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日曜日 私立千葉東越大学 テニスコート
インカレトーナメント上位選手やプロテニスプレーヤーまで排出するこの大学校に、影村の姿があった。髪を後ろで結んで黒いバンダナを巻いた彼の顔はとても精悍で今時のアイドルとは全く別のカッコよさを醸し出していたが、現代における日本の若者には受け入れられない部類だった。
影村は目の前に現れた4人の大学生を見ると頷いた。千葉東越大学。スポーツ科学において最先端の教育を行っている機関であり、中でもプロスポーツ育成においては国内トップクラスを誇っていた。そんな彼らが影村のいたウィングシューターズと親善試合および、ヒッティングパートナーを行ったのは2年前である。
「影ちゃん!2年ぶり!」
影村の事を影ちゃんと呼ぶのは山瀬の兄である山瀬敏孝。ダブルス1の選手。170センチの小柄で童顔。顔が整ったまれに見ぬ美少年であり、髪型も前髪ぱっつんで肩まで伸びていたため試合中はミックスダブルスの女子選手と間違われる。実際女性のファンの方が多く試合中は彼目当てで観客席が女性陣で埋まる程だった。
「おうおう。今日は負けねぇぜ。」
「森野はシングルス激弱じゃん。」
「うるっせぇよ山瀬!2年前にリベンジ約束したんだからよ!」
「わかったわかった。せいぜい食い下がってね。」
「なんで俺が負けること前提なんだよ!」
ガミガミ...
敏孝の隣にいる身長180センチほどのヤンキーの様な見た目の男は森野芳樹。敏孝とは中学の頃からダブルスを組んでいる。ストレートのダウンザラインを得意としていた。ガラは悪が、彼の姉がスタイリストだったのもあり、そこに元の顔と、高校生の頃に読んでいたヤンキー雑誌の影響もあってか、見事にヤンキーの様な見た目になってしまった。
「影!2年前の決着つけてやろう!少し背が伸びたのではないか?」
坊主頭のこの男は副主将の鈴子雅英。シングルス1の主力選手であり、インカレ男子シングルスの1・2位の実力を持つ。2年前に影村との再戦を誓っており、国内のライバル達は眼中になかった。
「お、そういや帰国したって?何年滞在?ひっさしぶりぃ元気してたぁ!?」
鈴子の隣には黒い単発の髪型に赤いメッシュが入った気だるそうな顔つきをした男がいた。東越大テニス部シングルス2の主将山口裕久。坊主頭の鈴子とは毎年インカレ決勝で対戦している。愛称はぐっさんである。
軽く挨拶が終わると、間髪入れず敏孝が影村に抱き着いた。
「もう、2年ぶりに会ったらすっかり背も伸びて体デカくなってるし、誰かと思ったよ!筋肉もすっごく...あ、すっごい...。」
「ええ、久しぶりです。」
「硬いかった―い!影ちゃん!もっと楽しもうよぉ。ラケット握るの久しぶりでしょ?(スリスリスリ...」
「...壁打ちはしていた」
「じゃあコートでは久しぶりだね」
「あの、敏さん。俺野郎っすよ?」
「いいじゃん!影ちゃんは弟みたいなものなんだよ~!」
「あんた弟居るんじゃねぇのか。」
「一人も二人も一緒だよぉ~!(スリスリスリ...」
困惑する影村に抱き着いて、まるで猫のように頬を擦る敏孝を見た森野は、後頭部を掻いてあきれた後に彼の首根を掴んで引き離した。
「ちょっとぉ!森野ぉ~!」
「ちょっとじゃねぇ!影が困ってんだろうが!」
「いいじゃんいいじゃん!久しぶりの再開なんだからぁ!」
