Y/K Out Side Joker . コート上の海将

高嶋ソック

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Proving On

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 大会2日目、第2回戦

 「...こんなの試合じゃない。」
 「ひどい...。」
 「これが...これが5人の天才の実力なのか...。」
 「ストロークでラケット弾きやがった...。」

 地方から応援に来ていた学校の観客達がその試合結果に愕然としていた。山梨県代表の選手が五人の天才の一人である龍谷を相手に戦っていた。第1セット。1-1となったあたりから、急にエンジンのかかった龍谷のパワーに山梨県代表選手は終始押され続けた。

 「ゲームセット ウォン バイ 福岡県代表 龍谷 6-1・6-0」

 「ハッハー!2回戦も突破じゃけぇのぉ!わりゃ海将だけしか眼中になかとぉ!ガーッハッハッハ!」

 龍谷は豪快に笑う。彼は影村との再戦を待ちわびている。最早影村以外は眼中になかった。それは神奈川県代表の八神も同じである。竹下も合宿では影村と試合をしたことがなかった。それ故に彼はいつか影村と真剣勝負をしたいと思っている様子である。影村は第2試合へと駒を進める。彼はテントを出ると眼前の光景に言葉が出なかった。通りすがりの学生や選手達が影村の方をチラチラと見たり、立ち止まって携帯端末で写真を撮影するなどしていた。

 「お、おい、本物だ。」
 「あれが千葉県代表の...海生代高校...」
 「でっけぇ...5人の天才が警戒してる選手だって。」
 「サービススピード記録日本トップなんだってよ。」

 「ねぇねぇ、あの人が海将。」
 「なんかワイルドで男らしいわね。竹野内豊を掘り深くした感じ?」
 「めっちゃかっこいいじゃん!」

 「えらい選手が出てきわわね。」
 「はい。主将に報告しないと。」


 影村は集まってくる人だかりに困惑する。彼は次の試合会場へと足をすすめる。一歩また一歩と進む度に通りすがりの選手や雑誌関係者、そして全国に名だたる強豪校の関係者達が彼を目で追っていた。

 「影村君困惑してるね。」
 「あぁ、ノブノブ...本来ああなるべき立場なんだよ。影村ッチは...次も勝つぞ。」
 「...うん。」
 「あ、俺ちょっと飲み物買ってくる。水筒の水じゃ足りなさそう。」
 「わかったよ。試合は十分後だから、個別に集まろう。」
 「おういえーす。」

 テントから影村の後姿を追う高峰と山瀬。影村が見えなくなると、彼らもラケットバッグを背負ってテントを出る準備を始めた。影村の向かったもーとには既に次の対戦相手が控えており、ベンチ前で軽くジャンプしながら影村が現れるのを待っていた。

 「きゃー!辻内くーん!」
 「かっこいいー!」
 「きゃー!」
 「こっち向いて―!」

 黄色い声援を浴びながらコートへと入場する群馬県代表の辻内貴裕つじうちたかひろは噂に聞く海将との試合に胸を躍らせた。今年のインターハイ。彼は水谷修永に敗れた。水谷はその後に矢留を破り、その水谷も龍谷に敗れ、決勝戦で龍谷は八神に敗れた。彼らが登場する以前、辻内は1年生でインターハイ県代表に選ばれ、ベスト8という華々しい活躍を遂げ、高校テニス界指折りの逸材として注目された。しかしそんな彼も5人の天才の登場で霞んでしまった。彼はこの大会で再起を図っていた。

 「...。(五人の天才。確かに奴らは強い。それを除けば俺が確実にトップを行くはずだ。)」


 「ちょっと先輩!真面目にやりなさいよ!」

 観客席から声をかけるマネージャーで後輩の雪里。彼女はずっと彼の背中を追いかけてきた。小学、中学から高校2年生の現在までを見てきた。今大会の彼は絶好調であり、5人の天才への対策も立てていた。黄色い歓声の中、影村がのそりのそりと入ってくる。コート脇のベンチにラケットバッグを置き、準備をするとその場で軽く2回程度ジャンプをしてから辻内と審判の待つネットへと歩いた。身長173センチの辻内は190センチある影村を見上げ、その迫力に押される。

