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Moving On

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 県大会決勝 この時点で竹下のインターハイ本戦出場権、所謂全国大会の出場枠入りは決まっている。しかし、彼にはプライドがあった。他の天才達は県大会を1位で通過している。自分もそうでないと対等ではない。彼はその信念を貫くべく輝との試合に臨んでいた。

 「ファーストゲーム 横田! チェンジコート! 竹下 トゥ サーブ!」

 影村の隣に、お洒落な服装の男性が座った。横田徹だった。影村は厳ついサングラス越しに徹の方を見た。徹は一瞬厳つい影村に怯むも、彼が誰かわかると平常心に戻った様子だった。

 「隣いいか?」
 「もう座ってるだろう。兄貴の応援か?」
 「すまねぇ、俺が兄貴の方だ。」
 「そいつは悪りぃ。結構気にするだろう?そういうの。」
 「いいんだ。で、そっちの3年生のマネージャーから聞いたぞ。海生代のテニス部、全国出ないと危ないんだって?練習も毎日はできない状態だって。」
 「あぁ、部費は出ねぇから、俺が動き回って稼いでいる。」
 「部員全員じゃねぇのか?」
 「あぁ。俺が動いてる。竹下には言ってないがな。あいつに言えばこの県大会で支障が出るだろうからな。全国出たとしても支援はないから資金の問題だけが残る。」
 「苦労してんだな。」
 「この国のスポーツ事情はかなりシビアらしい。賞金も少ない状況。厳しいのは変わらねぇさ。」

 「この国?...稼いでいる?」

 徹は影村の方を見る。徹はコート代、コーチ代、トレーニングに使う費用、ボール代その他諸々金がかかることは知っている。スクールの週1回でも通っただけでも1人当たり月に12,000円~25,000円程度かかる。彼は全員でバイトでもしているのかと疑問に思う。

 「聞いてもいいか?」
 「あぁ。」
 「それだけの費用は一体どこから出るんだ?」
 「俺が稼いでいる。」
 「FXか...?」
 「いや、金の出るトーナメントだ。月8万円が最低ラインだ。」
 「マジかよ。」
 「これが現実だ。」

 影村は徹と2人で座りながら試合を見ている。他の海生代のメンバー達は竹下と輝の試合に夢中になっており彼ら2人の事は見えていなかった。竹下はベースライン上でサービスの構えに入る。彼独特の左片足を振り子のように動かしてラケットスイングの勢いを加速させるプレーヤーは他に居なかった。

 「.........!(なっ!)」

 竹下のサーブは、輝のコートのサービスラインフォアハンド側、所謂センターラインの上でバウンドすると一気に跳ね上がり、ベースラインに到達した時点で身長183センチはあるだろう輝の頭の位置までバウンドしていた。輝は高い打点でラケットを振る。ラケットのスイートスポットが竹下の打ったボールへと直撃する。この時輝は異常なボールの回転を感じる。回転量は重さへと変わり、輝のスイングしたラケットに重くのしかかる。

 「......ォッ!(なんだこの重さ!あの細見からどうやって!?)」

 輝はラケットを力任せに振りきった。ボールは110キロほどのフォアハンドストロークで竹下がサーブを打ち終わった位置、コートのセンターへと返される。竹下はフォアハンドストロークで輝のバックハンド側を狙う。ボールは輝のコートバックハンド側のベースライン際へとバウンドする。

 「......!(狙いやがった!)」
 「......。(サービスラインの際へ...回り込んでフォア!バックハンドベースライン際!)」

 輝は竹下がボールを打とうとした時点でコースを読んでバックハンド側へと走り込む。彼はコート際まで全力で走り、両手バックハンドでボールを捉える。身体を思いっきりスイングに乗せたそれは、クロスコート狙いのバックハンドストロークだった。竹下は輝が走っていく時点で、スプリットステップを完了させネット前へと出てきていた。輝の打ったバックハンドの鋭いボールは竹下のバックハンドボレーで止められた。

 「15-0」

 竹下は輝を猛烈な回転のかかったスピンサーブで崩し、がら空きになった輝のバックハンド側のベースライン際を狙ってコートの外へ追い出す。それでも彼がボールを返してくる場合、おそらくコースは力まかせにクロスへと打ってくるだろうと踏んでいた。彼はここまでポイントの構築を行う策略を組んでいた。竹下は次のサービス位置でサービスルーティンへと入る。輝も彼のサーブを待つ。

 「...。(あのスピンサーブ、おそらくはラケットスイングに体幹の力を乗せている。バケモノめ、だから天才はよ...おそらく次も俺を左右へと振りまわす気だろう。)」

 「......。(バックハンド...外にサーブを打つ...クロスへ返してくるだろう...緩く帰ってきたらそこでフォア側へ...いや...。)」

 竹下はトスを上げる。輝は竹下のトスが上がると、スプリットステップを踏んだ。竹下のサーブがバックハンド狙いのスピンサーブだと判断し、少しベースラインの少し内側へと飛んでバックハンドの構えに入る。ボールは輝のいるコートのバックハンド側のサービスライン上で跳ね上がる。しかしボールは真っすぐではなく。急速にコートの外へ向かう。

