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Proving On
chronicle.21
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全県杯午後の部。影村が水谷を破った試合の裏側で、トリックスターと鉄壁ペアがコートのベンチに座っていた。
「うぇーい☆ノブノブ~マジでここまで来ちゃったっ!」
「ははっ、そうだね高峰。それに...」
山瀬は試合前に強敵を見ると、一瞬だが彼の兄と同じく鋭く切れ長で冷徹な顔つきになる。高峰は観客席を見ると応援に来ている濃ゆいギャルルックな観客へ手を振った。ギャル、ギャル男達といういかにも陽キャというカテゴリーに属する学生達は、高峰が手を振るとポーズを決めて手を振った。周囲の観客達は少々引いていたが、中にはつられて楽しむようにギャル系の様なテンションアゲアゲの雰囲気を見て楽しむ者達もいた。
山瀬が視線を向けた先にコートへと入場して来た選手達。高峰もその選手2人を見て武者震いを起こす。山瀬は高峰の方を見る。
「来たね...優勝候補...東京都代表の釜谷南...。」
「ノブノブゥ~緊張してるぅ?」
「ハハッ。全然。」
「これに勝っても次はインハイで負けた五日市工業からのぉ?↑↑↑超強豪の雲津大恵~☆テンションがっちゃーう☆↑↑↑」
「もぉー、高峰チャラーい!」
「か~ら~の~?☆」
「か~ら~の~?☆」
山瀬と高峰が立ち上がる。周囲の観客達は2人の試合前の掛声を待っていた。当時全中ダブルス本戦出場を逃したがその突拍子もない戦略と戦術、そして各々が卓越した技能を持った事が知られ、全国のダブルスペアから「本戦に出て来なくてよかった」と言わしめた存在。そんな彼らが海生代高校男子テニス部ダブルス最高戦力として、公式戦のコートの上で行う掛声がコートに響く。
「Let's get started! Nice, cool and tricky!Yeah!」
「うぉー!でったー鉄壁&トリックスターの掛声!」
「俺インターハイの試合見てからめっちゃファンなんだわ。」
「えぇ!?あのかわいい子、インカレダブルストップ勢の山瀬敏孝君の弟なの!?」
「どうりで...綺麗な兄にかわいい弟...最高...」
「ってかなんか相手校めっちゃ強そうなんですけど!?」
「峰峰~!ガンバッテー!ウェーイ!」
東京都代表 私立釜谷南高校の前衛村重典之と後衛の公塚嘉久は海生代コンビの掛声を聞いて気を引き締める。
「村重、まさかとは思ったがあの二人とやれるんだな。」
「あぁ、インターハイで五日市工業に敗れてから少し顔つきが変わったな。」
「で、その五日市がさっき八王子殿村学院を退けたらしい。」
「今年の五日市ノリに乗ってるな。いずれにしろここで勝った方が連中と当たる。両者リベンジマッチだがな。」
2人は立ち上がるとネットの前に並ぶ。東京都の強豪校相手に向かい合う山瀬と高峰。その顔に一切の緊張感はなかった。まるで何かを悟ったかのように物静かな二人。高峰は山瀬の肩をポンと叩く。山瀬は高峰を見て頷く。その様子を見た村重と公塚。実績は自分達の方が積み上げているが、決して油断してはならない。釜谷南の2人は全力で叩き潰す対象だと判断した。
「海生代...君達と当れて光栄だ。」
「僕達もです。全国強豪校の釜谷南高校の...それも主戦力と戦えるのだから。」
山瀬と村重はネットを挟んでにこやかに話す。高峰と公塚は互いに顔を合わせてにやついていた。兎角この2ペアは試合がしたくてたまらなかった。審判がコイントスのコールを行う。コインの表が出るとサーブ権が重村達へと与えられた。
「千葉県代表 海生代高校 東京都代表 釜谷南高校の試合を行います。」
「よろしくおねがいします!」
「ヨロシクゥ―!」
「よろしくおねがいしまーす!」
