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Moving On
manuscript.2
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合宿初日の夕方
第1コートを除いた残りのコートで練習していた他校のテニス部員達、顧問の教員達は皆、海生代高校男子テニス部練習後の状況を見て絶句していた。
海生代高校男子テニス部合宿 初日 練習終了
皆息を上げ、ボロボロになっていた。コート内を縦横無尽に走らされ、驚異的な数のボールを打ち、田覚の指示の下、フォームや細かい動きの改善をしながらどんどん進んでいく。進み続け、後ろを向かずただひたすらに次へ次へと改善していく。練習による疲労は、メンバーのエースであり、毎日10㎞以上走り込んでいる竹下が、顔を歪ませて息を散らして手を膝につく程だった。
海生代高校の面々は、よろめきならがら後片付けを行う。おびただしい量の汗をかき、山瀬に関しては高峰に肩を支えられながら荷物を持って退場していた。佐藤は全員にプロテインのシェーカを渡した。ベンチの前に荷物を置いた面々は、息を整えながらプロテインシェーカーを片手に持っていた。照山は影村から、彼が昔やっていた仲間内のプロテイン早飲み競争の掛声を伝授されており、それに従ってプロテインの摂取を行わせることにしていた。これがあると意外とスムーズに飲めるそうだ。
他校の生徒達は一列に並んだ彼らを見ると、プロテインの不味さを知っているのか何処か苦い顔つきになる者までいた。ともかくコールの音頭は酒井がとった。
「せ―の!ダァンケシェ――――ン!(かなりふざけたイントネーションの口調)」
※ドイツ語でありがとうの意味
「プロ――――スト!」
※ドイツ語で乾杯の意味
全員が叫んでシェーカーを乾杯するように上げたあと、一気にプロテインを飲み始めた。他校の生徒は笑う。特に男子高生のノリに慣れていない関東中山女子大学高等部の面々はツボに入ってしまった者までいた。山瀬の顔が青ざめ始めるも必死に耐え抜こく。竹下は飲みなれているのか全く動じていなかった。他の面々も山瀬までとはいかないがそれなりにまずそうな顔をしていた。
「ぐぇぇぇぇぁぁぁあ!」
「ップッハァ!!クッソまっじぃ!」
「あ゛―――・・・あ゛―――!」
「ノブノブ、牛乳ヒゲついてっぞ!」
「ハッハッハ!」
「これもっと味何とかなんねぇのかよ!」
男子達は盛り上がる。照山・佐藤は田覚と明日以降の打ち合わせをしていた。酒井と峰沢は一足早めに月の丘荘に戻り、風呂と食事の段取りを確認しに行く。照山の携帯端末に影村からのメッセージが入って来た。
“ 代官山公園 デイトーナメント 賞金 7万 獲得 ”
照山は影村の報告を見ると静かにうなずく。影村は千葉県で噂が広がりつつあった事を察知して、東京へと活動エリアを伸ばしていた。彼はこのゴールデンウィーク中、格安のビジネスホテルに泊まりながら東京中の草トーナメントを回っていく予定だ。大会の出場申請は全て照山が遠隔で行っていたため、影村は指定された場所に行き任務を熟すといった状況だった。
「.........。(影村君、1日目で草トーナメントの遠征費用全部稼いじゃった...。)」
照山は、影村の特異な存在感に胸騒ぎを起こしていた。彼女は竹下の後姿を見て、影村と竹下がどこかのセンターコートのネットの前で試合前のコイントスをしている姿を思い浮かべてしまった。そんな事を考えていると興奮で手が震えたが、佐藤に声を掛けられて我に返った。
「翔子先輩、どうしたんですか?」
「え、あ、いやぁ何でもないの...ちょっとボーっとしてただけ。」
