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Moving On

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 千葉県大会 午後の部 決勝

 影村が男子テニス部のベンチへとやってきた。周囲のメンバー達はいきなり現れた厳ついお兄さんに戸惑う。脅されるのか、殴られるのか彼らはまず恐怖を感じる。竹下は飄々と爽やかな笑みを浮かべる。

 「フフ、来たね。影村。」
 「か、影村...なのか?」
 「影っち...」
 「か、影村君なの...?」
 「ヒィ...」

 影村の厳ついファッションセンス、そしてサングラス越しに見える精悍な目つき、体から発せられる圧力を前に、照山は言葉を失い、岡部は頭が真っ白になり、高峰は影村のオンとオフのギャップに戸惑い、山瀬は只々怖がって照山の後ろへと隠れていた。山城と峰沢はこの日別件で試合会場にはいなかった。

 「なんすか。俺に何かついてんすか?」

 「その声影村だ!」
 「ウェーイ!影っち―!」
 「影村君だ!」

 影村の声を聞いて安心したのか、メンバー達は影村の方へと駆け寄る。

 「どこの厳つい兄ちゃんが来たのかと思ったぜ。」
 「マジでそっち関係の人かと思ったわ。」
 「横田輝と対面で話すとか、影っちの胆力どんだけぇ?」
 「さっき横田兄弟に集まってた女の子達を一瞬で追い払ったよね。どうやったの?」


 「......。(いや、内心滅茶苦茶緊張してたんだが。)」

 少し後に遅れて酒井も後ろから歩いて来た。影村は竹下と向き合う。他のメンバーはその光景をじっと見る。普段竹下にべったりな佐藤でさえも入っていけない空気だった。

 「...コンディションは?」
 「フフ、最高だ。」
 「そうか。」
 「影村は?」
 「大丈夫だ。とりあえず、全国の天才連中がお前を待ってるぞ。」

 影村は拳を作って竹下へ差し出すと、竹下も同じく拳を差し出した。

 「行って来い。」
 「あぁ、次はお前も来るんだ。」
 「そいつはお前の活躍次第だ。」
 「フフ、わかったよ。」
 「全部叩きこんでさっさと本戦行きな。」
 「あぁ、任せてくれ。」
 「そういう時はこういうんだ。“Leave it me .”ってな。」
 「フフ、覚えておくよ。」

 2人は拳同士を軽く合わせる。竹下はラケットバッグを背負ってコートへと入る。輝もラケットバッグを背負ってコートの方へと向かってゆく。コートの真中で審判がスコアボードを持って立っている。竹下と輝はそれぞれベンチにバッグと飲料とタオルを置いた。ラケットを持った2人は審判の下へと歩いた。

 この日の結果がどうであれ県大会が終わる。隣の他県から竹下の噂を聞いた。強豪校のマネージャーや2年生の連絡係を任された選手達、そして選手の付き添いや、テニスファン達大勢が試合を見守る。メディアの数が増えたこともあり、小谷と島永は困惑していた。

 「これより、都道府県大会の決勝を行います。」

 「よろしくおねがいします。」
 「よろしくおねがいします。」

 竹下と輝はネット越しに向かい合う。審判はコインを取り出す。

 「表が横田君でお願いします。」
 「はい。」

 審判がコインを弾く。表裏回転しながら上がったそれはそのままコート面へと落ちる。コインは表側が上を向いていた。

 「では、横田君御サービスゲームからスタートでお願いします。」

 輝は審判からボールを貰うと、1つをポケットにれる。竹下と輝はベースラインへと下がっていく。

 「キャー!輝くーん!」
 「かっこいい!」
 「頑張って―!」

 「竹下―!ファイトー!」
 「竹下君頑張れー!」
 「いったれ―!竹下ぁ!」

 竹下は海生代高校の応援を背に、コートへ立った。影村はそんな彼を見て、自分がもしあの忌々しいU-12予選で少しでも応援してくれる存在がいたらとこの状況を羨んだ。影村は数えきれないほどの賞金付きの草トーナメントに参加している。彼は日本に帰ってから心の中は孤独だった。「陽の光は竹下に当ればいい。そして自分は日陰で暗躍する。今自分がこの廃部寸前の何者からの支援も無い男子テニス部という部活組織の為にできる現実的なことは、運営ができる様に資金を稼ぐことだ。」彼は自分にそう言い聞かせた。

