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Proving On

chronicle.3

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 影村は静かに汁なし担々麺を食べている。竹下もラーメンを食べているが、その顔はどこか悩ましげに曇っている。

 「...佐藤。確かに何かとお前にべったりだな。見た目はかなりいい方だろ?学校でも注目の的だってクラスの女テニの連中が言ってたさ。女テニがマネージャーに何回もスカウトしてるみたいだぜ。」
 「あぁ...。」
 「あいつはお前に惚れてるんだろ。お前はどうなんだ?」
 「フフ、俺か?」
 「あぁ。」
 「...。」
 「俺からすればどうでもいいことだが、部外の第3者からすれば羨ましいことこの上ないんじゃねぇのか?手前の事を思って見てくれている人間がいるだけで、俺から見れば十分幸せ者だ。手放すんじゃねぇぞ。」
 「まるで何か経験してきたみたいだな。」
 「気にするな...前につるんでた連中の中に反面教師が1人いたってだけだ。」

 影村は水を飲んだ。その姿は店主から見ると酒を飲む成人男性のそれだった。竹下は影村の言葉を聞くと大きくため息をついて食べかけのラーメンを見ていた。影村は目を閉じながら竹下の背中を軽く叩いた。

 「...影村。」
 「あと、飯は旨そうに食え。」
 「フフ、ごめんごめん。この店の料理おいしいから、悩みも吹き飛ぶよ。」
 「......フッ。追加頼むか?」
 「いいや、大丈夫だよ。」

 店主は2人の会話を聞いて、思わずビールジョッキを両手に持ってそれをビールサーバーに突っ込みそうになった。竹下は影村を見ながら大きく口を開けてから揚げを口へと運ぶ。出来立て故にあまりの暑さに思わず身を引く竹下。店主は徐に料理を作り始めた。彼は出来上がった餃子を2人の前へと置いた。

 「店長...。」
 「お待ち。サービスよ。取っとケ。悩むときはみんな悩ム。」
 「フフ、ありがとう。」

 情に厚い店主は2人にサービスで餃子を出した。重い空気が一気に緩くなり、竹下は悩むのを止めたようだった。

 「影村。」
 「...?」
 「今日俺達の前に立った女テニの子、新しい主将ちゃん。」
 「あぁ。」
 「どうするんだ?時間の無駄だとは言ったが、断ってはないだろう?」
 「...何を考えている。」
 「フフ、君と同じ事さ。理恵華に連絡入れるよ?」
 「無駄に時間を盗られるだけだ。」
 「でも、そろそろあの学校の連中にも現実を見せてやる必要がある。そうだろ?」
 「...フッ。」
 「理恵華から聞いたよ。俺達男テニ。学校の中じゃ廃テニ部とか帰テニとか呼ばれてるんだってさ。インターハイ出場、そして日本代表の監督である新貝さんからの要請で全県杯の強化合宿への参加したが、それでも峰沢先生の立場が危ういらしい。」
 「面倒くせぇな...。」
 「フフッ、そうだね。どうする?」


 竹下は影村を見て爽やかににっかりと笑った。影村は黙って汁なし担々麺をすすった。影村は食事を終えると立ち上がり、竹下を見下ろす。そして彼は悪意に満ちた表情で言った。


 「それじゃあ、明日ちょっと運動してくるか。」


 後日、海生代高校 

 この日、学校中の部活動部員達が放課後を待ちわびていた。帰りのホームルームの前に、影村のいるクラスの男子達が彼の方へと向かって来た。

 「な、なぁ影村。お前女テニのキャプテンと勝負するって本当か?」
 「あぁ。売られた喧嘩を買うのが、この国の学生のルールだと聞いている。」
 「そんなルールあったっけ?つーか、噂の竹下も来るのか?彼女がファンでさ。」
 「他の連中は練習があるから、行くのは俺一人だ。ガットも貼り換えてある。」
 「本気かよ。女テニって全国クラスだぞ?2年の永井って全中本戦にも出場してたって。将来期待の星なんだぜ?」
 「...そうか。で、お前らが俺に話しかけるの初めてだな。何か目的でもあるのか?」
 「いや、クラスメイト全員と賭けやっててな。」
 「...賭け?。」
 「...おい!」
 「...あ。いや、そ、そのちょっとしたノリで...ごめん!」
 「いや、賭けるのは良いぜ。で、俺には幾ら取り分くれるんだ?」
 「...へ?」
 「俺に全財産賭けとけ。倍にして返ってくるだろうからな。」

 影村は前髪に隠れた目を光らせる様に、固まったクラスメイトの男子達を見る。黒い笑顔を浮かべる影村を見たクラスメイトの男子達は後退りした。すると、横から同じクラスでいつもヒソヒソと影村の陰口を言っている女子テニス部の部員3人がサッと現れる。影村はまたお前らかと面倒くさそうに3人を睨んでいた。

