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Moving On

manuscript.35

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 影村達は第3回戦の勉三方製薬テニス部を3-0で破り、順当に勝ち進む。矢留、八神のチームも圧倒的スコアで勝ち進む。全国5人の天才2人が破竹の勢いで勝ち進む、そして東越大のシングルス1である影村達の情報も瞬く間に会場へと広まった。

 第4試合前、休憩時間。

 影村はバナナとカステラ、バランス栄養食のクッキーを中心に食べて糖類を摂取していた。徹底した栄養管理、普段の食生活も自己で管理している彼は一切の妥協がなかった。

 「影ちゃん、それで足りるの?」
 「あぁ、消化は早い方がいい。1時間半後に試合なら尚更だ。」
 「フフフ、いつも通りで安心するよ。」
 
 影村はそれらをよく咀嚼してスポーツドリンクを飲んだ。満腹中枢を上げて、尚且つ咀嚼して噛み潰すことによって消化を良くして体へ吸収されるようにしていた。彼はイヤホンを耳に刺してパーカーを羽織ってフードを頭にかぶった。瞑想モードに入るためだった。影村は脳内で自分がこれまでに戦ってきた強者らが打つボールをシミュレートしてラリーを行った。イメージは力になることを彼は知っている。

 「....影ちゃん、本当にいつも通りだね。」
 「俺、あいつクラスに溶け込めているのか心配になって来たわ。」
 「森野は大げさだなぁ。影ちゃんがクラスに溶け込めるわけないじゃないか。目標の違う者達が集まった集団の中で馴染んではいけない。特にこのスポーツで、それもシングルスで強くなり続けるためにはね。突出した個性が必要なんだ。常に自分のペースを崩さない。特にメンタル面ではね。これが鉄則だよ。」


 敏孝はにっこり笑う。彼の言葉には説得力があった。影村は我が道を行くを地で行く性格だった。口数は少なく。常に物事を考えて行動する。それ故か、学校のクラスでは寡黙に授業を受け、学校のレクリエーションには参加せずに直ぐに帰宅しては草トーナメントへと向かう。そんな彼はクラスに溶け込むどころか、女子テニス部の3人組の事もあってか、完全に遺物扱いだった。幸い体格と圧倒的な威圧感が功を奏してか虐めやからかいとは無縁だった。

 信行は影村の方をじっと見つめていた。自分にはない男らしい精悍な顔つき。彼は、影村の試合を始めて見た時から、彼の男らしさに憧れていた。信行は試しに力こぶを作るも非力な腕にがっかりした様子で肩を落とした。すると兄の敏孝が一方的に信行と肩を組んで囁くように言う。

 「フフフ...。毎朝の10㎞全力ダッシュランニング、鉄棒で片腕ずつ懸垂。そのままぶら下がっての腹筋のセットを何度も繰り返し、そして反復横跳びの3本ライン上で、スライド移動往復切り返しをノンストップ20分間。これ影ちゃんが毎朝やってるトレーニングのメニューの一端だよ。ウフフ。ノブも明日からー」

 「やりませんっ!」

 信行は敏孝の手を振りほどいて拒否した。が、内心影村が毎朝公園で敏孝の言っていたメニューを寡黙に行っている姿を想像しただけでゾッとした。信行は自分達が座っているベンチに誰かが歩いてくるのを見かける。八神だった。彼は銀色のジャージの上着のポケットに手を突っ込み、影村の前へと立った。

 「次の試合のシングルス1、期待している。この俺からどれだけのポイント、ゲームを奪ってくれるのか。俺を追い詰めるのか...せいぜい楽しませてくれ。」

 「............。」

 影村は何の反応もなかった。イヤホンで音楽を聴いている上にフードを被って下を向いて佇んでいる。何とも言えない八神の空回りぶりに噴き出す敏孝と森野。そしてそれを見て静かに顔を覆って笑う信行だった。八神の右側の眉毛がピクピクと動く。

