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Proving On
chronicle.26
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釜谷南の2人は暫くベンチで佇んでいた。目は涙で赤くはれぼったくなり、悔しさに拳を震わせる。彼らは静かに泣き崩れたが、ものの数分でそれぞれが大きく深呼吸し、立ち上がってラケットバッグに持ち物を入れる。
「...村重。悔しいなぁ。」
「あぁ...全国上位でもない高校に負けたのは衝撃だった...あの2人に負けたのは確かに悔しい。でも、もっと...。」
「...それ以上は言わなくていい...いうな...!」
「......ック。」
歯を食いしばった公塚が村重の肩を軽く叩く。彼らラケットバッグを背負い、コートを後にしようとした時だった。周囲からまばらな拍手が聞こえる。それは次第に大きくなっていく。公塚は驚きのあまり固まった。村重も周囲を見渡して呆けた顔になる。公塚と村重の後輩達から敏孝、森野、竹下、佐藤に続き会場に残っていた数十人が彼ら釜谷南を称賛するように拍手した。名前はよく聞くが、全く面識のないであろう強豪校の敗北したダブルス代表達もその中にいた。
「先輩ナイスファイト!」
「あの2人相手によく頑張った!!」
「すっげぇ試合だったぞ!!」
「大学いっても頑張れよ!次はインカレだ!」
彼らの後輩達は泣きながら拍手を送る。田覚と池谷は座ったまま静かに拍手を送る。釜谷南の代表、公塚と村重はネットの方へと歩いていき、観客席へ向かってそれぞれが深々とお辞儀をする。顔を上げた彼らの顔はどこか清々しく笑顔と涙が混在していた。拍手に見送られ彼等はコートを後にする。出口でも釜谷南高校男子テニス部の面々が彼らに声をかけた。
「先輩!おつかれさまっした!!!!」
「おつかれさまっした!!!!」
後輩達が一斉にお辞儀をした姿を見た2人。自分達の背中を見てきた後輩達がこんなにもいるのかという驚きと共に次なる未来の戦力に期待に胸を膨らませた。2人が後輩達と暫く談笑していると。後ろから強豪校の部員を含めた学生達のヒソヒソ声が聞こえる。
「...なぁ、歩いてくるぞ。」
「...でっけぇ。」
「体格半端ねぇな。」
「さっき水谷をドストレートでぶっ潰したって。」
「マジかよ...あの天才水谷だぞ...!?」
ヒソヒソ声が道を歩いてくる一人のラケットバッグを背負った男子学生を避けて静かに飛び交う。影村が水谷との試合を終わらせてゆっくりと歩いていく。釜谷南の生徒達は影村が通り過ぎる姿を見て、怪獣級の巨大な自然災害が通り過ぎていくのを見る様な表情で彼の背中を見送った。その途中で1人の後輩が影村と前橋の試合を見てきた事を報告する。
「....公塚先輩。俺達、さっき海将の試合見てきたんすよ...もう国内であの...海将に勝てる人間...多分いないっす...。」
「だろうな...どうしてこんなステージにいるのか不思議なぐらいだ。」
「最初のサーブ1発で...閏永道の応援が静かになったっす...もうあれはバケモンです。」
「......。」
後輩の報告に固まる村重と公塚。後輩の顔から影村の背中へと目線を戻した村重は、影村の姿を見て無意識に本音を語った。
「公塚...俺は...相手があの2人だったことに幸運を感じるんだが。間違いだろうか...」
「いや重村...間違いねぇ...俺達はダブルスでよかったんだ...水谷を倒したって他の学校の連中が言ってたろ...。」
「5人の天才でも手も足も出ない相手だ。俺達は幸運だったんだろうな。」
「高校1年で240キロ越えのサーブ打ったんだろ。もうダメだろあんなの。反則クラスだ。」
「あぁ、マジで...ダブルスでよかった...。」
2人は影村の大きな背中を見送りつつ、自分達がダブルスオンリーで活動してきた事に、どこかモヤモヤと謎の安心感に苛まれた。その数分後で影村が試合を終えてテントへ戻り、笹原が本部の掲載したトーナメント表で影村の戦績を鬼の様な形相で睨付ける事となる。