 「 ザ ベストオブ 1セットマッチ、横田 トゥー サーブ レディ ナウ...」

 竹下は徹の事もあってか身構えていた。

 「......。(俺が徹と同じ性格してると思うなよ...俺は、真っ向勝負派だ!)」

 輝のファーストサーブが竹下のコートサービスラインのセンターへと放たれた。その球速は180キロ台。クイックモーションから放たれたそれは、竹下の体感速度からすればかなり早かった。

 竹下はバックハンドを小さくスイングしボールを輝がサーブを打った場所まで返した。輝はフォアハンドで竹下のフォアハンドを狙う。竹下はすかさずフォアハンドストロークを打ち込んだ。彼の超高回転のボールが輝の下へと返って行き、彼のベースライン上で落ちた。それは急速に跳ね上がる。

 「.......フン!」

 「......!?」

 輝は徹と違ってパワーがあった。彼はフォアハンドを振り切る。輝の鋭いボールは竹下のコートのバックハンド側へと飛んで行く。竹下は走った。ベースラインギリギリに落ちたそれを何とか拾い上げるも、輝のいるコートのサービスライン上にバウンドする。すでにその位置で待ち構えていた輝は飛んできたボールをそのままボレーではなくフォアハンドで竹下のコートへと打ち込んだ。ボールは竹下のフォアハンド側のベースライン際へと飛んで行き、竹下が追い付けない状態となる。

 「15-0」

 「キャー!輝君!」
 「かっこいい!」

 黄色い声援が輝に降りかかる。竹下は爽やかな笑みを浮かべる。輝は次のサービス位置へと進んだ。竹下は次のサーブに備える。輝はトスを上げる彼は竹下のフォアハンド側へとファーストサーブを打ち込む。竹下はそれをフォアハンドで輝のフォアサイドへと返す。輝はフォアハンドの打ち合いを始める。竹下はいつもの調子でフォアハンドを打ち込んだ。エッグボールと呼ばれるそれはネットの上2メートルを通過し、輝のいるコートのベースラインへと落ちる。ボールが輝の肩の位置までバウンドする。彼は構わず高い打点で飛び上がったボールを打った。ボールはまた竹下のフォアサイドへと打ち返される。

 「......フフ。(俺のフォアハンドを普通に返してくる。まるで水谷か龍谷だ。)」
 

 竹下はボールを追うと、それを輝のコートバックハンド側へと打ち返す。輝は竹下がフォアハンドを打つ前にスプリットステップを行う。そして走り出すと、竹下の打ったボールがバウンドする前に左足の膝を上げながら飛び上がった。

 「.........(徹が打てれば俺だって打てんだよ!)」

 輝はバウンドで彼の肩まで伸び上がったボールをジャックナイフで叩いた。それは竹下のコートのバックハンド側へと鋭い角度で飛んで行く。竹下も輝がジャックナイフを打つ前のジャンプを始めた時点で、すでにスプリットステップを完了させて動き出しており、コートベースラインの真中に移動していた。輝がジャックナイフを打つと、竹下はボールへと走る。光のボールがサービスラインの際へと撃ち込まれたため、竹下は今度はストレートにバックハンドのスライスを打ってその滞空時間で時間を稼ぎ、すかさずネットへと詰めた。

 「......あめぇ!」
 「.....!?」

 輝はボールへと走りながら大きくラケットを回すように腕をテイクバックした。彼がボールに追いつくとラケットを重い切り縦にスイングしてスピンの利いたロブを打ち上げる。それは竹下の頭上を越えて彼のコートのベースラインへと落ちた。

 「30-0」

 「キャー!」
 「輝くーん!ナイスボール!」

 竹下は大きく深呼吸した。輝は次のサービス位置へと移動する。彼のサービスルーティンは徹のそれと同じく手でボールを突く回数が多かった。

 「......。(もっと見せてみろ。これが天才だというものを!)」

 輝は竹下に期待していた。全国に5人いる天才の一人と対戦できることを内心心待ちにしていた。彼はトスを上げると今度はスライスサーブで竹下のフォアハンド側を狙った。竹下はスプリットステップをした後、すぐにフォアハンド側へとステップしてフォアハンドストロークを真っすぐ打ち込む。その顔彼はその場でステップを踏み、コートの真中付近へと戻る。輝は走りバックハンドで竹下のいるコートのバックハンド側へ、クロスにボールを打ち込んだがバランスを崩す。竹下はすかさずバックハンド側へ走り込んで浅く入ったボールをストレートへと打ち返した。