「よろしくおねがいします。」
両ペア同時に礼と挨拶を交わし、それぞれベースラインの後ろへと下がる。高峰は山瀬と、重村は公塚と戦略を確認する。高峰は軽くジャンプして重村のサーブを待ち構える。山瀬は前衛でラケットを構えて集中する。その目は最早ターゲットを定めた戦闘ロボットの様に据わっていた。それは彼をネットを挟んで向かい側の前衛サイドで見ていた村重をゾッとさせた。
「.........。(こいつ等、相当な修羅場をくぐってやがる。いったいどんな練習をしてきたんだ。)」
村重は大きく深呼吸をしてラケットを構え、高峰の動きに集中した。公塚がラケットでボールを突きながら高峰の方を見る。公塚はスライスサーブで高峰をコートの外に追い出したところを村重にボレーで処理させるつもりでいた。公塚がトスを上げる。君付は迷わずスライスサーブを打ち込んだ。確実にコートへ入るように、尚且つボールがバウンドした後に角度変化が付くよう力が調整されたそれは、高峰をコートの外へと追い出そうと誘導する。
「......。(公塚ナイス!)」
公塚の狙い通りに高峰がスライス回転で曲がったボールを追ってコートの外側へと走る。2人は高峰がフォアハンドストロークを外側から真っすぐ返して、村重の横を通過させて彼の後ろのベースラインを狙うだろう。村重が動き出す。この場合高峰がクロスにボールを打っても角度が浅く公塚が返球することになる。高峰は彼らの思い通りフォアハンドストロークを真っすぐ打つ。村重はそれを処理すべく動く。彼はバックハンドボレーで高峰が動いた逆サイドのバックハンド側を狙う。
「......。(まず流れをこっち...に...なぜ...いる...。)」
村重の目前に先ほどの挨拶の時と全く雰囲気の違う、まるでサイボーグの様に目を見開きボールを凝視しながら村重の眼前に現れた山瀬。村重がバックハンドボレーで高峰のボールを返したほんのコンマ数秒の刹那。まるで彼が壁にでもボレーしたのかと思う程の近距離で山瀬のフォアハンドボレーがそれを捉える。
「.........な!?」
不意を突かれた公塚がネット前へとダッシュする。山瀬もすかさず走り込んできたがそんな彼を避ける様に公塚がロブを打ち上げた。
ボールが上がる。山瀬がサービスラインまで下がる。ボールはまだ高く上がる。村重と公塚が体勢を立て直そうと元の位置へと急ぐ。通常ロブが上がると、滞空時間が発生し選手達が体勢を立て直すことができる。ボールがバウンドしても高く上がるためそれなりに時間が稼げる。
しかし海生代のトリックスターと呼ばれる伝説の男である高峰はそうはいかなかった。彼は公塚がロブを上げようとした時点でそれを察知し、一気にボールの着地点を見定めて走り込んだ。そしてボールがバウンドするであろう場所の1.3~1.5m程手前で右足を踏ん張り、左手をサーブのトスを上げたかのようにボールへとかざすしながら体を反時計回りにねじ込ませ飛び上がる。公塚は高峰がトリックスターと呼ばれる所以となったプレーを初めて体感する事になる。
「...ヒュー!」
高峰は空中で半回転する身体の勢いに乗せてラケットを振り下ろし、落ちてきたボールを思いっきりスマッシュした。ボールは早い速度で公塚の方へと向かって行った。意表を突かれた公塚。しかしそこは全国クラスのプレーヤー。なんとかフォアハンドでボールを捉えそのままストレートへボールを返す。
「.........!(マジか!)」
公塚が打ったボールの正面にはもう山瀬が待ち構えていた。山瀬が公塚のボールをバックハンドボレーで返す。少しスライス回転が掛かったボールはサービスラインで低くバウンドし、二人が拾えない状況へと陥る。ボールがもう1回バウンドした時点で観客達は手に汗を握っていた。
「ラ、0-15!」
「うぉー!マジかぁ!」
「なんだ今のポイントゲーム!あいつら4人バケモンかよ!」
