラケットのスイートスポットへと直撃する。そしてすぐさま彼が手首を返すプロネーション動作へと乗せられボールに力の全てが伝達された。ボールは莫大なエネルギを受け取りガットへと食い込んだ。そしてガットの反発力を受取り強烈な打音と共に初速を得た。
「.........!!!(来る!!初手のサーブ!!!セン...!)」
八神が影村がトスを上げた時点で思考を張り巡らせた。しかし、彼が「ネットを越えてバウンドするボールをどうする」かへ思考を切り替えた時、既にボールは彼の横を通過した。ボールはそのまま後ろへと向かって行き壁に当たった。八神は首だけゆっくりと後ろを振り返る。
「...15-0」
「はえぇぇぇ!!」
「何キロ出しやがった!」
「なんだよ今の音!」
「バケモンだ...!バケモンがおる!」
「え、ボールどこ行ったの!?」
「あんなの取れないでしょう!」
「出たよバケモノサーブ...」
主審が判断に詰まって無線で専用端末の結果を確認し、影村のサーブが入った事を確認した。初めて目にする影村のサーブを見て高峰は唖然とし、新貝が固まり、画面の向こうにいた影村のクラスメイトや部活動報告会の面々も固まり、全国の視聴者達が打音と速度に何が起きたのかわからず凍り付いた。一瞬の沈黙の後、観客達、視聴者共大いに沸き上がった。竹下は影村のサーブを見て手を震わせ、自分も受けてみたいとフラストレーションがたまっていたが、佐藤の顔を見て我に返った。
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