ムスリと膨れる敏孝。その姿は最早少女だった。影村が東越大のメンバーと出会ったのは13歳と少しが経った時。彼がまだヒッティングパートナーとして駆け出しだった頃、当時大学1年生だった彼らは影村のフォアハンドストロークが13歳にして大人のプロ選手並みであったことに心底驚いた。フォアハンドストロークを打っている彼の顔は何かに追いつめられているといった鬼気迫るものと耐えがたい怒りを爆発させているように感じた。
「よーし影!ウォーミングアップ手伝え!お前もアップしたいだろ。」
鈴子の誘いに影村は静かに頷く。影村は担いでいたバッグをベンチに置くと紐を緩めた。袋に手を入れた彼は1本のラケットを取り出す。森野と俊明は黒塗りのラケットを2年ぶりに見る。
「おうおう、ラケット迄変わってるぜって...あのモデルってまさか...。」
「フフ、影ちゃんらしいね。重くてゴッツくて強いやつ...。」
影村の使っているラケットはとあるメーカーが開発して販売したが、375gと重く扱いが非常に難しく賛否両論のあった代物で、その影響で販売期間が3カ月程度で終了した悲運の品だった。そのラケットヘッドとY字型の部位に当たるシャフトと呼ばれる部分に、ウェイトと呼ばれる錘を張り付けてあった。重量は420gほどあり、一般人にはとてもじゃないが扱えない代物だった。
「ヒー、重っもそう~」
「あんなのでよくもまぁフォアハンドなんて打てるよなぁ。」
影村と鈴子はベースラインまで下がると。軽くボールを打ち合う。鈴子は日本のジュニアプレーヤーがよく行う、セミウェスタングリップで握られたラケットを地面と平行にラケット面を合わせるテイクバックから下から上へとラケットを振り上げるトップスピン系のスイングフォームでボールを打つ。
一方、影村はコンチネンタルグリップと呼ばれる握り方で、ラケットヘッドを立てたまま肩を小さく回転動作させて、腰の位置までテイクバックするコンパクトフォームで、ラケットを地面と平行に振りきるスイング軌道により、最小限の力で最大限のインパクトを発生させる。影村は高威力のフラット系に近いボールを打っていた。ボールがラケットに当たる時の音は通常一般プレーヤーがボールを打つポコンという音ではなく、まるで殴りつけたかのようなドンという鈍い音に近かった。
「うっひゃー、影ちゃんフォーム変えたんだね。超小さい。でもインパクト音がすごい。」
「あれだけの筋力があればフォームが小さくても高威力のボールが撃てるのか。」
影村のプレースタイルの変わりようと、その劇的な成長に驚く敏孝と森野。影村のバックハンドも同じくラケットヘッドを立てたまま肩を小さく回転動作させてラケットを最速でテイクバックさせるフォームを用いていた。これは影村のプレースタイルに関係していた。2人のラリーは段々と勢いを増して、テンポも上がってきた。
「すっげ、コンパクトフォームでここまで威力出せるのかよ。」
「それに彼のスイングの起動。たぶん上から見ると卵型の円を描いてるように見えるよ。常に前でボールを捉えられるように工夫してるんだ。いったい誰だろう。あんなの教えたの。やっぱすごいね。ウイングシューターズ!」
森野と敏孝は冷静に分析をするが、敏孝が影村がボールを打つ時の状況について気が付いた。
「影ちゃん...ほとんどのボールをライジング気味で打ってる。しかもベースラインの内側で...。」
「おいおいおいおい、人間にあんな芸当できんのかよ。めっちゃラリーテンポ速えぇよ。うーわ。アップの時点で鈴子推されてんじゃん。」
「ははっ!頑張って―!キャプテーン!」
「うぅるせぇ山瀬!影!おい!なんだこのラリーテンポは!おぉい!」
鈴子は影村の速いテンポで打ち返してくるボールに対してかなり押されていた。彼はもうベースラインの1メートル後ろに下がらされた状態で返球に対応させられていた。
