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Proving On

chronicle.25

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山瀬が超反応ボレーで翻弄し、村重が守り、公塚が戦略を駆使し、高峰がコート内の状況を引っ掻き回す。第2セットは第1ゲームの1ポイント目から手に汗握る展開。海生代の山瀬と高峰の2人は内に眠る“何か”にこれまで気が付いていなかった。

 「ふぅ...行くよ高峰。(あれ...何だこれ...)」

 山瀬が深呼吸をすると、手でボールを突き始めた。彼はボールがバウンドする間の滞空時間が異様に長く感じた。しかし今は試合の場、止まっていられない。その変化を察知したのは彼の兄である敏孝とその相方の森野、そして5人の天才と呼ばれ、一足先にそれが開花したであろう竹下だった。彼らは目を見開いて山瀬の方を見た。


 「......おい。(なんだあいつの顔...まるでもう人形じゃねぇか)」

 山瀬の顔から何一切の表情が消えていた。額から落ちる汗が目に当たっても瞼を閉じなった。それを見たもう一人の男が仕方がないなといった表情で山瀬を見つめた。

 「仕方がないねぇ...相棒。」

 高峰はラケットの構えを解き、まるで陸上選手がスタートラインの位置につく前のルーティーンを行う様に爪先を地面についた。その後ボクサーの様に軽くステップを踏む。

 「......。(なんだ。雰囲気が変わったぞこいつら。)」

 村重は高峰と山瀬の表情と動作の変化に困惑し、後ろを向いて公塚と目を合わせた。その表情は何か人外でも見たかのような、未知なる存在の目撃者といったところだった。2人は向き直る。村重はラケットを構え直す。

 「.........。(本当は決勝戦の五日市への御礼参りで使おうと思ったんだけど。)」
 「......。」
 「...。(あらあら、ノブノブやる気じゃん☆しょうがねぇ。)」

 高峰は観客席に座っているギャルとギャル男達の方を見る。ギャル男の中でも仲のいい友人の一人が、右手で彼にサムズアップのハンドサインを向けた。それを見た高峰は口角を上げて笑みを浮かべた。

 「...。(よっしゃ...体温まってるし、一丁やりますかねぇ。先生...もっと観客沸かせるぜ!)」
 「......。」


 山瀬がトスを上げる。高峰はまだ動かない。公塚はこのゲームで一気に攻勢に出ようと後衛から前衛に出て来た。敏孝は弟の信行が自分にはなかった“何か”を発現させているのを見て心の中で弟を祝福した。

 山瀬がスピンサーブを打つ。ボールはネットの2メートル程度上を行き村重が立っている側のサービスライン外側へと落ちる。公塚はネットへの前進を止めた。山瀬と高峰がネットへと前進してくる。後衛でコートを引っ掻き回す役割に徹していた高峰が前衛に出てボレーを行おうとしていた。山瀬がサーブを打った後に公塚の方へと真っすぐ走り込んでくるのは理解していたが、まさか高峰まで走ってくるとは予想してなかった。

 「......っく!(山瀬に返せない。なら...!)」

 村重がフォアハンドの態勢で高峰の走り込んできた方へ体を向けた。山瀬のサーブは威力が弱く、確実にコートへ入れるよう速度も遅いため、絶好のウィナー級ボールを打てる。村重はラケットを全力でスイングする。ボールは高峰がネット前に到着したところの彼のフォアハンド側へと飛んで行く。しかし村重はこの後前衛プレーヤーとしての絶望感を与えられる。

 「.......!?(なぁ!?)」

 村重の打ったボールが返ってくる。至近距離でのフォアハンドのウィナー級ボールを目の前で高峰に封殺された。公塚は高峰の顔を見て悪寒した。高峰の顔はまるで山瀬の様に無機質なものになっていた。山瀬は驚異的な集中力を回復させ、そして高峰は山瀬のスタイルを“再現”したのだ。