「どんだけ読み合いしやがった!」
沸き上がる歓声を余所に、深呼吸する4人。東京都のダブルスの頂点に立つ2人を前に物怖じすることなく堂々とプレーを見せつける高峰と山瀬のコンビ。技量、戦略共に申し分なく通用し得るレベルへと成長した2人。
「村重、今の...」
「あぁ...お前がサーブを外側へ撃つようにわざとバックハンド寄りに立ったんだな。」
「......まるで五日市と試合してるみたいだ。」
「いいや、それ以上の悪夢だ。五日市に山瀬はいない。よくあんなの抑えられたな。」
「あぁ。次も同じく外側へボールを打つように仕向けるだろうな。相手はトリックスター。何をされるかは予測不可能だ。乗るかどうかは任せる。」
「わかってる。次はサーブで山瀬を崩す。」
山瀬はベースラインで公塚のサーブを待っている。山瀬は一風変わったラケットの持ち方をしている。これは兄の敏孝も真似できないと言わしめたものだった。彼は右手をラケットのグリップに、左手をラケットのY字部分。シャフトと呼ばれる個所を握ってまるで斧を構えているようだった。
「なんだよあれ...」
公塚は思わず声に出す。とにかくサーブを打ち込む。1球目はラインを割ってフォルト。セカンドサーブ。彼がトスを上げると、山瀬がコースを見極めてサービスラインへ一気に走り寄った。公塚のラケットからスピンサーブが放たれる。ボールは山瀬のサービスラインの外側を狙ったスピンサーブ。
「......!?」
山瀬のがボールへと突っ込んで行く。スピンサーブにただ当てるだけが狙いの行動。その行動が前衛の村重の心を揺さぶる。飛んできたボールを村重がボレーで叩く。しかし止まらずに突っ込んできた山瀬がそのボールをボレーで返す。ボールは村重の手首の方へと返る彼は咄嗟にラケット面を上に向けてボールを打ち上げるも、山瀬がそれを叩き落す。
「0-30!」
一瞬の出来事に村重はボールを追うしかなかった。まさか至近距離でボレーしたボールを更に至近距離のボレーで返してくるプレーヤーが今までにいただろうか。答えはNOである。
「...何つー反射神経だあれ。村重大丈夫だったか?」
「あ、あぁ。まさにあの山瀬の弟だな。」
「高校テニス界伝説のダブルスコンビ、山瀬と森野のペアか...」
「あぁ。高峰の動きどう思う。」
「誘導してるな。たぶん最初のポイント、お前を誘ってた。おそらくとんでもない高等テクニックを持ってる。よっぽどいいコーチを持ったんだろうな。このゲームは相手を探ることに使おう。2セットあるんだ。持久戦は得意だろ?」
「任せろ公塚。」
「頼むぜ村重。」
2人は短い打ち合わせを終えると同時に互いに左手の甲同士でタッチした。青空の下、白と紫のリストバンドが印象的だった。公塚はサービス前のルーティンの最中に高峰の方を見た。高峰はラケットを構えている。立ち位置はフォアハンドサイドに寄っており、先ほどの様にボールを外側へと打つように彼を誘導している様子だった。
「......。(外側への誘導か、それともコート内で何かをする気か...。)」
公塚は続いて山瀬の方を見た。まるで機械の様に据わった眼で公塚の持っているボールを見ている。その姿に向かい側に立っている前衛の村重が山瀬に対して気味の悪さを感じている姿が見えた。
「フゥ...(まぁいい。乗った...外側へ撃ってやるよトリックスター!)」
公塚がトスを上げる。彼は高峰ががら空きにしているサービスコートの外側を狙うように確実にコントロールの利く球種であるスピンサーブを選択してそれを打ち込んだ。高峰がバックハンド側へと走り、公塚のサーブをまるで触るだけといった風に軽くラケットへ当てて前衛の村重へ緩い高めのボールを打った。村重がボールを見ながら後ろへ下がる。高峰はその様子を見るとニヤリと黒く微笑する。
「...。(よし!ナイスサーブだ公塚!)」
「......。(村重よせ!やめろ!スマッシュを打つな!)」
