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Proving On
chronicle.29
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同刻、準決勝戦開始前 海生代高等学校
竹下はクラスメイトに囲まれて全県杯の状況について質問攻めに遭っていた。佐藤も同じく男子生徒達に囲まれまいと竹下の近くに陣取っていた。
「ねぇねぇ!竹下君!全県杯どうだった!」
「今日が最終日って事は...。」
「フフ、俺は負けちゃったよ。」
「えー、竹下君負けちゃったのかぁ...決勝戦見に行こうとしてたのに。」
「しょうがないわよ。相手も5人の天才なんだし。」
「そうよねぇ...5人の天才は5人の天才でしか倒せないっていうから仕方がないかぁ。」
「フフ、まだうちのメンバーが残ってるよ。今日準決勝と決勝なんだ。」
「あのチャラ男とヒョロヒョロの2人!?マジ!?」
「でもあと一人強い人っていたかしら。」
「フフ、最高戦力の影村君だよ。」
「え、あのビッグフット!?マジキモイんですけど!」
「うーわ、まぐれよまぐれ。」
「やだー竹下君に勝ち残ってほしかったぁ!」
「え、つーか影村って強いの?」
「あ、私新聞部が掲載してた記事見た事ある!女テニの一番強い人を5分以内で倒したって。」
「マジ!?え!ちょ、竹下君!影村君ってどんな子!?写真ある?」
「フフ、彼はもう君達が記憶してるビッグフットじゃないよ。バッサリ髪を切ったからね。」
竹下は学校の女子達が影村に対してあまりいい印象を持っていないことに内心腹を立てつつも、携帯端末でテント内での待機中に撮影したであろう影村が映っている写真を見せる。バッサリと髪を切り、整った精悍な顔つきでもの優しそうな笑顔の影村と男子テニス部5人、そして菊池台西のエースである吉田兄弟も映っていた。
「......え、こんな人この学校にいた?」
「ちょ、見し...うわ、めっちゃ男前!」
「マジ!?この人強いの!?」
「フフ。彼、愛知県代表の5人の天才1人を倒してるよ。6-0・6-0で。」
「......。」
言葉を失った女子高生達が一斉に佐藤の方を向いた。佐藤は驚いた猫のように固まった。後ろの席で固まっていた男子生徒の集団もこっそりと情報を聴こうと聞き耳を立てる。
「り、理恵華ちゃん!影村って人そんなにも強いの!?」
「竹下君こう言ってますけど!?」
「本当に5人の天才の一人倒したの!?」
「ほんとだったら試合見に行く!」
女子生徒達の質問攻めにたじろぐ佐藤。
「......ハ、ハハハ。(決勝戦3時だからまだ授業中なんだけど。)」
「ね、ねぇ!理恵華ちゃん!」
「フフ、理恵華。」
「隆二...。」
竹下と佐藤の呼び合いに言葉を止めるクラスメイト達。佐藤はいったん深呼吸し、影村について現時点で分かっている情報を話し始めた。
「...コホン...サーブは高校生最速、そして日本人選手最速の241キロ。今日に至るまで試合の全を相手に1ポイントも与えずに6-0・6-0のラヴゲームで勝利。昨日の準々決勝で5人の天才...愛知県代表の水谷君を相手に6-0・6-0のストレート勝ち。今日の準決勝で、元インターハイ男子シングルス優勝者と試合をするわ。それに...非公式戦ではあるけど...5人の天才、八神君と龍谷君も同じスコアで倒してるの。もう、この国に彼を止められる選手はいない...と思う。」
「......。」
クラスメイト達が影村の強さを聞かされた途端言葉を失う。佐藤はどこか複雑な表情だった。自分が推してきた竹下という中学生時代からの憧れの存在よりも、その憧れの存在すらも霞ませる圧倒的な強さを持つが華の無い影村をどこか邪魔でしょうがないと思う節があった。
「えー嘘でしょう?」
「フフ、動画サイトに彼の試合上がってるよ。これから再生数伸びるだろうね。」