静岡代表の選手団が宿泊施設で最後の夜を迎えるこの日、宿泊施設へと帰ってきた選手団の前に山城と輝の姿があった。
「あぁ、マネージャーさんいますか?千葉県代表の者ですぅ~☆」
「あ、海生代の副主将さん!私がマネージャーの佐原といいまーす。」
「ウェーイ☆」
「ウェーイ☆」
佐原と山城はハイタッチで挨拶をする。横では嶋藤と輝が笑顔で握手をしていたが、清代と矢留を始め後輩生徒達が彼らの間に漂う闇のオーラに震えていた。
「鉄子ちゃんは影村君って子の試合見て戻ってくるから遅れまーす。」
「オッケー、じゃあ準備しまっしょう~☆」
3人は静岡代表のコーチ、監督らと話しながらロビーで海生代の選手達を待った。
「山城副主将☆も~どりましたぁ!」
「ウェーイ☆」
「ウェーイ☆」
「もー2人ともチャラーい!」
山城と高峰はハイタッチした。山瀬がいつも通りの突込みをすると場の空気が一気にオフモードになる。後ろから影村が入ってくる。佐原は影村の大きさに驚く。
「.........!(え、えぇ!?近くで見るとこんなに大きいの!?)」
佐原が影村の体格に唖然とする。影村は佐原を見下ろした。その目はまるで獣を通り越した、ドラゴンや空想上の生き物か何かの様だった。
「........?」
「あぁ、佐原さん。最初はみんな驚くんすよ。ほら影村。」
「...あぁ。」
影村は佐原の横を通り過ぎ、部屋へと向かって行った。竹下も彼の後を追う様に後に続く。
「フフ、理恵華。俺も部屋に戻っているよ。」
「うん。いってらっしゃい。あ、今日の夕食は3階の広間だって。みんなお風呂入ったら集合。」
「フフ、わかった。」
竹下は高峰と山瀬と一緒に雑談をしながら部屋へと進んでいった。その後大浴場では、竹下と矢留が無言のまま浴槽へと入っていた。お湯の吐水口から浴槽にお湯が足されていく音が響く中、最初に口を開いたのは矢留だった。
「負けたんだね...」
「フフ、負けた...というか、龍谷も力尽きたよ。」
「体力があるだけうらやましいよ。」
「...。」
「竹下...高校終わったらテニスから離れるよ。」
「フフ、それも自由だよ。でも、テニスから離れても俺達は友達さ。」
「それを聴けてうれしいよ。正直、この先テニスで戦っていくには僕の実力では他の選手には追いつけなくなる。鍛えればとかそういう次元の話じゃないんだ。僕のところにいるマネージャーも薄々感じてるはずだ。僕は早熟だっただけなんだよ。」
「...次は何をやりたいんだい?」
「...本を読みふけるよ。安定した仕事にも就きたいと思ってる。ごく一般的な人間だからさ。」
「...フフ。」
竹下はどこか安堵したかのように笑っていた。全中の試合で戦った彼は、どこか親の言いなりの様にテニスをやっていた。ドロップボレーとブロックボレーの多用。ドロップショットなどの小手先の技をよく使う戦法は小中学生の内はまだ通用したのかもしれない。しかし体が成長途上であれど筋骨が出来上がってくる高校生や大学生となれば話は変わってくる。
「八神との試合でそれが確実だって思った。正直体力もボールを打ち返す力も及ばなかったんだ...水谷君が相手だったら、粉々にされてたかもね。」
「...矢留。」
「...でも海将はすごいよ。あの人は5人の天才のはるか先...世界ジュニアの王座争いをしている4人のバケモノ達にも匹敵するよ。あの水谷君を完全に封殺したんだ。それに、鹿子のフェスで彼の試合を見たんだ。」
「...影村の試合を?」
「...うん。サーブ速かった。コースも読めなかった。彼のサーブを打つ時の体使いを見た時、無意識に綺麗って言っちゃったんだ。」
「フフ、確かに。あのフォームは誰にもまねできないよ。大きくゆったりしてるけど速い。同じルーティン。同じフォーム。同じ位置のトス。おそらく彼のサーブが何処へ撃たれるのかがわかるのは...」
「...ラケットにボールが当たるその一瞬だけ。そしてそれを見逃したら、もうリターン側の思考が追い付かなくなって体が動かなくなる。」
「フフ、俺...影村と一度も試合をしたこと無いよ。」
「...え?練習の時とかいろいろ機会はあったんじゃ...」
「トーナメント以外では身内とはやらねぇ。これが影村のポリシーなんだ。」
