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Proving On

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 千葉県代表テント 試合前ミーティング

 「試合2回戦突破おめでとう。輝。残念だったな。だが負けたからといって役割が終わったわけではない。色々手伝ってもらうぞ。そしてこの大会...俺達千葉県勢は全国の強豪相手に戦えている。次の試合は竹下。お前は龍谷との対戦。そして影村は...同じく天才の一人。愛知県の水谷だ。龍谷と水谷。どちらも同じパワー系のプレーヤーだが、違いがある。龍谷は中学時代200キロを超えるサーブを武器に全中トーナメントを勝ち進んだ。そして、水谷は発達した腕によるフォアハンドストロークが武器だ。だがバックハンド、フォアハンド共にウィナー級のボールを打てる選手でもある。竹下。今回は行けるか?」

 「フフ、高校生になって実力が上がっていると考えられるけど。それはこっちも同じ。全力でやらせてもらうよ。」

 「頑張って。竹下君。」

 竹下の横で佐藤が目を輝かせ、まるで彼女であるかのように彼の腕に抱き着いた。竹下はどこか苦笑いを浮かべる。高峰も彼女の竹下への陶酔っぷりには半ば引いていた。


 「影村はどうだ?天才の1人を前にどう戦う。」

 「自分のやる事をするだけだ。」

 「あぁ。がんばれよ。」

 影村は田覚へ不敵な微笑を見せてきっぱりと言い切った。田覚は頷き、そのままダブルスのトーナメントにも目をやった。

 「高峰、山瀬。よく頑張ったな。次勝てばベスト8だ。気を抜くなよ。」
 「ウェーイ☆↑俺達頑張っちゃうー↑」
 「次の相手はそうも言ってられないぜ。なんたって優勝候補の一角...東京都の私立幕永六花高校。今年のインターハイダブルスベスト4だ。」
 「...。」
 「影ッチの言う通りぃ☆↑、できる事をやるだけっすぅ☆↑」
 「もぉー、高峰緊張感持ってよぉ。」
 「ウィー。」
 「まぁ、いつもの調子で試合に当たれば大丈夫だろ。点取る力は互角だ。お前たちのテニスは一見守りに見えて、その実攻め倒す。超攻撃型のダブルスだ。対する幕永六花は攻守一体。特に前衛の能力が高い。だが、後衛も負けてはいない。前衛光栄共に頭の切れるペア。全力で試合をひっかきまわして来い。」
 「はい!」
 「ウェーイ!」

 全県杯 大会4日目 1週間の内に行われるトーナメントもベスト8に差し掛かった。この日、注目の試合が行われる。千葉県代表の竹下と福岡県代表の龍谷の試合が行われる。両者がコートの真中で向かい会う。1年ぶりの再会に喜ぶ二人。そんな2人を観客席を埋め尽くさんばかりに全国の学生達や強豪校のコーチ達が見守る。

 「フフ、久しぶりだね。龍谷。」
 「おう、元気そうじゃのぅ。面構えが変わったんじゃなかろか?」
 「フフ、色々あったからね。」

 ネット越しに談笑する2人。そんな2人を佐藤が見つめる。祈る様に手を合わせる彼女。そんな彼女を見て他の県の学生達がまるで目の前にアイドルでも現れたかのような興奮っぷりを見せる。彼女は周囲を見回す。流石に天才2人のぶつかり合いとなるとそれを一目見ようと強豪校の生徒達がこぞって見に来ている。しかし会場には他の天才の姿がなかった。彼女は肩を落として座る。

