Y/K Out Side Joker . コート上の海将

高嶋ソック

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Proving On

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 竹下の圧倒的な試合展開に観客席は総立ちだった。天才竹下ここにありと云わんばかりのプレー。彼は他の天才とは違ったものを持っていた。影村もそれに気がついていた。彼は自分がプレーしているうちに、無意識に観客を引き込んでいる。それは龍谷も似たようなものを持っているが、それは観客を興奮に沸かせるというもので形態が違った。

 「竹下く―ん!」

 佐藤は竹下へと駆け寄り、満面の笑みで彼に抱き着いた。竹下は爽やかな笑みで彼女と向き合った。

 「竹下君!やった!勝ったよ!」
 「フフ、そうだね。」
 「テントに戻ろう。」
 「...あぁ。」

 竹下は少しだけ勝利の余韻に浸ったが、一人の男の接近に気が付き笑顔が消える。佐藤は竹下の変化に気が付き彼の見ている方向を向いた。スーツを着た一人の営業マンの様な男が立っていた。笹原だった。

 「探したよ竹下君。」
 「スポンサー契約を続けるのは全中迄という約束だったはずです。」
 「ふふふ、震災後せっかくの再開なのにつれない態度ですねぇ。契約延期なら、あなたのご両親様とお話しさせていただきました。」
 「....。」
 「そんなに怖い顔されても困ります。あなたにはこの大会での活躍後、広告業の仕事にも入っていただきます。」
 「...俺は芸能人ではありません。」
 「果たしてそれはどうでしょうかねぇ...近いうちに海生代高校へとご挨拶へ伺いますよ。」
 「それはやめてもらいたい。」

 竹下の強張った顔に佐藤は困惑する。笹原は悪賢そうな面構えで眼鏡を光らせた。佐藤は竹下の手を引っ張る。

 「竹下君。戻ろう。」
 「あぁ...。」

 竹下は佐藤に引っ張られながらその場を後にする。笹原はメガネをかけ直す。そして二人の後姿を見る。彼は佐藤の後姿を見ると、どこか悪だくみをするような顔つきになる。

 「...どいてくれ。おっさん。」

 笹原の後ろから声が聞こえる。周囲の人間達がギョッとした顔でその声の主を見上げる。笹原の真後ろに大きな人影が現れた。彼は後ろを振り向く。身長差20センチ以上、体格差圧倒的。笹原は竹下と同じジャージを着たその選手を見上げると一瞬で顔が凍り付き、思わず後退りした。1人の高校生が同級生にヒソヒソと話し始めると、それは直ぐに伝染していった。

 「...海将だ。」
 「海将 影村...。」
 「あれが...栃木の閏永道高校をストレートでボコった海将かよ。」
 「でっけぇ...つーかこえぇ。」
 「腕やべぇな。」

 「ね、ねぇ...あの人怖い...。」
 「えぇ?そう?なんかワイルドでカッコいいじゃん。」
 「あの人が噂の海将なんだって。非公式の大会で八神君を倒してるんだって。」
 「えぇー!あの八神君を?」

 「あれが...」
 「あぁ。まだ1年生だって話だ。」

 「すっげぇ体格...あれが海将か。」
 「身長でっけぇな。トップアスリートみてぇ...。」

 周囲から聞こえる “海将” という言葉。影村のぎらついた目つきが笹原を見下ろす。 笹原は黙って道を譲った。圧倒的威圧感。日本人離れした体格は周囲の目を釘付けにする程に注目を集め、その腕はまるでスーパーヒーローのように太く逞しく引き締まっていた上に血管が浮き上がっており、まるで彫刻のような美しさを覗かせていた。影村が無言で通り過ぎる。背中で「海」の文字が靡くジャージが、笹原を含めた周囲の他校生の目に焼き付いた。天才達が恐れる実力を持った海将と呼ばれる影村を初めてみた笹原は猛獣に睨まれたかの如く委縮した。

 「やっぱ迫力がちげぇよな。」
 「テレビでいきなり天才達から名指しで警戒してるって聞いた時は、何事かと思ったけどな。」
 「サーブのスピード記録、高校生じゃ納まらずに日本人選手の記録になるんだってよ。」
 「240キロ越えとかもう化物だよな。そのままATPのプロ入りレベルだろ。」

