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Proving On

chronicle.33

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 重田の遠心力を活かしたフォアハンド。左利きな上に右利きの相手に対し、まるで蜂の様に突き刺すようなコースを狙うことができる。重田はフォアハンドストロークと、左手という有利な立ち位置を武器に戸塚と歩んできた。そして戸塚も凡庸な選手ではなかった。

 「......ノブ、ちょっといいか?。」
 「...え、なに?」

 高峰は山瀬と肩を組み何やら話している。戸塚と重田は次に彼らが何をしてくるのかワクワクしていた。

 「あいつら、もうお前のフォアハンド見て何か話してるぜ。」
 「1回見ただけで対策を考えてるのなら上出来だ。」
 「普通の学校ならなし崩しに押し切られてるからな。ホラヨ」

 戸塚と重田はハイタッチして次の配置へと移動した。高峰と山瀬も何やら打ち合わせして拳を合わせた。山瀬がラケットでボールを突きながらベースラインへと移動する。高峰は戸塚の動きをじっと見たままベースラインでラケットを構える何かを企んでいた。

 山瀬がトスを上げてスピンサーブを打つ。ボールは戸塚のサービスコートバックハンド側へと飛んで行く。バウンド後は戸塚の打ちやすい腰の高さまでバウンドする。そして高峰が走ってこようとラケットをグッと握り突進する素振りを見せた。

 「........。(...前には山瀬、俺にバックハンドを打たせてそれを取る気か。)」

 山瀬はサーブ後すぐにネット前へと走り戸塚の正面へと配置した。戸塚は腰の位置まで来たボールを山瀬の上を通り越す様に打ち上げる。これだけには飽き足らずバックハンドを打つ際、ボールを擦り上げたため微妙にトップスピンが掛かっていた。高峰は飛んでくるロブの落下位置の目ぼしを付けニヤリと不敵に笑みを浮かべた。戸塚は半歩後ろへと下がる。そしてベースラインから走ってくるであろう高峰に備えたが当の高峰は...。

 「.........!?」

 戸塚と重田は高峰の行動に彼が正気かといった顔をした。高峰が助走し、高くジャンプして、まるでバレーボールのアタックの様な空中姿勢を保っていたのだ。ボールは高峰が予測で計算した落下地点の場所へ差し掛かった一瞬だけ動きが止まり落下する。高峰は空中姿勢を崩さない驚異的なバランス力で姿勢を保ち続けた。その滞空時間に観客達が目を疑う。

 「......!!(はぁ!?)」
 「......!!(マジか!)」

 高峰は戸塚へ自分がネット前へ猛ダッシュすると見せかける為、戸塚がボールを返す瞬間にダッシュする素振りを見せた。しかし実のところはその場で小さくジャンプして半歩前へ出ただけであり、ベースライン上で戸塚がロブボールを打つのを待っていた。高峰はラケットを振り下ろす。

 「........!(これがトリックスター!)」

 高峰が撃ったジャンピングスマッシュは重田の頭上を通過し、ベースラインの手前でバウンドし、コートの外へと出て行った。戸塚は「やりやがったな」という顔をしながら重田のフォローに向かうも間に合わなかった。

 「30-15!」

 「.....今めっちゃ飛んだよな。」
 「あぁ、バレーの選手みたいだった...。」
 「おれ、あいつがネット前に走っていったかと...」

 観客達もすっかり高峰のフェイント動作に判断力を奪われてしまっていた。そのまま高峰がネット前に出てきていた場合、戸塚が打ち上げたトップスピンのかかったボールが高峰の頭上を通過し、ベースライン手前に落ちてポイントを取られていた。

 「引っ掛かるかっつーの☆↑ウェーイ!」
 「ウェーイ!」 

 高峰と山瀬が拳を合わせる。戸塚はまんまと高峰のフェイントに引っかかった事に悔しさを露わにするどころか笑っていた。

 「重田...。」
 「ん?」
 「これだからやめられねぇな。このスポーツは。」
 「そうだな。戸塚。」
 「サービスブレークは速い方がいいな。」
 「あぁ。やろう...これは釜谷南の気持ちがなんとなくわかるよ。」
 「そうだな重田。あいつらきっとこのゲームが取れなくて流れを持ってかれたんだろうぜ。」

