上 下
39 / 113
Moving On

manuscript.28

しおりを挟む
 診療所で診察と手当を終えた山城。診療所の前に1台の白いワンボックスカーが走ってきた。診療所の前でハザードランプを明滅させる車両の運転席から、1人のお洒落な髪形をした女性が出てきた。

 「啓太!あんたどうしたの!」
 「...姉ちゃん。」
 「で、あんたやったの誰!そっちのヤーコーか!?あぁ!?」
 「助けてくれた恩人だ!やめてくれ姉ちゃん!」

 山城の姉は腕まくりしながら影村に向って行ったが山城が一生懸命彼女を止める。女性は我に返ると影村の迫力に言葉を失う。

 「吉沢、里川、沖田...ってあんたと同じ部活だった子達じゃない。1年生の時よく話してたじゃん。」
 「...あぁ。」
 「どうしてさ。仲良かったでしょう、どうしてそんなヤンキーになっちゃったの。」
 「......いろいろあったんだ。影村、今日はすまなかった。助かったよ。」
 「俺はそろそろ時間だ。電車に間に合わなくなる。」

 「姉ちゃん。時間あるか?」
 「...え?えぇ...仕事終わった後だしいいわよ。」
 「影村...。頼む、お前の試合してるところ、見せてくれ...。(夢を見せてやる...あれだけの事を俺に言ったんだ...どれだけの実力か見せてくれ。)」

 「......あぁ。」
 「それじゃあ...えっと?」
 「影村だ。山城先輩には世話になってます。」
 「影村君...啓太のピンチを救ってくれてありがとうね...ん?先輩!?って1年生なの!?」
 「お、おぅ...。」

 影村は少し考えた末にOKの返事をした。山城の姉である#山城加里奈__やましろかりな__#が運転する車に乗り込んだ影村は、山城姉弟と共に3人で草トーナメントの会場を目指した。影村は静かに佇んでいた。助手席に座っている山城は俯いていつもの元気がなくなっていた。

 「啓太、貴女にここまで暴行を加えたってことは、彼らはもう戻ることはできないわ。それに、暴行事件を起こしたってことは、退学させられる可能性が高いわ。」
 「...あぁ。いいさ。もういいんだ...俺殴られる時気が付いたんだ。もうあいつらは戻ってくる気なんてさらさらなかったんだってよ...俺は幻想を見てたんだ。1年生達の全国行気が決まって浮かれて淡い期待をしてたんだってな。」
 「...全くあんたは。考えが浅い。後ろの影村君みたいにどっしり構えてなさいよ。」
 「影村。今日の試合の賞金はいくらなんだ?」
 「ざっと8万円。」
 「8万か...1か月分のコート代とコーチ代だろうな。」
 「あぁ。」

 2人の会話を聞いた加里奈は、影村がこれから出場する大会の情報を聞いて驚いた様子だった。

 「え、賞金?賞金8万も出るの?」
 「他の国に比べれば激安だ。割に合わねぇ...」
 「もっと大きな大会があるの?」
 「プロが出ると20万の試合とかはある。」
 「ひゃー。20万?すごくね?」
 「影村はテニス部の資金を稼いでる。俺も手伝いたいが弱い。」
 「あんたは背伸びしなくてもいいの。自分が出ることを最大限にやりなさい。」
 「...わぁってるよ。」
 「あ、影村君。この左にある施設でいいの?」
 「はい。」

 影村達を乗せた車両が千葉県の袖ヶ浦市総合運動場テニスコートの駐車場へ入っていった。車を駐車すると、3人はコート前の受付へと向かう。コートの上では既に大会運営側に所属するテニススクールの面々が、優先的にコートを使って練習していた。影村が市民会館のロッカー室で着替えている内に、2人は携帯端末で帰宅が遅くなることを家族へと伝える。2人は暫く会場の様子を見ていた。どの選手も主催するスクールの上級プレーヤーばかりだった。

 「はぇー、みんなすっごい上手いじゃん!」
 「そういえば、姉ちゃんテニス見るの初めてだったよな。」
 「うん。あんたこんな激しいスポーツやってるんだねぇ。」
 「あぁ、ここで練習してる連中に比べれば俺なんて大したことねぇよ。」