竹下はクラスメイト達に流出した影村の動画を見せる。影村のきりっとした精悍な顔を見た者達が彼に釘付けとなる。しかし試合中の動画を見たクラスメイト達は絶句する。影村の最初の1発目のサーブの音が凡そ人間の打って出せるような音ではなかったからだ。影村の背面リターンのトリックショットが決まったところで集団から「おー!」などの声が上がった。佐藤はこの状況にため息をついた。
準決勝戦 第1試合
「ザ ベストオブ 2セットマッチ 福岡県代表 堀部 サービス トゥ プレイ ! 」
コートに審判コールが響く。堀部はベースラインの後ろでボールをラケットで突きながら影村の様子を窺う。
「.........。(龍谷が言いよったんは本当じゃけ、すごか圧じゃ。)」
「......。」
「.......。(おんどれ...何か試したいっちゅう感じじゃ...相手は無名だが龍谷を軽く葬る化物の中のバケモノじゃけん、最初から無茶しんといけん!)」
影村は普段通りラケットを構えていた。しかしどこかそわそわしていた。今にも思いっきり動くぞと言いたげな様子が伝わってくる。相手は龍谷クラスのパワー系、それに前インターハイ男子シングルス王者という実績のある選手。影村は行動制限のロックを少しばかり外すことにしたようだ。
「......スゥ――・・・」
深呼吸する堀部。試合の始まりを告げるであろうサーブの打音はまだかとにグッとこぶしを握る観客達。無名にして最強の男と名声轟く元最強がぶつかる。堀部がトスを上げた。影村は堀部のトスを見た。そして一瞬だけ彼の身体を見るとサーブの球種を判断してまたトスの行方を追う。そしてラケットが振り上げられるかそうでないかのタイミングでスプリットステップを踏んで、2歩進みコート内へと入った。
「......シュ!!」
堀部がオープンスタンスからのサーブを打ち込む。龍谷と同じぐらいの身長体格から繰り出される190キロ台のフラットサーブは、影村のコートのサービスライン外側を狙って撃ち込まれた。
「.........!(嘘だろ...ふつうの構え...!?いや、テイクバックはコンパクトだが...)」
田覚は影村のラケットの構えの変化に驚く。影村はいつもの超コンパクトスイングではなく若干コンパクト目だがボールに対して壁を作るように体をひねり、まるで普通のテニス選手らしく。普通にボールを打つような構え。それでいてコンパクトなテイクバックで無駄がなく、速いボールにも対処可能というリーターンの理想形ともいえるフォアハンドの構え方だった。
「........!!!!(な...!?)」
影村はラケットを振った。それは堀部の打ったフラットサーブのボールがバウンドして跳ね上がり、頂点へと達したタイミングで、ラケットのスイートスポットがボールへと当るよう計算されていた。ボールは影村のフォアハンドスイングに撃ち抜かれ、堀部のいない方へと返球される。
「......!?」
サーブの打音がしてから1秒以内で返球されたボール。ともかく堀部の打ち込んだ初手の1球目が影村に叩き返された。
「フィ、15-0!」
「.........。」
「......。(い、今...何がおきよったんじゃ...。)」
サーブの打音からコンマ数秒で影村のコートへ、そしてそのコンマ数秒の間にサーブが返球されてリターンエース。観客達は開いた口が塞がらない程に呆然とそれを眺めていた。観客達から拍手が沸いたのはその4秒後だった。
「......フゥ。(なんじゃあいつ...見たことないリターンばしてきよったぞ。)」
堀部のラケットを持つ手は震えていた。自慢のファーストサーブをラケットにクリーンヒットさせられてのリターンエース。テニスプレーヤーのメンタルにとって、これはかなりの緊急事態であり、次も叩き返されるのだろうかという不穏な考えが横切り、間違った選択肢を選ぶ要因ともなる。
「主将のサーブが叩き返されよったか。」
「あらぁ...海将ちゃん今までの動きは手加減?」