「ふーん。何かあったら行ってくださいね!私、マネージャーの仕事覚えますから!」
佐藤は笑顔を照山に見せると竹下の下へと走っていった。
「ちょ、理恵華。今汗臭いからくっついちゃだめだよ。」
「えぇ、いいじゃん。行こう。」
「モテる男は違うねぇ~☆」
「違うねぇ~☆」
「ちょ、高峰、山城先輩?」
竹下は佐藤に抱き着かれて困惑しながら月の丘荘へと戻っていった。高峰と山城は終始竹下をおちょくっていた。山瀬はニコニコしながら後ろをついて行った。山瀬は合宿前に兄である敏孝と今のテニス部の状況を話をしていた。
「ノブ。明日から合宿だろ?頑張って来いよぉ~」
「に、兄ぃちゃん。僕の荷物に何入れようとしてるの?」
「何って、コスプレ衣装。」
「コスプレとかしないからやめてぇぇ!いやだぁ!」
「いいじゃん!いいじゃん!かわいい弟のコスプレ姿いいじゃぁん!」
「ギャーやめてぇ!ってかなんで女物なのぉ!?」
「フフフフ。」
「.....!?」
敏孝はお茶らけた少女の様な笑顔から、冷徹な目つきの青年へと表情を変えた。山瀬はガクガクと震える。昔からこのバージョンの兄が苦手だった。尤も元々敏孝はこちらがベースであった。
「今のテニス部、5人の天才。竹下だけが主力だと思ってない?」
「え...?」
「フフフ、もちろんノブもチャラ峰君とタッグを組んで出場すれば、ダブルスは良いところまで行くと思ってるよ。でももっとよく周りを見てごらん。」
「...?」
「今の海生代男子テニス部は...今はまだわからないだろうけど。フフフ...やばいよ。」
敏孝はまた少女のような笑顔に戻る。この時山瀬は思った。この人就職して社会に出たら、とんでもなくヤバそうだと。
山瀬は敏孝の言葉を思い出す。竹下、高峰、自分、岡部に山城。それなりにメンバーは満ち足りており、インターハイでも竹下は問題なく県の代表足り得る実力を持っている。しかしどうも腑に落ちなかった。
「おーいノブノブ!早く来いよ!」
「ノブノブゥ~☆」
「ノブノ―――ブ☆」
「き、聞こえてるってぇ!」
その日の晩、メンバーは大浴場の浴槽につかると一気に眠気が襲ってきたようで、竹下はうつろ虚ろしながら睡魔と格闘していた。山瀬と高峰に関しては最早沈んでおり、いつも調子に乗る山城は静かに浴槽に浮かんでいた。岡部と酒井は何とか意識を保っていた。
「ちょ!山城!半ケツ!半ケツ!」
「...ッツ!ハッハッハッハ!島2つ!ハッハッハ!」
浴室中に酒井と岡部の笑い声が響いていた。何とか全員が風呂から上がった。ほとんどのメンバーがのぼせ気味だった。
「お前ら、飯食う場所は3階の宴会場だってよ。着替えたらすぐに来いよ。」
「ウィーッス。」
「やっべねむ...俺も行くわぁ...」
岡部と酒井は一足先に宴会場へと向かう。山城もあくびをして、首をカクカクさせながら浴衣姿で宴会場へと向かって行った。
「あぁ、初日これだけ練習してもまだ足らないんだよな。」
高峰は火照った体を扇風機で冷ましながらつぶやく。山瀬は竹下の方を向いた。
「そうだね...竹下君は大丈夫なんじゃないかと思うよ。」
「フフ、そうとも言えないよノブノブ。」
「え?」
「俺はまだ高校テニス界じゃ新参者だ。俺達5人が天才と呼ばれていたのは中学までの話。インターハイの本戦に行けたとして、待っているのは残りの4人だけじゃない。」
「.........。」
「今まで王座にいた人や、その王座を目指している先輩達を押し退けないといけないんだ。」
「竹下君...。」
「あぁ....だから俺達はもっと練習して備えなければいけない。俺達にはインターハイ優勝までに、まだまだ壁があるんだ。」
「...浴衣着れてないよ。」