 笹原の脳裏に不安要素が浮かぶ。そして彼はこの時、素早い思考の速さで何かを考え始める。

 「天才と呼ばれる5人が恐れるレベルとは一体...だが、これはある意味チャンスか...いや、それだと...。」

 笹原はブツブツと独り言を言いながら会場を後にした。

 同刻、竹下の試合と同時にダブルス第一試合。高峰と山瀬ペアの試合が行われていた。

 「ノブノブ、調子は?」
 「最高だよ高峰。」
 「そうか、それじゃあ...」
 「うん!」

 高峰と山瀬は再び選ばれた全国の舞台に高揚したまま互いに拳を合わせて気合を入れた。観客席から田覚や敏孝、そして森野が試合を見守っていた。

 「Let's get started! Nice, cool and tricky!さぁいくぞ!ナイスにクールにトリッキーに!Yeah!」

 噂に聞く2人のコート入場前の掛け声に、ダブルス主体でプレーしてきた強豪校の面々達が興奮で震えた。相手は滋賀県代表近江八番北有里高校おうみはちばんきたありざと高校の選手達だった。後に伝説となるダブルスペアを前に、観戦者達は度肝を抜かれっぱなしだった。ゲームがスタートしてからあっと言う間に時間が経過して、ゲームカウント6-3・4-2という試合展開。噂には聞いていたが、さすがは全国クラスのダブルス選手達が本戦に出てこなかった事に安堵した程に警戒したと言われる実力であった。

 高峰の相手を翻弄し、ペースをかき乱す空振りからの1回転強打。そして山瀬が相手の反射神経を利用して跳ね返したボールを、高峰がバスケットボールのアーリーウープのようにスマッシュする。山瀬の至近距離のボレーテクニック。高峰の予測不能な動き。相手の前衛は何度も目前の至近距離でボールを打っても全て返され、そして後衛は高峰のフェイントや緩急をつけたストロークに翻弄された。


 「すっげぇ...何だよ今の。至近距離でスマッシュを跳ね返しやがったぞ。」
 「さっきの後衛のショットどうやったんだ。空振りから1回転してボール打ちやがったぞ。」
 「やっべぇ...あの2人超かっけぇ...。」

 高峰が相手の戦術をフェイントや曲芸じみたショットで引っ掻き回し、相手の決め球である攻撃を山瀬が至近距離で沈める。予測不能の山瀬と高峰のダブル攻撃に滋賀県代表選手達は手も足も出なかった。

 「ウィー、ノブノブ楽しんでるぅ?」
 「うん。すっごく楽しい。もっとボレーしていたい。流石全国だよ。返し甲斐がある。」
 「相手のストロークのパワーどう?」
 「影村君のパワーに比べれば大したことないよ。僕、もっと行けるよ。」

 2人はゲームポイントを取り、相手のサービスゲームをブレイクするとハイタッチをしながら声を掛け合った。高峰のサービスゲーム。彼は相手サービスコートの外側へ向けてスピンサーブを打つ。相手が浮き上がってきたボールを思いっきり叩くと、すかさず目の前に移動してきた山瀬がそれを至近距離で沈めた。

 「15-0」

 「ひゃー!すげぇ!」
 「今のどんな反射神経だよ!」

 高峰はファーストサーブをネットに掛け、次のセカンドサーブにスライスサーブを選んだ。サーブは相手のサービスコートのセンターへバウンドすると、コート中央まで曲がっていった。相手が思いっきりボールを叩くと山瀬がそれをまた後衛へと返し、後衛はまたフォアハンドで思いっきり山瀬の方へとボールを打つも間髪入れずに返され、4球程度至近距離ボレーを決められる。高めの5球目が来た途端に山瀬がしゃがんだ。するとそのすぐ後ろで高峰が前へと詰めており相手もストロークボールを一気にノーバウンドで叩き込んだ。