 「辻内くーん!」
 「海将が何よ!倒しちゃいなさい!」
 「キャー!辻内君ー!」
 
 容姿端麗な辻内への黄色い声援が鳴りやまない中、審判がコイントスを行う。辻内が観客席で応援する彼女達に手を振ると、さらに大きな黄色い声援が飛び交った。辻内は影村の方を見ていった。
 
 「あぁ、ごめんよ。こうでもしないと試合中黙っててくれないから。」
 「問題無い。」
 「で、君はどれぐらいのクラスなのかな?この舞台に来て、まさか僕より弱いとか無いよね?」
 「試合の結果がすべてだ。」
 「それに、君完全にアウェーだ。少し気の毒だよ。」
 「1回戦に比べれば可愛いもんだ。」
 「そっか...でも、いいよ。どうせ勝つのは俺—」

 「Was nützt ein Turnier, das wenig Geld einbringt?稼げないトーナメントに何の意味がある。

 「......。(ドイツ語?)」

 影村は静かにボールを持ってベースラインへと下がっていった。自分達の所属する高校の応援なし、観覧席には目を光らせた強豪校の面々や辻内の応援ばかりであった。辻内は影村がどこか気の毒に見えた。

 「ザ ベスト オブ 2セットマッチ 群馬県代表 辻内 千葉県代表 影村。 影村 トゥ サーブ  」


 「キャーー!」
 「辻内くーん!」
 「がんばってぇ!辻内君ー!」

 アウェー感漂う観戦席の中に3人の海生代高校の生徒と教員がいた。重森と吉永と川合は、お忍びで男子テニス部の試合を見に来ていた。

 「夏帆、影村君だよ。」
 「まっさか相手が群馬の辻内だとはねぇ。去年インハイベスト8じゃん。」
 「辻内...まさか。」
 「先生知ってるの?」
 「あぁ、今年の天才5人現れるまで名を轟かせた選手だ。今年の1年生連中が異常なだけだがな。実力、技量なら5人の天才にも引けを取らないと言われている。全国指折りの高校生プレーヤーよ。」
 「昨日は永井の試合の後に竹下の試合見に行ったけど、安定して強かったな。もう女テニ以上の戦力あるし。」
 「でもでも夏帆、影村君ってその5人に警戒されてるっていうじゃん。」
 「そうだな。少なくとも永井との試合を見た限りでは、影村もその領域に―――」

 重森が影村の実力を予想して何かを言いかけたが、それは影村のファーストサーブの打音で遮断された。何かを思いっきり殴打したような打音。コート中にそれがエコーのように響いた頃には、辻内の後ろのフェンスに影村の打ったファーストサーブのボールが当たっていた。重森、吉永、川合を始めとした観客並びに強豪校の面々達、先ほどまで辻内へ黄色い声援を送っていた彼のファン達、そして憧れである彼の背中を追いかけ、彼を支え続けた雪里の顔が引きつっていた。コートの中が一瞬だけ静寂に包まれたあと、観戦者達のざわめきが始まった。

 「...何今の。ねぇ...何が起きたの?」
 「...今ボール見えなかった。」

 「......先輩」

 言葉が出ないファン達、そして影村のサーブを見た雪里が放心状態となって第1セット、第1ゲーム、第1ポイントが決まった。審判のコールが聞こえたのは、その3秒後だった。審判自身もその迫力に言葉が出なかった。

 「フィ、15-0!!」

 観客全員の手が無意識に震えた。辻内のラケットを持つ手が震え、脳が緊急信号を送った。滝のように冷汗が流れ、表情は怪奇現象でも目の当りにしたかのような酷い有様となった。