「........!(やるな、影!最初は変なフォームだと思ったが、こいつはなかなかどうして...押される!)」
影村はこの日の練習で鈴子と5セットマッチの1試合を行ったが、結果は影村の圧勝に終わったそうだ。
翌朝、影村が学校の正門に差し掛かったところ、1人の女子生徒が彼の前に現れる。照山だった。
「おはよう。影村君。」
「あぁ。」
「次に出るトーナメント決めた?」
「あぁ、5月に鹿子で金のいい団体戦の試合がある。」
「......まじ?メンバーいるの?」
「賞金山分けという条件で、大学生の知り合いが一緒に出る。竹下の出る試合と重なるな。こっちはこっちでやっておくから、竹下の試合を見に行ってくれ。」
「えぇ、わかったわ。全国5人の天才の実力、拝んであげようじゃないの。」
「...フッ。」
影村は教室へと向って行った。照山は影村の背中を見る。普通の学生とは比べ物にならないほどに大きな彼の体格の背中。照山は影村が他人に威圧感を与えまいとわざと背中を丸めていることに、日本の閉鎖された学校の不自由さを覚える。
授業後、影村は校門に差し掛かったところ、女子テニス部の面々が整列した状態で、学校の敷地回りを外走周と称して走っていた。全長1.5㎞のコースを速いペースで3周程度するようだ。
「はぁ...はぁ...超...きつい...」
周回を終わって息を荒げた状態でクールダウンを行う女子テニス部の面々を見ると、影村は自分がスイスにいた頃に仲間達と行った、激走ハルダーグラートを思い出す。ルールは簡単。全長25kmある最難関コースのゴールに最初に辿りついた者の勝ちである。しかし、止まって休んでもいいが、常に全力を出して走らなければならないという鉄の掟があった。
「あぁ、もうきつーい!」
「水...水...」
影村達はバテバテになった女子テニス部員達を見て、どこかほくそ笑んだ表情でその場を後にする。彼女達には是非とも激走ハルダーグラートをやってもらいたいものである。影村がその場を後にしようとした時一人の女子生徒が後ろから声をかけてくる。
「あ、男テニのデカいやつ!練習どうしてんだ!?」
「ちょっと、副主将!あれはだめよ!殺されるわ!」
「いいじゃねぇか!ちょっとからかうぐらいだ!」
影村に声をかけてきたのは女子テニス部の副主将を務める吉永夏帆だった。影村は立ち止まって彼女の方を振り返る。ゆっくりと歩いてくる吉永。練習に明け暮れて日焼けした褐色肌に黒髪のスポーティでボーイッシュな髪形、顔も輪郭が締まっておりいかにも健康的な外見だった。
「おい、お前男テニのデカいやつだろ。」
「......。」
吉永は威勢のいい性格で喧嘩っ早かった。影村からすれば160~170センチの間の身長の人間は全て小動物か何かだった。彼は曲げていた背中を真っすぐにして胸を張った。影村の雰囲気が雪男から巨人へと変化した瞬間である。吉永は影村をからかおうとしたが、圧倒的体格差と威圧感から逆に影村を見て萎縮してしまった。
「...何だ。」
「...っく!」
「用がねぇなら帰るぞ。オメェらが思っている以上に男テニとやらは忙しいんだ。」
「いったいどこで練習してんだよ。」
「練習の場を学校の外に追いやった張本人が聞くなよ。」
「どこで練習してるんだつってんだよ。部費がなくてコートも借りられず活動もできないはずだ!」
「練習?男テニとやらに練習なんてものはねぇよ。全日程がほぼ試合だ。じゃあな。」
「お、おい!一体何を!おい!無視すんじぇねぇよ!おい!」
吉永は立ち去る影村の背中に声を掛けるが、影村は無視し続けてどこかへ消えてしまった。
「あれぇ?夏帆ぉ、意中の彼でもいるの?」
「うわっ!キャプテン!?」
「真理でいいよぉ...」