落ちてくるボールをこれ見よがしにチャンスと捉えた村重が、身体を半分後ろへと引きスマッシュの態勢へと入る。村重がラケットを振り上げ、落ちてくるボールにラケットが当たる。公塚は慌ててベースライン上、村重の後方へと走る。
「.........!(トリックスター!あいつ!村重にわざとスマッシュを!)」
村重のラケットがボールを叩く。彼がラケットを振り切ろうとする刹那。ゆっくりと流れる時間の中で自分の視界の直線上、超至近距離。真ん前に山瀬が立っていた。ラケットが振りきられた時にはもう遅かった。公塚は走った。
「.....!(鉄壁...山...瀬...!!?)」
村重は自分の目の前に山瀬がラケットを構えて立っている姿を視界にとらえると、自分がスマッシュしたボールが山瀬のラケットに捉えられる瞬間を目の当たりにする。コート中に村重がスマッシュした打音と、山瀬がそれを至近距離でボレーした打音がほぼ同時に響いた。公塚は山瀬がボレーして返してきたボールを追う。
「.........!(バケモンかよ!海生代!)」
何とか自分のバックハンド側へと返って来たボールを打ち上げる公塚。しかしそこへ待ってましたと云わんばかりに走り込んできた高峰がまるでバレーボール選手がアタックを打つ様な空中姿勢でラケットを引きボールをスマッシュした。高峰がクロスに打ち込んだスマッシュ。そのボールは公塚の目の前をバウンドしてコートから出て行った。
「0-40!」
「...何だよこいつら。」
「あれが海生代...聞いたことねぇ学校なのになんであんなに強えぇ...。」
「あんな連中をインターハイで倒したのかよ...五日市バケモンだろ...。」
「海将といい、天才竹下といいトリックスター・鉄壁...吉田兄弟...なんなんだ今年の千葉県勢は!」
高峰がスマッシュを終えて着地した。観戦していた選手やその応援者らは、高峰の空中姿勢の美しさと、その滞空時間に唖然とした。ラケットを杖代わりに姿勢を起こした彼は、すぐ隣にいた機械の様な据わった眼をした山瀬と無言でこぶしを合わせた。
「うぇーい☆ノブノブ~マジでここまで来ちゃったっ!」
「ははっ、そうだね高峰。それに...」
山瀬は試合前に強敵を見ると、一瞬だが彼の兄と同じく鋭く切れ長で冷徹な顔つきになる。高峰は観客席を見ると応援に来ている濃ゆいギャルルックな観客へ手を振った。ギャル、ギャル男達といういかにも陽キャというカテゴリーに属する学生達は、高峰が手を振るとポーズを決めて手を振った。周囲の観客達は少々引いていたが、中にはつられて楽しむようにギャル系の様なテンションアゲアゲの雰囲気を見て楽しむ者達もいた。
山瀬が視線を向けた先にコートへと入場して来た選手達。高峰もその選手2人を見て武者震いを起こす。山瀬は高峰の方を見る。
「来たね...優勝候補...東京都代表の釜谷南...。」
「ノブノブゥ~緊張してるぅ?」
「ハハッ。全然。」
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「もぉー、高峰チャラーい!」
「か~ら~の~?☆」
「か~ら~の~?☆」
山瀬と高峰が立ち上がる。周囲の観客達は2人の試合前の掛声を待っていた。当時全中ダブルス本戦出場を逃したがその突拍子もない戦略と戦術、そして各々が卓越した技能を持った事が知られ、全国のダブルスペアから「本戦に出て来なくてよかった」と言わしめた存在。そんな彼らが海生代高校男子テニス部ダブルス最高戦力として、公式戦のコートの上で行う掛声がコートに響く。
「Let's get started! Nice, cool and tricky!Yeah!」
「うぉー!でったー鉄壁&トリックスターの掛声!」
「俺インターハイの試合見てからめっちゃファンなんだわ。」
「えぇ!?あのかわいい子、インカレダブルストップ勢の山瀬敏孝君の弟なの!?」
