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Moving On
manuscript.22
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インターハイ 千葉県大会 女子シングルス決勝戦
海生代高校 対 関東中山女子大学高等部
「そ、そんなぁ...」
「吉永先輩...」
「...夏帆先輩」
「うそ...夏帆ちゃんが...」
この日、海生代高校女子テニス部が騒然とした。部活動報告会での照山の報告。1年生でインターハイ全国優勝、国体、全国選抜優勝という神童。2年生をアメリカ留学で過ごし、そして3年生になって帰ってきた。少女は強く逞しく、そして何者の目を引付ける程の美しさを持っていた。
「 ゲームセット マッチ ウォンバイ 芳江南! 6-1! 」
吉永は両膝に両手をついて下を向いていた。彼女のコート面に汗と悔し涙が一滴、また一滴と落ちる。その顔は悔しさに歪み、いつものボーイシュで豪快な彼女の姿はなかった。互いに高校生最後のインターハイ。全国出場枠3名の内に入ったとしても、その悔しさは収まらなかった。彼女は涙を流して芳江南恵香と握手をする。
「...悔しいのは分かるわ。でも、次の試合の事を考えなさい。」
「......。」
「私だって、このまま勝ち続けられるかはわからない。貴女は貴女のベストを尽くしなさい。涙を流すのは全てが燃え尽きた時になさい。」
「うん....。」
重森は全国進出の枠には入ったが県の2位で枠に入ったことに不服だった。彼女には去年の吉永が1位で県大会を通過して時の姿が眩しかった。しかし、遠いアメリカの地で武者修行の後に帰って来た芳江南という神童に、圧倒的大差を付けられての敗北。彼女はベンチで涙を流しながらラケットバッグにテニス用品をしまう吉永を背に静かにその場を後にする。彼女はクラブハウスの裏手の誰もいない場所で立ち止まると下唇を噛んでどこかヒステリックな表情を浮かべた。するとその後ろから男の声が聞こえてきた。彼女は我に返る。
「千葉北瀬の女王も今では立派な指導者か。」
「......?」
「...よっ。」
「田覚...浩正...。」
「なんだ。覚えていたのか。」
「...なんの用だ。男子テニス部を潰そうとする私へ釘を刺しにでも来たか。」
「いいや、たった今、あんたが潰そうとしている男子テニス部に所属の竹下が全国へ行ったそうだ。釘も刺す気はねぇさ。」
「当然と言えば当然ね。まぁ、別段驚きもしないわ。天才は持っているものが違うわ。」
「果たしてそれはどうかな。」
「...何?」
「......。」
2人は見つめ合ったまま動かない。田覚は凛々しい目つきで重森を見る。重森はキッと攻撃するような眼で彼を見る。彼女は思い出したくもない最後のインターハイの全国優勝後の記憶をが蘇える。彼女は表情を歪める。
“やだ...どうして...なんであんな女なんかと...先輩待って...私は貴方が...先輩...!”
「......ック!」
彼女は額に手を当てて、首を横に振る。田覚は重森へと近づく。一歩下がる彼女を見た田覚は、何かを悟った目をしていた。彼は重森の身に何があったのかを知っている。全国優勝を遂げた彼女は次のステージに姿を現さなかった。
“...どうして全国優勝したのに...あの人は私を見てくれないの!好きなのに!こんなにも大好きなのに!私に負けた女を選んで!どうして!なんでなの!私は...私は...”