「わかったから抱き着くなぁ!真理!」
吉永に一人の小柄な女子生徒が抱き着いた。女子テニス部主将の川合真理。吉永とは違って見た目は清楚で色白だった。学校内でも1・2位を争う美少女と言われており、男子からの人気は高いが、告白した相手を新聞部へ通報し公開処刑するというリターンエースをぶっ込んでくるという怖い存在でもある。
「男子テニス部のその後ね...元はといえば夏帆が岡部君に嫌がらせするために冗談交じりで言ったんでしょう?」
「お前だってノリノリだったじゃねぇか、つーか離せ。」
「えぇ、だってぇ、可愛い幼馴染だしぃ、賛同するのは当たり前じゃん...それにね、弱い部活は淘汰されるべきなの。重森先生の言う通りよ?」
「全くお前の重森先生推しは一体何なんだよ!ちょ、離れろ!」
じゃれ合う二人の前を竹下がラケットバッグを持って通過しようとする。敵とはいえ竹下の魅力的な容姿と、爽やかさに女子テニス部員達は溜息をつき、まるでアイドルに視線を送る様に目線を彼にロックオンしていた。
「あらぁ、あなたは竹下君?」
「フフ、こんにちは、川合先輩に吉永先輩。」
「可哀そうよね。全国5人の天才と云われたあなたが、まさかこんな学校のテニス部に来るなんて。あなただけ突出して強い主力選手頼りの部活になりそう。」
「フフ、今のテニス部。強いよ。それこそあなた達が霞んじゃうぐらいにね。インターハイの結果が最初の部活動報告になりますよ。では俺はこれから一試合あるので。失礼します。」
竹下は軽く会釈してその場を立ち去った。2人は竹下の言う一試合というワードが気になった。
ミーティング後3週間が経って、今度は男子テニス部の部室で会合が行われた。
竹下、影村、高峰&山瀬が互いを見回して我勝負せんとばかりに一斉に封筒を取り出して机に叩きつけた。3年生の岡部、照山、そして酒井と山城は開いた口が塞がらなかった。佐藤は鼻高々に竹下の稼いできた賞金を見つめる。
「すごい...これ、1年分の部費より多いわよ...。」
「お、お前らマジかよ...親の金じゃねぇだろうな?しょ、しょ、正直に言えよ。」
「お前らスゴーイ!ウェーイ!」
佐藤と照山が奔走し、参加費が安くて賞金がもらえる平日夜のナイトDAYトーナメント、土日の1DAY、2DAYトーナメントを竹下達が蹂躙していった結果、53,600円という資金が集まった。
インカレトーナメント上位選手やプロテニスプレーヤーまで排出するこの大学校に、影村の姿があった。髪を後ろで結んで黒いバンダナを巻いた彼の顔はとても精悍で今時のアイドルとは全く別のカッコよさを醸し出していたが、現代における日本の若者には受け入れられない部類だった。
影村は目の前に現れた4人の大学生を見ると頷いた。千葉東越大学。スポーツ科学において最先端の教育を行っている機関であり、中でもプロスポーツ育成においては国内トップクラスを誇っていた。そんな彼らが影村のいたウィングシューターズと親善試合および、ヒッティングパートナーを行ったのは2年前である。
「影ちゃん!2年ぶり!」
影村の事を影ちゃんと呼ぶのは山瀬の兄である山瀬敏孝。ダブルス1の選手。170センチの小柄で童顔。顔が整ったまれに見ぬ美少年であり、髪型も前髪ぱっつんで肩まで伸びていたため試合中はミックスダブルスの女子選手と間違われる。実際女性のファンの方が多く試合中は彼目当てで観客席が女性陣で埋まる程だった。
「おうおう。今日は負けねぇぜ。」
「森野はシングルス激弱じゃん。」
「うるっせぇよ山瀬!2年前にリベンジ約束したんだからよ!」
「わかったわかった。せいぜい食い下がってね。」
「なんで俺が負けること前提なんだよ!」
ガミガミ...