 重田と戸塚がハイタッチする。山瀬がラケットでボールを突く。トスが上がり重田のいるサービスコート内へボールを打つ。コースは同じく重田のフォアハンド側だった。山瀬がサービスを打つとともにネット前へと走る。しかし今度は山瀬が彼自身の対角線上にいる重田の方へと走ってきた。重田は同じく遠心力の利いたフォアハンドスイングで先ほどと同じコースに打ち込もうとしていた。山瀬が無機質なロボットの様に据わった眼をして重田が打つボールを捉えていた。重田がフォアハンドを撃ち込むも、超至近距離で山瀬にボレーされ、フォアハンドを打ち終わったところにボールを自分の足元へと落とされた。

 「40-15!」

 「やっべまじか...」
 「超至近距離でよくとれるよな...。」
 「すげぇ...あの兄にしてこの弟有りかよ...」

 観客達がざわつく。山瀬は非力ながらファーストサーブを撃ち込み、ボールがバウンドするまでに重田がどういったフォアハンドスイングをするのか予測していた。恐らく先ほどと同じ場所へと撃ち込んで来るだろう。どれだけの滞空時間のサーブを打てばよいか、バウンドしてから重田がフォアハンドを打つまでにかかる時間はどれほどか。彼の最初のフォアハンドを見た時にインプットした情報を鑑みた結果だった。

 「ハッハッハッ!止めやがったな。」
 「お前のフォアハンド止めやがったぞ、至近距離で。」

 山瀬と高峰はポイントを取られているのに笑っている姿の彼らを見て不思議に思った。彼らは3年生であり、勝っても負けてももう高校テニス界でのキャリアが残り少ない。普通なら真剣そのものであるはず。戸塚と重田はこの試合を楽しんでいる。もちろんふざけてはいない。しかし、その明るい会話の端々から次の対策やどうやって相手を攻め落とすかを考えているのかを雰囲気から読み取った。

 「ノブノブナイスボレー。」
 「この試合、負けられないよ。」
 「あぁ、五日市が...くるぅ~☆↑」
 

 高峰が自作のフェイント動作で戸塚をはめたことに内心興奮気味の様子で山瀬と拳を合わせる。山瀬も無邪気な子供の様ににっかりと笑う。その姿に観客席にいる女性達がハートを撃ち抜かれる。生中継の動画のコメント欄が「かわいい」が複数流れる程だった。

 「...ふざけているように見せて、その目はマジなんだよなあれ。」
 「あぁ、さすがだ。どこまでも成長しろがある。しかしまだ1年だ。」
 「これで1年とか目を疑うぜ。釜谷のあいつらも3年だろ。どうなってんだ今年の1年世代は。」
 「2年世代は五日市の独占だったからな。」
 「あぁ。やったらやり返す。たとえ1ポイント差でもな。」

 戸塚と重田はハイタッチをする。山瀬がサービスのルーティンに入る。戸塚は軽くジャンプした。そしてまるで身体の関節という関節をほぐすようにぐりぐりと肩を回したり手首、足首を回し始める。それが終わるとまた軽くジャンプし、大きく息を吸って吐いた。山瀬がトスを上げてスピンサーブを戸塚のサービスコートのフォアハンド側へと撃ち込む。

 「.........!」

 高峰は何かを察知して猛ダッシュでネット前へと詰め寄った。山瀬も戸塚のフォアハンドのフォームを見てゾッとする。戸塚が重田と同じ腕を大きく回すようなフォアハンドの構えを見せたのだ。高峰は走ったが時すでに遅く、今度は山瀬が重田にポイントを取られたように、戸塚のフォアハンドで撃ち込まれたボールが走ってくる高峰の目の前を横切る形でコートの外へと出て行った。

 「40 - 30!」

 1ゲーム目から緊迫した空気が流れる。高峰と山瀬は互いを見あった。その表情は危険信号を察知した野生の獣の様だった。常にダブルス全国優勝を懸けて争っている雲津大恵高校、釜谷南高校、五日市工業高校。その歴戦の主力選手は高峰と山瀬に大きく立ちはだかった。


 大会本部 有明コロシアム前テント

 新貝と吉岡は、ファイルを見ながら公共放送のテレビ局へに電話をかけていた。2人が影村の試合の時に電話していた笹原の後姿を見た時に予測はしていた事だが、思わぬほどのスピードでそれは襲ってきた。

 「えぇ、そうです。ですからそれは私どもの...いえいえ。ですが、男子シングルス決勝戦の試合時間の枠は何としてでも死守してください...なに、もっと上の命令?飛びこえられたんですか?はい...わかりました。失礼します。」

