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Record.9

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 男子テニス部の面々は活動資金の問題に対して真っ白になったまま固まっている。身体は大きくてもまだ少年少女。あまりに大きな金額を目にして、将来が不安になっていく。

 「ね、ねぇ高峰君、それって週3回の練習でなの?」
 「イエッスゥ~」
 「はぁ...先が思いやられるわねぇ。」

 全員が落ち込んでいた。見兼ねた影村がスッと出て来ると、昨日の試合の報告も兼ねて話し始めた。

 「コーチなら一人候補を見つけた。」
 「え!?」
 「!?」
 「え、影っちマジぃ!?」
 「本当に!?」
 「あ、あぁ...(影っちってなんだ。)」

 一同は一斉に影村の方を見た。影村は竹下の方に目をやる。

 「昨日牧野南蔦公園でナイトトーナメントに参加した。」
 「ナイトトーナメントって!?あの賞金10万円のやつ!?」
 「あぁ、そこで会った田覚というテニススクールのコーチと決勝戦でやり合った。」
 「そ、それでそれで!?」

 照山が食い込むように影村へ顔を近づけ、眼を輝かせる。影村は無表情で淡々と話し始める。

 「竹下。お前、フォアハンド教わったんだってな。」
 「......!?」

 竹下は田覚の名前を聞くと何かを思出して椅子から立ち上がった。

 「影村!その話は本当かい!」
 「珍しいな。お前にしては驚きすぎじゃねぇのか?」
 「会いたい。すぐに会ってお礼がしたい!」
 「それじゃあ、日程決めよう。大勢で会ってもしょうがねぇ。竹下と二人で会いに行く。」

 影村の言葉にモジモジする佐藤。影村は前髪で隠れた目を彼女の方へと向ける。
 
 「私も行く!ね!竹下君!」
 「フフ、ダメだよ。10年ぶりに会いに行くんだ。今回はダメ。」
 「ね、おねが―い。私も連れてってよぉ...」

 まるで甘えるように竹下にべたべたくっつく佐藤。それを見て同姓として腹が立ったのか、照山が佐藤に向かって注意を促した。

 「コラ!佐藤さんは竹下君の事となるとすぐに付いて行こうとするんだから!影村君はね、竹下君お礼を言いたい人と再開するきっかけを作ったの!だからやめておきなさい!」

 照山の表情はまるで妹に怒る姉のようだった。岡部と酒井も呆れた様子で佐藤を見ていた。

 「翔子先輩...だってぇ...!」
 「Scheißeクソが...」

 影村は状況が進まないことに、少々苛立ったのか思わず言葉が出てしまった。無論、佐藤を含め部員全員彼が何を言ったのかはよくわかっていなかった。

 「......?」
 「まぁいい。今回は竹下と俺の2人だ。今回は交渉も兼ねている。慎重に行かねぇと、決まる話も決まらなくなるからよ。」
 「......。」
 「わぁったよ。メンドクサイ奴だ。今度映画のチケット2枚やるから、2人でデートでもして来い。」
 「えー!影村君ありがとう!」

 影村は一気に機嫌を直す佐藤に対して、どこか無意識の内に警戒感を持った。照山もそれを察知した上で物で佐藤の機嫌を直した影村に対してどこか複雑な表情だった。

 「フフ、照山先輩。部費の件なんだけど、先日で5万円集まったんだよね。」
 「いいや、それにプラス10万だ。」
 「......!?」
 「....!?」
 「照山先輩。」
 「は、はい。」
 「あとで話がある。主将も副主将、酒井先輩、それに高峰もだ。Mr.ナガサワも呼んできてくれ。」
 「ぶっ...ナガサワ...峰沢な。」
 「Mr.ナガサワオウイェーイ!」
 「コーチの件は連絡があり次第竹下に連絡する。」

 影村は普通の練習ではインターハイ予選のある時期に間に合わない為ある事を考えていた。今日は照山にもその相談をしようと考えていたようだ。

 「全員解散。」

 照山がミーティング解散の指示を出すと影村、岡部、酒井、山城照山、高峰を残して全員が部室を出て行った。照山は顧問の峰沢を呼びに行った。佐藤がいると真面目な話ができない。高峰は商家の息子という事もあるので、計算が得意だった。影村は高峰が元からチャラチャラしている男には見えなかった。山瀬の様子を見るにチャラくなったのは高校になってからだろうと判断した彼は高峰をこの場に残したのであった。