「...ぃやぁ...ぃやぁ...!」
田覚は重森へと一歩一歩近づく。重森は半ば錯乱状態へと陥る。更に彼女の頭の中で錯綜する記憶が巡り満ちて、白衣を着た医者に診断結果を言い渡される情景を思い出す。
“ イップスです。精神的なストレスによって起こるスポーツ選手特有の病気です。治療法は..... ”
“ あ り ま せ ん 。 ”
「...いやぁ。...いやぁ...い、いや―――」
「亜樹!」
160センチ台の彼女の身体を180センチ台の男が抱きしめる。重森は涙を流し、田覚は彼女の手を握った。田覚は涙をこらえる。しかし表情を強張らせる彼の下唇は溢れそうな悔恨の感情に動かされピクピクと上下する。
「重森...苦労したんだな...よく頑張った。今までよく頑張った。よく耐えた。そしてよくこの俺に、本当の君を見せてくれた。」
「...田覚。」
「俺はその年全国に行ってお前の...お前が体験したショックな場面に居合わせた...。」
「あの場に...。」
「あぁ、柱に隠れて...お前に...お前を飯に誘って励まそうと...柱に隠れて待ってたんだ...。」
「田...覚...」
「過去は変えられない。もしそれが変えられるとしても、また巡り巡って最悪な結末を生むだけだ。」
もうどれだけ時間が経ったのか、彼女の体の震えが止まる。田覚が涙を拭くと、重森はゆっくりと彼から離れる。
「..........。」
「落ち着いたか?」
2人は涙目で互いを見つめていた。そこにはいつもの何かに追いつめられながらもがき苦しむ表情ではなく、悲しみに暮れた表情をして彼を見上げる。それは過ぎし日のある悲しき元インターハイ優勝者。私立千葉北瀬高校女子テニス部主将、そして北瀬の女王と呼ばれた重森亜樹だった。その顔は元が美人だったためか、表情がほぐれた彼女の顔に田覚は18歳の自分を思い出し顔を逸らした。
「ほ、ほら...なんだ。10年ぶりだし、積る話はあるだろうがよ。まずそこに座って話しようや。」
「...え、えぇ。」
田覚は彼女をベンチへと座らせた。
「ほらよ。」
「ありがとう。」
彼女はハンカチで涙を拭いていた。田覚は彼女に缶コーヒーを渡す。過去の失恋からイップスになり、その後約束された成功への道から転落した重森。そんな彼女と同世代で高校も近くだった田覚。2人はお互いに懐かしい昔話をしていた。
「...フフ。田覚はテニスのコーチになってたんだな。」
「今は陣内東詰でヘッドコーチよ。」
「...Sランクを取ってるって聞いたぞ?」
「おぅ、取ってるぜ?ジュニア選抜合宿にも参加したこともある。」
「...。」
「でもよ。あんた教師になったんだな。それに、全国クラスのテニス部指導者ってすげぇよ。普通そんな体験あったらラケット投げ捨てて、テニスになんて関わらなかったろうに。」
「......。」
田覚は重森の表情が俯いているのを見ると、彼女を肩を優しくたたく。彼女は田覚の事を見た。
「...あなた。変わったわね。」
「そうか?」
「えぇ、昔のあなたって、本能に忠実でもっとバカだったもん。」
「...そうだな...でもよ。俺もあの体験と声を掛けなかった後悔があったから変わったのかもしれねぇな。」
「......。」
田覚はコーヒーを口へと運ぶ。彼はコーヒーを一気に飲み干して立ち上がると、ベンチへ座っている彼女の方を向いた。
「しっかしよぉ、あんたマジですげえわ。」
「なんでよ...。」
「ん?だってあれだけのことがあったのに、テニスと向き合ってんじゃん。選手じゃなくなったけど。」
「....。」
「俺の連絡先を教える。オマエノモオシエロ~・・・ヒッヒヒー!実ハオマエノコトガスキダッタノサ~」
