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Proving On

chronicle.35

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 午後15時 全県杯 男子シングルス決勝戦が始まる。

 この日、全国のクラスの強豪校の監督・コーチ、そして選手達がインターネット動画サイトの生放送画面を見ながらまだかまだかと身構えていた。5人の天才の一人、矢留が在学する静岡県私立富士宮恵泉学園、水谷が在学する愛知県八星高校、龍谷の在籍する福岡県私立新羅鈴仙高校、そして対戦相手である八神が在籍する神奈川県私立雲津大恵高校。そしてこの場にいない全国のどこか不特定多数の動画ユーザー達がこの試合を見届ける重要参考人となる。


 「隆二!始まった!」
 「フフ、そうだね。」

 竹下と佐藤はテレビ画面を食い入るように見つめる。その他海生代高校の部活動報告会の面々も続いた。彼らが試合会場である有明コロシアムが映ったテレビ画面を見ている。影村のクラスでは、女子テニス部3人組が担任教師の野上とパソコンに詳しい男子生徒に頼み込んで、野上のパソコンをテレビに繋いで中継を見ていた。

 「影村...まさか全国決勝まで行くなんてな。」
 「私達影村の試合見に行ったよ。天才相手にめっちゃ圧倒的だった!」

 常盤は席に座って、影村が水谷戦で見せた初発のリターンエースの情景を思い出し恍惚とした表情を浮かべる。野上はメガネの位置を直し、自分の受け持ちである影村が活躍する姿に胸を躍らせた。

 「......。(影村君。クラスに溶け込もうとせず、行事も不参加...でも全国へ羽ばたける程のテニスの才能を持ってたのね。誇らしいわ。)」

 「あー、そういえば影村、竹下と同格の全国5人の天才1人倒したぞ。つーかこの試合も天才とだぞ。」
 「うっそ、マジかよ。」
 「私テレビで見たことある!八神君でしょ!?マジイケメンの...」
 「そうそう!竹下君と同じでアイドルみたいなかっこいい子!」
 「マジか...早く試合見てぇ...。」

 クラスメイト達が自分のクラスから有名人が出るのかとはしゃぐ。審判他ボールボーイ、ボールガールが試合準備を進める。そんな映像が流れると、クラスメイトの男子達はボールガールの誰がかわいいかで話を盛り上げ、女子達が白けた顔をする。

 有明コロシアム 選手控え場所

 影村はラケットバッグを背負って立っていた。黒い海生代男テニジャージの下には、襟の無いポロシャツの様な黒いウェアーに黒い短パン。奇抜ではあるが、大会規定にも則っているブランドだった。向かい側の控え場所では同じくテニスバッグを背負った八神が立っていた。両者共スタッフが声をかけづらいほどに無言であった。


 実況は人気即興系実況動画の主が一人と、解説は吉岡自ら買って出た。実況動画主であるニックネーム “タゴザエモン”はテニスというスポーツをゲームや漫画でしか知らない上に急遽声を掛けられての仕事だったのか、少々緊張気味ではあった。しかし吉岡に背中を軽く叩かれ、その上勇気づけられたため何とか仕事を熟そうと実況のマイクを取った。

 「全国県選抜庭球トーナメント 略称全県杯 全国のテニスコートで熾烈な戦いを繰り広げる猛者達の夢であるここ有明コロシアム。この会場はジャパンオープンでも使用される日本を代表するコート。このハードコートの大会を勝ち進んだ2名の選手の試合。男子シングルスの決勝戦が行われます。実況は私タゴザエモン。通称タゴ。解説は日本テニス界のレジェンド。吉岡昭三さんです。本日はよろしくおねがいします。」

 「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。」

 「では、今日の試合ですが、千葉県代表 海生代高等学校 1年生の影村義孝選手と、全国5人の天才と云われ、その天才達の中で最も強いと謳われる1年生の八神秀介選手の試合です。吉岡さん、八神選手は芸能活動面でも有名ですが、テニスでの活躍はどうでしょうか。」

 「えぇ、彼は中学...全中トーナメントの男子シングルス優勝者です。俊足と体力、そしてカウンターショットを駆使して全国の猛者を倒してきた、日本学生テニス界で最も実力がある選手です。」

 「その見た目容姿だけではなく、テニスの実力も超一流の八神選手。おっと、観客席で彼らのファンである女性達がすでに横断幕を掲げています。ものすごい人気ですね。」

 「そうですね。あの美形で文武両道ですからね。私にはなかったものですね。羨ましいです。」

 「そんな八神選手と同じく全国の猛者達を倒してきた千葉県代表のダークホース。影村選手が対戦します。吉岡さん、彼は強豪校の選手達から“海将”というあだ名がついたそうですが、どのようなプレーをするのでしょうか。」