山瀬が竹下の方を指さすと、全員がそれを見る。竹下の浴衣姿は、なぜか前がセパレートして帯だけがきちんと結ばれており、縦ラインからオレンジ色のボクサーパンツが丸見えになていた。
「......ップ!」
「ちょ、セパレートウェーイ☆ウェイウェイ☆」
「フフ、やっぱ浴衣じゃない方ががいいね。」
竹下は爽やかな笑顔の後、身体だけが慌てた様子で着替えに勤しんでいた。彼らはなんとか着替え終わると宴会場へと向かった。掘りごたつの座敷になっており、机の上には食事のセットが並んでいた。
「お、来たなぁ!」
「おーい座れよ~飯だ!」
「うわぁ!」
「ウェーイ!」
「おぉ、フフ。豪華だね。」
学生プランの為料理のグレードはそこそこ抑えられているが、質より量といった感じで、合宿期間を過ごす学生たちにはうれしいものであった。白米、味噌汁はおかわり自由で、おかずも小鉢の野菜の煮つけ、メインは大盛の生姜焼きとから揚げなど、学生にはうれしい献立だった。コート内の練習に参加したメンバーは只々無言でまるで機械のように黙々と料理を頬張っていたそうだ。
同刻 東京都武蔵野市
井之頭公園テニスコート ナイトトーナメント
「ゲームセット!6-0・6-0 ウォン バイ 影村!」
「......。(くっそ、パンピーがプロの俺に...毎度この大会で優勝しているのに...何なんだこいつ...化物かよ!)」
とあるプロプレーヤーと決勝戦の2セットマッチを対戦し、圧倒的なスコアで葬った一人の大柄な少年は、インタビュー後に賞金を受け取る。彼は笑うことなく淡々と賞金の小切手を受け取り、それを封筒に入れて鞄の中へと突っ込んだ。
「君!」
「......。」
一人の男が話をかけてきた。先ほど決勝戦で戦った相手だった。影村はまずいと身構える。
「君はプロなのかい?どこかの企業と契約を結んでるのかい?」
「違う。」
「そうか。はぁ、俺もまだまだだな。全国優勝してるとか?」
「いや、実績はない。ただの賞金巡りだ。訳ありでな。話すことはできない。」
「そうか。またどこかのトーナメントで会えるかもしれないな。」
「...賞金の金額を見て決めるさ。」
「次は絶対に勝つからな!それじゃあ!」
「あ、あぁ。」
若いプロ選手は影村に挨拶するとそそくさと立ち去っていった。身なりを見るに大きなテニススクールのコーチみたいだった。東京都で行われる草トーナメントは比較的賞金額が多い大会が散見される。照山と影村は策をめぐらせ、出場する大会を選んでいるが、金額が金額だけに都内のテニスコーチ達も参加するため、出場選手のレベルの高さが千葉県のそれとは段違いであった。影村は試合結果を照山に報告するため携帯端末のメッセージアプリを開く。東京にいる間はグループチャットは使用しないようにしていた。食事中盛り上がっている所に照山の携帯端末が着信音を慣らす。
「ゴメン。ちょっとお手洗い行ってくるね。」
彼女はトイレへ行くと部員達との談笑の場から離席した。彼女はトイレブースに入り鍵を閉めると、携帯端末のメッセージアプリを開いて、影村から送られてきた文章に絶句した。その手は震えており、動揺からか彼女の瞳は揺らいでいた。
差出人:影村義孝
【本文】
井之頭公園テニスコート アンダーライトテニスクラブ主催
ナイトトーナメント 獲得優勝賞金15万円
「影村君...あなた一体。(嘘でしょ...この大会...た、たまに若いプロ選手が出場するやつじゃないの!)」
照山は影村が恐ろしい何かに思えてしょうがなかった。彼女は大きく深呼吸して宴会場へと戻っていった。
午後23時45分 影村は都内の格安ビジネスホテルへ戻るとシャワーを浴びて、買ってきた持ち帰りの牛丼を頬張った。静かなホテルの客室の中、影村は手帳に次の試合へ向かう電車の時間を記入し、机に学校の教科書と通信教育のテキストを広げて静かに勉強を始めた。