 山城の姉である加里奈は、テニスはもっと上品でゆっくりとボールを打つ競技だと思っていたが、大会前の練習を行う面々を見てそのイメージが見事に崩れ去った。

 「待たせた。」
 「影村がウェア着てる姿初めて見る気がするぜ。ハハハ。」
 「いつものチャラさがなくなってるぞ。あんた。」
 「...。」

 影村は山城が真面目な顔をして姉の方をチラチラと見ると何かを察した。彼は山城と目を合わせると。頷いて布袋からラケットを取り出した。ラケットを見た山城は言葉を失う。見ただけでも重量がありそうなそれは、彼が13歳の時からずっと使っていたモデルだった。

 「影村、それかなり古い型じゃないのか?買い替えねぇの?」
 「これしかしっくりこねぇ...。」
 「そのモデル、あまり見たことがねぇな。」
 「発売は期間半年となかった。」
 「そうか...。」

 <<影村選手、まもなく試合が始まります。受付までお願いします。>>

 影村を呼ぶ受付の声が聞こえる。彼はラケットを布袋に入れ、それを担いでコートへと入ってゆく。ここにいるのは全員が社会人の上級者達。中にはプロの領域まで足を踏み込んでいる選手もいる。この日、山城は影村が繰り出すリターンエースの量産及びサービスエースの量産、自分は一切動かずに相手を翻弄するプレイ。全試合6-0という、悍ましいほどに異次元的な影村の強さを見せつけられた。しかし、それは彼の全実力の半分程度にまで絞られたものだった。

 「すげぇ...。」
 「ね、ねぇ...啓太の後輩...あんなのがあと3人もいるの?」
 「あ、あぁ...そうだよ...」
 「それって、すごいじゃん。でも、あんたの学校おかしいわよね。これだけの実力者がいれば、まずその情報をもとに支援を前面に押し出すんじゃない?」
 「本当はインターハイのシーズンが終わるまで待ってくれるよう峰沢が掛け合ってたんだ。だがこの始末だ。女子テニス部の副主将が冗談で言ったコートと部室の完全譲渡。女テニの顧問の重森が先手を打って本当にそれをやっちまった。」
 「今から何とかならないの?」
 「ならねぇ。俺達は最後に参加した会議で、上等だ。部さえなくならなければそれでいい。その代わり俺達が全国行っても、実力を誇示して最高の成績を収めても何も言うなしやるな。そう意思を表明して会議中に出て行ったんだ。」
 「......。」
 「俺達は影村に頼りっぱなしだった。全国5人の天才って言われてる竹下が、こういったに大会出てると知られれば学校に何を言われるかわからねぇ。影村は自分からこの役を引き受けた。だからあいつはこうして毎晩トーナメントを駆けずり回ってる。」
 「あんた、それってつまり...。」

 加里奈は影村の方を見る。影村がサーブを打ち、彼の何処へ打たれるか全く予想がつかないサーブを見送る上級者クラスのプレーヤーが、影村の方をチラチラと見ながら落ち込んだ様子で屈んでいた。

 「啓太。あの子、絶対に表舞台に出すべきよ。次の大きな大会いつなの?」
 「姉ちゃん言ってるだろ。資金を稼がないといけないんだ。」
 「そう...私、車で待ってるわね。啓太。彼に飲み物買ってあげなさい。先輩でしょ?」
 「お、おう...。」

 加里奈はどこか憐れんだ目で影村を見た。彼女は車へと戻ると溜息をついて携帯端末を開いてメッセージアプリを触っていた。山城は自動販売機でスポーツドリンクを買うとコートへと戻って行った。この日も影村は1ポイントを落とすことも無く優勝した。

 「優勝は、一般参加枠の影村さんです。おめでとうごさいます。」

 賞金8万円を受け取った影村は、そそくさとラケットが入った布袋を担いでロッカールームへと移動した。また厳つい格好でロッカー室から戻って来た影村。山城はそんな彼を見てギャップに言葉を失う。山城達は影村を近くの駅まで送ると自宅へと車を走らせた。

 翌日、影山のいるクラス。

 女子テニス部の部員が3人程同じクラスにいる。影村は毎日のようにヒソヒソと彼のありもしない噂話をされるが、どこ吹く風かと云わんばかりの対応で無視していた。

 「ねぇねぇ、また影村君教室の引き戸で頭ぶつけてたよ。」
 「えーまじ?毎日じゃん。」
 「つーか男テニって、竹下君全国行ったんでしょう!?」
 「そうそう、理恵華ちゃんから聞いちゃった。」
 「理恵華ちゃん可愛いよねぇ。学年中の男子からも超モテモテでさぁ。羨ましいなぁ。」
 「この前竹下君と歩いてるところ見たんだけど、もう美男美女カップルだったわ。」
 「くぅ~!もう最高!尊い!」
 「あ、そうそう。礼の噂の賞金稼ぎ、昨日の夜出たらしいよ?」
 「え?まじ!?どこ!?」
 「袖ヶ浦みたい。もう毎日のように出現してるっぽい。めっちゃ強いんだって。プロにも超余裕で勝てるクラスだってさ。」
 「それもうプロじゃん...。」