 「日本テニス連盟協会の吉岡です。えぇ、責任者の方お願いします...えぇ...あぁ、ライブ撮影の件です。いきなりキャンセルとはどういうことですか?中継車引き返してるってそりゃどういう...え?我々側が断った?それはどういうことですか?誰からでしょうか。  N  T  C  A  日本テニス協会連盟が?わかりました。一度確認させてもらいます。では...」

 「笹原め、共同企業体の権力を使いやがったな。」
 「こっちもだ。大方本部長権限でテレビ局へ圧力をかけたんだ...連中影村を世に露出させないつもりだ。」
 「.....これはまずい。なんとしても情報を発信しないと。」
 「......このままじゃ、本物の才能が潰される!奴ら正気の沙汰じゃない!そんなに手前ぇらの将来の売り上げが大事か!」

 吉岡は声を荒げた後、机の上に腰かけて携帯端末を持った手を膝の上へと乗せそして溜息をついた。新貝はあの「燃盛る男」の代名詞であるレジェンド吉岡昭三がため息をついて呆けている姿を見て、今置かれている事態の深刻さを改めて感じたのだった。

 「なぁ、新貝。」
 「...。」
 「俺は現役時代何も考えずに、ただテニスにだけ情熱を注いできた。このスポーツを愛してきた。そして俺はハリー・グラスマンの教育方針をまねて5人の天才を生み出すプロジェクトを提唱した。」
 「あぁ、貴方は立派だ。」
 「だが、俺が愛したテニスというスポーツに...俺の大事な知り合いが...本当の天才が潰されようとしている。」
 「...吉岡さん。」

 吉岡は天井を見上げた。そして携帯端末を机の上において、まるで試合に敗北した時の様な様子を見せた。自分が抑えてきれなかった共同企業体の権力。そんなどうしようもない力が、自分が見出した本物の才能がある存在へ向けられる。彼は頭を抱え、心の中で影村へ謝罪の念を抱いた。

 「......はぁ...はぁ...はぁ...。」
 「.........。」

 「...クッ...ック...高峰ぇ...僕...ック...ツ!」
 「いいんだ...いいんだノブ...また俺達のステージに立とう...。」

 この日ダブルスの試合会場が静まり返った。観客達が見守る中、小さな選手はその相方に支えられ立ち上がった。そしてその2人をネット越しに見る男達も、力の全てを使い果たしたかのようにぐったり両手を膝に付けて息を荒げながら大汗を掻きコートを濡らした。

 「ゲームセット! マッチウォンバイ 神奈川県代表 戸塚&重田ペア! 5-7・7-5・12-11棄権(タイブレーク)! ただいまの試合。医療スタッフによる診断の結果、山瀬選手の足の故障により試合続行不可能という判断が下されました。」

 「...うわマジか。海生代竹下と同じくかよ...」
 「足痛そう...可哀そう...」
 「あれ、捻挫か?いや、捻挫にしては倒れ方がおかしい。」
 「あぁ、そうだったらあれほど顔を歪めねぇよ。靭帯やったかもな。」

 コート中に鳴り止まない拍手が響いたが、観客達は心配の表情を浮かべる。高峰に支えられた山瀬は大粒の涙を促し、激痛と悔しさに顔を歪めた。高峰は目を滲ませながら山瀬をベンチへと座らせた。試合は拮抗状態だった。釜谷南線の様に互いに譲らずの試合展開だった。そしてタイブレークの最後にそれは訪れた。山瀬が足を捻り倒れた。医療スタッフが駆けつけて彼をその場で診断するも試合続行不可能という判定が下され、彼らの全県杯は終わった。試合後の挨拶が終わった戸塚と重田が駆け寄った。

 「おい!大丈夫か...!」
 「はい...ック!」
 「後輩に氷を用意させる!オーイ!」
 「鉄壁山瀬...足腫れてるな。」
 「...高峰ぇ...ごめんよ...ごめんよ高峰ぇ...。」
 「泣くなノブ...痛みは?」
 「...ッ!痛い...痛いよ高峰...!」