「沙織、もしかしたらあいつは力ば隠しとったんか?」
「見たことなかフォームねぇ...」
影村のリーターンフォーム。後に日本を出ていき世界で活動するまでその動きを封印し、国内ではこの試合でのみ解禁された“普段使い”の動き。凡そこの世界には存在しなかったであろうフォアハンドのリターンフォーム。完璧なタイミングでのヒット。かつて我々のいる世界にたった一人の男だけが実現させ、キャリアグランドスラムを達成し世界ランク1位にまで上り詰めたプレーヤー。アンドレ・アガシのフォアハンドによるリターンのフォームに酷似していた。田覚は影村のフォームを見て、自分が過去に見てきたトッププロ選手達の情報を照らし合わせてみたが、誰も該当する選手がいなかった。
「あんなフォーム見たことがない...。」
「...ゆったりしているようで速い。」
「あぁ、池谷さん。恐ろしいのは、それをベースライン内で易々と決めちまったことだ。俺はとんでもないバケモノに出会っちまったのかもしれないな。」
「...えぇ。そうですよ田覚さん。彼は日本男子テニス史上...最強の実力者なのかもしれません。」
「あぁ。そしてあいつはまだ全部を見せていない。これからが楽しみだが、果たして...(あいつにそれだけのことをさせるプレーヤーがいるのかという疑問は残るな。)」
観客席がどよめく中。海外の観戦者の一人が彼を見ては「Wow」とリアクションし大量に写真や動画を撮っていた。
“あぁん?日本へ?アンディ、俺をチームメンバーから外すのかい?”
“んなわけねーだろクリス。日本へ行って学生の参加する大きな大会を見に行ってきてくれ。俺達は先にポーランドへ飛んでるぜ。そこで合流だ。日本に行ってヨシタカ・カゲムラという選手がいたら目を付けておくんだ。面白いことが起きるぜ。HAHA”
“おいおい、その日本人凄いのか?なんだか今の日本、チヤホヤされてる5人のガキどもの遊び場みたいになってるって話だぜ?ヨシオカやシンカイがいた頃とは大違いだってさ。廃れてんだよ。”
“あぁ、あいつらは氷河期と自虐している。しかし、俺達がハリーの下から巣立った後、最後の1人がいたはずだ。おそらく俺達4人の驚異となる存在。俺達はずっと待っていたんだ...均衡が崩れるのを...今はまだ15歳か16歳で才能を開花させていないだろうが、何年経とうと奴は必ず進化して俺達と同じステージに登ってくるはずだ。”
“アンディー...そんなにヨシタカという元チームメイトを...で、いいのか?チームから離れるの長期間になるぞ?俺遊びてーし。”
“何、クリスにはいつも助けられてんだ。ちょっとしたバケーションだと思えばいいさ。スシ、ラーメン、スキヤキ...和菓子...あぁ!やっぱ俺も日本行きてぇ。ポーランド行くのやめて日本行っちゃおうか?”
“ジャック・ロブロドに懺悔しろ(笑)(つーか食いもんばっかじゃねーか。)”
“いるんだよ...先生の最後の教え子がな。頼んだぜ相棒。”
クリス・マッキンゼーはアンディの旧知の友で、彼のチームスタッフの一人だった。彼はアンディから日本にいるヨシタカを見つけてこいという無理難題を諦めていたが、アンディがなぜ自分にヨシタカを見て来いといったのかを理解する。
「......HAHA。(アンディ...面白いことが起きるから日本へ行けって言ってたのは...こいつの事だったのか。しかし...えっげつねぇなぁ...何だよあのフォアハンド...見えなかったぞ。)」
ファーストセットのファーストゲームから影村の一方的な暴力とも云わんばかりのオールポイントリターンエースという学生テニス界史上有り得ない試合状況となる。
「ゲーム影村! 1-0 影村 トゥ サーブ!」
影村は淡々と機械の様にリターンを返していた。180キロ以上という学生ではとても速い分類に入るであろうサーブをベースラインの中で叩き返す。そんな彼を見た強豪校の学生達がこぶしを握り悔しさと、もっと高みを目指さなければというプレッシャーに襲われた。