 「聞いたわ影村。永井先輩の勝負を受けたんだってね。」
 「今あんた1人って言ってたわね。勝てるわけがないわ。生意気よ。」
 「主将の永井先輩は全中本戦にも出場したクラスの人よ!格が違うわ。勝てるわけがないから!」

 まるで鬼の首を取る勢いで自慢げに突っかかってきた3人の女子生徒を前に影村は静かに質問する。

 「....幾らだ。」
 「...は?」
 「幾らだ。」
 「幾らって何よ。」

 「1か月間だ。お前ら女テニが総力を挙げて草トーナメントで稼げる賞金額は幾らだ。もちろん賞金が出るトーナメントはテニススクールの社会人上級者クラスが最低基準だ。...幾ら稼げる。」

 「...あ、あんた何バカなこといってのるよ!ウザッ!」
 「そんなのやった事ないからわからないわよ!キモッ!」
 「じゃああんた幾ら稼げるのよ。」
 「俺か?先月で40万稼いだぜ?全部部活の活動資金に飛んで行ったがな。」
 「......ね、ねぇそれって。」
 「...嘘でしょう?ど、どうせ竹下君が...。」
 「話は終わりだ。俺は着替えて女テニのコート行くわ。」
 「ちょっと!あんた1人!?影村ぁ!」

 影村は3人を鼻で笑うと教室を後にする。教室を出て行った影村の後ろを他の男子生徒達が追いかける。男子達は影村が大口を叩いた事への好奇心からか、眼を輝かせていた。職員室へと足を運んだ影村は室内へと入ると峰沢を探した。すると彼の前を重森が通りかかった。

 「......お、お前は。」
 「...。(なんだこの女、雰囲気が変わったな。)」
 「...な、なんですか?私の顔に何か。」
 「いいや。今日の対戦...あんたが審判やってくれないか?」
 「...なんだ?副主将の三谷では不服なのか?」
 「不服だ。」
 「...。(即答か。)」

 重森が眼鏡を光らせる。彼女は影村を睨んだ。影村は全く動じない様子で重森を見下ろしていた。デスクに座っていた峰沢はその状況を見ると、ソワソワしながら影村から預かっていた軍用の長い布袋を持って席を立った。

 「何故だ。理由を言え。」
 「高校生じゃ目が弱えぇ。男子の打つボール見えねぇだろ。公平なジャッジをする事が条件だ。あんたん所の主将様の希望通りガチな試合だ。ならそれなりに周りの環境も整えてくれ。ラインパーソンいねぇんだろ?」
 「...貴様。」
 「...ミスジャッジされちゃたまらねぇからな。」
 「チッ...いいだろう。」

 重森が影村の希望を承諾した。影村はそのまま峰沢の前へと歩いた。職員室の入り口で状況を見ていた男子生徒達は震えていた。影村は男子達が恐れる重森に文句を言ってそれを通したのだ。これは彼らにとって話のネタになる事象だった。

 「ほら影村。」
 「...おう。」
 「重森先生。俺からも頼みます。正直、影村君と永井さんの本気の試合。私は反対だったんですよ。とっても危険ですから。でも仕方がありません。では影村君。龍谷君と八神君をストレートで下した千葉の賞金稼ぎの実力、知らしめてあげなさい。」
 「ナガサワ。やめろ。」
 「ミネサワね。あと相手が重森先生とはいえ、先生にはあまりそういう高圧的な態度止めた方がいいよ。」
 「あぁ。着替えてくる。」
 「職員用のロッカールームを使いなさい。部室ないから。」
 「わかった。」

 「......。(あの龍谷と八神をストレート?何妄言を言ってるんだ。峰沢は。)」

 峰沢はニヤニヤしながら影村の背中に手を振って送り出した。重森も書類を机の上に置くとロッカールームへと向かって行った。彼がテニスウェアへと着替え終わりロッカー室から出てきた。海生代高校男子テニス部のジャージを羽織った姿を見た男子達はその姿に目を奪われた。

 「...は、迫力すげぇな。影村。」
 「取り分はお前らの稼ぎ20%だ。で、参加人数とオッズは?」
 「俺達2人がお前に全部掛けたぜ。全部で8人。女テニ 6 影村 2 だ。」
 「なら安心だな。山分け宜しく。」
 「あ、あぁ...。」

 影村はゆっくりと職員用のロッカー室からコートへと歩き始めた。顔は髪に隠れて見えないが、彼の迫力だけで体格の大きい格闘技系やバレー部やバスケ部員達がすれ違い様にサッと道を開ける程だった。

 「な、なぁおい。あれって廃テニの1年じゃね?」
 「でっけぇ...つーかあの腕で殴られたら身体吹っ飛びそうだな。漫画みてぇ...。」
 「なんでも今日女テニのキャプテンに勝負吹っ掛けられてガチで試合するらしいぜ?」
 「マジか。見に行きてぇ...」
 「新聞部も廃テニの赤っ恥撮影して晒してやるわって息巻いてたわ。」
 「ひぇー、関わりたくねぇな。この学校の新聞部やべぇ奴しかいないって聞いたしよぉ。」
 「何にせよ。あの1年気の毒だわ...って、あれ?あいつ一人じゃね?」

