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Moving On

manuscript.23

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 男子ダブルス決勝戦の会場は、試合前のピリピリしたムードに包まれていた。因縁の相手と再び向き合う彼らの顔に迷いはなかった。

 「北岡ちゃーん。元気してた?」
 「.....お、お前高峰なのか?」
 「イェーッスゥ☆↑」
 「...。(ッべ―よ、こいつめっちゃチャラくなってるぞ。つーか高校生デビュー炸裂してんじゃん。髪も金髪で肌も日焼けで褐色だし。)」

 山瀬と同じく小柄な城南台東高校の北岡敬一郎きたおかけいいちろうは高峰のギャル男ノリに困惑していた。高峰は観客席にも原宿にいるギャルのような斜めのピースを振りまく。

 「イエーイ!」

 「お、おい山瀬。こいつほんとうに高峰か?」

 「う、うん...。」
 
 「それじゃあ...。」

 北岡は観客席の方を指を指した。山瀬はその方向を見る。そこには所謂ギャルと呼ばれる男女が試合を見に来ていた。彼ら特有の動作に山瀬は固まった。固まったというよりは凍り付いたが正解だった。山岡と山瀬はそこだけが異空間であるように歪んだ次元か力場が発生しているように見えてしょうがなかった。


 「あの不思議な生物達は、全員この男のシンパでよいのだな。」

 「う、う――ん......。(高峰の友達が来てる。みんなギャルだよ...。)チーン」

 北岡と山瀬は困惑している。北岡のペアである城南台東高校の北野沢猛きたのざわたけるは男らしい顔立ちで、真面目な生徒会役員の様な風貌をしている。彼は平常心でいたが、心の中では高峰を羨ましがっていた。

 「おい高峰。今度も負かしてやるぞ。」
 「ヘイヘーイ、猛ちゃーんよろしくね~☆↑ウェーイ!↑」
 「......よ、よろしく。(高峰め、高校デビューし損ねた俺からすれば羨ましいぞ。)」

 4人の微妙な空気感の中で一人の男が少々苛立った表情でそれを見ていた。彼は咳払いして4人の方を見ている。

 「ん゛ん゛...。」

 「あぁ...審判居たの。」

 「ちょ...。(ちょ、高峰)」

 「さっきからおるわっ!」

 高峰の審判へのおちょくりに戸惑う山瀬と、そのおちょくりに思わず突っ込む審判だった。彼は再び咳払いして4人を見た。そしてポケットからコインを取り出す。

 「では、コイントスを始めます。」

 「あざーっす!」

 「もぅ...チャラぁい。海生代が裏ね。」

 審判は呆れた表情でコイントスを行う。コインは表を向いて落ちた。それを見た北岡がサーブ権を取った。

 「サーブで。」
 「ウェーイ!」
 「よろしくお願いします。」

 山瀬と高峰は配置についた。前衛と後衛がそれぞれの位置に配置する雁行陣同士の対決。北岡のサーブで試合が始まる。

 「 1セットマッチ、北岡 トゥ サーブ、プレイ 」

 北岡はサーブの構えに入る。ダブルスはシングルスと違い前衛がいる。そしてシングルスではアウト判定の出るアレイコートと呼ばれる長い両サイドの枠がインの判定となる。そしてネットにシングルスポールと呼ばれるネットを高くする棒が設置されないため、ボールがネットを越えやすい。サービスもシングルスではコートのベースライン真中辺りで打つが、ダブルスではセンターよりも外側で打つ選手が大半である。しかし使えるコート面積やネットの高さとサービス位置だけではない。ダブルスにはシングルスと大きく違う点がある。

 北岡はトスを上げる。前衛の山瀬はスプリットステップを踏んだ。北岡はサーブを打った後すぐにネット前に詰め寄ってきた。山瀬はわざと北岡の前へと陣取った。竹下はその配置をみて、この後に行われる前衛同士の争いを予感して爽やかに笑った。

 「......。(負けないよ!北岡君!)」
 「......。(山瀬ぇ!勝負だ!)」

 高峰と北野沢は後衛同士でストレートのラリーとなった。そしていつ飛び出そうか。いつボールを叩き落そうかと様子を窺う前衛2人。ストレートのラリーが暫続いたが、観戦者達が唖然とするであろうそれは唐突に訪れた。高峰が北野沢の打ったボールをわざと北岡のいるクロスへ高めに打ち込んだ、その瞬間だった。観戦者達は、自分が見てきたことのあるダブルスの試合。そのどれにも該当しないほどの激しすぎる熱戦を見ることになる。