 「おぉ、あれが海生代の天才竹下か。」
 「テレビで見るよか男前じゃけぇ。」
 「あぁ、宰とはまた違う、どっかのぉアイドルの様なやつじゃのぉ。」

 「ねぇねぇ!竹下君!竹下君だよ!」
 「かっこいぃ...めっちゃ爽やかぁ...」
 「キャー!竹下く―ん!」

 竹下の笑顔を見た観客席の女子学生達のハートが打ちぬかれたのか、彼に黄色い声援を送り始めた。佐藤はムクリと膨れた。

 「ザ ベストオブ2セットマッチ 福岡県代表 龍谷 サービストゥプレイ!」


 「いったれぇ!龍谷ぅ!」
 「せや、サービスエースとったれぇ!」
 「竹下くーん!がんばれー!」


 天才同士の衝突に完成鳴り止まぬ中、龍谷がコイントスに勝ちサーブ権を貰う。竹下は爽やかな笑顔を浮かべながらラケットのガットの網目を触りながらベースラインへと下がる。龍谷がサーブの構えに入る。トスを上げてから前を向く程のオープンスタンスのフォーム。そして足を引き寄せながらダイナミックにラケットを振る動作。そこから繰り出される200キロのサーブは竹下がいるコートのサービスライン外側へと落ちる。竹下は飛びつくようにボールをラケットに当てた。

 「......くっ!(流石龍谷だ。)」

 竹下は緩く上がったボールの軌跡を見る。ボールは緩く放物線を描きながら龍谷のバックハンド側へと落ちようとしたところでその場でスプリットステップを踏んでコートのベースライン真中へと動く体制をとった。龍谷は走り込んでバックハンドの態勢に入った。両者共々まるで純粋無垢な子供同士が遊ぶかのように爽やかに笑っていた。

 「......っち!(よう取ったな竹下...海将に鍛えられたか!じゃけん、バックハンドに打てば訳のわからん出鱈目なフォアハンドば使えん!)」

 龍谷がバックハンドで竹下のバックハンドを狙う龍谷の鋭いバックハンドが竹下のいるコートのバックハンド側へと打たれる。竹下は走る。ここで龍谷は竹下のあることに気が付いた。竹下のバックハンドのフォームが変わっている。竹下はボールを目で追いかけ走りながらラケットを引き左手はラケットのY字部分であるシャフト(スロート)へ添えている。

 「...!(竹下ぁ!おんどれぇ!片手バックハンドに鞍替えしたんかぁ!)」

 片手バックハンドのタメの解放と共に吐き出される声。竹下の居合い抜きのような動作の片手バックハンドが放たれる。ボールは角度が付いた状態。そして鋭い球足でネットの上数センチを通過し、龍谷のバックハンドへ側と戻って行く。

 「......っち!」

 龍谷は今度は竹下のコートへバックハンドを返す。竹下のフォアハンドを警戒する彼。竹下の高校生離れした回転量のボール。バウンド後の伸びと高さ、そしてボールの回転量からくる重さ。どれをとっても世界ジュニアのレベルに通じるであろう逸品だった。

 「.....っ!(フフ、狙って来たね。バックハンド!)」

 竹下は片手バックハンドを打つべく構える。元々両手バックハンドだった竹下。影村から攻撃力の補填として片手・両手の打分けを習得するよう言われており、日々の練習時に追われる中で身に着けたもの。しかしそこは天才。基本的なフォームは完璧であるがそこへ1つの工夫を加えた。

 「.........!(な、なんじゃ!?)」

 龍谷は警戒した。ただの片手バックハンドではない。竹下が片手バックハンドの構えからラケットをスイングする。しかし振り始めから両手バックハンドのように左手がグリップに添えられた状態で、ラケットのスイングが始まった。まるでアイスホッケーの様なフォームのスイング。片手バックハンドの踏張った構えから両手バックハンドの振りだしそしてボールがラケットのスイートスポットへと当った後に左手を放しながら片手バックハンドの様なフォロースルーを行う。ボールは龍谷のフォアハンド側へと飛んで行く。フラット回転が掛かりボールの勢いが伸びていく。バウンドしてからの球足が速いため、龍谷がボールに追いついたはいいが、彼は咄嗟に竹下のフォアハンド側へとボールを打った。