「どうりで...綺麗な兄にかわいい弟...最高...」
「ってかなんか相手校めっちゃ強そうなんですけど!?」
「峰峰~!ガンバッテー!ウェーイ!」
東京都代表 私立釜谷南高校の前衛村重典之と後衛の公塚嘉久は海生代コンビの掛声を聞いて気を引き締める。
「村重、まさかとは思ったがあの二人とやれるんだな。」
「あぁ、インターハイで五日市工業に敗れてから少し顔つきが変わったな。」
「で、その五日市がさっき八王子殿村学院を退けたらしい。」
「今年の五日市ノリに乗ってるな。いずれにしろここで勝った方が連中と当たる。両者リベンジマッチだがな。」
2人は立ち上がるとネットの前に並ぶ。東京都の強豪校相手に向かい合う山瀬と高峰。その顔に一切の緊張感はなかった。まるで何かを悟ったかのように物静かな二人。高峰は山瀬の肩をポンと叩く。山瀬は高峰を見て頷く。その様子を見た村重と公塚。実績は自分達の方が積み上げているが、決して油断してはならない。釜谷南の2人は全力で叩き潰す対象だと判断した。
「海生代...君達と当れて光栄だ。」
「僕達もです。全国強豪校の釜谷南高校の...それも主戦力と戦えるのだから。」
山瀬と村重はネットを挟んでにこやかに話す。高峰と公塚は互いに顔を合わせてにやついていた。兎角この2ペアは試合がしたくてたまらなかった。審判がコイントスのコールを行う。コインの表が出るとサーブ権が重村達へと与えられた。
「千葉県代表 海生代高校 東京都代表 釜谷南高校の試合を行います。」
「よろしくおねがいします!」
「ヨロシクゥ―!」
「よろしくおねがいしまーす!」
「よろしくおねがいします。」
両ペア同時に礼と挨拶を交わし、それぞれベースラインの後ろへと下がる。高峰は山瀬と、重村は公塚と戦略を確認する。高峰は軽くジャンプして重村のサーブを待ち構える。山瀬は前衛でラケットを構えて集中する。その目は最早ターゲットを定めた戦闘ロボットの様に据わっていた。それは彼をネットを挟んで向かい側の前衛サイドで見ていた村重をゾッとさせた。
「.........。(こいつ等、相当な修羅場をくぐってやがる。いったいどんな練習をしてきたんだ。)」
村重は大きく深呼吸をしてラケットを構え、高峰の動きに集中した。公塚がラケットでボールを突きながら高峰の方を見る。公塚はスライスサーブで高峰をコートの外に追い出したところを村重にボレーで処理させるつもりでいた。公塚がトスを上げる。君付は迷わずスライスサーブを打ち込んだ。確実にコートへ入るように、尚且つボールがバウンドした後に角度変化が付くよう力が調整されたそれは、高峰をコートの外へと追い出そうと誘導する。
「......。(公塚ナイス!)」
公塚の狙い通りに高峰がスライス回転で曲がったボールを追ってコートの外側へと走る。2人は高峰がフォアハンドストロークを外側から真っすぐ返して、村重の横を通過させて彼の後ろのベースラインを狙うだろう。村重が動き出す。この場合高峰がクロスにボールを打っても角度が浅く公塚が返球することになる。高峰は彼らの思い通りフォアハンドストロークを真っすぐ打つ。村重はそれを処理すべく動く。彼はバックハンドボレーで高峰が動いた逆サイドのバックハンド側を狙う。
「......。(まず流れをこっち...に...なぜ...いる...。)」
村重の目前に先ほどの挨拶の時と全く雰囲気の違う、まるでサイボーグの様に目を見開きボールを凝視しながら村重の眼前に現れた山瀬。村重がバックハンドボレーで高峰のボールを返したほんのコンマ数秒の刹那。まるで彼が壁にでもボレーしたのかと思う程の近距離で山瀬のフォアハンドボレーがそれを捉える。
「.........な!?」
不意を突かれた公塚がネット前へとダッシュする。山瀬もすかさず走り込んできたがそんな彼を避ける様に公塚がロブを打ち上げた。