敏孝の隣にいる身長180センチほどのヤンキーの様な見た目の男は森野芳樹。敏孝とは中学の頃からダブルスを組んでいる。ストレートのダウンザラインを得意としていた。ガラは悪が、彼の姉がスタイリストだったのもあり、そこに元の顔と、高校生の頃に読んでいたヤンキー雑誌の影響もあってか、見事にヤンキーの様な見た目になってしまった。
「影!2年前の決着つけてやろう!少し背が伸びたのではないか?」
坊主頭のこの男は副主将の鈴子雅英。シングルス1の主力選手であり、インカレ男子シングルスの1・2位の実力を持つ。2年前に影村との再戦を誓っており、国内のライバル達は眼中になかった。
「お、そういや帰国したって?何年滞在?ひっさしぶりぃ元気してたぁ!?」
鈴子の隣には黒い単発の髪型に赤いメッシュが入った気だるそうな顔つきをした男がいた。東越大テニス部シングルス2の主将山口裕久。坊主頭の鈴子とは毎年インカレ決勝で対戦している。愛称はぐっさんである。
軽く挨拶が終わると、間髪入れず敏孝が影村に抱き着いた。
「もう、2年ぶりに会ったらすっかり背も伸びて体デカくなってるし、誰かと思ったよ!筋肉もすっごく...あ、すっごい...。」
「ええ、久しぶりです。」
「硬いかった―い!影ちゃん!もっと楽しもうよぉ。ラケット握るの久しぶりでしょ?(スリスリスリ...」
「...壁打ちはしていた」
「じゃあコートでは久しぶりだね」
「あの、敏さん。俺野郎っすよ?」
「いいじゃん!影ちゃんは弟みたいなものなんだよ~!」
「あんた弟居るんじゃねぇのか。」
「一人も二人も一緒だよぉ~!(スリスリスリ...」
困惑する影村に抱き着いて、まるで猫のように頬を擦る敏孝を見た森野は、後頭部を掻いてあきれた後に彼の首根を掴んで引き離した。
「ちょっとぉ!森野ぉ~!」
「ちょっとじゃねぇ!影が困ってんだろうが!」
「いいじゃんいいじゃん!久しぶりの再開なんだからぁ!」
ムスリと膨れる敏孝。その姿は最早少女だった。影村が東越大のメンバーと出会ったのは13歳と少しが経った時。彼がまだヒッティングパートナーとして駆け出しだった頃、当時大学1年生だった彼らは影村のフォアハンドストロークが13歳にして大人のプロ選手並みであったことに心底驚いた。フォアハンドストロークを打っている彼の顔は何かに追いつめられているといった鬼気迫るものと耐えがたい怒りを爆発させているように感じた。
「よーし影!ウォーミングアップ手伝え!お前もアップしたいだろ。」
鈴子の誘いに影村は静かに頷く。影村は担いでいたバッグをベンチに置くと紐を緩めた。袋に手を入れた彼は1本のラケットを取り出す。森野と俊明は黒塗りのラケットを2年ぶりに見る。
「おうおう、ラケット迄変わってるぜって...あのモデルってまさか...。」
「フフ、影ちゃんらしいね。重くてゴッツくて強いやつ...。」
影村の使っているラケットはとあるメーカーが開発して販売したが、375gと重く扱いが非常に難しく賛否両論のあった代物で、その影響で販売期間が3カ月程度で終了した悲運の品だった。そのラケットヘッドとY字型の部位に当たるシャフトと呼ばれる部分に、ウェイトと呼ばれる錘を張り付けてあった。重量は420gほどあり、一般人にはとてもじゃないが扱えない代物だった。
「ヒー、重っもそう~」
「あんなのでよくもまぁフォアハンドなんて打てるよなぁ。」
影村と鈴子はベースラインまで下がると。軽くボールを打ち合う。鈴子は日本のジュニアプレーヤーがよく行う、セミウェスタングリップで握られたラケットを地面と平行にラケット面を合わせるテイクバックから下から上へとラケットを振り上げるトップスピン系のスイングフォームでボールを打つ。
一方、影村はコンチネンタルグリップと呼ばれる握り方で、ラケットヘッドを立てたまま肩を小さく回転動作させて、腰の位置までテイクバックするコンパクトフォームで、ラケットを地面と平行に振りきるスイング軌道により、最小限の力で最大限のインパクトを発生させる。影村は高威力のフラット系に近いボールを打っていた。ボールがラケットに当たる時の音は通常一般プレーヤーがボールを打つポコンという音ではなく、まるで殴りつけたかのようなドンという鈍い音に近かった。