 山瀬が猛烈な足首の痛みを訴える表情を見せた。ベンチから雲津大恵の選手達がクーラーボックスや救急箱を持って走ってきた。4人は目を疑った。

 「お前ら...それに八神?試合は?」
 「戸塚主将...試合は終わらせてきた。6-1・6-2です。」
 「あ...あぁ。」
 「淀橋と圭吾が担架を持ってきた。先輩達はベンチへ。決勝戦に備えてください。相手は五日市なんでしょう。」
 「...わかった。」

 5人の天才の一人、そして次期主力筆頭の八神を始め、将来雲津大恵高校男子テニス部を背負っていく1年生・2年生の4人だった。高峰は放心状態だった。それは試合に負けた自分達の悔しさよりも、自分達の様な無名校の選手を相手に強豪校の主力選手達が手伝ってくれる姿勢を見せたことにあった。戸塚と重田は観客席にいる後輩達と合流した。八神は言った。

 「海将の...影村あいつの仲間を...これから俺達と対等に戦うことになるだろう将来の目を...むざむざ潰えさせはしない。どうせならコートの上で勝負したい。」

 高峰は八神の言葉から「海将」、影村というワードが出たことに驚く。ダブルスの主力選手筆頭の1人が高峰へ声をかける。

 「へっ、どうせだ。俺達が全快したお前らを倒したいしな。八神、担架用意できたぜ。」
 「あぁ、頼む。」

 医療スタッフの指導の下雲津大恵の選手達がテキパキと動きを見せる。高峰も山瀬に声を掛けながら彼を安心させる。

 「スプレーは布の上に。その後氷当てて。直接当てるとやけどするから。」
 「はい。」
 「氷当てます。」
 「高峰君、せーので乗せるぞ。圭吾そっち支えてくれ。」
 「うす。せーの」

 担架で運ばれる山瀬を観客達が大きく拍手して見送る。

 「頑張って怪我治せよ山瀬―!」
 「待ってるから―!」
 「いい試合だったぞ!次は優勝だ!がんばれー!」

 高峰は観客達の声援を背に大粒の涙を流す。

 「ノブ、聞こえるか...俺達応援されてるぞ!」
 「うん...」
 「大丈夫だ。また立ち直れる。だから今はできる事をやろう。先生も見守ってる。」
 「...高峰。」
 
 高峰は山瀬を励ましつつ雲津大恵高校の選手達と共に医療ブースへと運ばれる。この試合で敗退したことにより、千葉県勢は2位という結果で終わる事となる。しかし消化試合とはいえ大会はまだ男子シングルス決勝戦という大目玉が控えていた。

 本部では吉岡と新貝が絶望の表情の中で座っている。他のスタッフも影村の試合が放送されないことを知った途端に落胆し始めた。それだけ影村の圧倒的な強さに惹かれた様子だった。本部に一人のオタクらしき姿をした男とカジュアルなスーツを着た男が現れる。2人とも「STAFF」のタグをぶら下げていた。

 「...あ...ぁのぁのぁのぁの。」
 「人見知り過ぎだろ、おい。」

 典型的なオタクルックなスタッフがテレビカメラらしきものを抱えていた。カジュアルなスーツを着た男が後頭部をポリポリと掻きながら本部にいる新貝の前に立って名刺を取り出して見せた。

 「まだ、放送枠空いてますか?私こういうものです。」
 「....あなた達は。」
 「...フフ。テレビが権力くらってダメなら、その影響が及ばないネット生配信うちらの出番っしょ。」

 スーツを着た男は新貝へ自分の名刺渡すとニッコリとほほ笑んだ。新貝と吉岡は互いを見合い、そしてスーツを着た男の顔の方を見た。

  インターネット動画情報サイト ㈱ワラワランゴ 専務取締役 川端 詠次郎かわばた えいじろう

 テレビがダメならネットの出番と云わんばかりの顔で名刺を取り出した川端。新貝は震えた手で名刺を受け取るも、すぐ後ろからものすごい迫力で2人の女性が現れた。

 「あ、あの!私達もいいですか!?」

 「私達こういうものです。テレビ中継が中止になったという情報を聞いて飛んできました。絶対に何かがおかしいです。長年テニス事情を取材をしてきた私達が違和感を覚える程です。お話を聞かせてください。こんなの絶対におかしいです。」

   月刊テニスコレクションズ 記者 小谷加 奈絵こたに かなえ
 
   月刊テニスコレクションズ 記者 島永 栄子しまなが えいこ


 吉岡の目に希望の光がともる。新貝は立ち上がり、静かに深々と彼らへ御辞儀をした。
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