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Proving On

chronicle.5

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 千葉県 市原市 某所

 校門前で男子テニス部と別れた影村は、とある人物と待ち合わせをするよう山城に言われ、五井駅のバス停エリアへ足を運んだ。ロータリーに車が止まっている。車から1人の女性が下りてきて影村に手を振った。

 「......?」

 影村は山城の姉である山城加里奈が立っている方へと歩いて行った。

 「影村君だっけ?この前はうちの馬鹿が迷惑かけたね。殴られたんだって?」
 「あぁ。」
 「さぁ、乗って。」

 影村は車の助手席へと乗り込み、走る事10分の某所にある美容院へと到着する。影村は彼女に案内されるがまま美容院内のセットチェアへと座った。先輩である山城の提案とはいえ、影村はどこか複雑な表情だった。しかし自分がいるクラスメイト達、特に女子生徒達からは、前髪で隠れた素顔がわからず、体格も大きいので怖いといった言葉をよく耳にする事を思い出す。

 「影村君、髪質はかなりしっかりしてるわね。」
 「...あぁ。」
 「フフフ、そんなに警戒しない。前髪の下は男前なんでしょ?」
 「......。」
 「啓太、あの一件からあなたの事をまるでスーパーヒーローみたいに話すの。でね、あなたがクラスで怖がられてるのよく耳にするって心配してたのよ。」
 「...。」
 「心当たりがあるようね。大丈夫。私が何とかしてあげるから。それにこのまま高校卒業して、そんな髪型じゃ女の子にモテないわよ。フフフ。この形状見るにいつも自分で切ってるようね。」

 加里奈は影村の前髪を上げた。影村の精悍で凛々しい顔が露わになる。影村は心臓の鼓動が激しくなっていた。年上とはいえ、家族以外の若い女性にこんなにも接近されたのは生まれて初めてだった。影村の肩に加里奈の手が乗る。

 「任せなさい。」
 「あ、あぁ。」
 「それじゃあ髪流すから、あっちの洗髪台シャワー台へ座りましょう。」

 影村はゆっくりと立ち上がり、加里奈の洗髪を受ける。他人に伸びきった長い髪を洗われる感覚。影村は頭皮を洗われる感覚にどこか気持ちよさを覚えた。シャンプーはメンズ向けのものが使用され、シトラスの香りと独特の冷たさに気持ちよさを感じた。洗髪が終わると再びセットチェアへと腰掛けた。

 「あなたは...そうね。ナチュラルショートで、少しだけブロックを入れましょう。たぶんこれで男前ね。」
 「...。」

 影村は緊張した面持ちで櫛で髪を解かれていた。周囲の20代後半からと思われる年代層の女性達から声が聞こえる。

 「あら、ねぇ。あの人誰かしら。男前ね。」
 「...貫禄もあるし、役者さんかな?」

 影村は眉をしかめたりとどこか恥ずかしそうに佇んだ。加里奈は影村が私生活であまり人に見られる事に慣れていないのだと予想した。彼女は職業柄話は得意な方だった。何気ない会話から影村の緊張を解して髪を切り始める。彼のバッサリと切られた髪が床へと落ちてゆく。


 同刻 神奈川県 私立雲津大恵高校

 八神は地元メディアのインタビューを受けていた。全国県選抜日本庭球トーナメント。通称全県杯の優勝が期待される八神。これは彼のスポンサー企業の要請もあってのことだった。

 「神奈川県 私立雲津大恵高校の男子テニス部の八神さんです。こんにちは~」

 「こんにちは。」

 「八神さんは1年生ながらインターハイ本戦出場、そして見事に優勝を果たしました。あの前年度王者の長谷川広西大付属高校の連覇を止めたどころか、圧倒的な強さで勝利を収めました。次は、全国県選抜庭球トーナメント...全県杯と呼ばれる大会へ出場されるという事で、神奈川県のファンの皆さんはじめ期待が高まっています。では、次の全県杯、ファンの皆さんに向けての抱負をお願いします。」

 「えー、皆さんこんにちは。今年のインターハイに続き、全県杯は予選の無い、各県から厳しい選抜合宿を経て選抜された選りすぐりのプレーヤー達がぶつかり合います。一生懸命頑張りますので、応援お願いします。」

 「八神君はですね。なんと、過去に中学校の全国大会で活躍しており、彼の他にあと4人頭角を現した天才と呼ばれる選手達と熾烈な優勝争いをしていました。八神さん。今年のインターハイでもそうですが、次の試合も同じく他の4人の天才と呼ばれる選手達が出てくるという情報がありますが、どこの県代表選手を警戒していますでしょうか。」
 