ボールが上がる。山瀬がサービスラインまで下がる。ボールはまだ高く上がる。村重と公塚が体勢を立て直そうと元の位置へと急ぐ。通常ロブが上がると、滞空時間が発生し選手達が体勢を立て直すことができる。ボールがバウンドしても高く上がるためそれなりに時間が稼げる。
しかし海生代のトリックスターと呼ばれる伝説の男である高峰はそうはいかなかった。彼は公塚がロブを上げようとした時点でそれを察知し、一気にボールの着地点を見定めて走り込んだ。そしてボールがバウンドするであろう場所の1.3~1.5m程手前で右足を踏ん張り、左手をサーブのトスを上げたかのようにボールへとかざすしながら体を反時計回りにねじ込ませ飛び上がる。公塚は高峰がトリックスターと呼ばれる所以となったプレーを初めて体感する事になる。
「...ヒュー!」
高峰は空中で半回転する身体の勢いに乗せてラケットを振り下ろし、落ちてきたボールを思いっきりスマッシュした。ボールは早い速度で公塚の方へと向かって行った。意表を突かれた公塚。しかしそこは全国クラスのプレーヤー。なんとかフォアハンドでボールを捉えそのままストレートへボールを返す。
「.........!(マジか!)」
公塚が打ったボールの正面にはもう山瀬が待ち構えていた。山瀬が公塚のボールをバックハンドボレーで返す。少しスライス回転が掛かったボールはサービスラインで低くバウンドし、二人が拾えない状況へと陥る。ボールがもう1回バウンドした時点で観客達は手に汗を握っていた。
「ラ、0-15!」
「うぉー!マジかぁ!」
「なんだ今のポイントゲーム!あいつら4人バケモンかよ!」
「どんだけ読み合いしやがった!」
沸き上がる歓声を余所に、深呼吸する4人。東京都のダブルスの頂点に立つ2人を前に物怖じすることなく堂々とプレーを見せつける高峰と山瀬のコンビ。技量、戦略共に申し分なく通用し得るレベルへと成長した2人。
「村重、今の...」
「あぁ...お前がサーブを外側へ撃つようにわざとバックハンド寄りに立ったんだな。」
「......まるで五日市と試合してるみたいだ。」
「いいや、それ以上の悪夢だ。五日市に山瀬はいない。よくあんなの抑えられたな。」
「あぁ。次も同じく外側へボールを打つように仕向けるだろうな。相手はトリックスター。何をされるかは予測不可能だ。乗るかどうかは任せる。」
「わかってる。次はサーブで山瀬を崩す。」
山瀬はベースラインで公塚のサーブを待っている。山瀬は一風変わったラケットの持ち方をしている。これは兄の敏孝も真似できないと言わしめたものだった。彼は右手をラケットのグリップに、左手をラケットのY字部分。シャフトと呼ばれる個所を握ってまるで斧を構えているようだった。
「なんだよあれ...」
公塚は思わず声に出す。とにかくサーブを打ち込む。1球目はラインを割ってフォルト。セカンドサーブ。彼がトスを上げると、山瀬がコースを見極めてサービスラインへ一気に走り寄った。公塚のラケットからスピンサーブが放たれる。ボールは山瀬のサービスラインの外側を狙ったスピンサーブ。
「......!?」
山瀬のがボールへと突っ込んで行く。スピンサーブにただ当てるだけが狙いの行動。その行動が前衛の村重の心を揺さぶる。飛んできたボールを村重がボレーで叩く。しかし止まらずに突っ込んできた山瀬がそのボールをボレーで返す。ボールは村重の手首の方へと返る彼は咄嗟にラケット面を上に向けてボールを打ち上げるも、山瀬がそれを叩き落す。
「0-30!」
一瞬の出来事に村重はボールを追うしかなかった。まさか至近距離でボレーしたボールを更に至近距離のボレーで返してくるプレーヤーが今までにいただろうか。答えはNOである。
「...何つー反射神経だあれ。村重大丈夫だったか?」
「あ、あぁ。まさにあの山瀬の弟だな。」
「高校テニス界伝説のダブルスコンビ、山瀬と森野のペアか...」
