Y/K Out Side Joker . コート上の海将

高嶋ソック

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Moving On

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 竹下が最初のポイントを取り、彼が好スタートを切ったことに歓喜する岡部と照山。佐藤は一生懸命に声かけをした。竹下は大きく深呼吸して空を見上げる。快晴の空の下で、彼は今ここより生まれ変わった気分だった。

 「あぁ...試合...久しぶりだな...。」

 竹下は植島から送られたボールを貰うと次のサービス位置へと向かった。植島は竹下が只者ではないと見た。彼は作戦を考えた。ボールが跳ね上がって来るなら十分な距離を取ってみてはどうか。彼はベースラインよりも1m程下がって待機することにした。

 「....隆二君~!」
 「おーし隆二!もう1本決めようや!」
 「ウェーイ☆隆二君カッコイイ~☆ウェーイ」
 「ウェーイ☆隆二君カッコイイ~☆ウェーイ」
 「もう二人共チャラーい!」

 海生代のベンチは少人数ながらも盛り上がっていた。山瀬の子供っぽい声での突込みに、里宮はまるで小動物を見たかのように胸をキュンとさせた。今回合宿に来た3校のうち人数は教員を含めて8人と最少だった。他の学校に関してはマネージャー含め10~15人程の選抜による参加だった。永新第2高校のテニス部顧問の杉田は竹下の尋常でないボールの回転量に目を疑う。竹下は爽やかな顔をしながら試合で動ける気持ちよさを堪能している。

 「杉田先生。やっぱりあれは。」
 「あぁ、キックサーブではない。ただのスピンサーブでここまでバウンドするとは...」
 「スピンサーブ...キックサーブ並みに跳ねましたよ!?」
 「...全国にいる5人の天才の中にトップスピンを極めたプレーヤーがいたな。」
 「えぇ、福島県代表の竹下ですね。震災後行方が分からないって...」
 「その彼に匹敵するプレーヤーかもしれん。」

 竹下は2球目のファーストサーブを、今度は植島のバックハンド側へと打ち込む。ボールはまたも植島の頭の上まで跳ね上がる。しかし今度は後ろへと下がった植島が、バウンドしきったボールが落ちてくるのを待っていた。

 「......。(どれだけ回転掛かってようと、落ちれば問題ねぇ!)」

 ボールが腰の位置まで落ちて来たタイミングに合わせ両手バックハンドで返球しようとする植島。今度は若干重たいものの、ボールは竹下のいる場所の手前でバウンドした。竹下は非常に薄い握りで持ったラケットを下から上に振り上げる。ウインドミルスイングで打ち出されたボールは、彼のサーブとまではいかないが超高回転がかかっており、バウンドしてから跳ね上がりまでの時間も短く尚且つラケットにズシンと重みを感じる程に威力があった。植島は徐々に竹下のストロークに押される。

 「......(くっそ!ボール重てぇ!)」

 影村と龍谷のストローク戦とは別の状況で、ベースラインのかなり後ろへ下げられる植島。彼はなんとか高威力のボールを返球している状態であった。彼は高めのボールを竹下へと返す。少しでも時間を持たせ、体勢を立て直すためだ。竹下はベースラインの内側へ内側へとジリジリ近づいていた。植島がどれだけボールを返そうが、それをあざ笑うかのように超バウンドするストロークで返球されてまたベースラインの外へと追われてしまう。

 「......はぁ...はぁ。(キリがねぇ!)」

 「...ははっ。(やっべ...楽しい...)」

 竹下は久しぶりのボールが思ったままの方向へ飛んでいく感覚に酔いしれる。こう振ればこう飛んでいく、ラケットの角度をこれだけ変えればこう飛んでいくという様々な打球の感触に快感すら覚えていた。