 「......!(ツイストか!このやろ!)」

 輝のバックハンドスイングから繰り出されたラケット面は逃げていくボールに対処しきれておらず、スイートスポットからラケットヘッドの間に当たる。

 「......っち!」

 彼から討たれたボールは、竹下の強烈なツイスト回転が掛かったボールに押されて、竹下のいるコートフォアハンド側のサービスライン内側へと落ちる。竹下はサーブを打った勢いに体を乗せて、フォアハンド側のサービスライン上へと到着していた。彼は輝が打ち返した緩いボールがバウンドしきって上がってくる手前、自分の胸の位置の高さに来るであろうタイミングでラケットを振り、輝のバックハンド側へとボールを打ち込む。

 「......!(ちくしょう!逆!)」

 輝はがら空きになったフォアハンド側へと走ろうとしたが、竹下は彼のバックハンド側を狙ってボールを打ち込んだ。彼は竹下がボールを打ち込もうとするところでコートの真中の位置へ来ていた。その為踏ん張って体を戻そうとしても、竹下が打ったバックハンド側のボールへ届かなかった。

 「30-0」

 「....はぁ...はぁ.....。(あいつのツイストサーブ厄介だな。)」

 輝は竹下がツイストサーブを打てるとは思ってもいなかったようだ。日本男子テニス界氷河期のこの時代、高校生のテニスのレベルは世界基準に達していなかった。テニスブームの火付け役となった吉岡昭三も落胆するほどに日本の男子テニス界は衰退していた。

 「...高校生でツイストかよ。天才といわれてるだけあるな。」
 「そんな子がうちの学校に入って来たなんて、なんて巡り合わせなのかしらね。さっきからあの吉田兄弟に攻めの一辺倒だもの。」
 「あぁ、攻撃は最大の防御とはよ言うよな。これからの海生代は攻撃型のテニスが主体になるだろうな。」

 照山と酒井は竹下の技量、相手との駆け引き、そして今の日本テニス界の選手に足らない攻めのテニスを推し進めている姿に只々衝撃を受けていた。

 「輝君がラリーで押されてる...。」
 「嘘...今までの試合で一度もなかったのに...。」
 「ね、ねぇ私聴いたんだけど、あの竹下って子、全中2位の実力者で、震災後行方不明になってた全国5人の天才の一人なんだって...」
 「うっそー、もしかして去年のテニス雑誌に八神君と一緒に写真に写ってた子?」

 菊池台西高校のベンチにいた女子校生達の中で、テニスの事情に詳しい者達がソワソワし始める。

 竹下は次のサービス位置へと移動する。輝がリターン側へと入り腰を低く落として構える。竹下はトスを上げた。彼の口元は笑っていた。竹下はラケットを、彼から向かって時計の7時から振り上げ、そして2時の位置を通過させる。ボールを打った後はそのままラケットを外側へと逃がしていく。ボールは輝のフォアハンド側へと落ちる。輝は竹下が打ったサービスがツイストサーブであることに気が付く。そして自分の身をコートのセンターへと慌ててジャンプするようにステップを踏んだ。

 「......のぁ!?(ツイストでボディ狙いだと!)」

 スピンサーブが縦回転のボールなのに対し、ツイストサーブは斜めに回転を加えたものである。それ故ボールの回転が斜めになり。バウンド後はラケットを振った方向、右利きならば右側へ、左利きならば左側へと曲がっていく。竹下のツイストサーブは最早常人の何倍もの回転量が掛かっている。それ故彼のボールはバウンド後、対戦相手の頭の位置まで跳ね上がり、それが輝のボディ狙いだとすれば、丁度頭の真正面へと来ることになる。

 「.......(跳ねてからどんだけ曲がるんだ!)」
 「......フフ(対八神用に習得したこれをここで打つとはね。)」

 輝は何とかボールの軌道を避けてフォアハンドのスイングを行うも、ボールが自分の身体と近かったため、ラケットをうまく当てられなかった。ボールはネットへとかかる。

 「40-0」

 「いいぞ竹下!」
 「竹下くーん!ナイスサー!」
 「ツイストサーブキレッキレ~☆フゥゥ~!」
 「もう、高峰応援もチャラーい!」

 竹下のポイントに沸き上がる海生代の面々。影村は竹下のサーブを見て、自分ならばそのままベースライン内のバックハンドでカウンター処理だろうと頭の中でシミュレートしていた。しかし、輝は自身の一番信用できる武器であるフォアハンドに縋った。それ故、彼はフォアハンドに舵を切った。しかし舵を切った方向にボールが来てしまっては本末転倒だった。