「徹底的に自分を分析されるのを嫌ってるんだね。」
「フフ、それも自由だね。俺達は、基本練習が終わってからは各々が自由にやるっていう決まりの下で練習をしてるから。コーチはある程度練習メニューが終わったらアドバイスをくれる程度だよ。それに影村も同じだ。」
「海将が...コーチング...?」
2人が話していると後ろから脱衣所の引き戸を開けるガラガラ音が聞こえた。筋骨ガッチリした男の集団が入ってくる。
「ウェーイ、先にイケメン2人入ってるぅ☆」
「高峰掛け湯してよ。昨日みたいにいきなり飛び込まないで。」
「しっかし海将のその身体なんだ?同じ1年とは思えねぇよ、つーか8パックじゃねぇのこれってどうやって鍛えてるんだ?普通の腹筋じゃどうにもならない代物だろこれオーバーワークでもしてるのか一体これどうやペラペラペラペラペラペラペラ...。」
「おい、清代...海将が困惑してんだろうが!」
「イテェ、主将サーセン!」
「...。」
影村は清代のノンストップトークに困惑する。清代は嶋藤に浴槽へと連れていかれた。影村は掛け湯をした後洗い場へと行き体を洗い始めた。
「竹下ッチィ~負けたの悔しいねぇ~!ウェーイ!スタッフゥ~!」
「高峰に続いて飛び込みウェーイ!スタッフゥ~!」
「もぉ、副主将と高峰チャラーいっていうか飛び込み禁止ぃ~!」
高峰と山城が掛け湯の後すぐに浴槽へと小走りして行き、飛び込んで水しぶきを上げた。2人がチャラいセリフを決めて、謎のポーズをしながら飛び込む姿を真面に見てしまった矢留は思わず笑った。浴槽へと入ってくる山瀬へ竹下が声を掛ける。
「ごめんね竹下君。全く2人ともチャラいんだから...。」
「フフ。そうだね。今日の山瀬のボレーと高峰の再現?すごかったよ。優勝候補相手に良くやったね。次勝ったら五日市工業とだね。」
「でも、次もすごいところなんだよ。」
「フフ、山瀬のボレーが炸裂するの期待してるよ。」
「うん!期待してよ!」
山瀬が笑顔で大きく頷くと濡らした髪をかき上げオールバックになったチャラ男2人そして横田兄弟が、彼の目の前に現れて変なポーズをしながら並んで現れるも後ろからそれを見た矢留がもう一人の存在に気が付く。
「あるぇ~ノブノブぅ~!ばっしゃーんやろうぜ?」(高峰)
「あるぇ~ノブノブぅ~!ばっしゃーんやろうぜ?」(山城)
「あるぇ~ノブノブぅ~!ばっしゃーんやろうぜ?」(横田徹)
「あるぇ~ノブノブぅ~!ばっしゃーんやろうぜ?」(横田輝)
「あるぇ~ノブノブぅ~!ばっしゃーんやろうぜ?」(いつの間にか仲良くなった清代)
「いやだよ~!ってか増えてるぅ~!チャラーい!」
「ハッハッハッハッハ!」
「...ッツ!ハッハッ!」
竹下と矢留は不意を突かれたのか大笑いしてしまった。すると全員の眼前に筋骨隆々な巨人が現れた。影村が洗い場から浴槽へと向かって来たようだ。
「お、海将!体やべぇ!」
「なんだこれ腹筋8個じゃねぇかよ!どうなってんだよ。」
「体とは一体...。」
「ボディービルダーも真っ青だぞ。天然かよこれ。」
「.........。」
影村は周りの視線を感じる。物珍しいものを見たであろうその好奇の視線に対して、彼は場をシラけさせても仕方がないといった呆れた表情で、シューと息を吐きながらボディービルダーのサイドチェストというポーズを決める。彼の大きくそれでいて締まった筋肉が隆起する。まるで漫画やアニメのようなその筋肉形状を見た面々は皆一様に興奮した。
「うぉーー!」
「すっげぇーー!」
「腕が手羽先の完全究極体!」
「胸がケツ!」
「肩がメロン!」
「腹筋板チョコ!」
「前世は手榴弾か!」
「ハッハッハッハッハ!」
男子風呂中に集団の笑い声が響く、普段は真面目で注意する立場の嶋藤ですら大笑いするほどだった。影村の遠くを見ながらポーズを決め、ポーカーフェイスで固まった姿を見た全員が、そのシュールな姿に笑いをとられた。彼らは適度な時間風呂に入り1日の疲れを流すとそれぞれが部屋へと戻った後集合場所である広間へと集まる。彼らを待っていたのは監督、コーチ陣とマネージャー達だった。
「あら、今日はのぼせてなかったみたいね。」
