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Proving On

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 海生代高等学校の始業式が終わり、学生達は新たな学期の始まりに胸を躍らせた。皆が華やかに部活動生活を送る。学校内でスポーツで汗を流す青春の中を生きている。しかし海生代男子テニス部のメンバー達の顔は違う。彼らが通れば皆が道を開ける。

 おおよそ華やかとは到底思えないほどの気迫。常に県トップでけなければならないという危機感が彼らをそうさせるのか。ともかくこれまで散々男子テニス部を馬鹿にしていた女子テニス部の面々も、影村達1年生が、吉永と川合にやったことを思い出し後ずさりする。各部活動へ向って行く途上で男子テニス部6人を見過ごした生徒達は呟くように話す。


 「あのジャージ、もしかしてオリジナルか?」
 「海って書いてある。毛筆だぞあれ。」
 「かっけぇ...」
 「な、なぁ...男子テニス部って全国大会行ったんだって。」
 「え?そうなの?幕が出てなかったじゃん。」
 「なんかさ...顧問が部活動報告会で、もし全国行っても何もするなって言ってたみたいだ。」
 「あぁ、俺聞いたことある。男テニの顧問が女テニの顧問の重森に嫌気がさしてキレた件だろ?」
 「そうそう...しっかし、あの影村って1年マジでこえぇな。」
 「あいつ、怖いって有名な女テニの副キャプテン黙らせたって...。」
 「ま、マジかよ。でもあれなら納得だわ。」
 「あぁ、やっぱ1年入ってから変わったよな。男子テニス部...。」

 ラケットバッグや布袋を担いだ男子テニス部メンバーを見る他の部活の部員達の顔は、最早圧倒的な強さを誇る肉食獣を見る様だった。武骨で精悍な男前な顔つきの影村。爽やかな美少年ながらもどこか隙の無い竹下。浮いているようで浮いていないギャル男の高峰。弱々しい見た目だが、コートの上では冷酷無慈悲な山瀬。2年生の山城は影村の草トーナメントでの試合を見て裏方へと回る決意をし、彼らとは別に顧問の長峰と別行動をとっていた。
 
 野球部、空手部、剣道部の面々は、照山と岡部、酒井が引退して世代の変わった男子テニス部の面々が歩いて校門を出ていく姿をじっと見つめていた。そこに今までの落ちこぼれだった男子テニス部の面影は微塵もなかった。女子テニス部の面々の中から一人の部員が飛び出して男子テニス部の前に立った。影村は立ち止まった。彼に続く面々も立ち止まる。

 「...男子テニス部待ちなさいよ。」
 「......。」

 影村と女子テニス部の部員がにらみ合う。影村は降ろした前髪から彼女を警戒するように睨みつけた。彼は徐に竹峰の方を振り向いた。

 「高峰、元カノか?」
 「冗談キッツイわ影村ッチ。女テニに彼女とか無いわー。」
 「そうか。行くぞ。バスの時間もある。」
 「フフッまたね。新しい女テニのキャプテンさん。」

 まるで相手にしようとしない男子テニス部員達に、女子テニス部のキャプテンである彼女は下唇を噛む。佐藤は彼女に同情の視線を向ける。全国へと行けるテニス部メンバーのうち今年のインターハイを最後に主戦力がごっそりいなくなった後の主将就任。吉永には遠く及ばない実力の中、部をまとめる立場となった彼女のプレッシャーも半端ないであろう。そんな彼女達からすれば、自分達が散々バカにしていた存在が、学校の外とはいえ全国クラスのメンバーが揃う部へと変身を遂げた。彼女達は男子テニス部へどこか嫉妬に似た思いを抱いていた様子だった。


 「...私は女子テニス部の新キャプテン!永井望ながいのぞみ!男子テニス部!学校での練習復帰を賭けて私達と勝負しなさい!」

 永井は熱血染みた表情で影村にラケットを向けて大きな声で叫んだが、彼女が持っているラケットと足が竦んで震えていた。建物の影で女子テニス部の部員達が様子を窺っていた。コートを取上げられ、部室を取上げられ、部活動報告会への脱退を宣言し、どのような功績を上げても学校からの支援は一切なし。この状況に追いこまれた上で、学校での練習復帰を餌に勝負を仕掛ければ必ず乗ってくるだろうと思っていた。しかしそれは影村の淡々とした態度により全ての意味を失った。