 北岡が高峰の高めに打ったボールを半ば強打するように山瀬に打ちおろした。山瀬はそのまま北岡の強打を目を見開いたまま、たった1メートル50センチという超至近距離でボレーを行う。山岡がボールを強打する。山瀬のフォアハンドボレー、北岡のバックハンドボレー、それを山瀬が北岡の足元を狙って返す。北岡は山瀬に向かってノーバウンドでラケットを振って強打を繰り出すもまた至近距離で山瀬に止められる。コンマ数秒から1秒の攻防戦。

 ダブルスとシングルスの違い。それは前衛がいる事により試合そのもののボールの体感スピードが大幅に増すことである。山瀬と北岡の至近距離によるボレー合戦が始まる。同じ才能を持っている。互いに強烈な動体視力を駆使したボレー合戦は留まることを知らない。

 バックハンドボレー、フォアハンドボレー、バックハンドボレー、逆を突いてのフォアハンドボレーと数1秒かからない時間の隙間をボールが行き来する。山瀬がボールを後衛の北野沢のサービスラインへと打つ。北野沢はサービスライン前へと走る。山瀬はすかさず2対1も辞さない格好で北見沢のボールを待った。北見沢は山瀬へ思いっきり強打を打ち込んだ。それはコンマ数秒間の世界。

 「............!」

 観戦者達は開いた口が塞がらないといった状況で山瀬の方を見た。北見沢の強打から繰り出されたボールは、山瀬の正面へと飛んでいった。山瀬は瞬きひとつせずにボールを捌いた。それは北野沢のラケットを振り切ったところを狙っていた。ボールは彼のラケットを振り切った直後の彼の足元へと落ちる。

 「......ラ、0-15!」


 「すげぇ!なんだ今のボレー合戦!」
 「ヒャー!あんなのできないわ!どんな動体視力だよ。」
 「すげぇ。流石鉄壁...。」

 周囲の観戦客が興奮する中、山瀬は冷静だった。まるで機械の様に正確にボールを捌く。影村は試合を見てまるで彼の兄である敏孝が目の前で試合をしているかのように見えた。ただ、敏孝は切れ長の美しい冷酷な美男子であるのに対して、山瀬はまるでロボットのようだった。集中するあまり、表情を変えずに目を見開いたままでボレーを行い、その成功率は果てしなく高い。たとえ至近距離でウィナー級という全力の決め球を叩きこまれてもそれをボレーで潰してしまう。これだけでも十分な驚異である。

 「......っち!」

 北岡は次のサービス位置でトスを上げる。山瀬はじりじりと前へ出る。北岡がスライスサーブを打つ。それと同時に北岡がネット前へと詰め、北野沢が後衛へと下がる。スライス回転によりフォアハンド側へ逃げるボールを山瀬はコートのセンターへと大幅にステップし、北野沢のいる後衛サイドへと山なりのボレーを打った。北野沢は強打を打ち込む。

 それを山瀬を狙っていた。山瀬は北岡へ北野沢の打った強打をボレーして山岡のバックハンド側へ返すも、彼がコンマ数秒のところで反応し、ボールを山瀬のバックハンド側へと返す。山瀬はバックハンドボレーで北岡のフォアハンド側へと返す。北岡も負けじと山瀬の正面へとボールを返す。山瀬は向かってくるボールを打ちあげる。まるで北岡へスマッシュを打てと言わんばかりにボールは高く上がる。

 「......猛!」

 「...おらぁっ!」

 北岡が下がり、彼の前にスマッシュを打とうと現れる北野沢。北岡はバックステップを踏んで北野沢のスマッシュを回避する。北野沢が打ったスマッシュ。フラットの利いたそれは猛スピードで山瀬の正面へと向かう。山瀬は目を見開いたままラケット面を前へ出して超至近距離から北野沢のスマッシュを封殺するも、北岡がサッと目の前へと現れて、それをバックハンドのボレーで高峰のいる後衛へと打ち上げる。

 「......!」

 山瀬は封殺したスマッシュを打ち上げられた事に驚く。北岡と北野沢は高峰の方へ上がったボールが落ちるその間に体勢を立て直す。彼らはネットを前に平行に陣を構えて2人共が前衛になった。ボールが高峰の前へと落ちた。彼は目の前の軸線上にいる北野沢が立っているライン際を狙いフォアハンドを打つ。北野沢はすかさずそれを全身を伸ばしたバックハンドボレーで捌いた。

 「15-15」

 「フゥ~☆↑(...俺への対策は万全という事か。)」

 高峰は両手の人差し指を北野沢へと向ける。高峰は何かを確認していたようだ。海生代高校の面々は、山瀬と北岡の攻防戦を見て言葉が出ない。常識を逸脱した動体視力を持った2人の対決に周囲の観戦者も手に汗を握った。