 「...30-0...40-0.....ゲーム隆二君。」

 「......はぁ...はぁ...(今年の海生代の1年やべぇ...。)」

 植島は1ゲーム目から全力でブレイクポイントを狙って行ったが、全て竹下に押されてしまい、何もできずに体力だけを持っていかれてしまった。

 「チェンジコート......ゲームカウント1-0 植島君 サービスゲーム」

 「....フゥー。(集中...。)」

 植島はサーブの構えに入る彼のサーブは、オーソドックスでシンプルなフォームだった。トスを上げた彼は軸足である左足に右足を乗せて体重移動してサービスを打ち出した。竹下はすかさずフォアハンドでサービスを取りに行く。植島の打ったファーストサーブを彼の近くのフォアハンド側へ返した。植島はすかさずフォアハンドをストレートに打ち込み、竹下がいないバックハンド側を狙うとそのままネットへ詰めてダッシュする。

 「..........。(俺もそうするよねぇ~)」

 高峰はもし竹下に同じコースを打たれた時、自分も同じことをやるだろうと思った。しかしそれはもう既に竹下の狙い通りだった。彼はバックハンド側ヘ走るとバウンドしたボールを両手バックハンドで打ち返す。竹下のバックハンドは、フォアハンドと同じ程とはいかないが、十分すぎる程に回転が掛かっているトップスピンロブでだった。それはネットへ詰めた植島の頭上を越えて、斜め後ろのベースラインへ落ちた。ボールはコートの外へと逃げるように飛び出してゆく。

 「.........!(しまった!誘いこまれたのか!)」

 「0-15。」

 植島は竹下のバックハンド側を狙うよう作戦を変更した。竹下のコートのバックハンド側を狙いサーブを打つ。竹下はバックハンドストロークで植島にボールを返す。植島はまたバックハンドへとボールを打ち、竹下もそれをまた返す。今度はストレートへ打ち込んで竹下を走らせた。竹下は走りながらラケットを軽く引いた。ボールがバウンドして落ちてコート面に着くか着かないかのところに手首のスナップを利かせたラケットヘッドを滑り込ませるように入れて、ボールを打ち出しそのまま走り去る。

 「0-30。」

 「......っく!(天才かよ!)」

 植島は竹下が自分のフォアハンド側にボールを返してくると踏んでいたが、竹下はその逆を突いてバックハンド側へとボールを返すようストレートに返球した。虚を突かれた植島の身体は既にコートのセンターを越えていたため、戻ろうにも間に合わなかった。

 「0-40。」

 杉田と槇谷は竹下のプレーを見て、今後の時代の流れを予想する。

 「...うまい。手首のスナップでストレートにボールを打ったのか。」
 「植島の逆を突きましたね。」
 「あぁ、あの隆二って子、おそらく横田兄弟にも引けを取らない実力を持っているだろうな。」
 「横田兄弟...」
 「あの兄弟を倒せるのはそうそういないだろうな。」
 「今奴等は2年生、来年3年生...まだ時代は続くだろうなぁ。」
 「まぁ、この個人技の世界、まだ何があるかわからない。」

 彼らが言う横田兄弟は菊池台西校のエースであり、二卵性双生児の双子だった。それぞれが別の顔をしており、いずれもビジュアル共に黄色い声援の対象である。実力も県トップクラスで、竹下や影村の後にゴールデン世代と云われる面々が入学してくるまで、1年生から千葉県代表の座を欲しいがままにしている存在だった。

 植島は4球目のファーストサーブを打つもボールをネットに掛けた。

 「フォルト。」

 西野がフォルトのコールをする。植島の緊張感が一気に高まる。テニスは相手のサービスゲームをブレークすることでゲームポイントに差が出る。自分のサービスゲームを構築して相手にゲームブレイクさせず、尚且つ相手のサービスゲームをブレイクする必要がある。植島はトスを上げると、スライスの利いたサーブを打ち放った。ファーストサーブよりもスピードは劣るが、確実にコートへは入る。

 「......。(あぁ、くそ!なんで俺が押されている!)」

 「.....。(フフ、甘いよ。そのボール。)」

 竹下はフォアハンド側へと飛んできたボールをラケットを振り上げて猛烈なトップスピン回転の掛かったフォアハンドストロークを繰り出して、植島のバックハンド側へと打ち返す。ボールは植島のバックハンド側へ落ちる。その後急加速して跳ね上がった。植島はムキになってバックハンドを振るもその球威に押される。