 「行くぞ。バスに乗り遅れる。」
 「バッハハ~イ☆↑」
 「高峰ぇ、ちゃんと挨拶しようよぉ。」
 「ノブノブ律ッ儀~☆↑」
 「んもぉ~。」

 影村がまるで彼女がそこに存在しなかったかのような態度で淡々と流れる様に校門を出ていく。竹下も爽やかな笑顔を彼女に見せて影村の後に続く。佐藤はどこか曇った表情を向けるとそのまま竹下の方へと向き直って後へと続く。高峰はまるで彼女を馬鹿にするように手を振ってチャラそうな挨拶をする。山瀬は彼女に一礼して後を追いかけて行った。

 「.........。」

 永井は呆然と立っていた。後ろから物陰に隠れて見ていた女子テニス部員達が駆け寄る。永井は蹲って泣いてしまった。呼吸は乱れ、心臓は大きく鼓動し体は震えていた。彼女は影村の圧倒的な圧に飲み込まれていた。後ろから見ていた重森は、自分がこれまで男子テニス部にしてきた仕打ちの数々を内心反省していた。彼女は永井がとても可哀想に思えて仕方がなかった。蹲って泣いている新米主将の永井、そしてそれを後ろから励ます副主将の三谷香苗みたにかなえ。悲しいかな。彼女達の世代を境に海生代高校の女子テニス部は栄光を失い、全国クラスの実力者が現れないまま晩年県中堅クラスの部活動へ転じてゆく事となる。

 「男子テニス部、一体どうしちゃったの?私あの人たち怖い...。」
 「私達、自業自得...なのかな...。」
 「......。」
 「そうね...元はといえば、男子テニス部を排除しちゃったのが事の始まりだったし...。」
 「...謝ってももう遅いよね...このままそっとしておくしか...。」

 女子テニス部員達は皆俯いた。自分達が見下し、半ば学校から追い出すようにコートと部室を取上げ、学校の支援が全くない状態へ追い込んだ。最初は面白がっての事だったが、全国クラスの天才と怪物を含めた新1年生達という過剰戦力が整っている。しかし、そんな彼らが全国出場という実績を上げたとしても、学校内では正当に評価されない。それどころか試合に勝ったことすら公にされないという誰が見てもえげつない呪いの様な状態へと陥っている。彼女達の心中は男子テニス部への罪悪感で溢れていた。

 「なぁ、影村。」
 「どうした。」
 「フフ、今日も練習頼むよ。」
 「...あぁ、任せろ。」

 影村と竹下。2人の会話は少ない。しかし2人の意思疎通は取れていた。言わなくても大体のことは分かる。影村はスイスで癖の強すぎる仲間達を相手に育ってきたこともあり、大抵のことは動じず色々な局面への対処ができた。佐藤は竹下と影村の言葉の少ない意思疎通を羨んだ。練習が始まり、竹下と影村はコート1面を使い、1球が終わらないラリーを行った。

 「.........。(これじゃだめだ...もっと...もっと回転を...パワーを...スタミナを!)」

 竹下は影村が考えた厳しい練習メニューを熟していく。高峰と山瀬は田覚の計らいにより無償で借りられたもう1面のコートでダブルスの練習を徹底して行っていた。

 「高峰、山瀬。インターハイの敗因はおそらく2人の位置取りだ。高峰はボールの予測はできているがフラット系の速い球を打ってくるストロークに後れを取ることがある。山瀬に頼ってばかりじゃその穴を突かれる。お前達を負かした三重県の五日市工業は2ゲーム目でそれに気が付いて穴をついて来たんだ。」

