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Moving On

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 インターハイ 都道府県大会 千葉県総合スポーツセンター テニスコート

 竹下を始め海生代高校の男子テニス部の面々は会場入りした。都道府県大会規模になると、応援する観客の数も多く、一つの強豪校だけでも最大15人前後は引き連れて現れる。竹下はコートを見回すと大きく深呼吸した。

 「とうとう来たね!竹下君!」
 「フフ、小学生の頃以来だよ。」
 「え?竹下君ここに来たことあるの?」
 「U-12トーナメントでね。」
 「へぇー!」

 佐藤は竹下の昔話が聞けて満足だった上に舞い上がっていた。それを後ろで見ている影村と照山。岡部と峰沢は第1回戦の試合相手について話をしている。高峰と山瀬はダブルスで既に県大会出場を決めていた。

 「県大会か...ここに来るなんて、今までの俺達じゃ考えられなかったな。」
 「あぁ、岡部先輩。俺たち負けちまったけど、海生代男子テニス部の歴史の変革を見た気がするぜ。」
 「お前あと1年あるだろ。」
 「へへぇ~☆」
 「おいおい。がんばれよ時期主将なんだからよ。」
 「俺はキャプテンはやらねぇ。」

 「.........!?」

 山城の言葉に全員が振り向く。3年を除いた年長者は現在2年の山城だった。彼は何か考えがあってのことだった。

 「俺は主将にはならねぇ。裏方に回る。」

 山城は影村の背中を叩く。影村はフッと笑い山城の肩を叩く。

 「時が来たらいろいろ頼みますよ。先輩。」
 「おうおうおう~☆」

 「オットセイ☆↑ オーウ☆↑」
 「オットセイ☆↑ オーウ☆↑」
 
 「もう、高峰と山城先輩チャラーい!」

 相変わらずのノリにむくれる照山。影村が照山の隣に来た。照山は冷静になってから影村を見上げる。相変わらず伸びきった前髪で素顔は見えない。彼女は溜息をついた後、影村の近況報告を聞いた。

 「...で?昨日の件どうだったの?」
 「勝ってきた。額はでかい。来月と半月分の練習代にはなるだろうよ。」
 「少しは休んでもいいのよ。影村君が毎日試合ばかりで一番無理をしてるんだから。」
 「最初が肝心って奴だろう?もっと稼ぐさ。学校の方はもう駄目なんだろ。」
 「勉強は大丈夫なの?もうすぐ中間試験よ。」
 「成績は中程度だ。それに試合は夜が多い。仮に補修があっても関係ないさ。」
 「...そう。(影村君。少し疲れてる。夜のトーナメントに、家に帰れば勉強、朝にはトレーニングもやってるって聞いてるし...何か私にできることは...。)」

 照山は俯く。峰沢が影村の肩に手を乗せる。峰沢が手をどけると影村は彼の方へ振り向く。

 「影村君。いつもすまない。」
 「俺にできることはこれぐらいだ。トーナメントは竹下に任せるさ。」
 「来年は君にも公式戦に出てもらえるよう、男子テニス部の運営を安定させないとね。」
 「まぁ、何だ。昨日出場したトーナメントで変な噂が流れちまってる。その内、大会運営者界隈にも警戒されるだろうな。」
 「本当かい?」
 「あぁ。全てが初出場の今年中がリミットだろう。2度目は出禁になる可能性だってある。」
 「それまでに何とかしないといけないな。」

 竹下が佐藤とワイワイ会話をしている後ろで、影村達は神妙な顔で部の運営資金の話をしていた。竹下は後ろを振り返る。影村はフッと笑い、彼にサムズアップをする。竹下も爽やかな笑みを彼に向けると、隣にいた佐藤がムクリと膨れる。影村はまるで佐藤が独占欲の強い幼い少女に見えてしょうがなかった。影村が前を見ると、竹下と佐藤の目の前に2人の男子高生の姿があった。周りにいる他の高校の選手達が2人の選手と竹下について色々話している。

 「お、おい、あれ...県内絶対王者の横田兄弟...」
 「相変わらずすげぇオーラだな。」
 「お、おい...あれ、海生代の...竹下隆二!」
 「行方不明って言われてた最後の天才のか!?マジかよ!」
 「しっかし、横田兄弟人気だよなぁ...羨ましい。」

