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Moving On
manuscript.32
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鹿子不動産グループ主催 鹿子テニス団体戦トーナメント。通称、鹿子テニスフェスティバルと呼ばれるこの大会は、千葉県で開かれる白子テニスフェスをもじって10年前から開催されたイベントで、主に鹿子不動産グループ企業内のテニス部社員、契約している日本リーグのプロテニスプレーヤー、企業と提携している学校のテニス部が参加できる。鹿子不動産は全国各地に病院、私立学校、その他公共施設に幅広い実績を持つ超有名企業。日本テニス協会連盟にも役員がいる程である。
静岡県 私立富士宮恵泉学園 男子テニス部 ベンチ
2年生で鉄子と呼ばれる桃谷百合子は相変わらずの無表情でメンバー達へ次の試合相手の情報を伝え始める。
「...今日の1回戦は鹿子モルボティック製薬のテニス部とよ。去年は3回戦で当たったわ。メンバーは事前の打ち合わせ通り行きましょう。新人戦を終えた1年生にとっても、プロと対決する事はいい刺激になるでしょうから。今回は矢留君を始め、全国クラスの精鋭達が揃ってるわ。」
桃谷は日の光に反射して光っているメガネをクイッと上げる。メモ帳の1ページに、シングルス1は1年生エースの矢留誠二、シングルス2は嶋藤誠吾、ダブルス1は1年生の清代慎・園部孝之、ダブルス2は2年生の高羽健司・佐竹重行、シングルス3は2年生の森本剛と書かれていた。
「さすがだな鉄子、シングルス1は矢留、2は俺。ダブルスは清代と園部の2人だ。いいな矢留。」
「.........。」
「......。(毎度思う、矢留なんか言ってくれぇ!)」
「......はい。」
「....。(それだけかぁ!相変わらず反応うっす!)」
主将の藤嶋は腕を組んで彼女の方を見る。桃谷はどこか遠くを見ていた。藤嶋は彼女の目線の先を追った。その先には東越大の面々と、影村の姿があった。彼女は東越大のチームへと歩いていく。宮恵泉学園の面々は彼女の珍しい行動に目を丸くした。
「...や、やべぇっ鉄子の奴が前回ベスト4のチームの方にいくぞ。」
「相手チームに喧嘩売りに行ったんじゃないだろうな。」
「鉄子先輩って宣戦布告しに行くタイプなんですか?」
「矢留、たぶん違うと思うぞ。」
桃谷はメガネを光らせながら影村の後ろへと近づく。東越大の面々達がどの様なかチームかを見るのもあったが、大方の目的は影村へ先ほど自転車を直してもらったお礼をする為であった。彼女は東越大チームの2メートルほど近くで止まって柄にもなくソワソワしていた。
「4回勝てば、明日まで生き残れるね。影村君。」
「あぁ。」
「おう、影。この大会は気楽にいきな。公式戦じゃねぇし、それにプロも稼ぎたくて出場する大会だ。負けたって誰も文句は言わねぇさ。」
「わかった。森野さん。」
桃谷は影村と森野のやり取りを見た後、山瀬らの方へと眼をやった。噂の山森ペアの超反射神経という能力を持つ選手。彼女はインカレのダブルスの頂点争いに君臨する前衛がどのような人物なのかを見てみたかったようだ。
「あー!お兄ちゃん僕の女の子キャラのコスプレ写真見せるのやめてよぉ!」
「いいじゃん、すっごく可愛く映ってるよ。流石俺だ。化粧とか完璧じゃん。キリッ!」
「いーやーだー!やーめーろぉー!」
「えー、でも次の大学祭はノブも参加してもらうよ!ん~また一稼ぎできそう。フフフッ...。」
「いやぁぁ!」
桃谷は顔を引き攣らせていた。気を取り直して、インカレシングルス上位争いで有名な鈴子と山口の方を見る。
「鈴子、プロだ...緊張する...吐きそう。」
「山口、お前試合ほぼでない側だろ...。」
「な、なんだよそれ!お前らが2-2になったら出ないといけねぇじゃねぇか!」
「相手プロなんだから、負ける時はすぐ終わっちまうよ。つーかプロ選手とは影村が当るだろ。大体のチームがプロをシングルス1に入れるんだからよ。それともプロにビビってる?」
