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Proving On

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 第1回全県杯 大会初日

 5人の天才の一人である神奈川県代表の竹下と大阪府代表長谷部鴻東寺はせべこうとうじ高等学校の3年生主将の坂東洸太ばんどうこうたの試合が始まる。佐藤は竹下の方を見つめていた。彼が負けることはないが、相手は高校テニス界の競争の中を生き抜いた強豪校のプレーヤー。試合経験の差に足元をすくわれかねない1戦である。岡部は照山からの着信メッセージに気が付く。影村の試合結果を報告する内容だった。

 「おい、マジかよ。」
 「どうしたんですか?うそ...影村君が6-0・6-0...」
 「サーブのスピードが高校生大会と日本人選手の公式記録...」
 「......。」

 佐藤は影村の圧勝という結果に言葉を失う。岡部と佐藤から影村の名が出た途端、周囲の選手達の注目が集まる。そして選手達や関係する学校の生徒達が話始める。

 「なぁ、あのかわいい子...。あのジャージって、竹下と海将がいる学校。」
 「さっき連絡来たぜ。栃木の閏永道高校がストレートで負けたって。なんでも応援ごと粉砕しちまったらしい。」
 「マジかよ。あそこの応援って全国に出すなって言われるほどに悪質だって聞いてるぜ?」

 「さっき後輩から電話があってさ。なんでも最初に打ち込んだサーブの音でコート中が凍り付いたらしい。200キロ余裕で越えてたって。」
 「うわぁ...海将こっわ。しかも今年はあの竹下も同じ学校なんだろ?なんで強豪校に行かなかったんだよ。天才なのにさ。」
 「...影村なんて名前、中学じゃぁ聞かなかったな。決勝戦で天才達と当るかもしれないな。」
 「いや、今回は福岡の龍谷も力を付けてきたみたいだぜ?荒れるなぁこの大会。」

 佐藤は観客達が自分の憧れであり、意中の竹下についての話題ではなく、影村の話題ばかりなのに対し嫉妬染みた表情を浮かべていた。影村の噂は瞬く間に有明テニスの森公園中にいる学生達を介して、全国の強豪校の監督者やコーチらへと広がる。そして彼らとは別にその情報を耳にした者達が居た。とある企業のスポンサー契約を担当する社員が電話をしている。

 「...影村?日本テニス界を牽引していくのは5人の天才達でしょう。凡人は早々にトーナメントから消えていきますよ。一過性のムーブメントでしょうに。え?5人の天才が恐れる選手...また御冗談を...とりあえずプロジェクトは進んでいます。5人の天才達の華やかな活躍を武器に専用ラケットなどの商品を全国展開。えぇ、お任せください。ではまた後程。」

 スーツを着た男は携帯端末で会話を終える。笹原清治ささはらきよはる。日本テニス連盟協会と強力なパートナーシップを誇る大企業、大日丸橋コーポレーションの人間である。彼は同企業が先見の明によって投資してきた5人の天才プロジェクト推進者の一人だった。小学生から全国に轟く人材を発見し、投資を行い、テニスというスポーツ振興を広めると同時に、彼らが台頭してくると共に広告塔として自社製品のラケットやグッズを販売する長期プロジェクトを展開していた。全中でのトーナメントを独占した5人の天才は、その容姿見た目からも洗練されており、同企業の広告塔としてテニスブームを再燃させた。ジュニアアイドルのような顔立ちの八神や竹下、そしてスポーティなカッコよさを前面に押し出す龍谷と水谷、文科系で物静かながらどこか冷徹な端麗さを醸し出す美少年の矢留。それらの台頭は彼らによって計算されてた上での事だった。当人達はテニスができる環境ならばそれでよかったようだ。

 「探したよ。竹下君...。」

 笹原は竹下の試合が行われているコートの観客席へと座った。ゲーム開始前、笹原を見かけた竹下はどこかいやそうな表情を浮かべていた。しかし彼には昔から投資して貰った身であるため邪険にはできない。彼は笹原を見なかったことにして大きく深呼吸した後に第1セットを始めようとしていた。