「何よそれ...。」
田覚は昔少年だった頃の様に、重森に対して少しお茶らけたジェスチャーで彼女へと迫った。彼女は田覚の態度の急変に不意を突かれ思わず笑いを堪え切れなくなった。
「...プッ!...もっほ...フフッ...あなたもう29でしょう?何やってるの?」
「男はな、どんだけ歳を食っても少年の心を持ってるもんだ。お互い様だぁ~。」
「...はぁ。ほら、これ私の連絡先よ。」
「今のため息は何だ?妥協か?YOU妥協か?」
「ち、違うわよ...ま、まんざらでもない...っていえばわかるのかしら?」
重森の顔を赤らめて照れる表情に、昔の北瀬の女王と云われていた彼女の顔が一致する。田覚はその顔を見て一瞬固まってしまった。まさか自分が29歳にして憧れの女性に連絡先を教えてもらうとは思ってもいなかった。
「......。( やっべ...。 )」
田覚は黙って重森の連絡先を登録する。連絡先の交換が終わった時、重森の携帯端末に川合から着信があった。
「川合か...そうか...これで全国へ行ったのは吉永だけだな。ダブルスは...そうか...明日はミーティングだ。重要な話がある。今日は各自解散。真っすぐ帰宅するように。ではな。」
「...クックックッ!」
「な...何よ...。」
「学校でいつもそんなぶっきら棒なのか?」
「しょ、しょうがないでしょう...」
「...そうだな。仕方がないな...ックックックック!ハッハッハッハ!」
「だから笑わないでって!」
彼女はいつものぶっきら棒な対応をしたつもりだった。田覚は彼女の女優の様な態度の変容ぶりに思わず笑う。
「もぉ!だから何で笑うのよぉ!」
「駅まで送るぞ。どうせ電車だろうに。」
「家の近くまで送りなさいよ。」
「出た、女王様!」
「覚悟なさい!もうここにあなたを守ってくれる鬼の新貝先輩はいないわよ!」
「俺は行く!車で逃げる!お前から!」
「ま、待ちなさい!ってかなんで五七五なのよ!」
重森の目に生気が宿る。長年溜まっていた腫物が取れる様に彼女は田覚の前では自由だった。
翌日の女子テニス部のミーティングにて。
「え、ちょ、重森先生!?」
「か、髪下ろしてる...綺麗...」
「い、いつものドギツい表情がない。」
「はい!質問!ほんとうに重森先生ですか!?」
「はい。重森です。ほら、席について。まず吉永さんの全国大会出場おめでとう。それにみんなよく頑張ったわね。」
「......。」
「な、何ですか!皆してその顔は!」
「キャー!重森先生が変になっちゃったー!」
「ちょ、静かにしなさ...川合さん!吉永さん!なんで固まってるのですか!変って何!?」
川合、吉永を含め女子テニス部の面々が戸惑う。普段は後ろでぎゅっと結んだ髪を下ろし、教育ママの様な眼鏡をコンタクトレンズへと変え、そして何よりいつものぶっきら棒でやさぐれた表情がない。この日、女子テニス部の部室はそんな重森の姿を見て大騒ぎになったという。
インターハイ 千葉県大会 男子ダブルス決勝
海生代高校 高峰&山瀬ペア 対 城南台東高校 吉野沢&北岡ペア
中学校からの因縁の対決。高校へ上がってもなおそれは変わらなかった。両ペアは自分達のベンチへ荷物を置く。少しばかり水分を補給し、互いのコンディションを確認し合う。
「ノブノブゥ~☆中3以来のあのペアのと対戦はどんな感じぃ?↑」
「もう!高峰チャラーい!」
「その様子じゃ、マジでアゲアゲ?」
「アゲアゲだよぉ!それに、僕達もう何か無敵って感じじゃない?」
「そっか...それじゃあ...。」