 「.......っく!(このぉ!バケモノめめぇぇぇ!)」

 植島は歯をギリギリと食い縛り、全身の筋肉を使ってボールを打ち返す。ボールはそこそこの速度はあった。軌道はネットの5cm非程度上を進む。しかしボールの先には植島のコースを読んでネット前へと走って来た竹下がいた。彼はボレーの態勢に入った。ラケットグリップを緩く握って、低空で飛んできたボールにラケットを合わせる。

 ボレーの際は通常ボールを押し出すのだが、竹下はボールがラケット面に当たっても押すことはなく、まるで勢いを殺すかようにラケットを軽く引いた。ボールは先ほどの勢いが嘘のようになくなり、相手コートのネットギリギリへと落ちる。

 「.......。」
 「ゲーム 竹下 2-0」
 「フフ...。」

 竹下は不敵に笑う。里宮と渚は竹下の圧倒的な強さに言葉を失う。チェンジコートの際に里宮が目を輝かせながら渚に詰め寄った。

 「...ねぇねぇ、涼子!すごいね海生代!あのフォアハンド、昇ってくもん!こうビューンって!」
 「え、ええ。全く聞いたことのない無名高校...もしかしたら...いえ、彼らが新しい千葉県の男子代表争いに加わるでしょうね。有紀。次のインターハイ。荒れるわよ。」
 「彼らなら、横田兄弟にも勝てるんじゃないのかな?」
 「今試合してる子...おそらくだけど、それだけの実力はあるわ。それに...(私の予想が確かなら...あのチャラそうな子と、小さな男の子...いえ、そんなことあるはずが...。)」
 「あの~」
 「......。(いや、だとしたら...今も千葉県に名前が知れ渡っているはず。どこかの名門校から声がかかって来ても不思議ではない。あれはそれ程の実力を持つダブルスペアだろうからな。)」
 「涼子~もしもし~」
 「.........。」 
 
 渚は思慮深く考えた。もし彼女の予測が正しければ、次のダブルスも大荒れになるだろう。里宮は渚の事を見るとどこか不機嫌そうにむくれる。

 「ちょっと涼子!また考え事にふけって周りの事見ないんだから!」
 「あ、有紀ごめんごめん。」

 「.........。(あらあら、また涼子さんの悪い癖出てるわね。)」

 西野は審判台から奥ゆかし気な笑顔を渚に向ける。渚は西野の後ろからどこか「ゴゴゴゴ...」という笑顔の圧力を感じたため、一瞬体をブルっとさせた後に試合の様子を見守る事にした。里宮は静かにクスクスとかわいらしく笑う。試合展開は体力の尽きた植島を、竹下が一方的に蹂躙する形となった。

 「ゲームセット、6-0 ウォン バイ 竹下君 」
 「ありがとうございました...はぁ...はぁ...」
 「フフ、ありがとうございました。」
 「強いな...名前聞いてもいいか?」
 「フフ、俺は竹下隆二。次はインターハイ予選で会おう。」

 竹下はニッコリと笑う。彼の笑顔は男子から見ても爽やかさが溢れる純粋で。見る者を釘付けにする。それは永新第2高校の男子テニス部の部員達も同じく彼に引き込まれるほどに漢としての魅力があった。

 「竹下...隆二...お前...。」
 「...?」

 植島はラケットをコート面へ落として、竹下の肩をがっつり掴む。喧嘩かと思った山城らが止めに入ろうかとベンチを立ったが、彼らの予想は間違いだった。植島は肩を振るわせる。

 「勝ってくれ...お前ならできる...年下に言うのもなんか変だが...勝ってくれ。」
 「...勝つ?」
 「菊池台西校の横田兄弟を倒してくれ!俺達の代の...2年生で天才と呼ばれている奴等だ。」
 「天才...」
 「あいつら、俺の前のキャプテンを...いや、なんでもない。じゃあな。」