「ビビって、ビビって、ビビビビってねぇし!」
「ビビってんじゃねーの。」
「ビビってねーよ!やんのか!」
「お、やってやるよ目の前のコートで試合だ!」
「あー、二人共。俺のばあちゃんからおはぎの差し入れたぜ。」
「あざーっす!」
「あざーっす!」
桃谷はどこか困惑した顔で東越大の面々を見ていた。宮恵泉学園の面々は桃谷が止まったまま動かないことを珍しく思った。
「お、おい森本。あのポーカーフェースで誰にも動じない鉄子が...。」
「マジかよ...藤嶋。俺鉄子がああなるの初めて見たんだが。」
「へぇ...鉄子先輩でもああいうことあるんすね。この前校内にバイク乗りまわしてたヤンキーにも動じずに堂々とメガホン持って抗議してたから。」
「清代....彼女も人間だ...一応。」
「わかってるよ。冗談だよ矢留。」
桃谷は影村が立ち上がる姿を見上げる。森野がそれに気が付いて彼女の方を見る。桃谷が影村の背中を見上げたり一歩踏み出そうとして止めたりするところを見てムフフと笑う。そして肘で影村の脇腹を軽く何度か突く。
「おい、影村。後ろの子が用があるってよ。ほら、そこの青色のジャージの子。」
「........?」
影村は桃谷の方を振り向く。彼女は影村の顔を見る。肌は若々しく、表情は精悍で男らく、その瞳は彼女を狙う猛獣か猛禽類のように鋭かった。桃谷は一歩引いてしまった。桃谷は影村に頭を下げた。
「あ、あの!先ほどはありがとうございました。」
「あぁ...チェーン。変えときな。」
「は、はい!」
影村は低いドスの利いた声で返事する。彼女は一礼を終えた後、影村の姿をよく見る。彼女はもしやと思い、影村に一つの質問をした。
「あなた、学生さんなんですか?」
「高校1年だ。」
「わかりました。ありがとうございました。」
桃谷はきびすを返して宮恵泉学園のベンチへと戻って行った。彼女は思考を加速させながら影村の体格を分析する。彼女の知っているパターンの人体の発育状態ではなかった。全てが日本人離れしている影村の体格を分析しようにも、彼が1日どれぐらいのトレーニングを行っているのかが全く見当がつかなかった。
「.........。(...高1であれ?あの体格と肉付きで?ってことは、まだ成長途上!?でもあの筋力、いったいどれだけのトレーニングを。それに栄養管理は...何かがおかしいわ。)」
桃谷が戻って行くところを見て、宮恵泉学園のベンチは無表情で桃谷を見た。
「おいおい、鉄子にも春が来たのか?」
「あぁ、あの超大真面目の堅物が?冗談よせよ。」
「お、俺、鉄子先輩のあんな困惑した顔初めてっす。」
「あぁ、言ってなかったな清代。鉄子は分析不可能なことがあるとあんな顔をするんだ。」
「マジすか...マジAIじゃないすか。」
桃谷はメガネをクイッと上げて男子達と一気に距離を詰める。彼女が立ち止まると男子達はびしっと気を付けをする。
「あなた達。さっきから好き勝手言ってくれるわね。そういえば加藤さんの姿が見えないわね。」
「......。(地獄耳かよ。)」
「か、加藤先輩なら差し入れを運んでくるとかで、先生と移動中です!」
「清代君、ありがとう。」
「.........。」
「ふふ、矢留君は相変わらずね。」
矢留は早く試合がしたくてうずうずしていた。そんな彼らを横目にもう一つのチームが通りかかる。特別参加枠に八神のいる神奈川商工大学の面々だった。八神は矢留の方を見つめる。彼も静かに彼の方を見つめる。
「矢留君。どうしたの?」
「.........。」
桃谷が矢留に声をかけるも反応がない。彼女は矢留の視線の先に八神がいる事に気が付く。八神はどこか見下したような表情で矢留を見る。
「...あれが八神君。全中シングルストップの実力者故の余裕な面構えね。」
「...はい。竹下をストレートで倒した人です。性格はよくありません。」
「高飛車って有名ね。さっさと勝ち上がって、対戦しないとね。」
「えぇ...」