 「フフフ。君は5人の天才と名高い八神君だったね。」
 「......。(山森ペアの山瀬敏孝か。)」
 「...君は次の試合で影ちゃんと当たる。その時の君は、たぶんどこまで食い下がれるか...という状況に陥るよ。」
 「.....どういうことだ。」
 「フフ、今にわかるよ。(影ちゃんは国内の大会で、全く本気を出していないのだからね。)」
 「その男に伝えておいてくれ。期待はしていると。」

 八神は自分のベンチへと戻って行った。その途上で遠くから影村の事を見ている矢留を見つける。八神は矢留の方を見る。矢留はぎらついた眼で八神の方を見る。八神は鼻で彼を笑ってベンチへと受かっていった。矢留は静かに影村の方を見ると、飲み物を買いに行こうと管理棟へと向って行った。そんな矢留の後姿を信行が見ていた。

 第4回戦 2番コート 東越大男子庭球同好会(凄)対 神奈川商工大学

 「 東越大男子庭球同好会(凄)対 神奈川商工大学の試合を始めます。 」

 「お願いシャ―――ッス!」

 ベースライン上で互いのチームが礼をする。両チームが頭を上げるとそれぞれがまたベンチへと戻ってゆく。影村と八神はそれぞれコート中央のネットと審判台がある付近へと歩きだす。影村は淡々とした表情で八神と向かい合う。八神はまるで自分こそが王者だと云わんばかりに影村を見上げながら見下す表情を浮かべる。

 「では、これからシングルス1、影村さんと八神さんの試合を始めます。コイントスを行います。裏が八神さー」
 「お前サーブ打て。」
 「...審判に従え。」
 「......っち。」

 八神は舌打ちをする。その姿を見て不敵な笑みを浮かべる敏孝。森野は八神を軽くあしらう影村にどこかすがすがしさを感じている。相沢は東越大のメンバー達をみて不思議がっていた。

 「おい、相沢。どうした。」
 「いや、いつもの東越大じゃあ、俺と鈴子だったのにな。今回は両チームシングルス1で助っ人2人。シングルス2で俺と鈴子が当たる。一方はマスコミにだんまりを決め込んでお忍びで参加した5人の天才の八神。そしてもう一人は、1回戦で圧倒的実力で企業専属のプロを叩き潰した影村という同年代の選手だ。」
 「考えすぎだろ。如何にあいつでも、八神には勝てねぇよ。」
 「......。」

 メンバーの言葉に「果たしてそうだろうか」といった表情で考え込む相沢。彼は影村の方を見た。相沢は影村の体格が改めて高校生のそれを逸脱しており、恐ろしいことに絶賛成長中であるという事に気が付く。そして彼は影村の露出している腕の筋肉を見る。血管が浮き出る程に隆起した筋肉。相沢は不安を抱いた。

 「では表が出ました。」
 「サーブだ。」
 「.....とるんかい。」

 影村がサーブ権を断ってサーブ権を得た事に、八神は思わず流れる様に無表情で突っ込みを入れる。影村は審判からボールを貰う。一つをポケットに入れてもう一つをラケットで突きながらベースラインへと下がる。八神もベースラインへと下がる。

 「キャー!八神様ぁ!」
 「がんばってー!」
 「かっこいい!」
 「キャー!こっち向いてぇ!」

 神奈川商工大学勢は黄色い声援を送る中高生の女子達を横目に、無言で試合を見ている。第1試合からずっとこの調子のため、八神の応援をする彼女達の雰囲気に慣れてしまっていた。

 「フフフ...ノブ。よく見るんだよ。俺が影ちゃんを強いよといった理由をさ。」
 「僕、第1試合から見たけど、影村君の実力はもう国内プロのトップクラスなんだね。」
 「フフフ...ハッハッハ。」
 「何がおかしいのさぁ。」
 「影ちゃんが国内プロ?笑わせないでくれ。あの子は未だこの国に帰ってきて、本気なんて出したことはないよ。」
 「...え?」