第1コートを除いた残りのコートで練習していた他校のテニス部員達、顧問の教員達は皆、海生代高校男子テニス部練習後の状況を見て絶句していた。
海生代高校男子テニス部合宿 初日 練習終了
皆息を上げ、ボロボロになっていた。コート内を縦横無尽に走らされ、驚異的な数のボールを打ち、田覚の指示の下、フォームや細かい動きの改善をしながらどんどん進んでいく。進み続け、後ろを向かずただひたすらに次へ次へと改善していく。練習による疲労は、メンバーのエースであり、毎日10㎞以上走り込んでいる竹下が、顔を歪ませて息を散らして手を膝につく程だった。
海生代高校の面々は、よろめきならがら後片付けを行う。おびただしい量の汗をかき、山瀬に関しては高峰に肩を支えられながら荷物を持って退場していた。佐藤は全員にプロテインのシェーカを渡した。ベンチの前に荷物を置いた面々は、息を整えながらプロテインシェーカーを片手に持っていた。照山は影村から、彼が昔やっていた仲間内のプロテイン早飲み競争の掛声を伝授されており、それに従ってプロテインの摂取を行わせることにしていた。これがあると意外とスムーズに飲めるそうだ。
他校の生徒達は一列に並んだ彼らを見ると、プロテインの不味さを知っているのか何処か苦い顔つきになる者までいた。ともかくコールの音頭は酒井がとった。
「せ―の!ダァンケシェ――――ン!(かなりふざけたイントネーションの口調)」
※ドイツ語でありがとうの意味
「プロ――――スト!」
※ドイツ語で乾杯の意味
全員が叫んでシェーカーを乾杯するように上げたあと、一気にプロテインを飲み始めた。他校の生徒は笑う。特に男子高生のノリに慣れていない関東中山女子大学高等部の面々はツボに入ってしまった者までいた。山瀬の顔が青ざめ始めるも必死に耐え抜こく。竹下は飲みなれているのか全く動じていなかった。他の面々も山瀬までとはいかないがそれなりにまずそうな顔をしていた。
「ぐぇぇぇぇぁぁぁあ!」
「ップッハァ!!クッソまっじぃ!」
「あ゛―――・・・あ゛―――!」
「ノブノブ、牛乳ヒゲついてっぞ!」
「ハッハッハ!」
「これもっと味何とかなんねぇのかよ!」
男子達は盛り上がる。照山・佐藤は田覚と明日以降の打ち合わせをしていた。酒井と峰沢は一足早めに月の丘荘に戻り、風呂と食事の段取りを確認しに行く。照山の携帯端末に影村からのメッセージが入って来た。
“ 代官山公園 デイトーナメント 賞金 7万 獲得 ”
照山は影村の報告を見ると静かにうなずく。影村は千葉県で噂が広がりつつあった事を察知して、東京へと活動エリアを伸ばしていた。彼はこのゴールデンウィーク中、格安のビジネスホテルに泊まりながら東京中の草トーナメントを回っていく予定だ。大会の出場申請は全て照山が遠隔で行っていたため、影村は指定された場所に行き任務を熟すといった状況だった。
「.........。(影村君、1日目で草トーナメントの遠征費用全部稼いじゃった...。)」
照山は、影村の特異な存在感に胸騒ぎを起こしていた。彼女は竹下の後姿を見て、影村と竹下がどこかのセンターコートのネットの前で試合前のコイントスをしている姿を思い浮かべてしまった。そんな事を考えていると興奮で手が震えたが、佐藤に声を掛けられて我に返った。
「翔子先輩、どうしたんですか?」
「え、あ、いやぁ何でもないの...ちょっとボーっとしてただけ。」
「ふーん。何かあったら行ってくださいね!私、マネージャーの仕事覚えますから!」
佐藤は笑顔を照山に見せると竹下の下へと走っていった。
「ちょ、理恵華。今汗臭いからくっついちゃだめだよ。」
