Y/K Out Side Joker . コート上の海将

高嶋ソック

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Proving On

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 静岡県代表席にいる桃谷は緊張した表情で眼鏡の位置を直す。佐原は千葉県代表の姿を見て手を震わせていた。矢留や竹下達の世代が入学する前の世代。全国クラスの強豪校である菊池台西高校を象徴する横田兄弟。5人の天才がいない場合、彼らは易々とベスト8に食い込めるほどの実力を持っていた。実際、主将の藤嶋は全国選抜で横田輝と当ったが勝てなかった。高校2年生に横田兄弟、そしてその下に天才、怪物が続く。

 「佐原さん...この大会、荒れるわよ。それも大荒れの方ね。」
 「鉄子ちゃんが言うなら間違いないわ。」
 「あのひときわ大きな人が海将...影村君よ。」
 「へぇ...すごいね。でも、あの人なんか優しそうだね。」
 「...ん?」
 「え?」

 桃谷は困惑した顔で影村の方を見る。「優しそう。」という影村の印象からは程遠いワードを聞くも、彼女はふと鹿子の大会直前、彼に自転車を直してもらった事を思い出す。あながち間違っていないのかもしれないと思った。彼女はあの場面で影村の異様なほどの圧に押されていた。彼女は心の中で影村の「その時の親切だった」と自己完結させる。

 有明の森公園 センターコート

 ジャパンオープンの決勝戦で使用される有明コロシアムのある施設。日本の学生達が憧れる舞台。その場所に全県の代表達が整列し、開会式が始まろうとしていた。影村は竹下の後ろに立っていた。竹下が八神の方を見ているのを後ろから見る影村。インターハイ本戦でのリベンジを誓うその表情は硬かった。後ろを振り返った徹が竹下の肩を叩いた。

 「あんま天才ばっか見てると。足元すくわれるぞ。」
 「...。」
 「先輩としての忠告だ。高校生のトーナメント本戦っていうのは不安定だ。今年優勝できたとしても、その次の年に怪物が出てきて王座を奪われる事なんてざらだ。たった3年間。しかしその3年間...中学の時とは比べ物にならない程に濃厚なんだ。」
 「...えぇ。肝に銘じます。」
 「...。(合宿の頃の爽やか君がどっか行ってるなこりゃあ。)」

 徹の顔を見た竹下。それを見た輝は溜息をつく。そして影村の方を見た。

 「お前、合宿の時とえらい違うのな。髪バッサリ切ったおかげで最初誰かわからなかったぜ。」
 「合宿中も後ろで縛って顔見せてたぞ。」
 「厳つくなくなったって言ってるの。今の方が前よかずっといいぜ?」
 「そうかい。」

 輝はフッと笑い前を向いた。他県の強豪校の選手達が海生代高校を警戒したのは、竹下を除く4人の天才がテレビインタビューで彼の異名を出したことがきっかけだった。未知の強者に選手達は武者震いし、監督やマネージャー達は彼の分析しようとノートで彼の特徴を記録し始めていた。龍谷は影村の方を見ており、矢留、水谷も彼を警戒するように見ていた。高峰と山瀬はお互いを見ると頷いてまた前を見た。

 「...。(ほう、あれが海将か。デラでっけぇな。)」

 愛知県名古屋市出身の彼らだが、この手の世代からはよくテレビで見るようなゴテゴテの名古屋弁と云われる方言はほとんど出ない。実際に使う場面は大きさやすごさなどの表現ぐらいである。

 「...。(あぁ、公式戦に出て来ちゃったよ。当たらないように祈ろう。)」

 ポーカーフェースで影村の方を見る矢留。しかし、鹿子テニスフェスで彼を見てしまった矢留は、内心影村と対戦したくないという防衛本能が働いていた。清代は隣で緊張を紛らわそうとペラペラと永遠と脈絡なく矢留へ話をしていた。しかし彼は終始右の耳から入れて左の耳へと出しているような様子であった。清代を後ろから見た鉄子こと桃谷は呆れた様子で彼を見ており、佐原は苦笑いしていた。嶋藤に関しては怒りを抑えるのに必死だった。