 八神は鹿子での影村との試合を思い出す。ほぼ人生初の敗北。圧倒的な実力差、フィジカル、そして埋めようのない技量と状況判断能力。彼は少し考えに浸ると、記者へある一つの回答を出した。


 「千葉県の代表選手です。特に竹下選手のいる海生代高等学校が最も警戒すべきかと。」

 「天才の一人、竹下さんを警戒しているのは、全中での接戦を振り返っての事でしょうか。」

 「いいえ、我々が警戒しているのは竹下選手ではありません。“海将”...自分は彼と全力の対戦を望んでいます。これは他の強豪校の...天才と呼ばれる選手達も同じでしょう。」

 「ありがとうございます!全県杯ではインターハイ王者の八神さんでさえも勝てるかわからない。そんな選手達が出場するようです!以上、現場から中継でした!雲津大恵高校男子テニス部の皆さん。ありがとうございました!」

  “ 海 将 ” 

 このワードが神奈川、静岡県、福岡県で同じ時刻にそれぞれ違う地域の全県杯出場に関しての特集番組で、天才達が口にしたワードだった。龍谷も、矢留も、八神も同じく警戒する県と選手に関する質問に対して回答している。愛知県の水谷も、事前に龍谷から情報を聞いていたのか、「対戦したことはないが、警戒すべき選手は千葉県の海将だと聞いている。噂でしか聞いていないが、もし本当なら全力で挑むだけだ。」と彼の事を少しだけ話題に出していた。高校生スポーツをメインにしたネットニュースの記事にも同じく「全国強豪校の天才4名、全県杯前のインタビューで千葉県海生代高校の“海将”を警戒する」という見出しで記事が掲載されていた。


 新貝は日本テニス連盟協会の打ち合わせ室で全県杯選抜の代表選手層について話をしている。竹下、横田兄弟、高峰&山瀬ペア。そして影村という怪物を含めたメンバー達の合宿内容を振り返っていた。彼が徐に立ち上がると、後ろからスタッフの女性が声をかけた。

 「新貝さんお疲れ様です。あの合宿のメンバーの中から海生代が4人も選抜される事態に、強豪校の監督らから抗議文章が届いております。いかがいたしましょう。」

 「選抜メンバーが1つの高校に偏ったのは申し訳ないが、合宿の結果が結果だ。全県杯での彼らの実績を見て今後を判断してほしい...そう返答しておいてくれ。」

 「わかりました。しかし、今年集まった千葉県の選考メンバー。新貝さんの母校である海生代の影村君...彼は一体何者なのでしょうか。我々が今回行った合宿カリキュラムは日本代表選手が受けるそれです。まさか彼がフィジカル、テクニック共に怪物の領域に達しているとはいえ、他の選手達が音を上げている程の練習メニュー...その3倍の負荷を求めてくるなんて。考えられませんでした。」

 「変わっているどころか、それを通り越して感動すら覚えたよ。合宿中の15キロにも及ぶランニングを1週間毎日全力疾走で完走。プロ選手以上の高負荷トレーニングの要求、練習後の食事管理と栄養管理、睡眠時間の徹底。まるで誰かの指導を受けていたかのように習慣づけて熟していたな。ストイックにもほどがあるよ。」

 新貝は夕焼の陽光が雲間から扇状に幻想的な光を作り出す空を窓辺から見上げて言った。

 翌日、影村のクラスメイト達は固まった。影村の髪型が不気味なビッグフットの様なロングヘアから、精悍な顔つきが露わになったツーブロックのナチュラルショートへと変貌を遂げていたからだった。影村の少し彫りの深い精悍な顔つき。矢留の様な強さのあるギラついた眼をしていたが、髪型のせいもあってか彼の厳つさは貫禄へと昇華していた。

 「ね、ねぇ...影村君どうしたの?イメチェン?」
 「...すっごく男前。」
 「でも高校生ウケはしないよね。どっちかというと年上キラー?」
 「ないない...あとで写メ撮らせてもらお!」
 「あ、ずっるーい!」

 「か、影村が...ビッグフットからスポーツマンになったぜ。」
 「あいつあんな顔してたのか。結構イケメンだな。」
 「でも学生の女子ウケはしなさそうだな。大人び過ぎだし。」
 「いや、彼女でもできたんじゃ...。」
 「あぁ、有り得る。」

 周囲の生徒達が影村を見てヒソヒソと彼の事を噂する。影村は少し恥ずかしそうだったが、幸い周囲の生徒からは彼が恥ずかしそうにしている様子などは感じ取れなかった。女子テニス部の3人は、髪型を変えた影村を見て顔を赤くし興奮した面持ちで騒いでいた。いきなりの変化に心配になったクラス委員長の女子生徒が彼の前に現れる。