「......。(あり得ない...全ポイントリターンエースだと...それもベースライン内側で...そんなバカな。相手は元インターハイ王者なんだぞ!プロからも一目置かれていた選手なんだぞ!)」
一人の男が観客席で焦りと怒りと危機感で震えていた。日本テニス協会連盟、そしてファイヴパーソンプロジェクトの責任者である笹原は、圧倒的な影村の底知れない強さに自分達の計画がとん挫するのではないかという危機に直面して恐怖する。
「いけ!海将!」
「取れないサーブが来るぞ!」
「あのサーブ以外にもまだまだ見せてないところがあるとかもう怪物だろ...。」
どよめく観客を余所に影村のトスが上がる。綺麗なトスに自然体でリラックスした力の入れ具合。極端なクローズスタンスからのサーブは堀部の判断力を鈍らせる。
「......。(来る...最初の一撃が...230キロ...越え...の...。)」
ボールが堀部の横を通過する。ボールを打ったとは思えないほどの強烈な打音と共にバウンドしてきたボールは、堀部に認知されることなく彼の後ろにあるフェンスへと直撃した。しなやかでそれでいて爆発的な威力を与える影村のサービスフォーム。堀部は背中をゾッとさせ、瞳孔は揺らいでいた。一筋の汗がボールを追う顔を滴った。
「15-0!......30-0!...40-0!...ゲーム影村!」
コート中が静まり返る。ここにいる誰もが、影村のサーブが何処へ撃たれるのかを全く予測できないまま試合が進んでゆく事にもう黙るしかなかった。伊草は試合を見て固まる。龍谷は伊草の肩を抱き寄せながら、予測ができないサーブを見て悔しさに歯を食いしばった。
「......。(全身が震えるのに寒くない...この感覚何処かで...あぁ、知ってる。知ってるぞ。俺はこの状況を知っている...俺は...去年の選抜で選ばれたUSオープンジュニアで見たあの...。)」
堀部の記憶からよみがえった海外トップジュニア選手4人のビジョン。その影がまるで影村の後ろから現れたかのような感覚。影村は無表情で淡々とゲームを進める。堀部はボールを持った震える右手を見て、大きく深呼吸をする。そして気を落ち着かせるとトスを上げる。
「.........。(だめだ主将!ここでバックハンドへのスピンサーブは駄目だ!)」
龍谷は心の中で堀部を制止するように声をかけた。影村は淡々と堀部のサーブが来るのを待っていた。堀部は安全路線に走ってしまった。堀部から撃ち込まれたバックハンドへのスピンサーブ。球速は160キロと遅いが、高回転でボールが落ちていくため、確実にコートインするという代物。滞空時間とバウンドの高さを利用し相手の態勢を崩しつつボレーへのつなぎや次の戦略の構築などを行える。ボールは影村のコートバックハンド側へと落ちる。滞空時間は確保した。堀部に次の動きを考えられる余裕ができた。しかしそれも束の間だった。堀部はこの時、サーブ&ボレーの急襲を駆けようとした。
「......!?(回り込ま...)」
影村は堀部がバックハンド側へとスピンサーブを打ち込もうと予測するや、すぐにボールの着地位置とバウンドの速度を予測した。一気に横へと走りまるで身体を流すかのように、ボールの着地点の後ろへと回り込んでフォアハンドの態勢に入った。横移動の惰力とそれを利用して進み続ける身体に合わせて振られたラケット。まるで流し打ちでもするかのように捉えられたボールは、バウンド後跳ね上がるも、頂点まで行く事を許されずに影村のラケットのスイートスポットへと直撃する。驚異的な速度でリターンされたボールはネットへと走ってくる堀部の逆サイドを170キロという猛スピードで駆け抜けていく。ボールは堀部のコートのベースライン手前でバウンドして走ってゆく。
「0-15!」
「.........。(バケモンめぇ!)」
影村のリターンエースが決まる。堀部は影村のサーブが読めない。すベて同じトスに同じ動作。相手に背中を向ける程の極端なクローズスタンスによって体の使い方が見えない。堀部はもう自分が何をしていいのかが全く分からないでいた。