 「...。(おぅおぅ、来たな海将。こんトーナメントで大暴れする気じゃのぉ。次は負けへんど。)」

 龍谷は矢留と対照的で好戦的であり、早く影村と試合がしたいという願望が滲み出ていた。開会式が終わる。県代表選手達がそれぞれの待機場所へと戻って行く。有明コロシアムのバックヤード駐車場の敷地内に48都道県別にテントが配置されており、全て県別に指定され、休憩や待機、ミーティングができるようになっていた。千葉県代表のテントは三重県代表と兵庫県代表に挟まれていた。八神のいる神奈川県のテントは他県の女子高生達でごった返していた。芸能人クラスの容姿端麗な選手で尚且つ天才と云われる八神がいるとなれば、事前の情報がなくても集まってくるのは容易に想像がついた。

 「キャー!八神くーん!」
 「サインちょうだ―い!」
 「こっち向いて―!」
 「キャー!」
 「めっちゃイケメン!マジ芸能人!」
 「イヤァ!優勝してぇー!」
 「ウチこの為だけに大阪から来たんや!」
 「なんでやねん!試合サポートせんか!」
 「もう駄目、笑顔でキュン死しちゃう!」
 「無理やりついてきて東北から出てきてよかったぁ!」

 熱狂する女子達にドン引きする八神以外の神奈川県代表及びその両サイドにいた水谷率いる愛知県代表並びにそのもう反対側にいた大阪府代表メンバーらは、ゆっくりと八神の方を見る。八神は顔が引き攣っていた。大会スタッフ並びに各高校の代表監督らが動いて事態を鎮静化した。しかし、これは八神が試合会場からいなくなるまで続くだろうという事に気が付いたスタッフらは、無意識のうちに大きくため息をついて肩を落とす。

 千葉県代表のテントの中

 早速第1回目のミーティングが行われた。代表コーチである田覚、そして菊池台西高校からは監督として副顧問の池谷寛治いけたにかんじがホワイトボードに書かれたコートの絵にペンを当てる。田覚はメンバー達へ話し出した。

 「この大会の事はみんなわかってるな。」
 「はい。」
 「そう緊張するな。要するに、各県がそれそれガチ共をかき集めた、県の威信をかけた試合となる。全都道府県それぞれ予選勝ち上がり云々関係なく、その県支部のテニス協会のスカウトマン達が動いて選ばれた選手らが、厳しい評価基準の合宿をクリアしてここにきている。」

 「.........。」

 「とはいえ、この試合は団体戦ではない。各トーナメントに等しく公平に散った選手達がそれぞれ対戦し、最終的に獲得した勝利ポイント。その合計によって総合優勝が何処かを決める試合だ。単体で強いに越したことはないが、1人あたりが得られるポイントは単発で優勝したとしても知れている。各々が全力で挑み、最低でもベスト8まで行かないと総合優勝は厳しいものになる。例えば愛知県の水谷がいる学校の他、強豪校2校...横田兄弟ならわかるんじゃないか?」

 田覚は横田兄弟の方を向いた。横田兄弟は互いを向いて、去年のインターハイを思い出して大きくため息をつく。

 「愛知県の滝邨たきむら高等学校か。コーチもいやなものを思い出させる。」
 「そうだ。滝邨は水谷には及ばないが、攻撃特化型の選手がそろっている。そして、今回は大阪からも長谷部鴻東寺高校はせべこうとうじの連中も出ている。彼らは堅実な攻守一体のダブルスが特徴だ。山瀬達をインターハイで負かした五日市工業いつかいちこうぎょう高校以上の曲者だ。これらの高校は5人の天才が出てくる前まで超強豪校と呼ばれた連中だ。その他にも次々と普段全国大会には出てこないが、強い選手達が出てくる。」