「あぁ。高峰の動きどう思う。」
「誘導してるな。たぶん最初のポイント、お前を誘ってた。おそらくとんでもない高等テクニックを持ってる。よっぽどいいコーチを持ったんだろうな。このゲームは相手を探ることに使おう。2セットあるんだ。持久戦は得意だろ?」
「任せろ公塚。」
「頼むぜ村重。」
2人は短い打ち合わせを終えると同時に互いに左手の甲同士でタッチした。青空の下、白と紫のリストバンドが印象的だった。公塚はサービス前のルーティンの最中に高峰の方を見た。高峰はラケットを構えている。立ち位置はフォアハンドサイドに寄っており、先ほどの様にボールを外側へと打つように彼を誘導している様子だった。
「......。(外側への誘導か、それともコート内で何かをする気か...。)」
公塚は続いて山瀬の方を見た。まるで機械の様に据わった眼で公塚の持っているボールを見ている。その姿に向かい側に立っている前衛の村重が山瀬に対して気味の悪さを感じている姿が見えた。
「フゥ...(まぁいい。乗った...外側へ撃ってやるよトリックスター!)」
公塚がトスを上げる。彼は高峰ががら空きにしているサービスコートの外側を狙うように確実にコントロールの利く球種であるスピンサーブを選択してそれを打ち込んだ。高峰がバックハンド側へと走り、公塚のサーブをまるで触るだけといった風に軽くラケットへ当てて前衛の村重へ緩い高めのボールを打った。村重がボールを見ながら後ろへ下がる。高峰はその様子を見るとニヤリと黒く微笑する。
「...。(よし!ナイスサーブだ公塚!)」
「......。(村重よせ!やめろ!スマッシュを打つな!)」
落ちてくるボールをこれ見よがしにチャンスと捉えた村重が、身体を半分後ろへと引きスマッシュの態勢へと入る。村重がラケットを振り上げ、落ちてくるボールにラケットが当たる。公塚は慌ててベースライン上、村重の後方へと走る。
「.........!(トリックスター!あいつ!村重にわざとスマッシュを!)」
村重のラケットがボールを叩く。彼がラケットを振り切ろうとする刹那。ゆっくりと流れる時間の中で自分の視界の直線上、超至近距離。真ん前に山瀬が立っていた。ラケットが振りきられた時にはもう遅かった。公塚は走った。
「.....!(鉄壁...山...瀬...!!?)」
村重は自分の目の前に山瀬がラケットを構えて立っている姿を視界にとらえると、自分がスマッシュしたボールが山瀬のラケットに捉えられる瞬間を目の当たりにする。コート中に村重がスマッシュした打音と、山瀬がそれを至近距離でボレーした打音がほぼ同時に響いた。公塚は山瀬がボレーして返してきたボールを追う。
「.........!(バケモンかよ!海生代!)」
何とか自分のバックハンド側へと返って来たボールを打ち上げる公塚。しかしそこへ待ってましたと云わんばかりに走り込んできた高峰がまるでバレーボール選手がアタックを打つ様な空中姿勢でラケットを引きボールをスマッシュした。高峰がクロスに打ち込んだスマッシュ。そのボールは公塚の目の前をバウンドしてコートから出て行った。
「0-40!」
「...何だよこいつら。」
「あれが海生代...聞いたことねぇ学校なのになんであんなに強えぇ...。」
「あんな連中をインターハイで倒したのかよ...五日市バケモンだろ...。」
「海将といい、天才竹下といいトリックスター・鉄壁...吉田兄弟...なんなんだ今年の千葉県勢は!」
高峰がスマッシュを終えて着地した。観戦していた選手やその応援者らは、高峰の空中姿勢の美しさと、その滞空時間に唖然とした。ラケットを杖代わりに姿勢を起こした彼は、すぐ隣にいた機械の様な据わった眼をした山瀬と無言でこぶしを合わせた。
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