 「30-0!」

 「......ぉい、今の。」
 「至近距離で封殺したぞ...」

 審判コールに続いて観客達のどよめきが聞こえる。敏孝と森野は静かに無表情でハイタッチをし、竹下は満面の爽やかな笑みを浮かべて2人を見た。佐藤は何が起きたのか、まるでコート上に山瀬が2人いたかのような感覚に襲われて言葉を失っていた。田覚は2人の才能が開花した事にこぶしを握って小さくガッツポーズした。

 「あいつらやりやがった。このまま攻め続けろ。止まるなよ...テニスとはそういう競技だ。」
 「.........。(あの2人、元々才能を持っていたのかもしれないが、それを開花させるように指導していたのはあなただ。インターハイから今までのたった数カ月でいったいどんな指導を。しかし...)」

 池谷は田覚の横顔を見た後に海生代の2人組を見た。コート中に審判のコールがこだまする。公塚と村重はまるでネット前に山瀬が二人いるような感覚に襲われる。

 「40-0!......ゲーム 高峰・山瀬ペア!」

 「あっという間に1ゲーム取っちまった。」
 「まるで鉄壁が2人いるみたいだったぞ。」

 高峰と山瀬は拳を合わせた。第1セット第2ゲームからゲームは平行線をたどる。1-1、1-2、2-2、2-3、3-3...拮抗した試合展開に観戦者達は息をのむ。しかし海生代2人のサービスゲームの方が、釜谷南の2人のサービスゲームよりもゲームポイントを取る速さが圧倒的だった。

 「あいつら2人は...高峰と山瀬は陣内第3中学校に在籍した3年間...3年生の前半期...最初で最後の全中で、各県代表が恐れる程の実力と技量を見せつけた。そしてあいつらは確実に試合の場に出られるであろう無名校である海生代を選んだ。」
 「.........。」

 田覚は徐に池内に2人の事を語りだす。池谷は今目の前で試合をしている高峰と山瀬が、実は中学時代は全中に1回しか出場していなかったという事実に耳を疑う。

 「あの実力で?冗談を...事実だとしたら、その学校の指導者を疑いますよ。」
 「あぁ、俺も最初に2人から聞いた時はそう思った。」
 「......。」
 「...あいつらは不遇の3年間を過ごした。実力主義を掲げながらも、自分の言う事を聞く主顧問の教員が囲った生徒だけを試合に出す。赴任してきたばかりで副顧問の英語教員によって、その才覚を見出されるまでは...コートに立つことすら許されなかった身分だった。ま、同級生で全国クラスに育ったのはあいつらだけだったって話さ。」
 「....ひどい話だ。」

 池谷は高峰と山瀬に同情した。彼は事実学校の教員は顧問として部活を統括管理しているだけで、その立ち位置は決してコーチングを行う指導者ではないといったスタンスを取っていた。菊池台西高校も海生代高校と同じく外部にコーチを委託するスタイルだった。ただし、それは卒業生を中心としたものだった。その中にはコーチになっている卒業生もおり、彼らの指導の下という整った環境下での練習ができている。

 「田覚さん、伸びますよ彼ら。」
 
 「.....あぁ、そしてあいつらはおそらくこの大会で完成する。待っているのは絶対的勝者の道か、あるいは同等の実力を持った存在達との熾烈な修羅の道を行くかだな。あいつらはマジで五日市に挑む気だ。」

 「......。」

 「...ぅぁぬるっ。」

 田覚は頷いた。そして持っていたコーラを飲むも冷たくなくなったコーラを残念な表情で見つめた。コートの上では平行線の試合展開が一変し、中学の頃から燻っていた才能の開花という最悪の凶器と化した海生代高校の2人組による強豪校2人組への一方的な攻撃だった。

 「......!(なんだ!なんだこいつら!どんどん攻撃のテンポが上がってきてやがる!)」
 「......っち!(なんだ!トリックスターのボレー捌きが...もう鉄壁レベルじゃねぇか!顔まで無表情か!)」