 「.........ック!(おどれぇ、なんじゃあのバックハンドは...!球足が伸びた!まるで...いや、覚えがある...その構え...まさか...あの...世界ジュニアの!)」

 龍谷は動揺した。彼は竹下の打つバックハンドのフォームに見覚えがあった。竹下はバックハンド側へと走る。その後まるで「やっとフォアハンドが打てる。」という純粋無垢にテニスというスポーツを楽しむ子供のような表情となる。竹下が地面へラケット面を向けて平行に真っすぐラケットを引く。ボールが跳ねあがろうとあがったろうとした時に彼が下から上へと思いっきりスイングを行う。ボールがラケット面で猛烈に擦られながら押し出される。フォロースルーは天へと昇るように曲がった肘が上げられた。

 5人の天才と呼ばれ、後に世界トップクラスの域へとねじ込んで来るであろう彼の代名詞。ウインドミルスイングによるフォアハンド。リバースフォアハンドと呼ばれるそれが龍谷のコートの中で炸裂する。ボールはバウンド後、身長180センチ後半はあるであろう龍谷の頭の位置まで跳ね上がる。ボールには異常な回転力が掛かりその推進力は重さへと変わる。

 「......!(ハハッ!でなきゃ面白なか!)」


 龍谷の飛び上がりながらのフォアハンドがボールを捉える。龍谷のフルオープンスタンスのフォアハンドがボールへと直撃する。龍谷はボールの重さも何のそのといった具合で、それを打ち下ろすかのように竹下のコートへと返す。竹下はボールに追いつけずコートの外へと出て行ったボールを目で追った。

 「15-0!」

 「うぉぉぉ!天才すげぇ!」
 「あれが竹下のフォアかよ!つーか打ち返した龍谷やべぇ!」
 「これが天才同士の衝突...!」
 「キャー!竹下く―ん!」
 「かっこいいー!」

 後に吉岡修三は竹下達5人の天才の登場について“大人達のエゴによって作り出された天才達ではあるが、元々持っている才能は本物である。それ故に彼らは低迷した日本テニス界の氷河を溶かしていくに足り得る逸材達だった。”と出版した自伝に記した。龍谷が次のサーブの位置へと動く。

 「フゥゥゥー。」

 龍谷が深呼吸をする。彼はトスを上げた。そして力いっぱいラケットを振り上げ、ボールがラケットのスイートスポットとへ当たったと同時に手首を返すプロネーション動作が完了した。龍谷の打ったフラットサーブが竹下がいるコートのサービスラインセンターへと撃ち込まれた。ボールをつぶしたような破裂音からの203キロのサーブは竹下の横を通過し、そして彼を置き去りにしていった。

 「30-0!」

 「うわぁ...えっぐ...。」
 「はえぇ...しかもコース完璧じゃん。」
 「海将と当ったら凄まじい試合しそう。」

 龍谷は竹下を見ながら静かにガッツポーズを上げる。竹下からボールから受け取った彼は次のサービス位置へと歩く。

 「40-0...ゲーム龍谷...竹下 トゥ サーブ。」

 1ゲーム目は龍谷のサービスエースであっと言う間に終わってしまった。影村と比べればノータッチエースの数は少ない。しかしそれでも日本テニス界の一翼を担うには十分すぎる実力を有していた。竹下のサービスゲームが始まる。竹下はラケットでボールを突きながら龍谷を見る。相変わらずのオープンスタンスでの構え。竹下は自分がサーブを打ったとして、それがバウンドした時に龍谷の身体の真正面にボールが来るようコースを絞ることにした。龍谷がオープンスタンスの弱点ともいえる正面へのボールへをどう克服しているのかを確認するためだった。