竹下はクラスメイトに囲まれて全県杯の状況について質問攻めに遭っていた。佐藤も同じく男子生徒達に囲まれまいと竹下の近くに陣取っていた。
「ねぇねぇ!竹下君!全県杯どうだった!」
「今日が最終日って事は...。」
「フフ、俺は負けちゃったよ。」
「えー、竹下君負けちゃったのかぁ...決勝戦見に行こうとしてたのに。」
「しょうがないわよ。相手も5人の天才なんだし。」
「そうよねぇ...5人の天才は5人の天才でしか倒せないっていうから仕方がないかぁ。」
「フフ、まだうちのメンバーが残ってるよ。今日準決勝と決勝なんだ。」
「あのチャラ男とヒョロヒョロの2人!?マジ!?」
「でもあと一人強い人っていたかしら。」
「フフ、最高戦力の影村君だよ。」
「え、あのビッグフット!?マジキモイんですけど!」
「うーわ、まぐれよまぐれ。」
「やだー竹下君に勝ち残ってほしかったぁ!」
「え、つーか影村って強いの?」
「あ、私新聞部が掲載してた記事見た事ある!女テニの一番強い人を5分以内で倒したって。」
「マジ!?え!ちょ、竹下君!影村君ってどんな子!?写真ある?」
「フフ、彼はもう君達が記憶してるビッグフットじゃないよ。バッサリ髪を切ったからね。」
竹下は学校の女子達が影村に対してあまりいい印象を持っていないことに内心腹を立てつつも、携帯端末でテント内での待機中に撮影したであろう影村が映っている写真を見せる。バッサリと髪を切り、整った精悍な顔つきでもの優しそうな笑顔の影村と男子テニス部5人、そして菊池台西のエースである吉田兄弟も映っていた。
「......え、こんな人この学校にいた?」
「ちょ、見し...うわ、めっちゃ男前!」
「マジ!?この人強いの!?」
「フフ。彼、愛知県代表の5人の天才1人を倒してるよ。6-0・6-0で。」
「......。」
言葉を失った女子高生達が一斉に佐藤の方を向いた。佐藤は驚いた猫のように固まった。後ろの席で固まっていた男子生徒の集団もこっそりと情報を聴こうと聞き耳を立てる。
「り、理恵華ちゃん!影村って人そんなにも強いの!?」
「竹下君こう言ってますけど!?」
「本当に5人の天才の一人倒したの!?」
「ほんとだったら試合見に行く!」
女子生徒達の質問攻めにたじろぐ佐藤。
「......ハ、ハハハ。(決勝戦3時だからまだ授業中なんだけど。)」
「ね、ねぇ!理恵華ちゃん!」
「フフ、理恵華。」
「隆二...。」
竹下と佐藤の呼び合いに言葉を止めるクラスメイト達。佐藤はいったん深呼吸し、影村について現時点で分かっている情報を話し始めた。
「...コホン...サーブは高校生最速、そして日本人選手最速の241キロ。今日に至るまで試合の全を相手に1ポイントも与えずに6-0・6-0のラヴゲームで勝利。昨日の準々決勝で5人の天才...愛知県代表の水谷君を相手に6-0・6-0のストレート勝ち。今日の準決勝で、元インターハイ男子シングルス優勝者と試合をするわ。それに...非公式戦ではあるけど...5人の天才、八神君と龍谷君も同じスコアで倒してるの。もう、この国に彼を止められる選手はいない...と思う。」
「......。」
クラスメイト達が影村の強さを聞かされた途端言葉を失う。佐藤はどこか複雑な表情だった。自分が推してきた竹下という中学生時代からの憧れの存在よりも、その憧れの存在すらも霞ませる圧倒的な強さを持つが華の無い影村をどこか邪魔でしょうがないと思う節があった。
「えー嘘でしょう?」
「フフ、動画サイトに彼の試合上がってるよ。これから再生数伸びるだろうね。」
竹下はクラスメイト達に流出した影村の動画を見せる。影村のきりっとした精悍な顔を見た者達が彼に釘付けとなる。しかし試合中の動画を見たクラスメイト達は絶句する。影村の最初の1発目のサーブの音が凡そ人間の打って出せるような音ではなかったからだ。影村の背面リターンのトリックショットが決まったところで集団から「おー!」などの声が上がった。佐藤はこの状況にため息をついた。