「あ、男子ぃ!席自由だよ!」
「た、竹下君浴衣前が開いてるー!」
この夜選手やマネージャー達は大広間で食事をとる運びとなった。両陣営の監督、コーチ陣、マネージャー並びに副主将である山城が思い出作りに交流会をしたいと希望したようだ。竹下は矢留と静かに会話をする。佐藤は佐原と桃谷の2人と一緒に食事をとる。皆は食事が終わったその後も写真撮影や談笑をして思い出の一晩を過ごした。
「...村重。悔しいなぁ。」
「あぁ...全国上位でもない高校に負けたのは衝撃だった...あの2人に負けたのは確かに悔しい。でも、もっと...。」
「...それ以上は言わなくていい...いうな...!」
「......ック。」
歯を食いしばった公塚が村重の肩を軽く叩く。彼らラケットバッグを背負い、コートを後にしようとした時だった。周囲からまばらな拍手が聞こえる。それは次第に大きくなっていく。公塚は驚きのあまり固まった。村重も周囲を見渡して呆けた顔になる。公塚と村重の後輩達から敏孝、森野、竹下、佐藤に続き会場に残っていた数十人が彼ら釜谷南を称賛するように拍手した。名前はよく聞くが、全く面識のないであろう強豪校の敗北したダブルス代表達もその中にいた。
「先輩ナイスファイト!」
「あの2人相手によく頑張った!!」
「すっげぇ試合だったぞ!!」
「大学いっても頑張れよ!次はインカレだ!」
彼らの後輩達は泣きながら拍手を送る。田覚と池谷は座ったまま静かに拍手を送る。釜谷南の代表、公塚と村重はネットの方へと歩いていき、観客席へ向かってそれぞれが深々とお辞儀をする。顔を上げた彼らの顔はどこか清々しく笑顔と涙が混在していた。拍手に見送られ彼等はコートを後にする。出口でも釜谷南高校男子テニス部の面々が彼らに声をかけた。
「先輩!おつかれさまっした!!!!」
「おつかれさまっした!!!!」
後輩達が一斉にお辞儀をした姿を見た2人。自分達の背中を見てきた後輩達がこんなにもいるのかという驚きと共に次なる未来の戦力に期待に胸を膨らませた。2人が後輩達と暫く談笑していると。後ろから強豪校の部員を含めた学生達のヒソヒソ声が聞こえる。
「...なぁ、歩いてくるぞ。」
「...でっけぇ。」
「体格半端ねぇな。」
「さっき水谷をドストレートでぶっ潰したって。」
「マジかよ...あの天才水谷だぞ...!?」
ヒソヒソ声が道を歩いてくる一人のラケットバッグを背負った男子学生を避けて静かに飛び交う。影村が水谷との試合を終わらせてゆっくりと歩いていく。釜谷南の生徒達は影村が通り過ぎる姿を見て、怪獣級の巨大な自然災害が通り過ぎていくのを見る様な表情で彼の背中を見送った。その途中で1人の後輩が影村と前橋の試合を見てきた事を報告する。
「....公塚先輩。俺達、さっき海将の試合見てきたんすよ...もう国内であの...海将に勝てる人間...多分いないっす...。」
「だろうな...どうしてこんなステージにいるのか不思議なぐらいだ。」
「最初のサーブ1発で...閏永道の応援が静かになったっす...もうあれはバケモンです。」
「......。」
後輩の報告に固まる村重と公塚。後輩の顔から影村の背中へと目線を戻した村重は、影村の姿を見て無意識に本音を語った。
「公塚...俺は...相手があの2人だったことに幸運を感じるんだが。間違いだろうか...」
「いや重村...間違いねぇ...俺達はダブルスでよかったんだ...水谷を倒したって他の学校の連中が言ってたろ...。」
「5人の天才でも手も足も出ない相手だ。俺達は幸運だったんだろうな。」
「高校1年で240キロ越えのサーブ打ったんだろ。もうダメだろあんなの。反則クラスだ。」
「あぁ、マジで...ダブルスでよかった...。」
2人は影村の大きな背中を見送りつつ、自分達がダブルスオンリーで活動してきた事に、どこかモヤモヤと謎の安心感に苛まれた。その数分後で影村が試合を終えてテントへ戻り、笹原が本部の掲載したトーナメント表で影村の戦績を鬼の様な形相で睨付ける事となる。
静岡代表の選手団が宿泊施設で最後の夜を迎えるこの日、宿泊施設へと帰ってきた選手団の前に山城と輝の姿があった。