 影村が千葉県代表のテントへと戻ってきた。そこには落ち込んだ様子の輝が座っていた。向かいの席で徹が腕を組んで座っていた。影村は輝の様子を見て恐らく第1回戦で天才の一人である水谷修永に負けたのだと判断した。そして彼は徹の横へと座った。生真面目な性格の輝は、試合に敗北した後何がいけなかったのか。そして次自分が同じ局面に立った時どう立ち回るのが最適解なのかをただ寡黙にずっと考え込む。徹はその逆で、たとえ試合で敗北した後でも、あっけらかんとした態度ですべてを忘れるように努める性格だった。故に彼らは衝突することもしばしばあった。

 「...ぃぇょ。」
 「あぁん?」
 「なんか言えよ!慰めるとかあるだろう!」
 「うーわ、メンドくさっ!マジキモイわ!早く慰めてくれる彼女でも作れ!」
 「なんだとコラァ!テメェみてぇなタラシと一緒にすんじゃねぇ!」
 「るっせぇ!相手が悪かっただけだろうが!試合後人に当たるのやめろボケェ!」
 「兄に向ってボケとは何だクソッカスがぁ!」
 「メンドくせぇ双子の兄だ!真面目過ぎんだよテメェはいちいちよぉ!相手は5人の天才だろうが!」
 「天才が何だよ!相手が天才だからって負けたら悔しいだろうが!」
 「パンピーの俺たちゃ、あいつから1~3ゲーム取れただけでも奇跡だろが!」
 「なんだと徹テメェ!」
 「おう!やんのかコラァ!上等だ表出やがれ!」

 「お邪魔しんまぁ~・・・・・」
 「ぁ、取込み中だった?」

 輝と徹は静寂からいきなり兄弟喧嘩へと発展した。そこへ照山と酒井が入ってきた。照山は喧嘩をしている2人を見るとテントの入り口から差す逆光に眼鏡を光らせる。影村は淡々と自分は関係ない第三者だと言わんばかりに、知らない顔で椅子に座って無表情でコーラを飲んでいた。その後、輝と徹は正座させられ逆光に眼鏡を光らせる照山の特別指導という名の説教を受けていた。

 「あ、影村。まずは公式戦出場おめでとう。ほらこれ。動いた後の栄養補給にって照山からの差し入れ。」
 「先輩...ありがとう。」
 「...お、おう(あれ、いつもは あぁ とかで済ませるのにお礼言われた!?)」
 「で、竹下の試合はいいのか?」
 「あぁ、少し話したらもうここを離れるよ。俺達は君の試合が見たかったんだ。天才竹下ではなく君のね。」
 「...?」

 影村は固まった。自分なんかの試合よりも、竹下や八神達5人の天才の試合の方が華やかで学生達が喜ぶものだと思っていたからだ。実際佐藤達の方が部活動メンバー達とも交流が深くそちらの方面に流れていくと考えるのが自然だった。それを影村の試合だけを目当てに来てくれた事に彼自身は困惑した。

 「影村。いいか。お前は俺達男子テニス部にとっての一番の恩人なんだ。」
 「......。」
 「そりゃあ、竹下は天才だ。確実にトーナメントで勝ち上がるだろうさ。でもな。お前は俺達男子テニス部に必要な資金の稼ぎ出し。そして何より協会公認の上級資格を持った田覚コーチを引っ張ってきてくれた。俺達が夢にまで見た合宿だってやってくれた。白子の海で撮った集合写真。一生の思い出にとっておくよ。ありがとう...本当に...ありがとう。」
 「......。」
 「とにかくだ。落ちこぼれ、晩年県予選1ボツ止まりの俺達に夢を見せてくれたんだ。そんな恩人の初の公式戦出場。試合を見に行くのがせめてものお返しってやつよ。」

 酒井は腰に手を当てて影村へ言った。照山は一通り説教が終わり、しょんぼりとする横田兄弟を背景にニッコリと影村へと笑みを見せる。

 「酒井の言ってる通り。私達は影村君。君の試合を見に来たんだ。ここ地元からも近いし、決勝戦まで毎日とは言えないけれど、見に来れる日は来るわ。目指せ優勝よ。」
 「...あぁ。」
 「.........。(少し...丸くなったわね。影村君。)」
 「...見に行ってくる。うちのエースの試合を。」