 「30ー0」

 「ダイレクトアタックかよ!つーかあんなのノーバンで取れんのかよ!普通の高めのストロークだぞ!」
 「今年の千葉県勢やべぇわ。竹下に噂の海将だろ?それに去年のインハイベスト8の横田兄弟まで出てるんだ。一体何が起きてんだよ。」

 次のポイントゲームでは高峰がフラットサーブを叩きこんでサービスエース。そして40-0のポイントで彼はファーストサーブをネットに掛け、続くセカンドサーブでスピンサーブを打った。ボールは相手コートのサービスライン上へとバウンドした。山瀬がサッと相手の前に現れた。山瀬を警戒した相手は大きくロブを打ち上げる。

 「ウェェェェェイ!」

 独特のチャラ男ノリで走り込んできた高峰。彼は走りながらまるで後ろから前へと、体の動きと同時に風車のようにラケットを回してスマッシュを撃ち込んだ。意表を突かれた相手が委縮してボールに触れずゲームが終了した。その後相手のサービスゲームでも危なげなくポイントを量産した彼ら。山瀬の兄譲りの驚異的な反射能力と高峰の何をするかわからないトリックスターっぷりに観客席が湧いた。

 「ゲームセット マッチ ウォン バイ 千葉県代表 高峰、山瀬ペア! 6-3・6-2!」

 「ウェーイ!」
 「ウェーイ!」

 高峰と山瀬はハイタッチで勝利を喜んだ。相手ペアと握手を交わすとコートで荷物を片付けた。高峰を応援に来ていたギャル男やギャル達が彼らに声をかけて手を振っていた。高峰も答えるように手を振った。敏孝は2人に笑顔で手を振る。

 「まずは1勝。一安心だな。」
 「フフフ、俺達の時代にもこんな大会が欲しかったね森野。」
 「そうだな。それじゃあ、練習行くぞ。次のインカレ、絶対優勝しねぇとな。」
 「そうだね。」

 2人はコートを出ると、そのまま帰路についた。その後高峰と山瀬、竹下に影村と次々にテントへと選手が戻ってきた。千葉県代表選手達で敗退したのは輝だけだった。しかし誰も彼を責めなかった。相手は5人の天才。国内では敵なし。同じ5人の天才しか挑戦権がないと言われるほどに勝利が約束された逸材だったからだ。田覚は輝の肩を叩いた。

 「......。」

 悔しそうに沈黙する輝。彼は無言で涙を堪えた後、ラケットバッグを担いで田覚の方を見た。

 「影村...3回戦頼んだぞ。田覚さん。俺は先に戻ってるよ。」
 「あぁ、明日以降、応援と手伝いよろしくな。」

 その後、輝の強いまなざしが影村へと向けられる。絶対に勝てよと熱意を送ってくる輝に影村は静かに頷いた。輝は静かにテントを出て行った。佐藤は彼を引き留めようと声をかける。

 「ちょ、輝先輩!」
 「佐藤。」
 「何よ影村君!これじゃあ先輩だけっ!」
 「インターハイの時を思い出せ。俺は何て言った。」
 「.........。」

 佐藤は竹下がインターハイで敗北した時の状況を思い出す。負けた直後の選手に励ましの言葉は逆に相手を傷つける。佐藤は手を止めて下唇を噛む。徹は佐藤の様子を見ると、まだ純粋であどけなく、危なっかしい少女だと心配になった。

 「佐藤。テニスなどの個という存在同士の勝負事においては、只の選手同士のぶつかり合いだけが起きる訳じゃないんだ。男のプライドとプライドがぶつかり合うんだ。負ければプライドは傷つく。その後すぐにフォローを入れれば余計に傷口が広がるんだ。今はそっとしておいてやる。これが一番の慰め方だ。」

 「田覚さん...。」

 「よし、ここにいる皆は1回戦を突破したようだな。明日は2回戦だ。各自指定の宿泊施設へ向かってくれ。就寝前にミーティングを行う。」

 「はい。」

 千葉県代表選手達が立ち上がってテントから出てきた。海生代を始め、5人のメンバーの貫禄に、両サイドの県代表の選手達が目を奪われる。この日、「天才竹下有する千葉県代表快進撃なるか。」という見出しでネット記事が掲載された。しかしそこに海将という文字はなかった。
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