 「えぇ、彼も5人の天才に引けを取らない実力があるのではないかと考えてよいでしょう。これまでの試合を全部6-0で終わっていますからね。大会関係者の話では、1ポイントも取らせてない可能性があるとのことです。」

 「い、1ポイントもですか!?」

 「彼は今大会で日本新記録となるサービスの速球記録を叩きだしました。有無を言わさずビッグサーブを使ってくるでしょう。しかしサーブだけでなく、独特のコンパクトなフォームから繰り出されるテンポの速いストローク戦も得意で、恐らくこの試合でも使ってくるでしょう。」

 「吉岡さんありがとうございます。そろそろ選手が入場します。」

 影村のクラスメイトが彼の写真が出て来たところで沸き上がる。人気実況動画の主であるタゴザエモンが出て来た事とCM・バラエティで熱血漢キャラとして出てくる吉岡の名前が出たことが原因だったようだ。騒がしいクラスメイト達を野上は今日はよいといった様子で、終止BARでサッカー中継を見て応援している外国人の様なテンションになっていた。タゴザエモンの実況と吉岡の解説が続く。

 「お、おい。今解説聞いたか?」
 「1ポイントも落としてないって...。」
 「う...嘘...。」
 「お、おい、それって凄いのか?」
 「あ、当り前よ!全国クラスの相手にそれができるなんてもう化物だわそんなの!」

 テニスの事を知っている女子生徒が吉岡の解説を聞いて動揺する。その表情に祭り騒ぎだったクラスメイトも一瞬だけ言葉を失う。身長190センチの大男。ただのパワーだけではない。それ以上の何かを持っている。それは世界に轟く最高峰のコーチにより徹底的に教育され後天的に伸ばされたものだ。コート内に八神が入ってきた。影村もスタッフに入場の合図をされ無言でコートへと向かっていく。

 「八神くーん!」
 「キャァァァ!」
 「ガンバッテー!」

 女性達がまるでアイドルへ声をかける様に八神へ黄色い声援を送る。観客席の中に芸能関係の記者や事務所関係者の姿もあった。八神をスポーツ系のグッズのCM看板として売りに出したいのだという魂胆だろう。八神は爽やかな笑顔で観客席へ手を振った。しかしコートのベンチへ近づくにつれその表情は硬かった。雲津大恵高校の観戦者達は、いつも爽やかな笑顔で試合に臨む彼のイメージが先行していた。しかし、今の彼は強大な敵に挑むかのような緊張した顔つきになっていた。雲津大恵高校のメンバー達は一様にコート上にいる八神の様に様緊張した。

 「龍谷....来よるぞ。」
 「あぁ...こん大会をぶち壊さん勢いの...理不尽な強さ持っとる男ば来よる...。」
 「海将が来る...!」
 「あぁ、やっべぇ...試合する相手じゃねぇのに体が震える...。」
 「で、でけぇ...海の文字がマジ映えてるわ...。」

 全ての者が、まるで危険なものを見るような眼でコートへ入場してくる一人の大男を見つめる。近い将来、全ての高校生テニスプレーヤー達が畏怖の対象とする、黒いパーカーをベースに、青い大波のラインが描かれた模様。その上に毛筆調で「海.」の刺繍が施された黒いジャージが影村の背中でたなびく。


 デッかー!
 イケメン!海将イケメン!
 やっべ、ホレちまう///
 ↑アッー!
 海生代って無名校って聞いたけど、調べたら昔全国行ったんだな
 それマ?
 八神マジ美少年!マジイケメン!
 海生代のジャージかっこええ!
 奇跡のカーニバルのはじまりだ!\(゜ロ゜)/
 ジャージすげえ!欲しい!