 「か、影村君、何かあったの!?髪型変えちゃって...委員長として見過ごせません!何か悩み事...」
 「俺も...表に出る時が来たんだろ。」
 「表...?」
 「...なんでもねぇ...じゃあな...。」

 影村はクラス委員長の女子生徒にドスの利いた低い声で質問に答えると、立ち上がって移動教室の為に教室を後にする。クラス委員長、そしてクラスメイトの男子、女子テニス部の3人組は無意識に影村の背中に、「海」の文字が描かれたジャージがなびく姿が重なった。それは近い将来、海生代男子テニス部の躍進によって蹂躙されていった強豪校の選手達から畏怖と恐怖の象徴となる。


 全県杯当日 東京都 有明テニスの森

 48都道府県選りすぐりの代表選手達が集結始めていた。各県代表のスタッフや選手達は、噂に聞く全国5人の天才達を一目見ようと早めに会場へと入場した。

 「今回集まった連中、全員県トップクラスの生え抜きなんだってさ。」
 「県選抜のドリームチームか...やばいなこの大会。」
 「おい、あれ静岡県代表...矢留だ...ストローカー殺しの...」
 「あのドロップの利いたボレー...攻略するの大変そう...。」

 「愛知県代表の水谷だ...俺あいつのフォアハンド取れなかったんだよなぁ...速ぇし重てぇ。ラケット弾かれるし...インターハイでもいい思い出無いわ。」
 「つーかあの腕やべぇだろ。どんだけ鍛え込んでんだよ。」
 「八神ってインターハイの準決勝であいつに勝ってるんだよな。」

 「八神...相変わらずのモテっぷりだな。後ろの女子達うっせぇ...。」
 「あれだけ声かけられても飄々と手を振る余裕。流石王者だな。」
 「つーか他のメンバーの羨ましそうな眼つきなんだよ。ウケル。」
 「普通そうなったら俺達もああなるだろ。」

 「福岡の龍谷...やっぱ豪快だな...また水谷とのパワー対決が見られるんだろうか。」
 「俺観客で見て居たいわ。今回はどこの県もワンマンチームじゃなく、全員がかなり高いレベルって聞いてるぞ。」
 「つーか龍谷の隣にいるマネージャ?超かわいい...。」

 「今年の1年世代やばいだろ...。」
 「そうだな。そして...。」
 「あぁ...来たな...」
 「見ない顔だ...。」
 「ダブルスやる俺達にはあの二人が警戒すべき存在だ。」
 「またあの兄弟来てるのか...。」
 「天才の...最後の1人が来る...!」
 「いや、それよりも...。」

 全ての県代表達が千葉県代表選手達が入場してくるのを見つめる。既に会場入りしている4人の天才達も同じく彼らを警戒するように見ていた。中でも今回初めて表舞台に出るであろう1人の選手に対し、龍谷は武者震と挑戦者染みた凛々しい笑みを、矢留は不安と好奇心の視線を、水谷は腕を組んで静かに彼らを見つめ、八神はリベンジの時が来たと喜びの視線を送った。

 「天才竹下...横田兄弟...トリックスターと鉄壁...あの横田兄弟の後ろにいるのが...。」
 「うーわ。あれが山瀬敏孝の弟...鉄壁か...じゃあその隣にいるチャラそうなのがトリックスターかよ。」
 「竹下...全中で当たった時のあのエグいフォアがまた来んのか...。」

 全国屈指のエース級プレーヤー達が、千葉県代表選手達を見てはヒソヒソと話をする。そんな中、強豪校の監督達は今はまだ名も無き海生代高校の選手達の中から、全国ネットで八神や他の天才達が口を揃えて警戒すべき選手だと口にした“海将”を探していた。各校の監督やコーチ陣は千葉県代表選手達の強さを推測しながら見ていた。海生代男子テニス部顧問の峰沢とコーチの田覚は、同じ県の強豪校の代表監督やコーチ陣らと、観客席から千葉県代表選手達を見下ろしていた。

 「横田兄弟。流石日本代表監督の采配ってところか。」
 「間違いない。まだ顔が割れていないあの選手だ。」
 「あれが天才達を警戒させた...。」
 「おぉ...あれが。」
 「でけぇな...身長も体も...迫力がちげぇ。」

 「あれが...天才達が警戒する戦力...海将...影村義孝。」

 横田兄弟を先頭に竹下、影村、高峰、山瀬が続く。目立つ黄色のジャージを着た菊池台の2人を皮切りに、海生代の「海」の文字が強豪校の選手達の目に留まる。中でも全国5人の天才、そして強豪校の監督やコーチ達が指摘するように影村の迫力と威圧感は群を抜いていた。
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