 影村は荷物を持ってテントを後にする。酒井は照山の方を見た。

 「照山。影村は下手をすれば...いや、確実に5人の天才よりも才能がある。俺達は今後、あいつを見守る必要があると思うんだ。」
 「そうね。彼は強い。さっきの試合で思い知らされたもの。いい意味で、影村君はもうこの国にいていいレベルの選手じゃないわ。逸脱しすぎてるもの。現に同じ会場にいた強豪校の人達も固まって記録を取るのをやめていた程だから。」

 2人の会話を聞いて、正座していた吉田兄弟が立ち上がる。

 「それは俺達も思ったところだ。」
 「え...?」
 「あぁ、徹の言うとおりだ。俺達は影村とこの大会の選抜合宿を共にしたんだ。だからわかる。」
 「あぁ。俺達が必死になってクリアしていた練習内容...影村はその3倍の負荷量を要求していたんだ。」

 横田兄弟の発言に酒井と照山は固まった。彼らは高峰と山瀬から練習内容が鬼のように厳しいという報告を受けていた。毎日13キロのランニング、朝から晩まで厳しい球出し練習や試合形式の練習。周囲から脱落者が出る程のそれに影村は顔色一つ変えずメニューを熟していた。それどころか、監督者に対してその3倍のメニュー量を要求した程だった。結局彼の要求は受け入れられなかった。徹は更に驚くことを口にした。

 「要求は受け入れられなかった。だが、あいつは...13キロのランニングは常にスタートから全力疾走だわ、筋力トレーニングじゃあウェイトを倍にして意図的にオーバーワークをやろうとするわで、チーム監督者やトレーナー達から静止されてたぜ。本人は毎日やっているようなものだと真顔で言っていたけどな。」

 「そ、そんなことやってたのかあいつは。」

 徹の言葉に酒井は固まる。照山も影村の規格外の力の秘密の一端を見た気がした。影村は竹下の試合が行われているコートへ向って行く。竹下は第1セットを6-2で先取ていた。坂東が息を散らしている一方で、竹下は余裕の表情と爽やかな笑顔を浮かべ、応援席にいる他校の女子達やテニスファンの女性達を沸かせていた。影村は坂東を見て完全なアウェーの状態だと感じていたが、まだ罵声やブーイングが飛んでこないだけ自分が経験したU-12の状況よりは見れたものだと試合を見守った。

 「......はぁ...はぁ...(何なんやこのボール...スピードは並や...だがなんやねんこの回転量の多さは!1球1球が重い!それに何やこの異常なコントロール力は!回転量を調整して落とす位置決めとるんかい...ホンマ...天才やで...!)」

 竹下のウインドミルスイングから繰り出される猛烈な回転量のフォアハンド。若き日の田覚が竹下に教えた独特のスイングは、いつしか彼の最大の武器となった。竹下は危なげなく試合を運んで行く。1ポイントごとに観戦者を味方につけていく。5人の天才と呼ばれる拮抗した実力を持つ人間以外との対戦では、まるでおとぎ話の主人公。王子様といった様に異様な運命補正がかかっているのか、八神を除いた国内の相手には必ず勝利が約束されていた。竹下の猛烈なコース取りを逸脱した角度の付いたトップスピン回転のボールは、ネット際のサービスライン内側からコートの外側へと向かう。他県の代表選手達はそのボールの惨さに鳥肌が止まらなかった。

 「ゲームセット マッチ ウォン バイ 千葉県代表 竹下! 6-2・6-1!」

 「きゃぁぁ!竹下君ー!」
 「かっこいい!!!」
 「こっち向いてぇ!」
 「いやぁー!最高!」
 「キャーー!」

 影村は荷物を置き、腕を組んで竹下の勝利に熱狂する観戦者達を遠目に、フェンス越しで試合結果が告げられる様子を見る。そんな彼の後ろ姿を見る敗退した他県の選手達は、彼の背中でたなびくジャージの「海」の文字をしっかりとその目に焼き付け帰りのバス乗り場へと向って行った。