「あぁ、マネージャーさんいますか?千葉県代表の者ですぅ~☆」
「あ、海生代の副主将さん!私がマネージャーの佐原といいまーす。」
「ウェーイ☆」
「ウェーイ☆」
佐原と山城はハイタッチで挨拶をする。横では嶋藤と輝が笑顔で握手をしていたが、清代と矢留を始め後輩生徒達が彼らの間に漂う闇のオーラに震えていた。
「鉄子ちゃんは影村君って子の試合見て戻ってくるから遅れまーす。」
「オッケー、じゃあ準備しまっしょう~☆」
3人は静岡代表のコーチ、監督らと話しながらロビーで海生代の選手達を待った。
「山城副主将☆も~どりましたぁ!」
「ウェーイ☆」
「ウェーイ☆」
「もー2人ともチャラーい!」
山城と高峰はハイタッチした。山瀬がいつも通りの突込みをすると場の空気が一気にオフモードになる。後ろから影村が入ってくる。佐原は影村の大きさに驚く。
「.........!(え、えぇ!?近くで見るとこんなに大きいの!?)」
佐原が影村の体格に唖然とする。影村は佐原を見下ろした。その目はまるで獣を通り越した、ドラゴンや空想上の生き物か何かの様だった。
「........?」
「あぁ、佐原さん。最初はみんな驚くんすよ。ほら影村。」
「...あぁ。」
影村は佐原の横を通り過ぎ、部屋へと向かって行った。竹下も彼の後を追う様に後に続く。
「フフ、理恵華。俺も部屋に戻っているよ。」
「うん。いってらっしゃい。あ、今日の夕食は3階の広間だって。みんなお風呂入ったら集合。」
「フフ、わかった。」
竹下は高峰と山瀬と一緒に雑談をしながら部屋へと進んでいった。その後大浴場では、竹下と矢留が無言のまま浴槽へと入っていた。お湯の吐水口から浴槽にお湯が足されていく音が響く中、最初に口を開いたのは矢留だった。
「負けたんだね...」
「フフ、負けた...というか、龍谷も力尽きたよ。」
「体力があるだけうらやましいよ。」
「...。」
「竹下...高校終わったらテニスから離れるよ。」
「フフ、それも自由だよ。でも、テニスから離れても俺達は友達さ。」
「それを聴けてうれしいよ。正直、この先テニスで戦っていくには僕の実力では他の選手には追いつけなくなる。鍛えればとかそういう次元の話じゃないんだ。僕のところにいるマネージャーも薄々感じてるはずだ。僕は早熟だっただけなんだよ。」
「...次は何をやりたいんだい?」
「...本を読みふけるよ。安定した仕事にも就きたいと思ってる。ごく一般的な人間だからさ。」
「...フフ。」
竹下はどこか安堵したかのように笑っていた。全中の試合で戦った彼は、どこか親の言いなりの様にテニスをやっていた。ドロップボレーとブロックボレーの多用。ドロップショットなどの小手先の技をよく使う戦法は小中学生の内はまだ通用したのかもしれない。しかし体が成長途上であれど筋骨が出来上がってくる高校生や大学生となれば話は変わってくる。
「八神との試合でそれが確実だって思った。正直体力もボールを打ち返す力も及ばなかったんだ...水谷君が相手だったら、粉々にされてたかもね。」
「...矢留。」
「...でも海将はすごいよ。あの人は5人の天才のはるか先...世界ジュニアの王座争いをしている4人のバケモノ達にも匹敵するよ。あの水谷君を完全に封殺したんだ。それに、鹿子のフェスで彼の試合を見たんだ。」
「...影村の試合を?」
「...うん。サーブ速かった。コースも読めなかった。彼のサーブを打つ時の体使いを見た時、無意識に綺麗って言っちゃったんだ。」
「フフ、確かに。あのフォームは誰にもまねできないよ。大きくゆったりしてるけど速い。同じルーティン。同じフォーム。同じ位置のトス。おそらく彼のサーブが何処へ撃たれるのかがわかるのは...」
「...ラケットにボールが当たるその一瞬だけ。そしてそれを見逃したら、もうリターン側の思考が追い付かなくなって体が動かなくなる。」
「フフ、俺...影村と一度も試合をしたこと無いよ。」
「...え?練習の時とかいろいろ機会はあったんじゃ...」
「トーナメント以外では身内とはやらねぇ。これが影村のポリシーなんだ。」
「徹底的に自分を分析されるのを嫌ってるんだね。」