 「......。(い、今...あいつサーブ打ったのか?)」

 辻内はラケットを構え直すも、影村のサーブのスピードに全くついて行けなかった。

 「30-0...40-0...」

 審判のカウントが止まらない。今大会で影村はサーブだけでゲームを取ってしまっている状況だった。これを見た各県代表の強豪校の偵察役達は、影村がサーブのみで勝ち上がってきた、即ちサーブだけの選手と判断し各所へ連絡を入れていた。だが彼らの判断は間違っていた。影村にとってサーブとはポイントを取得する只の1つの戦略でしかなかった。即ち、ここにいるプレーヤー達が、彼と真面に試合をする為の前段階にすら立っていないという事だ。影村がサーブの構えに入る。極端なクローズスタンスからトスの位置、体の捻り、膝の曲げまでがすべて同じ動作。辻内は彼のファーストサーブの予測を始める。

 「......。(トスが上がるセンター・ワイドへのフラット、そしてスライス...全部早かったが...次のボールはおそらく...まて、こいつさっきと同じフォーム、トス、身体の捻じれ...同じかよ...どこへ打つ...どっちだ!?...え、ちょっと待て、なんで体が動かないんだ!?おい!何だ!)」

 辻内の混乱を余所に影村からサーブが放たれる。試合開始のサービスの速度が230キロ台だったのに対して2球目以降は190キロから200キロの間で力をチューニングしていた。影村は、思考と身体の反応が追い付かず動けなくなった辻内のいるコートのサービスラインセンターへとフラットサーブを打ち込む。

 「ゲーム 影村...辻内 トゥ サーブ」

 「読めない...ねぇ、夏帆今の予想できた?」
 「いや、無理だ。先生、影村のサーブがなんで取れないのか分かりますか?」
 「...恐らくだが、あのフォームだな。」
 「フォーム?」
 「あぁ、川合。サーブを打つ時、お前はトスをどこへ上げる。」
 「フラットは前へ、スライスはちょこっと斜めに出すしスピンは後ろに出します。」

 「普通はそうなる。だがあいつの...影村の場合は状況が違ってくる。このゲームでのあいつのサーブはすべて同じフォーム。トスから何までが全部同じ、そしてあの極端なクローズスタンスだ。一つのトスでスライス、スピン、フラットといった球種を自由自在に選べる事になるはず。ましてやスピードは常時200キロ近くかそれ以上だ。日本の高校生のほとんどが拾えるレベルじゃない。(だが、どうやってそんなことが可能になる...フォームだけではその内相手がわかってしまう。何か秘密が...。)」

 「...さすがは5人の天才が警戒するだけはあるわね。ねぇ、夏帆。」
 「あぁ。」

 重森の予測を聞いた吉永と川合は鳥肌が立ってしまった。それはもし仮に自分が影村の前に立った時、彼の打つボールの球種とコースが絶対的に予測できないと感じてからの反応だった。

 「でも、それぐらいの強さなら中学時代のトーナメントに名前が出るはずだろ。」
 「...高校に入ってからだとするとどこか別の場所にいたのかな?」
 「川合...それはあり得るかもしれない。」

 影村のサービスゲームが終わり、続いて辻内のサービスゲームに入るその一方、高峰は会場内の自販機コーナーへと足を運んだ。彼が飲み物を買ってしゃがんでそれを取ろうとした時、後ろを通り掛かった男達の会話が聞こえてくる。

 「今大会で5人の内一人が優勝すれば、プロジェクトは成功ともいえますね。」
 「竹下が被災した時は一時はどうなるかと思ったさ。」
 「まぁ、彼が欠けてもあと4人います。笹原さんがメインとなって、何年もの長期スパンで計画されたプロジェクト。絶対に成功させなければいけません。」
 「そうだな。正直長かった...U-12からの英才教育プロジェクトだし...」

 高峰は声の主を確認しようとゆっくりと後ろを振り返る。2人組のスーツを着た男が歩いている。彼は動揺した。しかし、次の試合までの時間が差し迫っていたため、それは一度心の中へと仕舞っておくことにした。彼は次の試合が行われる会場へと早足で向かった。
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