2人は向き合った。そしてその後すぐにコートの方を向いたまま互いに横へ拳を差し出して合わせた。
「Let's get started! Nice, cool and tricky!Yeah!」
海生代高校の面々は、ダブルスの決勝戦を迎える高峰と山瀬に声援を送る。去年の全中ダブルス最後の試合で引導を渡された屈辱から1年が経つ、2人はそんな因縁の相手が、変わらず自分達の目の前にいる事を、そしてこの場に立っている事を今は亡き恩師に感謝した。
海生代高校 対 関東中山女子大学高等部
「そ、そんなぁ...」
「吉永先輩...」
「...夏帆先輩」
「うそ...夏帆ちゃんが...」
この日、海生代高校女子テニス部が騒然とした。部活動報告会での照山の報告。1年生でインターハイ全国優勝、国体、全国選抜優勝という神童。2年生をアメリカ留学で過ごし、そして3年生になって帰ってきた。少女は強く逞しく、そして何者の目を引付ける程の美しさを持っていた。
「 ゲームセット マッチ ウォンバイ 芳江南! 6-1! 」
吉永は両膝に両手をついて下を向いていた。彼女のコート面に汗と悔し涙が一滴、また一滴と落ちる。その顔は悔しさに歪み、いつものボーイシュで豪快な彼女の姿はなかった。互いに高校生最後のインターハイ。全国出場枠3名の内に入ったとしても、その悔しさは収まらなかった。彼女は涙を流して芳江南恵香と握手をする。
「...悔しいのは分かるわ。でも、次の試合の事を考えなさい。」
「......。」
「私だって、このまま勝ち続けられるかはわからない。貴女は貴女のベストを尽くしなさい。涙を流すのは全てが燃え尽きた時になさい。」
「うん....。」
重森は全国進出の枠には入ったが県の2位で枠に入ったことに不服だった。彼女には去年の吉永が1位で県大会を通過して時の姿が眩しかった。しかし、遠いアメリカの地で武者修行の後に帰って来た芳江南という神童に、圧倒的大差を付けられての敗北。彼女はベンチで涙を流しながらラケットバッグにテニス用品をしまう吉永を背に静かにその場を後にする。彼女はクラブハウスの裏手の誰もいない場所で立ち止まると下唇を噛んでどこかヒステリックな表情を浮かべた。するとその後ろから男の声が聞こえてきた。彼女は我に返る。
「千葉北瀬の女王も今では立派な指導者か。」
「......?」
「...よっ。」
「田覚...浩正...。」
「なんだ。覚えていたのか。」
「...なんの用だ。男子テニス部を潰そうとする私へ釘を刺しにでも来たか。」
「いいや、たった今、あんたが潰そうとしている男子テニス部に所属の竹下が全国へ行ったそうだ。釘も刺す気はねぇさ。」
「当然と言えば当然ね。まぁ、別段驚きもしないわ。天才は持っているものが違うわ。」
「果たしてそれはどうかな。」
「...何?」
「......。」
2人は見つめ合ったまま動かない。田覚は凛々しい目つきで重森を見る。重森はキッと攻撃するような眼で彼を見る。彼女は思い出したくもない最後のインターハイの全国優勝後の記憶をが蘇える。彼女は表情を歪める。
“やだ...どうして...なんであんな女なんかと...先輩待って...私は貴方が...先輩...!”
「......ック!」
彼女は額に手を当てて、首を横に振る。田覚は重森へと近づく。一歩下がる彼女を見た田覚は、何かを悟った目をしていた。彼は重森の身に何があったのかを知っている。全国優勝を遂げた彼女は次のステージに姿を現さなかった。
“...どうして全国優勝したのに...あの人は私を見てくれないの!好きなのに!こんなにも大好きなのに!私に負けた女を選んで!どうして!なんでなの!私は...私は...”