「えぇ、いいじゃん。行こう。」
「モテる男は違うねぇ~☆」
「違うねぇ~☆」
「ちょ、高峰、山城先輩?」
竹下は佐藤に抱き着かれて困惑しながら月の丘荘へと戻っていった。高峰と山城は終始竹下をおちょくっていた。山瀬はニコニコしながら後ろをついて行った。山瀬は合宿前に兄である敏孝と今のテニス部の状況を話をしていた。
「ノブ。明日から合宿だろ?頑張って来いよぉ~」
「に、兄ぃちゃん。僕の荷物に何入れようとしてるの?」
「何って、コスプレ衣装。」
「コスプレとかしないからやめてぇぇ!いやだぁ!」
「いいじゃん!いいじゃん!かわいい弟のコスプレ姿いいじゃぁん!」
「ギャーやめてぇ!ってかなんで女物なのぉ!?」
「フフフフ。」
「.....!?」
敏孝はお茶らけた少女の様な笑顔から、冷徹な目つきの青年へと表情を変えた。山瀬はガクガクと震える。昔からこのバージョンの兄が苦手だった。尤も元々敏孝はこちらがベースであった。
「今のテニス部、5人の天才。竹下だけが主力だと思ってない?」
「え...?」
「フフフ、もちろんノブもチャラ峰君とタッグを組んで出場すれば、ダブルスは良いところまで行くと思ってるよ。でももっとよく周りを見てごらん。」
「...?」
「今の海生代男子テニス部は...今はまだわからないだろうけど。フフフ...やばいよ。」
敏孝はまた少女のような笑顔に戻る。この時山瀬は思った。この人就職して社会に出たら、とんでもなくヤバそうだと。
山瀬は敏孝の言葉を思い出す。竹下、高峰、自分、岡部に山城。それなりにメンバーは満ち足りており、インターハイでも竹下は問題なく県の代表足り得る実力を持っている。しかしどうも腑に落ちなかった。
「おーいノブノブ!早く来いよ!」
「ノブノブゥ~☆」
「ノブノ―――ブ☆」
「き、聞こえてるってぇ!」
その日の晩、メンバーは大浴場の浴槽につかると一気に眠気が襲ってきたようで、竹下はうつろ虚ろしながら睡魔と格闘していた。山瀬と高峰に関しては最早沈んでおり、いつも調子に乗る山城は静かに浴槽に浮かんでいた。岡部と酒井は何とか意識を保っていた。
「ちょ!山城!半ケツ!半ケツ!」
「...ッツ!ハッハッハッハ!島2つ!ハッハッハ!」
浴室中に酒井と岡部の笑い声が響いていた。何とか全員が風呂から上がった。ほとんどのメンバーがのぼせ気味だった。
「お前ら、飯食う場所は3階の宴会場だってよ。着替えたらすぐに来いよ。」
「ウィーッス。」
「やっべねむ...俺も行くわぁ...」
岡部と酒井は一足先に宴会場へと向かう。山城もあくびをして、首をカクカクさせながら浴衣姿で宴会場へと向かって行った。
「あぁ、初日これだけ練習してもまだ足らないんだよな。」
高峰は火照った体を扇風機で冷ましながらつぶやく。山瀬は竹下の方を向いた。
「そうだね...竹下君は大丈夫なんじゃないかと思うよ。」
「フフ、そうとも言えないよノブノブ。」
「え?」
「俺はまだ高校テニス界じゃ新参者だ。俺達5人が天才と呼ばれていたのは中学までの話。インターハイの本戦に行けたとして、待っているのは残りの4人だけじゃない。」
「.........。」
「今まで王座にいた人や、その王座を目指している先輩達を押し退けないといけないんだ。」
「竹下君...。」
「あぁ....だから俺達はもっと練習して備えなければいけない。俺達にはインターハイ優勝までに、まだまだ壁があるんだ。」
「...浴衣着れてないよ。」
山瀬が竹下の方を指さすと、全員がそれを見る。竹下の浴衣姿は、なぜか前がセパレートして帯だけがきちんと結ばれており、縦ラインからオレンジ色のボクサーパンツが丸見えになていた。
「......ップ!」