八神は何もなかったかの様にチームの後へと続いた。矢留の視線は八神の後を追う。その先には東越大の面々達が居た。神奈川商工大学チームの相沢恵介と敏孝の目が合う。敏孝が立ち上がる。森野も後ろへと続く。するとそれを見た鈴子と山口、信楽も立ち上がって敏孝の下へと集まっていく。山瀬信之はあたふたし始める。睨み合う集団の中に八神の姿もあった。彼は東越大をなめてかかるような表情で見ていた。
「おうおうおう。神奈川商工大学の相沢さんではありませんか。」
「森野君...山瀬君...相沢さんが来ましたよぉ?」
「相変わらず元気そうすねぇ...今ここで半殺しにしてもいいんすよ?」
「森野君は相変わらず物騒ですねぇ...でも、今回我々は勝ちに来たんですよ...。ほらぁ...5人の天才のトップがここに来ました...あんたら精々プロと当って終わってください。俺達優勝しますから。宜しくどうぞ。」
「へぇ...相沢君。うちも今年勝つつもりで来たんですよぉ...ビッグな助っ人読んでるし...どっちが勝つのか楽しみですねぇシングルス1。おやぁ、ダブルスの北瀬川君じゃないですかぁ。今回も全部ボール止めさせてもらいますよ...フフフ。」
「山瀬敏孝、やれるもんならやってみろ...。」
宮恵泉学園の面々は大学生の集団同士が固まって睨み合っている所を見て足が震えていた。清代は矢留の方を見る。矢留はじっと八神の方を見ている。八神も東越大の方を見ている。まさに一触即発だった。
桃谷は大学生達が立っている空間が歪んで見えた。影村は呆れた顔で睨み合っている集団の真中に入る。神奈川商工大学の面々はいきなり現れた影村に目を奪われる。相沢はただでかいだけでなくその日本人離れした筋肉量と締まり具合を見て一歩引いた。
「......。(な、何だこいつ...軍隊かよ。つーか、欠陥浮いてるとかどんだけ体脂肪率低いんだ。)」
「悪りぃな。もうすぐ試合だ。邪魔しないでくれ。」
たじろぐ大学生達。そんな中、八神はいきなり現れた大男に、矢留と同じく好奇の視線を送った。龍谷、矢留、八神。天才達は何れも試合前に直感で影村のコート上の強さを予測した。それは竹下も同じだった。天才5人だけで潰し合った退屈な中学時代よりも、刺激に満ち溢れている高校生のトーナメントに共通したある種の憧れを持っていた。
才能の開花、体格の逆転、技量の逆転、経験の差がものをいう試合へのメンタリティ。そのどれもが彼らにとって新しく、そして彼らにとって新たな試練となって現れる。八神は前へ出た。身長差15センチ。体格差は比べるまでも無く影村が大きい。そんな彼と向き合うもそれは好奇心からだった。
「お前、名前は。」
「影村だ。」
「そうか。俺は―」
「言わなくてもわかる。4回戦目で会おう。」
「...フッ。お前、幾つだ。」
「年齢なんて聞く必要があるのか?」
「...そうだな。近いうち、ここではなく公式戦で会いそうだ。」
八神は小さく笑うと管理等の方へと向って行った。影村は彼の背中を目線で追う。そしてその後を追うように大学生達が続いた。
「フフッ...やっぱ影ちゃんがいると威圧感でみんな怖がるなぁ。ねー森野。」
「あぁ、最初日本に帰ってきた時は、まさかあの時の小柄な12・3のガキがここまデカく成長するとは思ってもなかったぜ。」
「怖いすか?自然体っすよ?」
「アッハッハッハッハ!影ちゃんここは日本だよ。」
「アウトローはほぼいねぇよ。だから安心しなって影。」
森野と敏孝は影村の背中を叩いた。影村はラケットを取り出す。信行は400gある影村のラケットを見て固まる。そして影村を見上げた。
“横井山テクノサーブテニス部・東越大男子庭球同好会(凄)試合を始めてください...フフッ”
「今、アナウンスの女の子笑ったよな。つーか()の中も読むんだな。ファミレスの順番待ちみてぇ。」
「そりゃぁ、山口が(凄)なんてつけるからそうなるんだろうが。」
「んだと森野。影村が入って超絶アップグレードしたって思って付けたんだぞ。」
「まぁ、強けりゃ誰も文句言わないだろうさ......っしゃ行くぞ!」
「っしゃぁ!」