 「......。(ボディー狙いのツイストサーブかよ。次は何を使う気だ。)」

 「......。フフッ。(ポイントの最後はやっぱり、真っ向勝負だよね。)」

 「......。(バックハンドへのへのツイストサーブからのボレー?いや、フォアハンド側へ打ち込んでくる恐れもある。そうならさっきの様に撃ち込まれることはない。真っ向勝負か...?)」

 竹下はボールを手で突きサーブの構えに入る。トスが上がる。竹下が打ったのはスピンサーブだった。サーブは150キロ程度のスピードで輝のコートフォアハンド側のコートセンター寄りに放たれる。これで竹下と輝は正面に向かい合う形となる。輝は竹下が正面切ってのストローク戦を選んだのだと認識した。

 「......!(俺と真っ向勝負しようっていうのか!面白れぇ!)」

 「......フフッ。(さぁ、やろう!テニスを!)」

 輝はバウンドして高く跳ね上がろうとするボールが丁度胸の位置に来たところで、フォアハンドのスイングをボールへ直撃させる。ボールの重さがズシリとラケット越しにのしかかる。彼は踏ん張って竹下のサーブを彼の正面へと打ち返す。

 「......。(勝負だ天才!正面切っての打ち合い、受けて立つ!)」

 「......フフッ。(これが高校男子テニスか。)」

 竹下は帰って来たボールをフォアハンドで打ち返す。ウィンドミルスイングの利いたフォアハンドはボールに猛烈な摩擦を生み回転へと変換される。ネットの2メートル上を通過すると輝のいるコートのフォアハンド側へと落ちてバウンド後一気に跳ね上がる。輝と竹下は打ち合った。しかし竹下の打つボールの方が球威が上だった。

 「......。(押されている。俺が!)」

 輝は全力でフォアハンドを打っていた。竹下もフォアハンドをフォアハンドで返していた。一進一退の打ち合いに影村は口笛を吹き、徹は輝をベースラインの後ろの後ろへと押している竹下に愕然とする。照山は県内最強とまで謳われる横田兄弟と互角以上の戦いを繰り広げる竹下を見て、残りの天才もこのようなレベルの集まりなのかと考えるとぞっとした。

 「...ック!(球威を上げてきやがった!)」

 「...フッ!(まだまだ終わらないよ。)」

 「......ッ!(俺が押されているだと!?)」


 フォアハンドの打ち合いは竹下が押していた。輝はラケットを振り続けた。フォアハンドのベースライン、フォアハンドのエッグボール、フォアハンドのフラットショット、フォアハンドのトップスピン、ボールの勢いの緩急などの多種多様なボールを降り増せる。それでも竹下の猛烈なスピンがかかったボールに押し返される。彼はとうとうベースラインから2メートルの位置にまで下がらさせられてしまった。彼は堪らずにロブを打ち上げる。

 「...はぁ...はぁ...。(下がりすぎた!立て直す!)」
 「.........。(ロブを打った。滞空時間で時間稼ぎ...バウンド...いいや)」

 ボールは空中を舞う。竹下は落ちてくるロブの着地点を感覚的に計算する。そして予測位置へ移動すると、ラケットを構える。輝はロブを打った後、フォアハンドのベースラインの線が描かれた位置まで戻り。フォアハンド側寄りでラケットを構えて竹下の返球を待つ。

 ボールが落ちてくる。重力加速度がフルに掛かったそれは進む速度を上げる。竹下は左手を前に体はオープンスタンスのままラケットを引く。落ちてきたボールが竹下の腰の位置を通過しようとした時、彼のラケットのスイートスポットがボールに直撃する。竹下はウインドミルスイングではなく、下から上そしてフォロースルーは首元というごく一般的な普通のスイングに切り替えていた。

 ボールは山なりではなく、ネットの20センチ上を通過すると輝のいるコートのバックハンド側いっぱいのサービスライン際へと飛んでいった。輝はバックハンド側へと走ろうとするも追いつけないと判断し、ボールを追うのをやめた。

 「ゲーム 竹下!」

 「スゲェー!なんてラリーだ!」
 「最後なんだよ!ロブをノーバンで打って、あんなアングルショットを...バケモンだろ!」
 「フォアの角度えっぐ!」
 「竹下ナイスウィナー!」

 ゲームカウントは1-1となった。影村は静かに竹下の方を見る。徹は手に汗を握って竹下のボールの軌道、戦術を見ていた。佐藤も同じくタオルを握りしめていた。高峰は山瀬と冷静に真面目な顔で輝と竹下のラリーを見ていた。生で初めてテニスをみた牧瀬と徳田はまるでサッカーの試合を見るような状態で竹下と輝のラリー戦を見て興奮いた。これだけの打ち合い、攻防が続いてもまだ2ゲームが終了しただけという状況だった。海生代高校の天才竹下隆二と輝の試合はまだ続く。
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