 「おー、会合終わったみたいだな。」
 「あぁ、Mr.ナガサワ。」
 「峰沢ね。」

 顧問の峰沢が部室へと入ってきた。照山も戻ってきたところで、第2の会合を始めることにした。

 「影村君。このメンバーが残ったってことは何か重要な話なのね。メンバーとして相談してくれるのはうれしいわ。」
 「あぁ、早速だが相談したいというより、これは今後の方針という事で頼みたい。1年生が意見するのはどうかと思うだろうが、聞いてくれ。」

 影村はある本を机の上に広げる。旅行会社のパンフレットだった。

 「インターハイまで時間がねぇ。このまま金稼ぎしていても埒がかあかないはずだ。」
 「...影村君。あなた。」

 「日本にはゴールデンウィークという風習があると聞いた。そこで一気に練習して、竹下と高峰達のレベルを上げるんだ。資金の出どころはどこも見込めねぇから、俺は稼ぎに徹するさ。竹下はもう賞金付きの大会に出られねぇ。次出場したら一発でメディアにバレちまう。インターハイでメディアに露出させた方がいいと俺は考えている。あいつはそれだけブランド持った奴なんだろ?」

 影村はゴールデンウィークに一気に濃厚な練習をして、インターハイ予選に挑む方向を提案した。峰沢はどこか渋った顔をしていた。照山は影村の提案に大方賛成だった。

 「あぁ、主将の俺としても影村と同じことを考えていたんだ。竹下はもっと上のレベルへ行くべきだって。」
 「先生。俺も思います。」
 「酒井まで...」
 「男子テニス部の立直し。それには竹下という劇薬がいります。実績は彼が稼ぐでしょう。実際草トーナメントで圧倒的なスコアを叩きだして優勝してるんです。」
 「先生!私からもお願いします!」
 「照山まで...」
 「俺達からも頼むっすぅ~↑」

 3年生と2年生は真剣な顔で峰沢へ詰め寄る。困惑する峰沢。もし下手なことをすれば、女子テニス部顧問の重森に何を言われるか堪ったものではないという感情と、受持ちの生徒達が女子テニス部の主将、副主将と重森の横暴により、部費と部室以外の全てを奪われたのでなんとしてでも助けたいという感情で揺れ動いていた。

 「で、先生に説明してくれ。ゴールデンウィークに何をするのかを。」
 「合宿です。」
 「合宿だ。」
 「合宿ぅ」
 「合宿っすぅ」
 「合宿です。」
 「.........。」

 一斉に言われた峰沢は混乱するも、頭の中で情報を整理していた。そして生徒達からの提案に対しての情報を集めようとしていた。

 「影村君ありがとう。練習場所とコートは今から段取りしましょう。先生。明日早速この合宿プランナーの企業に見積の電話をしてください。」
 「俺は資金を稼ぐ。高峰は照山先輩と一緒に予算の計算をしてほしい。会計得意だろ?」
 「うぃーっすぅ☆」

 峰沢はどこか複雑な心境だった。崖っぷちの部活とはいえ、生徒達に草トーナメントで資金を稼がせる事に、背徳感と罪悪感を抱いていた。

 「君達、資金は?あるのかい?」
 「先週で53,000、昨日影村君が勝ち取ってきた10万円があります。旅費は一人頭30,000円です。全員分で占めて合計180,000円。先生の旅費抜いてです。」
 「あとはそういうものを頼むと助成金ってシステムがあるから、Mr.峰沢と照山先輩で旅行会社へお願いしてくれ。」
 「影村君...君将来ここの主将になれるね。」

 「...Ha?」

 照山が影村へ言うと、残りのメンバーは首を縦に振った。困惑する影村。だが次の言葉で保留とすることにした。

 「...フッ。どこに賞金稼ぎに徹してる部活の主将がいるかよ。」

 「そうだな。ハッハッハ」
 「ハハハッ」
 「影っちオモロー!」
 「オモロー!」
 
 こうして部として、そしてアウトサイダーズとして今後の活動についての方向性は決まった。メンバー全員は竹下には内緒にておこうという意見で一致する。彼が気を使ってしまっては練習にならないからだった。暫くは他のメンバーで草トーナメントの活動に出るという事も全会一致だった。次に出た意見以外については。