準決勝戦 第1試合
「ザ ベストオブ 2セットマッチ 福岡県代表 堀部 サービス トゥ プレイ ! 」
コートに審判コールが響く。堀部はベースラインの後ろでボールをラケットで突きながら影村の様子を窺う。
「.........。(龍谷が言いよったんは本当じゃけ、すごか圧じゃ。)」
「......。」
「.......。(おんどれ...何か試したいっちゅう感じじゃ...相手は無名だが龍谷を軽く葬る化物の中のバケモノじゃけん、最初から無茶しんといけん!)」
影村は普段通りラケットを構えていた。しかしどこかそわそわしていた。今にも思いっきり動くぞと言いたげな様子が伝わってくる。相手は龍谷クラスのパワー系、それに前インターハイ男子シングルス王者という実績のある選手。影村は行動制限のロックを少しばかり外すことにしたようだ。
「......スゥ――・・・」
深呼吸する堀部。試合の始まりを告げるであろうサーブの打音はまだかとにグッとこぶしを握る観客達。無名にして最強の男と名声轟く元最強がぶつかる。堀部がトスを上げた。影村は堀部のトスを見た。そして一瞬だけ彼の身体を見るとサーブの球種を判断してまたトスの行方を追う。そしてラケットが振り上げられるかそうでないかのタイミングでスプリットステップを踏んで、2歩進みコート内へと入った。
「......シュ!!」
堀部がオープンスタンスからのサーブを打ち込む。龍谷と同じぐらいの身長体格から繰り出される190キロ台のフラットサーブは、影村のコートのサービスライン外側を狙って撃ち込まれた。
「.........!(嘘だろ...ふつうの構え...!?いや、テイクバックはコンパクトだが...)」
田覚は影村のラケットの構えの変化に驚く。影村はいつもの超コンパクトスイングではなく若干コンパクト目だがボールに対して壁を作るように体をひねり、まるで普通のテニス選手らしく。普通にボールを打つような構え。それでいてコンパクトなテイクバックで無駄がなく、速いボールにも対処可能というリーターンの理想形ともいえるフォアハンドの構え方だった。
「........!!!!(な...!?)」
影村はラケットを振った。それは堀部の打ったフラットサーブのボールがバウンドして跳ね上がり、頂点へと達したタイミングで、ラケットのスイートスポットがボールへと当るよう計算されていた。ボールは影村のフォアハンドスイングに撃ち抜かれ、堀部のいない方へと返球される。
「......!?」
サーブの打音がしてから1秒以内で返球されたボール。ともかく堀部の打ち込んだ初手の1球目が影村に叩き返された。
「フィ、15-0!」
「.........。」
「......。(い、今...何がおきよったんじゃ...。)」
サーブの打音からコンマ数秒で影村のコートへ、そしてそのコンマ数秒の間にサーブが返球されてリターンエース。観客達は開いた口が塞がらない程に呆然とそれを眺めていた。観客達から拍手が沸いたのはその4秒後だった。
「......フゥ。(なんじゃあいつ...見たことないリターンばしてきよったぞ。)」
堀部のラケットを持つ手は震えていた。自慢のファーストサーブをラケットにクリーンヒットさせられてのリターンエース。テニスプレーヤーのメンタルにとって、これはかなりの緊急事態であり、次も叩き返されるのだろうかという不穏な考えが横切り、間違った選択肢を選ぶ要因ともなる。
「主将のサーブが叩き返されよったか。」
「あらぁ...海将ちゃん今までの動きは手加減?」
「沙織、もしかしたらあいつは力ば隠しとったんか?」
「見たことなかフォームねぇ...」