 「今回はうちのリーサルウエポン竹下君が居るっしょ。」
 「あ、徹。それ俺がさっき言ってたやつ。」
 「輝が言ってたんだっけ?」

 「まぁ、そんなところだ。影村。今回初めての公式戦だ。気分はどうだ。」
 「いつも通りやるだけだ。賞金貰えないのは困るんだが。」
 「まぁ、そういうな。この大会に優勝したら、もれなく県から表彰されるほどに名誉なものだ。」
 「.........。(名誉で飯は食えるのか?)」

 影村はどこか冷めた顔でミーティングに参加していた。賞金がもらえないのは、彼にとってはあまりにもやる気を喪失させるからだ。

 「いいか影村。お前、あの日本代表監督の新貝さん達が組んだ鬼の様なプログラムを3倍も熟せてるんだ。それなりに期待されている。がんばってもらわないと困るぜ。」
 「フフ。影村、逃げられないよ。1年ぶりに龍谷から連絡がきて、君が海将と呼ばれているのを知った時、少しショックだったけど、今は納得してるよ。」
 「連中が勝手に言ってるだけだ。」

 高峰は両手の人差し指を田覚へと向ける。徹と輝も彼と同じように指を田覚へ向ける。

 「ノブノブ~海将って名前うちの部活の売りにしようぜ~☆↑」
 「もぅ、高峰は直ぐに調子に乗るぅ!」

 高峰が茶々を入れて、横田兄弟がジェスチャーでノッたところでミーティングは終了した。誰かがテントへ入ってきた。

 「やっほー!ノブ~!影ちゃーん!応援に来たよ~!」
 「お、お兄ちゃん!?」

 「ったくテメェは遠慮というもんを知らんのか。試合前でピリピリしてたらどうすんだ!」
 「えー、いいじゃん森野ぉ。せっかくの第一回目の初代王者を決める大会だし、なんたってノブの晴れ舞台だよ。インターハイの時本戦見に行けなかったし...行けなかったしぃ!」
 「強調しないでいい。田覚さんでしたっけ?すいませんね何か。こいつ後でしばいとくんで。」

 「お、おぅ...(マジかよ。本当に兄貴が東越大の山森ペア...主戦力かよ。)」

 田覚は海生代高校の面々伝いに噂には聞いていたが、本当にインカレ代表にして優勝争いの第一線にいる選手が山瀬の兄だとは思ってもいなかったようだ。影村が立ち上がって敏孝を見下ろす。

 「ちょっと外で話しようか。影ちゃん。」
 「...あぁ。田覚さん。いいすか?」

 「あぁ、行って来い。」

 田覚の返答を聞いた影村はそのままテントから出て行った。テントから顔を出すと、三重県代表及び兵庫県代表の選手らがそれぞれ影村の方を見ていた。4人の天才が全国ネットや地方ローカル番組でインタビューを受け、彼ら4人共が警戒した選手として挙がった名前。居ても立っても居られなかったのか影村を一目見ようと6人程度集まっていた。中には敏孝の姿を見て雲の上の存在に興奮する選手達もいた。

 「な、なぁ。あれって山森ペアの...!」
 「あ、あれが海将...でけぇ。バレーボール選手ぐらい身長あるぞ。」
 「でけぇだけじゃねぇ。ありゃぁ筋肉マジやべぇな。ウェアの上からでもわかる...ありゃぁやべえ。相当鍛え込んでやがる。」

 各県の代表選手達がざわつく中、後ろから竹下や敏孝がいるという情報を嗅ぎ付けた女子高生や、女子大生らがわらわらと集まってきていた。敏孝は腕を組んで影村の方を見ながら不敵に笑う。影村は敏孝が何を考えているのかさっぱり読めない。しかしこの日、敏孝から思いもしない情報が彼へともたらされる事になる。

 「影ちゃん。よく公式戦出る気になったね。もしかして、鹿子テニスフェスで頑張っちゃったからかな?」
 「...さぁな。誰かが候補から外れて棚から牡丹餅ってことも考えられるぜ?」

 「フフフ、俺はね...俺達はね影ちゃん。君に期待してるんだ。日本テニス連盟協会...彼らは選手を食い物にする事しか考えていない。まぁ、その辺を考えて出資してるスポンサーが主だけどね。」