 生放送の画面の中で視聴者達のコメントが流れる。一方、海生代高校男子テニス部と関わった人々も生配信動画中継を心待ちにしていた。影村の髪を切った美容室では山城加里奈が画面の大きな電子パッドで、海生代の面々が練習後よく食べに行く町中華屋。笹林亭の店主が仕込みをしながら携帯端末で、そして藤谷デザイン工房社では、社長の千明を含めた面々らがパソコンの大画面で生配信を見ていた。影村はコートに入る手前で酒井達と約束した事柄を思い出し、テニスバッグを手に持っての入場だった。

 「おぉ、これ社長がデザインしたやつ!」
 「だろぉ?やっぱ天才だろぉ?」
 「原案持ってきた酒井君がね。」
 「ヒドクナーイ?」
 「ハッハッハッハッハ」

 画面を前に談笑する面々。千明は影村が自分達がデザインしたフード付きのジャージが見える様に気遣ってくれたのだと感じ目頭を熱くした。ジャージの効果があったのか、解説のタゴザエモンがそれについて実況した。

 「影村選手が入場し...かっこいいジャージ来てますねぇ。背中には海生代の海の文字。その躍動感あふれるデザイン。そしてそれに恥じぬ実績を持つ選手が入場してきました。」

 「いや、あれ、俺も欲しいなぁ。」

 「吉岡さん(笑)」

 テレビ画面越しにタゴザエモンと吉岡の会話を見たクラスメイトや部活動報告会の面々も笑った。影村がジャージを脱ぎウェア姿になる。八神もジャージを脱ぎ、ウェア姿となる。そして両者共ネット前へと歩いていく。互いが向かい合ったところでコインを持った主審が声をかけた。

 「これより、全県杯決勝 神奈川県代表 八神選手と 千葉県代表 影村選手の試合を始めます。コイントスです。表が八神選手です...表が出ました。」

 「サーブで。」

 八神はサーブ権を取った。その後影村は八神を見下ろす。八神は大きく深呼吸をして言った。

 「鹿子の借りは返すとは言わない。だが、今回こそお前に挑めるだけの力をつけてきたと言いたい。」

 「...そうかい。」

 短い会話を終えると、2人はそれぞれ歩き始める。影村は観客席を見回した。学ランを着た集団が鉢巻を巻いて立っていた。

 「海生代影村選手の―!健闘を祈って―!影村ー!ファィッ!」
 「オッ!」
 「ファイッ!」
 「オッ!」

 八神への黄色い声援が送られる中それに負けずと応援コールを浴びせる集団がいた。堀部が音頭を取って龍谷達後輩が声を発する。

 「でたよ鈴仙名物。」
 「圧半端ねぇ...」
 「毎年毎年律儀だよな。次の試合応援しに行くなんてさ。」

 「あー、あれ20年前にホテルのキャンセル料払いたくないからつって、次の日応援で日程潰すって始めたやつだぞ。」

 「え、そうなの!?」
 「え、そうなの!?」
 「だって俺、そこのバレー部OBだし。」
 「テニスじゃなかった。」

 他の観客達は龍谷達の応援コールに半ば引き気味だったが、新羅鈴仙が毎年のようにやっているので見慣れた光景ではあったのでそこまで違和感を感じなかった。

 「龍谷...。(まぁ、そうだよな。)」

 八神は笑顔で龍谷の方を見る。龍谷は楽しそうに応援していた。物静かで仏頂面だが、どこか惹かれるものを持っているのだろう。八神は龍谷の男気のある性格を考えれば大体予想はついたと目を瞑った。影村は首からぶら下げているプレート型のチョーカートップをウェアの襟の中へと仕舞うと、ベースラインから審判コールを待っていた。



 “俺は...俺はみんなを追いかけるよ。ラスベガスみたいな大会に出ていっぱい稼ぎたい。”


 「......。(あぁ、そうだ...俺は...ここからだ...。)」


 彼の中でU-12の時の自分がそこに立っている記憶の残影、初老のフランス人男性に賞賛されP.T.S.Dを克服した大会の記憶の残影、その後時が経ち仲間と出場したラスベガスで行われたトーナメントの記憶の残影が、一瞬ずつだが今この状況と重なる。


 「.............。」


 観客席の声援が止む。テニス独特のファーストセット、ファーストゲームのスタート。その静寂な雰囲気に普段はおしゃべりな女性達やテニス好きな小学生の応援者達を含めた何者も言葉を発せずただその状況に飲み込まれる。新羅鈴仙のメンバー達も八神に黄色い声援を送っていた女子中高生達も全員着席してコートの中で試合を始める2人を見守る。

 「.........。」

 
 八神がラケットでボールを突きながらベースラインへの後方と移動する。影村もレシーブ位置へと立つ。海生代高校では男子テニス部を始め生徒達が、全国の強豪校の生徒や監督達が、そしてテニスの生中継を見ている全国の視聴者たちが、一様に静かに画面を見守っていた。

 「始まる...5人の天才と海将の試合が。」

 竹下は手に汗を握り、この状況で試合会場にいない事が歯がゆかった。彼の手を佐藤が握る。照山はそんな2人の後ろ姿を見てどこか複雑な表情を浮かべた。
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