影村のリーターンフォーム。後に日本を出ていき世界で活動するまでその動きを封印し、国内ではこの試合でのみ解禁された“普段使い”の動き。凡そこの世界には存在しなかったであろうフォアハンドのリターンフォーム。完璧なタイミングでのヒット。かつて我々のいる世界にたった一人の男だけが実現させ、キャリアグランドスラムを達成し世界ランク1位にまで上り詰めたプレーヤー。アンドレ・アガシのフォアハンドによるリターンのフォームに酷似していた。田覚は影村のフォームを見て、自分が過去に見てきたトッププロ選手達の情報を照らし合わせてみたが、誰も該当する選手がいなかった。
「あんなフォーム見たことがない...。」
「...ゆったりしているようで速い。」
「あぁ、池谷さん。恐ろしいのは、それをベースライン内で易々と決めちまったことだ。俺はとんでもないバケモノに出会っちまったのかもしれないな。」
「...えぇ。そうですよ田覚さん。彼は日本男子テニス史上...最強の実力者なのかもしれません。」
「あぁ。そしてあいつはまだ全部を見せていない。これからが楽しみだが、果たして...(あいつにそれだけのことをさせるプレーヤーがいるのかという疑問は残るな。)」
観客席がどよめく中。海外の観戦者の一人が彼を見ては「Wow」とリアクションし大量に写真や動画を撮っていた。
“あぁん?日本へ?アンディ、俺をチームメンバーから外すのかい?”
“んなわけねーだろクリス。日本へ行って学生の参加する大きな大会を見に行ってきてくれ。俺達は先にポーランドへ飛んでるぜ。そこで合流だ。日本に行ってヨシタカ・カゲムラという選手がいたら目を付けておくんだ。面白いことが起きるぜ。HAHA”
“おいおい、その日本人凄いのか?なんだか今の日本、チヤホヤされてる5人のガキどもの遊び場みたいになってるって話だぜ?ヨシオカやシンカイがいた頃とは大違いだってさ。廃れてんだよ。”
“あぁ、あいつらは氷河期と自虐している。しかし、俺達がハリーの下から巣立った後、最後の1人がいたはずだ。おそらく俺達4人の驚異となる存在。俺達はずっと待っていたんだ...均衡が崩れるのを...今はまだ15歳か16歳で才能を開花させていないだろうが、何年経とうと奴は必ず進化して俺達と同じステージに登ってくるはずだ。”
“アンディー...そんなにヨシタカという元チームメイトを...で、いいのか?チームから離れるの長期間になるぞ?俺遊びてーし。”
“何、クリスにはいつも助けられてんだ。ちょっとしたバケーションだと思えばいいさ。スシ、ラーメン、スキヤキ...和菓子...あぁ!やっぱ俺も日本行きてぇ。ポーランド行くのやめて日本行っちゃおうか?”
“ジャック・ロブロドに懺悔しろ(笑)(つーか食いもんばっかじゃねーか。)”
“いるんだよ...先生の最後の教え子がな。頼んだぜ相棒。”
クリス・マッキンゼーはアンディの旧知の友で、彼のチームスタッフの一人だった。彼はアンディから日本にいるヨシタカを見つけてこいという無理難題を諦めていたが、アンディがなぜ自分にヨシタカを見て来いといったのかを理解する。
「......HAHA。(アンディ...面白いことが起きるから日本へ行けって言ってたのは...こいつの事だったのか。しかし...えっげつねぇなぁ...何だよあのフォアハンド...見えなかったぞ。)」
ファーストセットのファーストゲームから影村の一方的な暴力とも云わんばかりのオールポイントリターンエースという学生テニス界史上有り得ない試合状況となる。
「ゲーム影村! 1-0 影村 トゥ サーブ!」
影村は淡々と機械の様にリターンを返していた。180キロ以上という学生ではとても速い分類に入るであろうサーブをベースラインの中で叩き返す。そんな彼を見た強豪校の学生達がこぶしを握り悔しさと、もっと高みを目指さなければというプレッシャーに襲われた。
「......。(あり得ない...全ポイントリターンエースだと...それもベースライン内側で...そんなバカな。相手は元インターハイ王者なんだぞ!プロからも一目置かれていた選手なんだぞ!)」