「うっひゃー、影ちゃんフォーム変えたんだね。超小さい。でもインパクト音がすごい。」
「あれだけの筋力があればフォームが小さくても高威力のボールが撃てるのか。」
影村のプレースタイルの変わりようと、その劇的な成長に驚く敏孝と森野。影村のバックハンドも同じくラケットヘッドを立てたまま肩を小さく回転動作させてラケットを最速でテイクバックさせるフォームを用いていた。これは影村のプレースタイルに関係していた。2人のラリーは段々と勢いを増して、テンポも上がってきた。
「すっげ、コンパクトフォームでここまで威力出せるのかよ。」
「それに彼のスイングの起動。たぶん上から見ると卵型の円を描いてるように見えるよ。常に前でボールを捉えられるように工夫してるんだ。いったい誰だろう。あんなの教えたの。やっぱすごいね。ウイングシューターズ!」
森野と敏孝は冷静に分析をするが、敏孝が影村がボールを打つ時の状況について気が付いた。
「影ちゃん...ほとんどのボールをライジング気味で打ってる。しかもベースラインの内側で...。」
「おいおいおいおい、人間にあんな芸当できんのかよ。めっちゃラリーテンポ速えぇよ。うーわ。アップの時点で鈴子推されてんじゃん。」
「ははっ!頑張って―!キャプテーン!」
「うぅるせぇ山瀬!影!おい!なんだこのラリーテンポは!おぉい!」
鈴子は影村の速いテンポで打ち返してくるボールに対してかなり押されていた。彼はもうベースラインの1メートル後ろに下がらされた状態で返球に対応させられていた。
「........!(やるな、影!最初は変なフォームだと思ったが、こいつはなかなかどうして...押される!)」
影村はこの日の練習で鈴子と5セットマッチの1試合を行ったが、結果は影村の圧勝に終わったそうだ。
翌朝、影村が学校の正門に差し掛かったところ、1人の女子生徒が彼の前に現れる。照山だった。
「おはよう。影村君。」
「あぁ。」
「次に出るトーナメント決めた?」
「あぁ、5月に鹿子で金のいい団体戦の試合がある。」
「......まじ?メンバーいるの?」
「賞金山分けという条件で、大学生の知り合いが一緒に出る。竹下の出る試合と重なるな。こっちはこっちでやっておくから、竹下の試合を見に行ってくれ。」
「えぇ、わかったわ。全国5人の天才の実力、拝んであげようじゃないの。」
「...フッ。」
影村は教室へと向って行った。照山は影村の背中を見る。普通の学生とは比べ物にならないほどに大きな彼の体格の背中。照山は影村が他人に威圧感を与えまいとわざと背中を丸めていることに、日本の閉鎖された学校の不自由さを覚える。
授業後、影村は校門に差し掛かったところ、女子テニス部の面々が整列した状態で、学校の敷地回りを外走周と称して走っていた。全長1.5㎞のコースを速いペースで3周程度するようだ。
「はぁ...はぁ...超...きつい...」
周回を終わって息を荒げた状態でクールダウンを行う女子テニス部の面々を見ると、影村は自分がスイスにいた頃に仲間達と行った、激走ハルダーグラートを思い出す。ルールは簡単。全長25kmある最難関コースのゴールに最初に辿りついた者の勝ちである。しかし、止まって休んでもいいが、常に全力を出して走らなければならないという鉄の掟があった。
「あぁ、もうきつーい!」
「水...水...」
影村達はバテバテになった女子テニス部員達を見て、どこかほくそ笑んだ表情でその場を後にする。彼女達には是非とも激走ハルダーグラートをやってもらいたいものである。影村がその場を後にしようとした時一人の女子生徒が後ろから声をかけてくる。
「あ、男テニのデカいやつ!練習どうしてんだ!?」
「ちょっと、副主将!あれはだめよ!殺されるわ!」