 横田兄弟の後ろにも何人かの男子高生の姿と、彼らの周りに黄色い声援を送る他校の女子高生らの姿があった。山城と高峰は女子高生の集団を見ると間髪入れずに「ッシャー!、ナンパだ!」と走り出すも、照山にベルトを掴まれて動けなくなっていた。黄色地に黒い二本ラインが引かれており、その真ん中には菊池台西の文字が入っていた。集団の中から180センチ程度ある身長イケメンの男子高生2人が竹下の前まで歩いてくる。佐藤は目の前に現れた横田兄弟を警戒する。

 「ほう、最近海生代に入った5人の天才の一人...竹下隆二か。」
 「フフ、そうだよ。君達は?」
 「このジャージを見てもわからないとか、お前天然か?」
 「この県にある高校でテニスをやってるなら、俺達の事を知っててもいいんだけどなぁ。」

 2人の男子高生に見下ろされて圧をかけられる竹下。佐藤が竹下の前へと出る。しかし横田兄弟は怖がるどころか佐藤に顔を近づける。

 「ちょっと、やめてください!」
 「へぇ、かわいいじゃん。アイドル?」
 「マネージャーよ!竹下君の...!」
 「フフ、俺だけなのかい?」

 「 テ ニ ス 部 の ! 」

 「......。(訂正するんかーい。)」

 佐藤の言い直しに、3人は黙って無言となり心の中で彼女に突っ込みを入れる。2人の男子高生の後ろから一人の生徒が顔を出す。

 「おぅ、岡部!」
 「あ、副田!」
 「来てたのか。」
 「うちの大型新人が県大会に出たっていうし、一応、こんなんでも主将だしな。」
 「主将は試合だけが仕事じゃねぇからなぁ。おい、輝と徹。俺のダチだ。」

 副田と岡部は予選最後の試合で連絡先を交換して以降、副田と街へと繰り出して遊ぶなど交友があった。

 「なんだソエちゃん知り合い?」
 「そうそう、お互い最後の試合でな。なんか意気投合してよ。」
 「へぇ、そうなんだ。ソエちゃんの友達なら、悪いやつはいなさそうだ。悪かったな。またコートで会おう。」
 「フフ、試合楽しみにしてます...あと、俺の出身地、まだ完全に災害復興が終わってないから、この県から試合に出ているんです。」
 「おいおい、マジか。悪かったな。対戦相手だからって、少し圧をかけてみたんだが。」
 「徹は直ぐに相手に圧かけるからな。」
 「なんだと!お前も一緒にノッてたじゃないか!」

 輝と徹は言い合いをする。高峰や山城も後ろにいるチャラそうな男子高生達、黄色い声援を送っていた女子高生達と楽しそうに話をしている。海生代の面々は試合の受付時間となったことに気が付く。

 「それじゃあ、副田。俺達は受付を済ませてくるよ。」
 「おう、またな。徹と輝も行くぞ。シードで時間があるから体ほぐしとけ。」
 「わかったよソエちゃん。」
 「うぃーっす。」

 海生代と菊池台西の面々がお互い足を進める。吉田兄弟は自分達の隣を影村が通過したのに気が付く。2人は影村を見上げる。圧が半端なく高い。黒地に青い模様が入ったジャージの下からでもわかる筋肉の量と締まり、肩幅の大きさもあってか、思わず影村に声をかけた。

 「...おい。」

 影村は徹の呼びかけに足を止めて振り返る。ポケットに手を突っ込み隠れた前髪から2人をのぞく。その強い眼光は一瞬だけ横田兄弟を怯ませる。影村は道行く高校生達から注目を集める。その身長、体格、筋肉量、そして圧力に男子高生達は警戒し、女子高生達は固まって影村の方を、まるでビッグフットが目の前にいて、それを怖いもの見たさで見つめるように彼を見上げていた。

 「...何かようか。」

 影村のドスの利いた低い声が二人の腹底を揺らす。菊池台西の副田を含めた他の部員達はカタカタと震えている。

 「いや、お前は試合には出ないのか?」

 「今年は出ねぇ...じゃあな...。」

 横田兄弟を含め、菊池台西の面々は無言で影村の背中を見送った。主将の三枝と、副主将の間部が彼らの下へやってきた。横田兄弟は受付を済ませて来た三枝にちょっかいをかける。