 影村の後姿を見送る他の運動部の面々達。珍しいジャージを羽織った背の高い選手が通り掛かるだけで、水泳部、陸上部といった選手達の目が釘付けになる。影村の後ろを歩く男子達も、どこか怖いヤクザにでも連れていかれる少年達といった表情だった。

 一方、女子テニス部のコートには永井を応援しに引退した吉永と川合の姿もあった。

 「主将!副主将!来てくれたんですね!」
 「主将はお前だろ永井。」
 「へへ...ごめんなさい。」
 「で、今日来る男テニのメンバーは?」
 「影村君って子が一人で来るそうです。」
 「...あいつが?まぁいい。アップ手伝うぜ。絶対負けるんじゃねぇぞ。」
 「はい!よろしくおねがいします!」

 吉永は校庭の一件以来、男子テニス部の面々に突っかかる事をやめたどころか、岡部、酒井、照山との接触も断っていた。しかし今日の試合を見たくていてもたってもいられなかった。それは川合も同じだった。吉永は永井とコートへと入り入念にアップを始めた。2人とも学生独特の綺麗なフォームで打ち合いを行っていた。永井の顔は真剣そのものだった。校門前で影村の圧に押されてしまった自分を律するように只々ボールを打って入念に打点の確認やフォームの確認を行っていた。暫く練習していると1人の部員がコートへと向かってくる3人の人影に気が付く。

 「主将!永井主将!来ました!影村君です!」
 「...嘘、本当に1人できた。」
 「あのジャージ...やっぱ近くで見ると怖い...。」
 「う、うん...。」

 まるで巨人が歩いてくるような雰囲気。ともかく影村がコートへと入ってきた。彼は布袋を担ぐと女子テニス部の集団の前で立ち止まった。練習を止めた永井が吉永と一緒にコートから歩いてくる。クラスメイトの3人組も固まって影村の方を睨んでいた。

 「あれが影村なの?」
 「マジ?いつもと雰囲気違うじゃん。」
 「つーかジャージだっさ。」
 「ハッハッハッ!ほんとだマジウケるんですけど。」

 「お前ら静かにしろ!」

 吉永が影村のクラスメイトを含めヒソヒソ陰口を言う数十人へ声を張り上げる。影村は口角を上げる。後ろにいる男子達はそそくさとコートの外のフェンス前へと足を運んでコート内を見る。

 「吉永先輩...?」

 全国本戦決勝戦前の選手の様な表情を浮かべた吉永。彼女は影村が最初に参加した草トーナメントでの彼と田覚の試合を思い出す。観客視点だったがそれでもフラッシュバックしてくる記憶に足が竦んでいた。川合がニヨニヨと笑顔を見せながら彼女の肩をポンと叩くと吉永は深呼吸する。

 「お前達!今目の前にいる対戦相手は!私達が知っている今までの男子テニス部ではない!」

 「.........!?」
 「え、ど...どういう...事ですか?吉永先輩。」

 吉永の言葉にアタフタする女子テニス部の部員達。吉永の言葉を聞いた川合も作り笑いの様な表情が消える。2人が真剣に構える空気を前に不安に包まれる永井と三谷を始めとした女子テニス部員達。インターハイに出場した竹下、高峰、山瀬以外は雑魚だと思い込んでいた事情を知らない他の部員達も無言となった。影村は布袋からバンダナを取り出すと下を向いて前髪を上げながらそれを頭に巻き始める。

 「いま私達の前に立っているのは!プロをストレートで捻じ伏せ、全国5人の天才、龍谷を叩きのめす程の実力者だ!」

 「......!?」

 吉永の言葉に驚きを隠せない部員達。影村のクラスメイトの3人組も固まってしまう。バンダナを巻き終わった影村が顔を上げた。フェンスの外で見ていた男子生徒達は初めて影村の素顔を見られた事に内心興奮が納まらない状況だった。

 「他の面子は練習しに学校の外だ。今日は一部員の俺ぐらいで我慢しといてくれ。」

 女子テニス部の目が影村の素顔に釘付けになる。その表情はさしずめ肉食獣に狙われる仔兎の様である。中には足を震わせる者までいた。整ってはいるが堀の深い凛々しくも精悍な顔つき、そして5人の天才と同じくギラついた眼を露わにした影村の圧倒的な迫力はすさまじいものだった。


 「...一部員?馬鹿を言うな!男テニの本当の最高戦力が何を言ってる!今日は女テニの最高戦力で...全力で相手させてもらうよ!」

 「Los geht's.どうぞ

 吉永が影村へラケットを向けながら返答すると、影村は笹林亭での竹下との会話を思い出して黒い笑みを浮かべた。
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