「いいじゃねぇか!ちょっとからかうぐらいだ!」
影村に声をかけてきたのは女子テニス部の副主将を務める吉永夏帆だった。影村は立ち止まって彼女の方を振り返る。ゆっくりと歩いてくる吉永。練習に明け暮れて日焼けした褐色肌に黒髪のスポーティでボーイッシュな髪形、顔も輪郭が締まっておりいかにも健康的な外見だった。
「おい、お前男テニのデカいやつだろ。」
「......。」
吉永は威勢のいい性格で喧嘩っ早かった。影村からすれば160~170センチの間の身長の人間は全て小動物か何かだった。彼は曲げていた背中を真っすぐにして胸を張った。影村の雰囲気が雪男から巨人へと変化した瞬間である。吉永は影村をからかおうとしたが、圧倒的体格差と威圧感から逆に影村を見て萎縮してしまった。
「...何だ。」
「...っく!」
「用がねぇなら帰るぞ。オメェらが思っている以上に男テニとやらは忙しいんだ。」
「いったいどこで練習してんだよ。」
「練習の場を学校の外に追いやった張本人が聞くなよ。」
「どこで練習してるんだつってんだよ。部費がなくてコートも借りられず活動もできないはずだ!」
「練習?男テニとやらに練習なんてものはねぇよ。全日程がほぼ試合だ。じゃあな。」
「お、おい!一体何を!おい!無視すんじぇねぇよ!おい!」
吉永は立ち去る影村の背中に声を掛けるが、影村は無視し続けてどこかへ消えてしまった。
「あれぇ?夏帆ぉ、意中の彼でもいるの?」
「うわっ!キャプテン!?」
「真理でいいよぉ...」
「わかったから抱き着くなぁ!真理!」
吉永に一人の小柄な女子生徒が抱き着いた。女子テニス部主将の川合真理。吉永とは違って見た目は清楚で色白だった。学校内でも1・2位を争う美少女と言われており、男子からの人気は高いが、告白した相手を新聞部へ通報し公開処刑するというリターンエースをぶっ込んでくるという怖い存在でもある。
「男子テニス部のその後ね...元はといえば夏帆が岡部君に嫌がらせするために冗談交じりで言ったんでしょう?」
「お前だってノリノリだったじゃねぇか、つーか離せ。」
「えぇ、だってぇ、可愛い幼馴染だしぃ、賛同するのは当たり前じゃん...それにね、弱い部活は淘汰されるべきなの。重森先生の言う通りよ?」
「全くお前の重森先生推しは一体何なんだよ!ちょ、離れろ!」
じゃれ合う二人の前を竹下がラケットバッグを持って通過しようとする。敵とはいえ竹下の魅力的な容姿と、爽やかさに女子テニス部員達は溜息をつき、まるでアイドルに視線を送る様に目線を彼にロックオンしていた。
「あらぁ、あなたは竹下君?」
「フフ、こんにちは、川合先輩に吉永先輩。」
「可哀そうよね。全国5人の天才と云われたあなたが、まさかこんな学校のテニス部に来るなんて。あなただけ突出して強い主力選手頼りの部活になりそう。」
「フフ、今のテニス部。強いよ。それこそあなた達が霞んじゃうぐらいにね。インターハイの結果が最初の部活動報告になりますよ。では俺はこれから一試合あるので。失礼します。」
竹下は軽く会釈してその場を立ち去った。2人は竹下の言う一試合というワードが気になった。
ミーティング後3週間が経って、今度は男子テニス部の部室で会合が行われた。
竹下、影村、高峰&山瀬が互いを見回して我勝負せんとばかりに一斉に封筒を取り出して机に叩きつけた。3年生の岡部、照山、そして酒井と山城は開いた口が塞がらなかった。佐藤は鼻高々に竹下の稼いできた賞金を見つめる。
「すごい...これ、1年分の部費より多いわよ...。」
「お、お前らマジかよ...親の金じゃねぇだろうな?しょ、しょ、正直に言えよ。」
「お前らスゴーイ!ウェーイ!」
佐藤と照山が奔走し、参加費が安くて賞金がもらえる平日夜のナイトDAYトーナメント、土日の1DAY、2DAYトーナメントを竹下達が蹂躙していった結果、53,600円という資金が集まった。
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