 「30-15」

 「うまい!」
 「すげぇ!さすが天才!」

 徹の時とは違い、今度は海生代高校の面々以外の観客も彼に声援を送っていた。海生代高校のメンバーは他の観戦客を見ようと周囲を見渡した。そして驚きの表情を浮かべる。

 「な、なぁ...岡部、あれって2組の牧瀬じゃね?」
 「1組の徳田もいる。」
 「そういえば家が近かったわね。」

 海生代高校の徳田栄志とくだえいじ牧瀬寛まきせひろしは部活動報告の結果を女子テニス部所属の生徒伝いに聞くと、いてもたってもいられなくなり現場へと駆け付けたのだった。彼らは海生代高校男子テニス部の下へと歩いてきた。

 「よう!岡部!」
 「岡部ちゃん、元気してた?部活動報告の結果を聞いてムカついたから来たわ。」
 「牧瀬...徳田...良いのか?重森に目付けられないか?」
 「いいんだって、俺達帰宅部だし。それに俺達付き合いなげ―じゃん。」
 「今何回戦だ?」
 「県大会決勝だよ。今うちの1年が前年度の県大優勝者とやあり合ってるぞ。」
 「うっへぇ、マジか。」

 2人はベンチへと腰を掛けると竹下の試合を見始めた。

 「テニスってゲームでしか見たことないけど、実際見るとすげぇんだな。」
 「だろ?」
 「ボールのスピードやべぇわ。」

 輝がトスを上げる。竹下はラケットをっ回しながら腰を低く落として、踵を上げながら重心を左右に振って動いていた。輝がラケットを振り上げる様にスイングする。それはスピンサーブだった。竹下はバックハンドでそれを輝のいる方へと返す。彼はバックハンド側へと飛んできたボールを、回り込んでフォアハンドで打ち返す。またしても竹下のコートのバックハンド側へと飛んできた。今度は竹下がそれを真っすぐ打ち返す。竹下のフォアハンドは確かに強烈だった。しかしバックハンド側は一般の上級者クラスの威力。高校生という事もあり、パワーに乏しかった。輝は走ってボールに追いつくと、すかさず体を開いたオープンスタンスのフォームでフォアハンドを打ち込んだ。体に巻き付けるように降られたラケットから打ち出されたボールは、竹下のがら空きになったフォアハンドへと撃ち込まれる。

 「40-15」

 「キャー!」
 「輝君ナイスー!」

 竹下は爽やかな笑みを浮かべてラケットのガットの網目を指で直していた。彼は不敵な笑みを浮かべる。

 「.........。(あいつ、何笑ってやがる。)」

 「.........。(あぁ、いるじゃないか。あの4人以外にもちゃんと強い人達が。)」

 竹下は徹に続き輝の強さに歓喜していた。全中時代の県大会ではもはや自分の敵はいなかったからだ。同じく輝も現在千葉県内に好敵手と思える人間は兄弟の徹だった。それだけ彼らとそのすぐ下に位置する選手層とのレベルが違う状態だった。竹下はレシーブの構えに入る。

 「.........。(昨日の試合と違って、真っ向勝負をかけてくれるね。嬉しいよ。)」

 竹下は輝のラケット、体の向きなどの情報から次のサーブで打ってくるボールのコースを予測した。

 「.........来る!」

 竹下はこの時、5人の天才にも匹敵する強者が現れたことに歓喜する。彼のサービスラインにボールがバウンドする。しかし竹下はボールの速さに目が付いていけなかった。

 「ゲーム 横田!」

 「キャー!速ーい!」
 「カッコイイー!」
 「いやぁぁ!輝くーん!」

 輝を応援する黄色い声援が激しくなる。竹下はサービスエースを取られる。輝のファーストサーブは200キロに届くかそうでないかだった。竹下は輝の姿に、全中時代圧倒的なパワーを誇っていた。天才の龍谷と水谷が重なった。
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