 影村は声援が納まるのを待っていた。審判は黄色い声援を送り続ける中高生の女子達を睨む。応援の女子達はピタリと静かになる。

 「......。(あー素晴らしい。よく訓練されてるわー。)」

 鈴子は中高生の女子達を見て、よく訓練された八神の信者であると引いた表情になっていた。森野も顔が引き攣っていた。山口はその集団の中から可愛い子を見つけようと一生懸命彼女達を注視するも、鈴子に止められた。

 「.........。(さぁ、影村とやら。どこへ何を打ってくる。なんのサーブだ。フラットか。スライスか。)」

 「............。」

 影村は只々作業をする工場職員のような淡々と物事を熟す様な顔つきでラケットでボールを突く。静かになったのをやめると、彼はボールを1回だけ手で突いて構える。桃谷と矢留は八神の試合を見ていた。矢留は影村の試合姿を初めてみる。影村はトスを上げる。極端なクローズスタンスに精密なトス。そして全く無駄を省いた無理のない自然体な膝の曲げ、体の捻じり、そして重心移動。観客席から見ていた矢留はゾッとした。そして思わず影村のフォームについて無意識に感想を口に出してしまった。

 「......綺麗。」

 桃谷は矢留を見て、自分も第3試合で見た、影村の試合中のサービスフォームを初めて見た時の事を思い出す。同じことを思ったようで、彼女は矢留の意見に賛同した。影村はラケットを振った。八神は次の行動へ移るため影村のサーブの予測を行う。しかしここで彼に思いもしない事態が起きることとなった。今まで彼は数多のプレーヤーを沈めてきた。天才の5人以外彼に挑む資格などないと云わんばかりの実力で全国の中学生、年上は高校生を捻じ伏せて来た。そんな彼がこの日、今までに自分が経験しなかったであろう不測の事態に陥る。

 影村のサーブは八神のコートサービスラインのセンターへとバウンドする。ボールはそのまま八神が認知しない速度で彼の横を通過する。読めない球種とコース。そしてラケットが猛烈な勢いでボールに直撃する音を出したそのサーブが会場をシーンとさせる。相沢を含めた神奈川商工大学のメンバーらも、応援に来ていた観客らも、噂を聞きつけてやって来た他のチームの選手やメンバー達。近所のテニス好きの少年少女達。その全てが影村のサーブに目を奪われる。球種フラットサーブ、コースは相手コートのセンター...。


 その速度 232.75㎞/h 。


 会場中がシーンと静まり返る。八神は目を見開いたまま固まる。ボールは八神の後ろのフェンスの網の穴を突き抜け、そこに居た観戦者が咄嗟にフェンスで勢いの殺されてただ浮いただけのボールをキャッチしたまでの、その僅かコンマ数秒の時間がとてつもなく長いものに感じた。八神の顔は何か恐ろしい怪異を見た様な表情へと変わる。それは神奈川商工大学のメンバーも同じで、隣にいた八神を応援する中高生の女子達や少年少女達も同様だった。

 「フィ...15-0」


 「うわぁぁぁぁぁ!」
 「おい!なんだ今の!ムービー撮ったか!?」
 「何つー打音だよ!」
 「めっちゃ速えぇぇぇぇ!」
 「見えなかったわ!審判よく見えたな!」

 影村のごあいさつ程度のサーブに興奮するベンチの観客達。八神はラケットを持ったまま固まっている。矢留も桃谷も同じく固まった。桃谷は自分がこれまで築きあげてきたテニスの知識、常識が大きな音をたてながら一気に崩壊したのを感じた。八神は影村の打った、たった1発のサーブが力まかせなまぐれの産物ではない事。そしてこのサーブが八神自身が何を考えているのか、どこへ撃てばどう動くか、どう返すか、その穴は突けるかなどをすべて計算された上で撃ち込まれたものであるとすぐに理解した途端、背筋に異常な冷たさを感じた。


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