鈴子が第1回戦を前に、掛声と共にそれに答えたメンバー全員がコートへと入っていった。その圧たるや、流石は東越大というインカレ屈指の名門大学という印象を周囲へと知らしめる。そして天才達へ第3の強力な選手の登場を予見させた。
静岡県 私立富士宮恵泉学園 男子テニス部 ベンチ
2年生で鉄子と呼ばれる桃谷百合子は相変わらずの無表情でメンバー達へ次の試合相手の情報を伝え始める。
「...今日の1回戦は鹿子モルボティック製薬のテニス部とよ。去年は3回戦で当たったわ。メンバーは事前の打ち合わせ通り行きましょう。新人戦を終えた1年生にとっても、プロと対決する事はいい刺激になるでしょうから。今回は矢留君を始め、全国クラスの精鋭達が揃ってるわ。」
桃谷は日の光に反射して光っているメガネをクイッと上げる。メモ帳の1ページに、シングルス1は1年生エースの矢留誠二、シングルス2は嶋藤誠吾、ダブルス1は1年生の清代慎・園部孝之、ダブルス2は2年生の高羽健司・佐竹重行、シングルス3は2年生の森本剛と書かれていた。
「さすがだな鉄子、シングルス1は矢留、2は俺。ダブルスは清代と園部の2人だ。いいな矢留。」
「.........。」
「......。(毎度思う、矢留なんか言ってくれぇ!)」
「......はい。」
「....。(それだけかぁ!相変わらず反応うっす!)」
主将の藤嶋は腕を組んで彼女の方を見る。桃谷はどこか遠くを見ていた。藤嶋は彼女の目線の先を追った。その先には東越大の面々と、影村の姿があった。彼女は東越大のチームへと歩いていく。宮恵泉学園の面々は彼女の珍しい行動に目を丸くした。
「...や、やべぇっ鉄子の奴が前回ベスト4のチームの方にいくぞ。」
「相手チームに喧嘩売りに行ったんじゃないだろうな。」
「鉄子先輩って宣戦布告しに行くタイプなんですか?」
「矢留、たぶん違うと思うぞ。」
桃谷はメガネを光らせながら影村の後ろへと近づく。東越大の面々達がどの様なかチームかを見るのもあったが、大方の目的は影村へ先ほど自転車を直してもらったお礼をする為であった。彼女は東越大チームの2メートルほど近くで止まって柄にもなくソワソワしていた。
「4回勝てば、明日まで生き残れるね。影村君。」
「あぁ。」
「おう、影。この大会は気楽にいきな。公式戦じゃねぇし、それにプロも稼ぎたくて出場する大会だ。負けたって誰も文句は言わねぇさ。」
「わかった。森野さん。」
桃谷は影村と森野のやり取りを見た後、山瀬らの方へと眼をやった。噂の山森ペアの超反射神経という能力を持つ選手。彼女はインカレのダブルスの頂点争いに君臨する前衛がどのような人物なのかを見てみたかったようだ。
「あー!お兄ちゃん僕の女の子キャラのコスプレ写真見せるのやめてよぉ!」
「いいじゃん、すっごく可愛く映ってるよ。流石俺だ。化粧とか完璧じゃん。キリッ!」
「いーやーだー!やーめーろぉー!」
「えー、でも次の大学祭はノブも参加してもらうよ!ん~また一稼ぎできそう。フフフッ...。」
「いやぁぁ!」
桃谷は顔を引き攣らせていた。気を取り直して、インカレシングルス上位争いで有名な鈴子と山口の方を見る。
「鈴子、プロだ...緊張する...吐きそう。」
「山口、お前試合ほぼでない側だろ...。」
「な、なんだよそれ!お前らが2-2になったら出ないといけねぇじゃねぇか!」
「相手プロなんだから、負ける時はすぐ終わっちまうよ。つーかプロ選手とは影村が当るだろ。大体のチームがプロをシングルス1に入れるんだからよ。それともプロにビビってる?」
「ビビって、ビビって、ビビビビってねぇし!」
「ビビってんじゃねーの。」
「ビビってねーよ!やんのか!」
「お、やってやるよ目の前のコートで試合だ!」
「あー、二人共。俺のばあちゃんからおはぎの差し入れたぜ。」
「あざーっす!」
「あざーっす!」
桃谷はどこか困惑した顔で東越大の面々を見ていた。宮恵泉学園の面々は桃谷が止まったまま動かないことを珍しく思った。
「お、おい森本。あのポーカーフェースで誰にも動じない鉄子が...。」