 「...はぁ...はぁ...はぁ...もう一回お願いします!」
 「お願いします!」

 息を上げる山瀬と高峰。悔しさをバネに彼らは時間を忘れて練習に没頭した。佐藤は2人のボールを見て、彼らがどんな動きをしているのか、どこへボールを打つ傾向が多いのかなどをノートに書いていた。竹下がコートに大の字に倒れて息を荒げているのを余所に、影村が高峰と山瀬のヒッティングをする為に彼らのコートへと移ってきた。

 「おう、相変わらずえげつないな。」
 「あぁ...少し慣れてきたようだ。前回よりも長く続いた。...佐藤。」
 「なに?」
 「竹下だが、ボールの回転量は足りている。だが細身なのか押しが足らない。体幹部と腕、胸筋周りのトレーニングのメニューを追加。あと、バックハンドが少々押される。肘が突っ張ってるから少し曲げる様に、後踏み込みが緩いから威力が半減する。それにバックハンドを闇雲にクロスへ打ち込む癖を改善したほうがいい。ダウンザラインくらったら身動きが取れなくなる。それも書いてくれ。」
 「わ、わかったわ...!(分析能力半端なっ!)」
 「影村、俺の仕事、俺の仕事。」
 「あぁ、田覚さん悪りぃ。」

 佐藤は最初は影村の事をサボり魔と疑ってかかっていたが、日々彼らに動きの指摘やボール出し、ラリー練習を行う風景を見て、照山の言っていたことは本当なのだと判断するしかなかった。佐藤はうれしい反面モヤモヤが納まらなかった。度々彼に突っかかっていた態度も自然と柔らかくなっていたが、彼が竹下と会話する場面を見るとどこか焼きもちを焼いたようにむくれる所はまだ直っていなかった。

 「今日の練習はここまでだ。」
 「フフ、皆並んで。田覚さん今日も練習ありがとうございました。」
 「ありがとうございました!」

 陣内東詰テニススクールでの練習を終えた影村と竹下が笹林亭へと入ってきた。店主は店に入って来た2人の方を見ると両手を腰に当てて声をかけた。

 「おぉ、いらっしゃい!すっかり常連ネ!」
 「...ふっ。」
 「フフッ」

 「わかってるヨ!いつものネ!」

 「あぁ、頼む。」
 「フフ、頼みます。」

 竹下と影村はカウンター席に座った。竹下は影村に練習後に話があると携帯端末のチャットアプリにメッセージを送っていた。竹下は一息つくと水の入ったコップを片手にとって一気に飲み干すとカウンターの台の上に置いてある水入れを手に取って、おかわりの水をコップへと注ぐ。

 「フフッ、すまない。練習後付き合わせてしまって。」
 「いいや...問題ねぇ。」
 「....そういえば2人でゆっくり話すのは久しぶりだな。」
 「最初にあったバス以来か?」
 「...それは前過ぎないかい?」
 「あいつが隣にずっといたからな。」
 「.........。」

 店主は神妙な顔をする竹下の顔を見ると、軽く眉を動かして小鉢にザーサイの漬物を取り竹下の前へ置いた。

 「サービスネ。」
 「フフッ、ありがとう。」

 竹下は割りばしを手に取り、ザーサイの漬物を食べながら相談事を口にした。

 「理恵華の事だ。」
 「佐藤か...大方予想はつく。」

 2人はその後、静かに会話もなく佇んでいた。店主は炒飯を炒めながらまだかまだかと2人の会話が再開するのを待っていた。結局二人は料理が運ばれてくるまで無言だった。

 「アイ!汁なし担々麺大盛+加州ナッツ増しと炒飯大盛、ラーメンとから揚げネ!」

 「フフッ、ありがとう。」
 「...おう...佐藤の事だったな。完全にお前の彼女だろ。」
 「告白もされてないんだが。」
 「あれだけくっ付けば誰が見てもそう思うだろ。」
 「...。」

 竹下は佐藤が恋人でもないのにスキンシップを取ってくるところ、そして事有る事に竹下の後をついてきたりと、滞在している下宿アパートに帰るまで中々一人になる事が出来ないでいた。影村は麺をすすりながら竹下の顔を見る。そこには普段見る爽やかな笑顔を振りまく彼の顔はなかった。これが信用できる人間に見せる素の表情なのだと影村は理解した。
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