 植島は竹下の名前を聞くと、新たな脅威が現れたという絶望感と、横田兄弟を倒せる可能性が現れた希望の間でアドレナリンが全開だった。

 「ナイスファイトだ植島!」
 「槇谷...」
 「よくやった。植島。もっと練習してインターハイ予選突破を狙うんだ。」
 「先生...。」

 槇谷の賞賛と、杉田の言葉に胸をなでおろす植島。その顔は悔しさよりも、どこか清々するような見事に吹っ切れた顔つきであった。

 「あぁ、先生、槇谷...俺は幸運だった。」
 「...どうしたんだ?植島。普段は負けると悪態をつくのにな。」


 「あぁ、悪態の付きようもない。だって俺は...全国5人の天才の...その最後の一人と、今ここで試合ができたんだからな。むしろ引退考えてもいいぐらいの体験だわ。」

 「...!!」
 「...お、おい!植島!それって。」

 「あいつ、竹下隆二...消えた天才の一人だった。」

 「はぁ!?竹下隆二!?」
 「お、おいそれは本当か!?」

 植島の言葉に2人は疑ってかかりそうだったが、竹下の打つ異常な回転量のトップスピンボールとサーブを思い出し納得させられた。

 「まじか!あの竹下隆二だと!?」
 「今年のインターハイ、千葉県やべぇぞ!」
 「あぁ、おそらくこれは奇跡なんだろうな。」

 海生代高校に竹下隆二がいる。元全中男子シングルス準優勝の実力者が目の前にいる。これほどの興奮はなかった。西野は竹下の名前を聞いて驚いた様子で彼を見ていた。そして里宮と渚を含めた関東中山女子大高等部の女子テニス部員達も固まってしまった。

 「...い、今の...竹下隆二だったの...あの竹下...あの...」
 「えぇぇ!ほんとうなの涼子!?あの竹下君なの!?」
 「キャー―!竹下く――ん!」

 竹下の名前がばれるや、関東中山女子大高等部の女子テニス部や永新第2高校の男子テニス部の部員達の反応を見て竹下本人は固まったまま、どこかしょうがないなと云わんばかりに爽やかな笑みを振りまいて手を振った。

 「キャ―――!」

 女子達の声援が止まらない。佐藤の顔がまたむくれ始めた。彼が黄色い声援を受ける原因となったのは、おそらく全中後に雑誌広告の為に撮影された、八神と彼のツーショット写真が原因なのだろう。竹下本人は嫌がっての撮影だった。高峰と山瀬は立ち上がってストレッチを始める。

 「ウェーイ☆、ノブノブゥ~↑カモ~ン☆」
 「もぉー、高峰チャラーい!...でも、試合の時はそれぐらいがいいよ。ハハッ」
 「ウィ~☆(んなこと言っちゃってなぁ、兄ちゃんと同じ目してるじゃねぇの。)」

 「おう!お前ら!しっかり暴れてこい!」
 「行ってきます。山城先輩!」
 「先輩行ってくるっすぅ~☆」

 「ウェ―イ☆」
 「ウェーイ☆」
 
 「もう、高峰行くよぉ!」
 「へイヘイヘーイ↑」

 ストレッチが終わって、2人は並んでコートの前に立つ。高峰はコートを見たままゆっくりと山瀬の方に拳を差し出す。すると、山瀬も同じく前を向いたまま高峰が出した拳に自分の拳を合わせる。これは試合前の彼らの儀式的なものだった。

 今は亡き恩師である中学生時代の顧問の教えを忘れまいと、2人は声に出して気合を入れる。海生代の面々は彼らを見る。荷物を持ってコートからベンチへ戻る竹下も、その言葉を聞くと目を見開いて静かに興奮の炎を胸の中で燃え上がらせた。この言葉は後に、海生代高等学校男子テニス部の団体戦における円陣の掛声となる。


  「Let's get started! Nice, cool and tricky!さぁいくぞ!ナイスにクールにトリッキーに!Yeah!」


 それは2人の試合前の儀式だった。この大声の言葉に残り2校の、中学時代からダブルスを主にしてきた選手達が反応する。永新第2高校の男子テニス部のダブルスペアは互いを見合い、まさかの大物達の出現に心振るわせた。
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