 「...。」
 「影村、どうした。」
 「いいや、ノブのやつ。兄貴みたいだと思ってな。」
 「お前、ノブの兄と知り合いなのか?」
 「...あぁ。兄の方がもっとどぎつい攻め方するけどな。」
 
 影村は山瀬の機械的に目を見開いてボールを処理する能力を兄の敏孝と比較していた。兄である敏孝と弟の信行とではスタイルに大きな違いがあった。山瀬は守りのボレーをしている。これが兄の敏孝だった場合そうはいかない。弟の信行がボールにラケット面を合わせるだけのボレーに対し、兄である敏孝は山瀬の反応に加えてブロックボレーという相手の打ったボールをそのままの威力で跳ね返す高等テクニックを持っている。

 「...山瀬は、まだ上のステージへと行ける。」
 「....どういうことだ。影村。」
 「あいつの兄が使っているのはブロックボレーだ。それに対してノブが使っているのは普通のボールにラケット面を合わせに行くボレーだ。要するに攻めていない。」
 「...ボールを至近距離で取れるだけでもすごいのにブロックボレーとか...インカレ代表こわ...。」

 岡部は山瀬の兄である敏孝を見たことはないが、テニス雑誌に載っていたインカレトーナメントでの彼の写真と記事は見たことがあった。照山と佐藤は山瀬のボレーに目が付いて行かなかったため、終始鶏の様な首遣いでボールを追っていた。そしてこのポイント間で起きたことが理解できずに最後は首をかしげた。

 「......。(山瀬め、前よりもボレーの反応速度が上がっているな。)」
 「...おい、北岡。どしょっぱのこのゲーム絶対取るぞ。」
 「ったり前だろ。」

 北岡と北野沢は右手の拳と拳を当てて自分の次の立ち位置へと向かう。高峰は北岡のサーブを待っていた。彼の頭の中は今、どうやってこのゲームを引っ掻き回すかを考えるだけに集中していた。北岡がレシーバーである高峰へスピンサーブを打った。雁行陣同士の対決。彼の目の前には北野沢が立っていた。ボールは彼の立っているコート側のサービスラインのフォアハンドサイドへとバウンドする。

 「.......!?」
 「.....アゲアゲスイーング☆フゥ~!」

 北岡は高峰と山瀬の行動に困惑する。彼は北岡の打ったスピンサーブをフォアハンドで打ち返した。ここまでは普通だった。しかし、高峰がフォアハンドを打った時、既に山瀬がサービスラインまで下がっていた。北岡が高峰のボールを返球した時それは起きた。なんと高峰は少しだけサービスラインへ近づいて北岡の返球したボールをノーバウンドでラケットへと合わせた。ラケットの角度は飛んでくるボールに対して左側へ当たり、そのまま縦スイングでボールを擦った。

 「......!?(なっ!)」

 高峰の打ったボールは、山瀬の立っていたであろう位置を通過し、北岡が立っている後衛のベースラインからは届かないネット前へと急角度を付けて落ちた。北岡は走った。アレイコートの外へと出て行こうとするアングルショットといわれる急角度のボールを全力で走って拾いに行く。

 「.....!(アングルショットで俺を外に!お返しだ...もう、いる...!?)」

 北岡はボールに追いつくと、なりふり構わ高峰の立っているコートへクロスにボールを打った。しかしボールがネットの上を通過したところに飛び込んできた山瀬がいた。山瀬は高峰が北岡と北野沢を引き離す様にアングルショットを打って2人のコンビネーションを分離させ、相手をかき乱した。そこへ山瀬が飛び込んで2人の間に空いた隙間へとボレーで北岡側のベースラインへとボールを返球してしまった。北岡がサーブを打ってから十数秒と立っていない間での出来事だった。

 「ふぃ...15-30。」

 「うおぉぉ!なんだ今の狙ったのか?打ち合わせ無しで!」
 「今のアングルショットえっぐ...!」
 「ありゃ無理だわ。マジでトリックスターかよ。」
 「あのペアの子、背の高い子が何をやるのかわかって後ろに下がったっていうの!?」
 「無言の以心伝心って怖い...。」
 「さっきのボレー見てたけど、やっぱ鉄壁怖い...」

 観戦者達も高峰が行った動作に困惑するもその意図がわかると、すぐさま彼が何処に打ってどんな戦略を構築したのかを察して動いた山瀬にも関心の目が向かった。北岡と北野沢は2人を見た。もうそこには中学校3年生までの彼らのおぼつかないプレーが跡形も無くなっていることに気が付く。もはや手の抜けない。そんな相手へと成長した彼らを見て、北岡と北野沢は、もう最初の1ゲーム目から山瀬と高峰ペアを全力で潰しに行かないとならないと考える。2人の間に焦りの表情が見えた。
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