 ポイントを取り返せば取り返す程、追い詰められる釜谷南の公塚と村重。最早勝っているのか負けているのかという感覚すらわからなかった。ただ2人が感じたのは、この試合中に圧倒的な強者へと段階をすっ飛ばして進化を続ける海生代2人を前にしたという恐ろしさだった。

 「ハハッ!(あぁ、楽しい!楽しいよ!もっとボレーさせてよ!)」

 山瀬は無機質な表情でボレー戦を繰り広げる。無表情で笑った山瀬に不気味さを感じた2人は山瀬へと目が向き彼を集中攻撃するも最早2対1でボレー戦をしている状況だった。

 「.....ッツ!(タイミングが早すぎる!ここはいったん奴らを後ろに下げさせる!鉄壁のスマッシュなら普通の選手のストロークレベルだ!)」
 「...きみづ!」

 公塚は村重の制止を振り切ってボレーするラケット面を上気味に向けてロブボールを上げる。山瀬がスマッシュの動作をしようと少し下がる。

 「.........。(鉄壁のスマッシュ!来る!)」
 「...!(少し後ろへ下がれば、こいつは攻撃力がないはずだ!)」

 山瀬が目でボールを追いながらラケットを持つ利き手側の肩を引き、弓を引く動作となる。公塚と村重はラケットを構えスマッシュに備えた。

 「.....ウィー。(んなわけねぇじゃん?)」

 山瀬の後ろから高峰が飛び上がってきた。公塚と村重は山瀬の後ろから高峰が飛び上がってくるとき、時間が何倍にも引き延ばされた感覚に陥る。高峰がラケットを振り下ろすと同時に山瀬が大開脚をしながら地面に手をついて屈んだ。高峰のラケットがまるで大風車のように体ごと回転させて振り下ろされる。スイングされたラケットはボールを叩き、フォロースルーする際に山瀬の頭上ギリギリを通過し空を切った。ボールは公塚と村重の真中を通過し、コートのベースライン内側へとバウンドする。


 「ゲームセット! マッチ ウォンバイ 千葉県代表 高峰&山瀬ペア! 」

 
 「ウェ――――イ!」
 「ウェ――――イ!」

 高峰と山瀬は拳を突き合わせ雄たけびを上げた。釜谷南高校の公塚と村重はまだ動けないでいた。その場で放心状態となっている。全国ダブルスに釜谷南ありと言わしめた彼らが、無名校のダークホースに沈んだ。敏孝は不敵に笑い、森野がどっしりと腕を組んで座り、竹下は佐藤と喜びのあまりハイタッチをした。田覚と池谷は頷きながら拍手を送った。高峰と山瀬の2人は拍手の音がパラパラと広がっていく状況に驚く。それは一気に周囲の観客達へと伝染していった。中には指笛を鳴らす者達までいた。

 「すごかったぞー!海生代ー!」
 「ナイスファイトー!」
 「鉄壁すげぇよ!」
 「高峰―!すごかったぜぇ!」

 周りにいた観客達も一斉に拍手した。戸惑った山瀬と高峰だった。しかしそれを余所にコート中に響いた拍手は、まるでエンターテイナーがステージの上で何かの最終演目を終わらせたかのような状況だった。それはもう何かのお祭りだった。

 「...負けたのか...俺達が...。」
 「.........。」

 汗まみれになって放心状態となった公塚を、同じく汗まみれになって放心状態となった村重が見ていた。この試合は後に釜谷南高校で悪夢の1日と語られたのだった。この先2年の黄金期を迎えた海生代高校の2人が台頭してきた記念すべき日であり、全国クラスの強豪選手達にとっては五日市工業の天才コンビに匹敵する者の出現という最悪の1日となった。選手達はそれぞれネット前で握手をした。海生代高校の2人が観客達の声援を受けて去った後、釜谷南高校の2人はベンチに座って顔を隠すようにタオルを頭にかけて泣き崩れた。
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