 「......。」

 「5人の天才達が活躍すればテニス界は盛り上がる。無理もない。竹下と八神の容姿端麗さは芸能人にも引けを取らない。テレビメディアが彼らを使ったら視聴率はうなぎのぼりだ。彼らがプロになったらそれぞれの仕様のラケットが販売されて売り上げが伸びる。ただそれだけさ。」

 「...だろうな。」
 「まぁ、こんな情報は勝ち上がったらいやでも見るよ。それじゃあ本題に入ろう。」
 「......。」
 「ドロー表見たよ。影ちゃんすっごく運がいいね。一回戦目は栃木県の閏永道学院じゅんえいどうがくいん前橋幸実まえばしゆきさね。」
 「......。」

 影村の動きが止まる。彼の頭の中で小学時代のU-12で浴びせられた罵詈雑言が響く。そこへ敏孝が更に彼へと言う。

 「その地域の学校の出身者から聞いたんだ。彼の学校のテニス部は代々応援が酷いって有名なんだって。強さは県以上、全国以下ってところだね...影ちゃんの因縁を精算できるいいチャンスじゃないのかな?探すのに2年も掛かっちゃったけどね。」
 「敏さん...。」
 「フフフ...。」

 敏孝の顔がニコニコ笑顔の美少年から切れ長の目へと変わり冷徹な一面へと変わる。影村はむしろこちらの敏孝の方が見慣れていた。スイスでのコート内の練習で、彼は常時このような本性を丸出しにした状態でテニスに打ち込んでいた。そうでもなければ、影村と共に練習していた仲間達から1ポイントを取る事すら難しい程だった。コートの上では世界一強烈なスパルタコーチのハリー・グラスマンの指導下で猛烈に厳しい練習をしており常時殺伐としていた。

 しかしそんな彼もハリーの決めた掟に従い、テニスコートの外では影村や他の子供達に兄であるかのように振舞った。現地では影村の事情を親身に聞いてP.T.S.Dの症状緩和に努めていた。そして彼は日本へ帰ると早速情報を集めた。彼が参加したU-12トーナメントから前橋という選手を探し当て、その行方を森野を巻き込んで探っていた。影村の手は怒りと興奮に震えていた。敏孝が義理堅い事は知っていた。しかし、帰国してから2年と少しの間ずっと彼と因縁のある前橋を探していたとは思ってもいなかった。

 「フフフ...。公式戦お披露目であり、最初の対戦相手であり、そして最初の犠牲者...いや、生贄だ。才ある幼少期の君をP.T.S.Dあんな状況になるまで貶めたんだ...それ以上の地獄...経験、プライド、そして彼の積み上げてきた実績や培ってきた常識...その全てを破壊すればいい。相手は覚えていないだろうけどね。悪質な応援などその応援ごと徹底的に叩き潰せばいい...1ポイントも与えなくていい。」
  
 敏孝の冷徹な微笑、それは弟同然の才能あふれる影村をP.T.S.Dという形で潰した前橋に対しての怒りであり、彼を探し当て影村とぶつけるという内なる目標が完遂した事への歓喜であり、影村が彼をどう倒すかという好奇心であった。

 “千葉県代表 海生代高校 影村君...栃木県 閏永道高等学校 前橋君...コートへの移動を開始してください”

 影村は今回は布袋ではなく、彼の13歳の誕生日プレゼントで親に貰ったテニスバッグを担いだ。ラケットはスペア合わせて2本。どちらも田覚がいつも使っているガットショップの張人と呼ばれるプロの係員が施したものだった。いつもの軍用布袋ではないことに違和感を抱く彼だが、大会のドレスコードで決まっている為やむなくだった。影村がコートへと進んでいく姿。背中にたなびく「海」の文字が描かれた黒地に青い紋様が入ったジャージ。それを見た県代表達は、その迫力と威圧感から彼が海将だと一目で気が付き視線を向けて彼を目で追った。
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