 「あんたらは合宿へ行ってくれ。」
 「え、影村君はいかないの?」
 「あぁ、俺は俺で自由にやるといっただろう?」
 「これは部としての結束を...」

 影村のもう1つの行動計画に照山は反対した。しかし、影村は合宿で資金が枯渇すると考えていた為、やむを得ない選択肢だとして考えての事であった。学校で禁止されているアルバイトよりも最速で資金を稼ぐ方法、尚且試合の練習も兼ねるという一石二鳥な方法はこれしかなかった。

 「次の活動資金を稼ぐためだ。心配するな。来年のインターハイ予選には出場するさ。」
 「影村君まさか!」
 「あぁ、コーチ代も稼がねぇとな。アウトサイダーズとしてよ。これも竹下には内緒で頼む。夏のインターハイと冬の選抜前なら、スポット的だが雇うことはできるだろうよ。東京に行けば賞金がデカイ大会があるんだろ?俺はそこで稼ぐさ。弱小校だし、竹下のように企業のスポンサーはつかねぇだろ。」
 「...影村君。そこまで考えて...。」
 
 峰沢は眼鏡を外す。そして目を赤らめてハンカチを目元へもっていった。高峰は影村の言葉を聞いて、目頭を熱くして手に拳を握った。彼は初めて影村という男がどんな人物なのかを理解した気がした。

 「...うっ...うぅ。」
 「ちょ、先生何で泣いてんの!?」
 「ハッハッハッハッハ!ちょ、元気出せってぇ!」
 「峰っち泣いてる!」

 涙を拭く峰沢に岡部、酒井、照山、山瀬は笑って励ます。影村はこの光景がウィングシューターズで自分が最初に泣き崩れた時の事を思い出した。その当時も、ローマンを始め同い年程の少年達が励ましてくれた。彼はその状況と今の状況が重なったように見えていた。

 「だって...だって...部がピンチなのに...普通なら折れて部が解散するのに...こんなにこの部の事を考えて...うぅ...でも先生...重森先生の圧もあって...何もできなくって...うぅぅ...。」

 「あぁ、こりゃぁ、男泣きだよ。」

 影村の決断と意向に泣き崩れる峰沢。テニスはとにかく金が要る。学校という後ろ盾がない今、彼らは何かを失わなければいけない。影村は自らの選択により、今年の試合全ての出場権利を失った。彼は海生代男子テニス部が本格的な部活として立て直せるまで、アウトサイダーとして活動をすることを決めたのだった。

 東京八王子 とあるスポーツ雑誌の記者2人が、SNSの情報を頼りに消えた天才についての情報を掴んでいた。スポーツ記事記者の小谷加奈絵こたにかなえとその後輩の島永栄子しまながえいこ。彼女達は情報の信ぴょう性を確かめる為、上司に千葉県への出張許可を貰えるよう取り計らうと大急ぎで情報収集と取材の準備を始めていた。

 「竹下隆二君。元全日本中学テニス選手権男子シングルス準優勝。全国5人の天才の1人。独特なフォアハンドのフォームから繰り出されるトップスピンの回転量をコントロールすることにより、相手コートの狙った位置へボールを落とす選手。14歳の時点でそのルックスにより、神奈川の八神と並んでテニス雑誌の学生ページの表紙を飾った選手よ。」

 「彼、生きてたんですね。良かったぁ...良かったですね先輩。」
 「行方知れずのテニスの若き天才、竹下隆二君を独占取材よ。早速目撃のあった千葉県市原市へ行くわよ。」
 「やりましたね!これで編集長からの評価が爆上がりです!」
 「フフフ...ではさっそくスケジュールを...」

 会社の会議ブースで竹下の写真を机の上に並べて話し合う2人の女性の姿があった。テニスコーナーの担当記者とその後輩。2人は機材とPCの入ったバッグ類を担ぐとそれを車へと乗せた。

 「先輩先輩!ホテル何処にします?」
 「令子、旅行に行くんじゃないのよ!」
 「はーい。」

 車は島永の運転で東京都八王子から千葉県市原市へと向かった。この二人は後に影村が全国の強豪校から第3の勢力として、そして彼が後に世界中のプレーヤーから“海将”というあだ名で呼ばれる切っ掛けを作る原因となる。
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