 静岡県代表テント


 「鉄子、これが影村の...海将の試合か...。」
 「はい。主将。彼が打ち込んだサーブ。すでに計測値が大会運営に報告されたわ。もうすぐ公式記録で上がってくるかもしれないわね。」
 「で、どれぐらい速かったんだ?」
 「241キロよ。」

 「.........は?」

 「だから、241キロ。」

 桃谷の報告に静岡県代表らは固まった。桃谷はメガネを曇らせて困惑した表情を向けるも、冷静にもう一度記録を伝える。佐原は試合映像を見て凍り付いた。圧倒的なフィジカルもそうだが、影村のレシーブの立ち位置が、全てコートのベースラインの内側に陣取られている。コートの内側にいるということは、それだけ迫って来るボールの速度が速くなるという事であり、彼の驚異的なコースの読みとボールへの打点取りの上手さが伝わってくる。そして何よりそれを可能としているのがコンパクトなフォームだった。普通コンパクトスイングにすると基本テイクバックよりもボールの威力は落ちてしまう。彼女が影村のコンパクトフォームのからくりに気が付く。そして恐る恐る自分の予測を口にする。

 「...ブロックリーターン...鉄子ちゃん...この子、ブロックリターンで全部返してるの...?」
 「......そうよ。それも尋常じゃない胸と腕の筋力でよ。」
 「そ、そんな。だとしたら彼はもう...。」
 「えぇ...影村君とのストローク戦は絶望的に不利よ。現に鹿子フェスでの八神君との試合。彼はこのブロックリターンの様なコンパクトフォーム、それもライジング気味にボールを捉えていた。天才八神の所以となった、彼の代名詞であるカウンターを打たせるヒマすら与えなかったわ。」

 桃谷の言葉に静岡県代表選手達が凍り付く。矢留は静かに目をぎらつかせてラケットバッグを担いだ。静かに試合会場へと向かう矢留の背中に代表選手らが彼に声をかけた。

 「よっしゃ!行って来い!矢留!」
 「チームメイトだとこんなにも頼もしい奴はいねぇな。」
 「海将と当る前に思いっきり暴れてこい!」

 静岡県代表選手達は矢留にエールを送る。矢留は普段県内の試合では敵同士なのに、この大会でだけは仲間という不思議な巡り合わせに、どこか違和感を覚えたがこれも悪い気はしないと静かに口を綻ばせた。

 「...矢留君。」
 「わかっています鉄子先輩。俺じゃあ、彼には勝てない。」
 「....そう。でも...」

 桃谷は矢留の背中をポンと叩いた。その勢いに乗せて矢留はテントを出て行った。

 「行って来なさい。」

 桃谷は矢留に檄を飛ばした。テントから出てきた矢留の顔は、どこか聡明な美少年だった。そんな彼に黄色い声援が飛ぶも彼は目をぎらつかせたまま、次の試合コートへと向かった。

 神奈川県代表テント

 「海将...公式戦に上がって来たな。」
 「お、八神...これがお前をコテンパンにのした影村の姿か。」
 「コテンパンは余計だ智弘。」
 「ヘイヘイ。でも、ぶつかるといいな...って返ってきた。おう、偵察ご苦労だったな。」
 「せ、先輩!大変です!」
 「ど、どうした!?」
 「かいしょ...海将のサーブが大会公式の最速記録に認定されました!」
 「あぁ?今まで学生の最高記録は207キロかそこらが最速だったはずだが。」
 「に、に...241キロです!」

 「...はぁぁぁ!?」

 神奈川県代表選手達は、偵察から帰って来た自分達の後輩から報告されたサーブの最速記録に耳を疑った。八神の背中がゾッとした。それは畏怖ではなく、只々最大最強と認めた存在の圧倒的な強さへの憧れと、そんな存在と再び対峙できるという歓喜からだった。彼の顔はいつになく目をキラキラと光らせ、無邪気な笑顔を浮かべていた。まるでクリスマスプレゼントに心を躍らせている少年の様相だった。

 大会初日 シードなしの完全実力勝負のトーナメントの1日目が終わった。ここで男子シングルス出場選手達の1/4が消えていった。
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