 影村は、いつか噂の発生源が自分であると特定されかねないという危機感を置覚える。一度3年生と2年生、そして高峰達に話をした方がいい。彼はそう判断した。古今東西、世代を問わず太古の昔から女生とは異様に勘の働く生き物である。1人の女子生徒が放った一言が、影村に更なる危機感を与えた。

 「そういえばさ。その噂って、男テニがコート使えなくなった後、徐々に出てきたよね。」
 「もしかして竹下君が...。」
 「そんな訳ないわ。」
 「そうよ。もし仮にそれだったら、竹下君が全国の雑誌に載っちゃう。」
 「ん~じゃなきゃ誰だろ。男テニって竹下君以外に強い子いたっけ?」
 「高峰君達じゃ、プロには勝て...ないか...誰だろ。」

 女子生徒達は次の授業の準備をする影村を見た。影村は前髪越しに隠れた目で3人の女子生徒達を見る。

 「......。」

 女子生徒達はどこか怖がった表情をしていた。無理もない。高校生離れした身長、体格、筋肉量に前髪で顔を隠しているまるでビッグフットの様な姿。影村はクラスで一人だった。静かに佇む。これは彼がクラスで波風を立てないためにしてきた行為だった。しかしその行為は男子には有効だが、女子生徒達には不気味がられていた。表情を曇らせたクラス委員の女子生徒が席を立ち、影村の方へ歩いてきた。

 「あ、あの影村君。」
 「...あ?」

 影村は座ったままクラス委員を見た。クラス委員である彼女は影村が集団に溶け込まない存在であることに不安を覚える。彼女はクラス委員として自分が影村へ何ができるのかが全く分からなかった。担任の野上とも相談はしているようだったが影村本人にとっては最早どうでもよかった。

 「影村君、そろそろクラスの行事とか――――」
 「これが最適解だ。放っておいてくれ。」
 「で、でも、クラスのレクリエーションにも参加しないとか、私は委員長として―――」
 「そういうのは良い。ま、あんた等だけでやっといてくれ。俺はこのままがいいんだ。」
 「.........。」

 影村の言葉にクラス委員は言葉を失う。影村本人は日本の学生の独特な習性に付いていけなかった。授業を行う為、担任教師の野上が教室へと入ってきた。クラス委員は自分の席に戻ると授業開始の号令をかけた。

 「それでは授業を始めるわよ。教科書出して。」

 授業中も影村は黙って黙々と勉強している。ノートは取っていた。しかしそのノートの下では、とある別の問題集を熟している。影村は全教科の授業中、誰からも指摘される事も無くそれをひたすらに熟していた。授業終了のチャイムが鳴る。影村は教卓にいる野上の前へと歩いて行った。

 「......。」
 「か、か、影村君?どうしたんですか?」
 「放課後相談がある。時間いいか。」
 「え...えぇ...。」

 影村は野上の返事を聞くときびすを返して自分の席へと戻って行った。自分と教卓を往復して歩いてゆく影村の姿をクラスメイト全員が見つめた。彼は女子テニス部員達からの冷たい視線、男子生徒達からの畏怖の籠った視線、クラスの女子生徒達の警戒する対象を見る視線を背中に感じていた。影村はそれすらも無視していた。クラスの中で異質な存在。身長、体格、まるで石造か何かの様に物静かな毎日の姿。クラスの男子達がちょっかいをかける隙も無い威圧感。ともかく影村は本人もそう思う程にこのクラスに馴染めていなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

大江戸の朝、君と駆ける

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:2

【5月25日完結予定】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:206,004pt お気に入り:12,363

転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:299pt お気に入り:21

こころ・ぽかぽか 〜お金以外の僕の価値〜

BL / 連載中 24h.ポイント:944pt お気に入り:783

インターセプト

青春 / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:4

コート上の支配者

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:342pt お気に入り:5

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:60,649pt お気に入り:3,759

不死王はスローライフを希望します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:48,772pt お気に入り:17,484

9歳の彼を9年後に私の夫にするために私がするべきこと

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,437pt お気に入り:103

王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:25,433pt お気に入り:7,100

処理中です...