「ちょ、セパレートウェーイ☆ウェイウェイ☆」
「フフ、やっぱ浴衣じゃない方ががいいね。」
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「お、来たなぁ!」
「おーい座れよ~飯だ!」
「うわぁ!」
「ウェーイ!」
「おぉ、フフ。豪華だね。」
学生プランの為料理のグレードはそこそこ抑えられているが、質より量といった感じで、合宿期間を過ごす学生たちにはうれしいものであった。白米、味噌汁はおかわり自由で、おかずも小鉢の野菜の煮つけ、メインは大盛の生姜焼きとから揚げなど、学生にはうれしい献立だった。コート内の練習に参加したメンバーは只々無言でまるで機械のように黙々と料理を頬張っていたそうだ。
同刻 東京都武蔵野市
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「ゲームセット!6-0・6-0 ウォン バイ 影村!」
「......。(くっそ、パンピーがプロの俺に...毎度この大会で優勝しているのに...何なんだこいつ...化物かよ!)」
とあるプロプレーヤーと決勝戦の2セットマッチを対戦し、圧倒的なスコアで葬った一人の大柄な少年は、インタビュー後に賞金を受け取る。彼は笑うことなく淡々と賞金の小切手を受け取り、それを封筒に入れて鞄の中へと突っ込んだ。
「君!」
「......。」
一人の男が話をかけてきた。先ほど決勝戦で戦った相手だった。影村はまずいと身構える。
「君はプロなのかい?どこかの企業と契約を結んでるのかい?」
「違う。」
「そうか。はぁ、俺もまだまだだな。全国優勝してるとか?」
「いや、実績はない。ただの賞金巡りだ。訳ありでな。話すことはできない。」
「そうか。またどこかのトーナメントで会えるかもしれないな。」
「...賞金の金額を見て決めるさ。」
「次は絶対に勝つからな!それじゃあ!」
「あ、あぁ。」
若いプロ選手は影村に挨拶するとそそくさと立ち去っていった。身なりを見るに大きなテニススクールのコーチみたいだった。東京都で行われる草トーナメントは比較的賞金額が多い大会が散見される。照山と影村は策をめぐらせ、出場する大会を選んでいるが、金額が金額だけに都内のテニスコーチ達も参加するため、出場選手のレベルの高さが千葉県のそれとは段違いであった。影村は試合結果を照山に報告するため携帯端末のメッセージアプリを開く。東京にいる間はグループチャットは使用しないようにしていた。食事中盛り上がっている所に照山の携帯端末が着信音を慣らす。
「ゴメン。ちょっとお手洗い行ってくるね。」
彼女はトイレへ行くと部員達との談笑の場から離席した。彼女はトイレブースに入り鍵を閉めると、携帯端末のメッセージアプリを開いて、影村から送られてきた文章に絶句した。その手は震えており、動揺からか彼女の瞳は揺らいでいた。
差出人:影村義孝
【本文】
井之頭公園テニスコート アンダーライトテニスクラブ主催
ナイトトーナメント 獲得優勝賞金15万円
「影村君...あなた一体。(嘘でしょ...この大会...た、たまに若いプロ選手が出場するやつじゃないの!)」
照山は影村が恐ろしい何かに思えてしょうがなかった。彼女は大きく深呼吸して宴会場へと戻っていった。
午後23時45分 影村は都内の格安ビジネスホテルへ戻るとシャワーを浴びて、買ってきた持ち帰りの牛丼を頬張った。静かなホテルの客室の中、影村は手帳に次の試合へ向かう電車の時間を記入し、机に学校の教科書と通信教育のテキストを広げて静かに勉強を始めた。
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