「マジかよ...藤嶋。俺鉄子がああなるの初めて見たんだが。」
「へぇ...鉄子先輩でもああいうことあるんすね。この前校内にバイク乗りまわしてたヤンキーにも動じずに堂々とメガホン持って抗議してたから。」
「清代....彼女も人間だ...一応。」
「わかってるよ。冗談だよ矢留。」
桃谷は影村が立ち上がる姿を見上げる。森野がそれに気が付いて彼女の方を見る。桃谷が影村の背中を見上げたり一歩踏み出そうとして止めたりするところを見てムフフと笑う。そして肘で影村の脇腹を軽く何度か突く。
「おい、影村。後ろの子が用があるってよ。ほら、そこの青色のジャージの子。」
「........?」
影村は桃谷の方を振り向く。彼女は影村の顔を見る。肌は若々しく、表情は精悍で男らく、その瞳は彼女を狙う猛獣か猛禽類のように鋭かった。桃谷は一歩引いてしまった。桃谷は影村に頭を下げた。
「あ、あの!先ほどはありがとうございました。」
「あぁ...チェーン。変えときな。」
「は、はい!」
影村は低いドスの利いた声で返事する。彼女は一礼を終えた後、影村の姿をよく見る。彼女はもしやと思い、影村に一つの質問をした。
「あなた、学生さんなんですか?」
「高校1年だ。」
「わかりました。ありがとうございました。」
桃谷はきびすを返して宮恵泉学園のベンチへと戻って行った。彼女は思考を加速させながら影村の体格を分析する。彼女の知っているパターンの人体の発育状態ではなかった。全てが日本人離れしている影村の体格を分析しようにも、彼が1日どれぐらいのトレーニングを行っているのかが全く見当がつかなかった。
「.........。(...高1であれ?あの体格と肉付きで?ってことは、まだ成長途上!?でもあの筋力、いったいどれだけのトレーニングを。それに栄養管理は...何かがおかしいわ。)」
桃谷が戻って行くところを見て、宮恵泉学園のベンチは無表情で桃谷を見た。
「おいおい、鉄子にも春が来たのか?」
「あぁ、あの超大真面目の堅物が?冗談よせよ。」
「お、俺、鉄子先輩のあんな困惑した顔初めてっす。」
「あぁ、言ってなかったな清代。鉄子は分析不可能なことがあるとあんな顔をするんだ。」
「マジすか...マジAIじゃないすか。」
桃谷はメガネをクイッと上げて男子達と一気に距離を詰める。彼女が立ち止まると男子達はびしっと気を付けをする。
「あなた達。さっきから好き勝手言ってくれるわね。そういえば加藤さんの姿が見えないわね。」
「......。(地獄耳かよ。)」
「か、加藤先輩なら差し入れを運んでくるとかで、先生と移動中です!」
「清代君、ありがとう。」
「.........。」
「ふふ、矢留君は相変わらずね。」
矢留は早く試合がしたくてうずうずしていた。そんな彼らを横目にもう一つのチームが通りかかる。特別参加枠に八神のいる神奈川商工大学の面々だった。八神は矢留の方を見つめる。彼も静かに彼の方を見つめる。
「矢留君。どうしたの?」
「.........。」
桃谷が矢留に声をかけるも反応がない。彼女は矢留の視線の先に八神がいる事に気が付く。八神はどこか見下したような表情で矢留を見る。
「...あれが八神君。全中シングルストップの実力者故の余裕な面構えね。」
「...はい。竹下をストレートで倒した人です。性格はよくありません。」
「高飛車って有名ね。さっさと勝ち上がって、対戦しないとね。」
「えぇ...」
八神は何もなかったかの様にチームの後へと続いた。矢留の視線は八神の後を追う。その先には東越大の面々達が居た。神奈川商工大学チームの相沢恵介と敏孝の目が合う。敏孝が立ち上がる。森野も後ろへと続く。するとそれを見た鈴子と山口、信楽も立ち上がって敏孝の下へと集まっていく。山瀬信之はあたふたし始める。睨み合う集団の中に八神の姿もあった。彼は東越大をなめてかかるような表情で見ていた。
「おうおうおう。神奈川商工大学の相沢さんではありませんか。」
「森野君...山瀬君...相沢さんが来ましたよぉ?」
「相変わらず元気そうすねぇ...今ここで半殺しにしてもいいんすよ?」