 「おうおうおう、もどったぜ~お前ら。」
 「あ、桂先輩」
 「三枝さんしじゃねぇよ!」
 「いらっしゃ~い」
 「徹テメェ!」

 菊池台西のエース徹と輝。県内で敵なしと云われた彼らは1年生からインターハイ、全国選抜高校テニス大会、国体の高校テニス3大大会と呼ばれる大きな大会に連続で本戦に出場している。もはや県内では敵なしの状態だった。そんな彼らは今年新たな敵の出現に心躍っていた。

 「竹下隆二...徹、お前あいつ潰せるか?」
 「天才なんだろ?無理っしょ。」
 「無理とか言うなよ。」
 「だってよ輝、竹下っていいやぁ全中の男子シングルス第2位なんだろ?」
 「...やることやるしかねぇだろ。」
 「そういうこっとぉ~」

 2人はベンチに座って自分達の出番を待った。千葉県総合スポーツセンター庭球場でボールを打つ音が響き始める。竹下の第1試合の相手は千葉石巻高校だった。彼は難なく6-0のストレートで勝利を収め、続く第2試合の小榑東工業も6-0のストレート勝ちする。海生代の面々が喜ぶ中に影村の姿はなかった。そして、この日最後の試合である3回戦へと突入する。3回戦の相手は菊池台西高校のエース横田兄弟の弟である徹だった。影村は海生代の面々達の前に戻ってきた。

 「...ついに来たな。横田兄弟との試合。がんばれよ。」
 「ウェイウェイ、竹下~頑張れよぉ!」
 「フフ、任せてよ。」
 「はい!竹下君!」
 「理恵華、ありがとう。」

 岡部と高峰は竹下にエールを送る。佐藤は竹下にタオルとスポーツドリンクを渡す。影村は横田兄弟のいる菊池台西高校の方を見た。

 「おい、竹下。」
 「どうしたんだい?」
 「横田の徹の方だが、あいつはダウンザラインが得意なようだ。足も速い。困ったら逆を突いて崩す戦略を織り交ぜてみな。」
 「フフ、影村。次の対戦相手の試合状況見てたんだね。ありがとう。(ダウンザライン...まるで八神だ。)」
 「んむぅ~!影村君!どうしてみんなと一緒にいなかったの!?」

 まるで集団と一緒に居なければならないかのような言動と共に膨れる佐藤に対し、影村はどこか面倒くさい奴だとイラっと来たのか、思っていることをストレートに伝える。

 「相手の情報を集めんのは元々佐藤、お前の役割だろ。」
 「それやると竹下君と一緒にいれないでしょう!」
 「...とりあえずそういう事だ竹下。勝てよ。」
 「フフッ、ありがとう。」

 影村が呆れていると、膨れる佐藤の後ろから山瀬が走ってきた。彼は止まって息を整えると別のコートで見てきた試合の状況を報告する。

 「ただいま~。僕も影村君と同じく、兄の輝君の試合見てきたよ。」
 「山瀬君まで!」

 「カゲカゲ~!ノブノブゥ~!ナイスプレーイ ウェーイ☆」
 「カゲカゲノブノブウェーイ☆」

 「もう2人ともチャラーい!」

 男子テニス部一同は竹下の試合が行われるコートへと足を進めた。竹下は受付から貰ったボールを持って、コートの中へと入ってゆく。海生代の面々が座っているベンチのすぐ隣に菊池台西が陣取った。

 竹下はネットを挟んで徹と向かい合った。

 「1セットマッチ。今からコイントスを始めます。表が竹下君、裏が横田君です。」

 審判はコイントスを行う。コーンはコート面に落ちる。裏が上を向いていた。

 「では、横田君のサーブでゲームを開始します。」

 「よろしくお願いします。」
 「よろしくお願いします。」

 徹は審判からボールを貰うとそれを持ってベースラインへと下がる。竹下は軽くステップしながらベースラインへと下がった。竹下達海生代高校が県大会へと進出するための最大の障壁となるであろう、菊池台西高校のエースの1人である横田徹との試合が始まる。
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