「...ぃやぁ...ぃやぁ...!」
田覚は重森へと一歩一歩近づく。重森は半ば錯乱状態へと陥る。更に彼女の頭の中で錯綜する記憶が巡り満ちて、白衣を着た医者に診断結果を言い渡される情景を思い出す。
“ イップスです。精神的なストレスによって起こるスポーツ選手特有の病気です。治療法は..... ”
“ あ り ま せ ん 。 ”
「...いやぁ。...いやぁ...い、いや―――」
「亜樹!」
160センチ台の彼女の身体を180センチ台の男が抱きしめる。重森は涙を流し、田覚は彼女の手を握った。田覚は涙をこらえる。しかし表情を強張らせる彼の下唇は溢れそうな悔恨の感情に動かされピクピクと上下する。
「重森...苦労したんだな...よく頑張った。今までよく頑張った。よく耐えた。そしてよくこの俺に、本当の君を見せてくれた。」
「...田覚。」
「俺はその年全国に行ってお前の...お前が体験したショックな場面に居合わせた...。」
「あの場に...。」
「あぁ、柱に隠れて...お前に...お前を飯に誘って励まそうと...柱に隠れて待ってたんだ...。」
「田...覚...」
「過去は変えられない。もしそれが変えられるとしても、また巡り巡って最悪な結末を生むだけだ。」
もうどれだけ時間が経ったのか、彼女の体の震えが止まる。田覚が涙を拭くと、重森はゆっくりと彼から離れる。
「..........。」
「落ち着いたか?」
2人は涙目で互いを見つめていた。そこにはいつもの何かに追いつめられながらもがき苦しむ表情ではなく、悲しみに暮れた表情をして彼を見上げる。それは過ぎし日のある悲しき元インターハイ優勝者。私立千葉北瀬高校女子テニス部主将、そして北瀬の女王と呼ばれた重森亜樹だった。その顔は元が美人だったためか、表情がほぐれた彼女の顔に田覚は18歳の自分を思い出し顔を逸らした。
「ほ、ほら...なんだ。10年ぶりだし、積る話はあるだろうがよ。まずそこに座って話しようや。」
「...え、えぇ。」
田覚は彼女をベンチへと座らせた。
「ほらよ。」
「ありがとう。」
彼女はハンカチで涙を拭いていた。田覚は彼女に缶コーヒーを渡す。過去の失恋からイップスになり、その後約束された成功への道から転落した重森。そんな彼女と同世代で高校も近くだった田覚。2人はお互いに懐かしい昔話をしていた。
「...フフ。田覚はテニスのコーチになってたんだな。」
「今は陣内東詰でヘッドコーチよ。」
「...Sランクを取ってるって聞いたぞ?」
「おぅ、取ってるぜ?ジュニア選抜合宿にも参加したこともある。」
「...。」
「でもよ。あんた教師になったんだな。それに、全国クラスのテニス部指導者ってすげぇよ。普通そんな体験あったらラケット投げ捨てて、テニスになんて関わらなかったろうに。」
「......。」
田覚は重森の表情が俯いているのを見ると、彼女を肩を優しくたたく。彼女は田覚の事を見た。
「...あなた。変わったわね。」
「そうか?」
「えぇ、昔のあなたって、本能に忠実でもっとバカだったもん。」
「...そうだな...でもよ。俺もあの体験と声を掛けなかった後悔があったから変わったのかもしれねぇな。」
「......。」
田覚はコーヒーを口へと運ぶ。彼はコーヒーを一気に飲み干して立ち上がると、ベンチへ座っている彼女の方を向いた。
「しっかしよぉ、あんたマジですげえわ。」
「なんでよ...。」
「ん?だってあれだけのことがあったのに、テニスと向き合ってんじゃん。選手じゃなくなったけど。」
「....。」
「俺の連絡先を教える。オマエノモオシエロ~・・・ヒッヒヒー!実ハオマエノコトガスキダッタノサ~」
「何よそれ...。」
田覚は昔少年だった頃の様に、重森に対して少しお茶らけたジェスチャーで彼女へと迫った。彼女は田覚の態度の急変に不意を突かれ思わず笑いを堪え切れなくなった。