「フフ、それも自由だね。俺達は、基本練習が終わってからは各々が自由にやるっていう決まりの下で練習をしてるから。コーチはある程度練習メニューが終わったらアドバイスをくれる程度だよ。それに影村も同じだ。」
「海将が...コーチング...?」
2人が話していると後ろから脱衣所の引き戸を開けるガラガラ音が聞こえた。筋骨ガッチリした男の集団が入ってくる。
「ウェーイ、先にイケメン2人入ってるぅ☆」
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「おい、清代...海将が困惑してんだろうが!」
「イテェ、主将サーセン!」
「...。」
影村は清代のノンストップトークに困惑する。清代は嶋藤に浴槽へと連れていかれた。影村は掛け湯をした後洗い場へと行き体を洗い始めた。
「竹下ッチィ~負けたの悔しいねぇ~!ウェーイ!スタッフゥ~!」
「高峰に続いて飛び込みウェーイ!スタッフゥ~!」
「もぉ、副主将と高峰チャラーいっていうか飛び込み禁止ぃ~!」
高峰と山城が掛け湯の後すぐに浴槽へと小走りして行き、飛び込んで水しぶきを上げた。2人がチャラいセリフを決めて、謎のポーズをしながら飛び込む姿を真面に見てしまった矢留は思わず笑った。浴槽へと入ってくる山瀬へ竹下が声を掛ける。
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「フフ。そうだね。今日の山瀬のボレーと高峰の再現?すごかったよ。優勝候補相手に良くやったね。次勝ったら五日市工業とだね。」
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「うん!期待してよ!」
山瀬が笑顔で大きく頷くと濡らした髪をかき上げオールバックになったチャラ男2人そして横田兄弟が、彼の目の前に現れて変なポーズをしながら並んで現れるも後ろからそれを見た矢留がもう一人の存在に気が付く。
「あるぇ~ノブノブぅ~!ばっしゃーんやろうぜ?」(高峰)
「あるぇ~ノブノブぅ~!ばっしゃーんやろうぜ?」(山城)
「あるぇ~ノブノブぅ~!ばっしゃーんやろうぜ?」(横田徹)
「あるぇ~ノブノブぅ~!ばっしゃーんやろうぜ?」(横田輝)
「あるぇ~ノブノブぅ~!ばっしゃーんやろうぜ?」(いつの間にか仲良くなった清代)
「いやだよ~!ってか増えてるぅ~!チャラーい!」
「ハッハッハッハッハ!」
「...ッツ!ハッハッ!」
竹下と矢留は不意を突かれたのか大笑いしてしまった。すると全員の眼前に筋骨隆々な巨人が現れた。影村が洗い場から浴槽へと向かって来たようだ。
「お、海将!体やべぇ!」
「なんだこれ腹筋8個じゃねぇかよ!どうなってんだよ。」
「体とは一体...。」
「ボディービルダーも真っ青だぞ。天然かよこれ。」
「.........。」
影村は周りの視線を感じる。物珍しいものを見たであろうその好奇の視線に対して、彼は場をシラけさせても仕方がないといった呆れた表情で、シューと息を吐きながらボディービルダーのサイドチェストというポーズを決める。彼の大きくそれでいて締まった筋肉が隆起する。まるで漫画やアニメのようなその筋肉形状を見た面々は皆一様に興奮した。
「うぉーー!」
「すっげぇーー!」
「腕が手羽先の完全究極体!」
「胸がケツ!」
「肩がメロン!」
「腹筋板チョコ!」
「前世は手榴弾か!」
「ハッハッハッハッハ!」
男子風呂中に集団の笑い声が響く、普段は真面目で注意する立場の嶋藤ですら大笑いするほどだった。影村の遠くを見ながらポーズを決め、ポーカーフェイスで固まった姿を見た全員が、そのシュールな姿に笑いをとられた。彼らは適度な時間風呂に入り1日の疲れを流すとそれぞれが部屋へと戻った後集合場所である広間へと集まる。彼らを待っていたのは監督、コーチ陣とマネージャー達だった。
「あら、今日はのぼせてなかったみたいね。」
「あ、男子ぃ!席自由だよ!」
「た、竹下君浴衣前が開いてるー!」
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