「森野君は相変わらず物騒ですねぇ...でも、今回我々は勝ちに来たんですよ...。ほらぁ...5人の天才のトップがここに来ました...あんたら精々プロと当って終わってください。俺達優勝しますから。宜しくどうぞ。」
「へぇ...相沢君。うちも今年勝つつもりで来たんですよぉ...ビッグな助っ人読んでるし...どっちが勝つのか楽しみですねぇシングルス1。おやぁ、ダブルスの北瀬川君じゃないですかぁ。今回も全部ボール止めさせてもらいますよ...フフフ。」
「山瀬敏孝、やれるもんならやってみろ...。」
宮恵泉学園の面々は大学生の集団同士が固まって睨み合っている所を見て足が震えていた。清代は矢留の方を見る。矢留はじっと八神の方を見ている。八神も東越大の方を見ている。まさに一触即発だった。
桃谷は大学生達が立っている空間が歪んで見えた。影村は呆れた顔で睨み合っている集団の真中に入る。神奈川商工大学の面々はいきなり現れた影村に目を奪われる。相沢はただでかいだけでなくその日本人離れした筋肉量と締まり具合を見て一歩引いた。
「......。(な、何だこいつ...軍隊かよ。つーか、欠陥浮いてるとかどんだけ体脂肪率低いんだ。)」
「悪りぃな。もうすぐ試合だ。邪魔しないでくれ。」
たじろぐ大学生達。そんな中、八神はいきなり現れた大男に、矢留と同じく好奇の視線を送った。龍谷、矢留、八神。天才達は何れも試合前に直感で影村のコート上の強さを予測した。それは竹下も同じだった。天才5人だけで潰し合った退屈な中学時代よりも、刺激に満ち溢れている高校生のトーナメントに共通したある種の憧れを持っていた。
才能の開花、体格の逆転、技量の逆転、経験の差がものをいう試合へのメンタリティ。そのどれもが彼らにとって新しく、そして彼らにとって新たな試練となって現れる。八神は前へ出た。身長差15センチ。体格差は比べるまでも無く影村が大きい。そんな彼と向き合うもそれは好奇心からだった。
「お前、名前は。」
「影村だ。」
「そうか。俺は―」
「言わなくてもわかる。4回戦目で会おう。」
「...フッ。お前、幾つだ。」
「年齢なんて聞く必要があるのか?」
「...そうだな。近いうち、ここではなく公式戦で会いそうだ。」
八神は小さく笑うと管理等の方へと向って行った。影村は彼の背中を目線で追う。そしてその後を追うように大学生達が続いた。
「フフッ...やっぱ影ちゃんがいると威圧感でみんな怖がるなぁ。ねー森野。」
「あぁ、最初日本に帰ってきた時は、まさかあの時の小柄な12・3のガキがここまデカく成長するとは思ってもなかったぜ。」
「怖いすか?自然体っすよ?」
「アッハッハッハッハ!影ちゃんここは日本だよ。」
「アウトローはほぼいねぇよ。だから安心しなって影。」
森野と敏孝は影村の背中を叩いた。影村はラケットを取り出す。信行は400gある影村のラケットを見て固まる。そして影村を見上げた。
“横井山テクノサーブテニス部・東越大男子庭球同好会(凄)試合を始めてください...フフッ”
「今、アナウンスの女の子笑ったよな。つーか()の中も読むんだな。ファミレスの順番待ちみてぇ。」
「そりゃぁ、山口が(凄)なんてつけるからそうなるんだろうが。」
「んだと森野。影村が入って超絶アップグレードしたって思って付けたんだぞ。」
「まぁ、強けりゃ誰も文句言わないだろうさ......っしゃ行くぞ!」
「っしゃぁ!」
鈴子が第1回戦を前に、掛声と共にそれに答えたメンバー全員がコートへと入っていった。その圧たるや、流石は東越大というインカレ屈指の名門大学という印象を周囲へと知らしめる。そして天才達へ第3の強力な選手の登場を予見させた。
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いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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