一人の男が観客席で焦りと怒りと危機感で震えていた。日本テニス協会連盟、そしてファイヴパーソンプロジェクトの責任者である笹原は、圧倒的な影村の底知れない強さに自分達の計画がとん挫するのではないかという危機に直面して恐怖する。
「いけ!海将!」
「取れないサーブが来るぞ!」
「あのサーブ以外にもまだまだ見せてないところがあるとかもう怪物だろ...。」
どよめく観客を余所に影村のトスが上がる。綺麗なトスに自然体でリラックスした力の入れ具合。極端なクローズスタンスからのサーブは堀部の判断力を鈍らせる。
「......。(来る...最初の一撃が...230キロ...越え...の...。)」
ボールが堀部の横を通過する。ボールを打ったとは思えないほどの強烈な打音と共にバウンドしてきたボールは、堀部に認知されることなく彼の後ろにあるフェンスへと直撃した。しなやかでそれでいて爆発的な威力を与える影村のサービスフォーム。堀部は背中をゾッとさせ、瞳孔は揺らいでいた。一筋の汗がボールを追う顔を滴った。
「15-0!......30-0!...40-0!...ゲーム影村!」
コート中が静まり返る。ここにいる誰もが、影村のサーブが何処へ撃たれるのかを全く予測できないまま試合が進んでゆく事にもう黙るしかなかった。伊草は試合を見て固まる。龍谷は伊草の肩を抱き寄せながら、予測ができないサーブを見て悔しさに歯を食いしばった。
「......。(全身が震えるのに寒くない...この感覚何処かで...あぁ、知ってる。知ってるぞ。俺はこの状況を知っている...俺は...去年の選抜で選ばれたUSオープンジュニアで見たあの...。)」
堀部の記憶からよみがえった海外トップジュニア選手4人のビジョン。その影がまるで影村の後ろから現れたかのような感覚。影村は無表情で淡々とゲームを進める。堀部はボールを持った震える右手を見て、大きく深呼吸をする。そして気を落ち着かせるとトスを上げる。
「.........。(だめだ主将!ここでバックハンドへのスピンサーブは駄目だ!)」
龍谷は心の中で堀部を制止するように声をかけた。影村は淡々と堀部のサーブが来るのを待っていた。堀部は安全路線に走ってしまった。堀部から撃ち込まれたバックハンドへのスピンサーブ。球速は160キロと遅いが、高回転でボールが落ちていくため、確実にコートインするという代物。滞空時間とバウンドの高さを利用し相手の態勢を崩しつつボレーへのつなぎや次の戦略の構築などを行える。ボールは影村のコートバックハンド側へと落ちる。滞空時間は確保した。堀部に次の動きを考えられる余裕ができた。しかしそれも束の間だった。堀部はこの時、サーブ&ボレーの急襲を駆けようとした。
「......!?(回り込ま...)」
影村は堀部がバックハンド側へとスピンサーブを打ち込もうと予測するや、すぐにボールの着地位置とバウンドの速度を予測した。一気に横へと走りまるで身体を流すかのように、ボールの着地点の後ろへと回り込んでフォアハンドの態勢に入った。横移動の惰力とそれを利用して進み続ける身体に合わせて振られたラケット。まるで流し打ちでもするかのように捉えられたボールは、バウンド後跳ね上がるも、頂点まで行く事を許されずに影村のラケットのスイートスポットへと直撃する。驚異的な速度でリターンされたボールはネットへと走ってくる堀部の逆サイドを170キロという猛スピードで駆け抜けていく。ボールは堀部のコートのベースライン手前でバウンドして走ってゆく。
「0-15!」
「.........。(バケモンめぇ!)」
影村のリターンエースが決まる。堀部は影村のサーブが読めない。すベて同じトスに同じ動作。相手に背中を向ける程の極端なクローズスタンスによって体の使い方が見えない。堀部はもう自分が何をしていいのかが全く分からないでいた。
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