 「フゥ...。(龍谷あいつの正面にボールが行くようにサービスラインの中央、若干のスライス、そして回転量は多め!)」

 竹下はトスを上げる。身体を曲げると軸足を残して勢い良く反対側の足を蹴り出して軽くジャンプする。そして振り子を戻すように足を空中でキックして勢いをつけそれにラケットのスイングを乗せた。独特過ぎるサービスフォームを目にした観客達は、決して自分には真似できないと感じた。出来たとして体幹部の筋力、そして相当な体のバランスを要求される為、最早彼にしかできない芸当だった。

 「......っへ。(竹下ぁ...狙って来たかワレェ...。)」


 竹下の打ったスピンサーブは時速150キロの速さで龍谷のサービスラインの中央、彼の正面へと撃ち込まれる。バウンドしたボールは猛烈な回転が掛かり跳ね上がる。そして微妙にスライス回転も掛かったそれは、斜めに高くバウンドして彼のフォアハンド側へと飛び出す。しかし龍谷はそうはいかないといった表情で、後ろへと飛びあがる。

 「...なっ!」

 竹下は龍こくの動作に目を疑った。龍谷は後ろへジャンプしながら右ひざを上げ、それと同時にラケットをテイクバックした。そしてまるでジャックナイフのフォアハンド版の如く空中で右足を後ろへと蹴りだし、それと同時にラケットを思いっきり振った。

 「......ガッ!」

 龍谷がスイングしたラケットのスイートスポットへボールが当たる。バックステップで勢いが殺されたが、それを右足の蹴りに合わせスイングすることで補填する。パワー系の龍谷だからこそできる荒業だった。彼の打ったボールは竹下のいるコートのバックハンド側へと撃ち込まれる。竹下はサーブ後の着地でスプリットステップを踏んでいる最中だった。竹下は片足でステップを踏むとすぐに飛び出した。

 「......グッ!(追いつけぇ!!!)」

 竹下が何とか両手バックハンドでボールを返す。竹下と八神との試合はストローク戦となることが多い。龍谷はそれを予見してか、フォアハンドを打ってすぐボレーを行うためにネット前めがけて走り始めていた。竹下がバックハンドでボールを高く上げる。それは龍谷がギリギリ取れるか取れないかという高さだった。龍谷は読んでいた。彼はネットの前に詰め寄るのではなくサービスラインの付近で止まっていた。そして一気にベースラインまで下がると竹下の打ったロブボールを見た。彼は何かに気が付く。ボールには巧妙にスライス回転が掛かっていた。もしバウンドすればボールが横へと飛び出し体勢を崩される。
  
 「...シィィィ!!」

 龍谷は歯を食いしばって飛び上がる。そしてそのまま竹下が打ったロブをスマッシュで打ち返した。ボールは竹下のバックハンド側へと飛んで行った。竹下との試合。彼はバックハンドを執拗に狙うよう作戦略へ組み込んでいた。竹下はバックハンドを今度は龍谷のバックハンド側へと返した。龍谷もそれをバックハンドへと返し、バックハンド側のみを突いたラリーが暫く続いた。6回ほどボールが往復したところで龍谷が勝負に出た。龍谷は片足を上げ、バックハンドのジャックナイフを竹下のいるコートのフォアハンド側のベースラインを狙った。

 「......!(しまった!ダウンザライン!)」

 クロスラリーの切り返し。真っすぐストレートに打ち込まれたダウンザラインのボールは竹下が追い付けない場所へと撃ち込まれた。

 「0-15!」

 「うぉぉぉ!」
 「何つうラリーだよ。」
 「あのラリーの中で一体どれだけの駆け引きが...。」
 「天才同士の試合やばかぁ...まだ1ゲームじゃいうのに。」

 観客達のどよめきの中、2人は睨み合う。佐藤と伊草はそれぞれが気が気ではなかった。竹下はやりやがったなといった顔つきで龍谷を見るも、その顔はアイドル染みた爽やかだった。対する龍谷も彼とは違うスポーツマン染みた爽やかさを持った笑顔を竹下へと向けていた。ここに大会初の天才達の衝突が始まった。
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