「...プッ!...もっほ...フフッ...あなたもう29でしょう?何やってるの?」
「男はな、どんだけ歳を食っても少年の心を持ってるもんだ。お互い様だぁ~。」
「...はぁ。ほら、これ私の連絡先よ。」
「今のため息は何だ?妥協か?YOU妥協か?」
「ち、違うわよ...ま、まんざらでもない...っていえばわかるのかしら?」
重森の顔を赤らめて照れる表情に、昔の北瀬の女王と云われていた彼女の顔が一致する。田覚はその顔を見て一瞬固まってしまった。まさか自分が29歳にして憧れの女性に連絡先を教えてもらうとは思ってもいなかった。
「......。( やっべ...。 )」
田覚は黙って重森の連絡先を登録する。連絡先の交換が終わった時、重森の携帯端末に川合から着信があった。
「川合か...そうか...これで全国へ行ったのは吉永だけだな。ダブルスは...そうか...明日はミーティングだ。重要な話がある。今日は各自解散。真っすぐ帰宅するように。ではな。」
「...クックックッ!」
「な...何よ...。」
「学校でいつもそんなぶっきら棒なのか?」
「しょ、しょうがないでしょう...」
「...そうだな。仕方がないな...ックックックック!ハッハッハッハ!」
「だから笑わないでって!」
彼女はいつものぶっきら棒な対応をしたつもりだった。田覚は彼女の女優の様な態度の変容ぶりに思わず笑う。
「もぉ!だから何で笑うのよぉ!」
「駅まで送るぞ。どうせ電車だろうに。」
「家の近くまで送りなさいよ。」
「出た、女王様!」
「覚悟なさい!もうここにあなたを守ってくれる鬼の新貝先輩はいないわよ!」
「俺は行く!車で逃げる!お前から!」
「ま、待ちなさい!ってかなんで五七五なのよ!」
重森の目に生気が宿る。長年溜まっていた腫物が取れる様に彼女は田覚の前では自由だった。
翌日の女子テニス部のミーティングにて。
「え、ちょ、重森先生!?」
「か、髪下ろしてる...綺麗...」
「い、いつものドギツい表情がない。」
「はい!質問!ほんとうに重森先生ですか!?」
「はい。重森です。ほら、席について。まず吉永さんの全国大会出場おめでとう。それにみんなよく頑張ったわね。」
「......。」
「な、何ですか!皆してその顔は!」
「キャー!重森先生が変になっちゃったー!」
「ちょ、静かにしなさ...川合さん!吉永さん!なんで固まってるのですか!変って何!?」
川合、吉永を含め女子テニス部の面々が戸惑う。普段は後ろでぎゅっと結んだ髪を下ろし、教育ママの様な眼鏡をコンタクトレンズへと変え、そして何よりいつものぶっきら棒でやさぐれた表情がない。この日、女子テニス部の部室はそんな重森の姿を見て大騒ぎになったという。
インターハイ 千葉県大会 男子ダブルス決勝
海生代高校 高峰&山瀬ペア 対 城南台東高校 吉野沢&北岡ペア
中学校からの因縁の対決。高校へ上がってもなおそれは変わらなかった。両ペアは自分達のベンチへ荷物を置く。少しばかり水分を補給し、互いのコンディションを確認し合う。
「ノブノブゥ~☆中3以来のあのペアのと対戦はどんな感じぃ?↑」
「もう!高峰チャラーい!」
「その様子じゃ、マジでアゲアゲ?」
「アゲアゲだよぉ!それに、僕達もう何か無敵って感じじゃない?」
「そっか...それじゃあ...。」
2人は向き合った。そしてその後すぐにコートの方を向いたまま互いに横へ拳を差し出して合わせた。
「Let's get started! Nice, cool and tricky!Yeah!」
海生代高校の面々は、ダブルスの決勝戦を迎える高峰と山瀬に声援を送る。去年の全中ダブルス最後の試合で引導を渡された屈辱から1年が経つ、2人はそんな因縁の相手が、変わらず自分達の目の前にいる事を、そしてこの場に立っている事を今は亡き恩師に感謝した。
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