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Record.4

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 翌日の授業後、視聴覚室へ集められた面々

 3年生主将の岡部、2年生副主将の山城、3年生のマネージャー照山、3年生の部員酒井。そして今回集まった1年生の面々達。彼らは席へ座ったり、机に腰かけたりと自由にくつろいでいた。

 「君が竹下君かぁ、すごいなぁ、全国5人の天才ってオーラが違うよね。」
 「フフ、そうかい?オーラは影村の方がすごいけどね。」
 「なんだよそれ。」

 「イエ―イ、山城先輩!俺達イケてね?」
 「イケてるイケてる!この後ナンパどう?」

 「へぇー、佐藤さんもテニス経験者なの?あ、私の事は翔子でいいわよ?」
 「よろしくおねがいします!翔子先輩!私の事は理恵華って呼んでください。」
 「ふふ、わかったわ。」

 「あーあー、お集りの皆様、今から今後の部活の方針を話しまーす。話しまー!るっせぇよ静かにしてくれよ゛っゲッホゲッホ!」
 「部、部長!水です!水ですよぉ!」
 「あ゛ぁ゛、酒゛井゛す゛ま゛な゛い゛...水゛が...って寸劇ええわ!始めまーす。」

 岡部の一人ノリ突っ込みが終わり、男子テニス部第1回目の会合が始まった。

 「えー、皆さんご存じの通り、我々男子テニス部は女子テニス部顧問、アルティメットBBA、憎き重森の一方的な横暴によってコートを1面奪われ、そして更なる横暴によって残りの1面を奪われた結果、我々が練習するコートを失いました。よって今後の練習場所の確保が必要です。」

 岡部は話していく内に段々と暗い表情となる。そこに活を入れる様に照山が前へと入る。

 「話は今主将が言った通りよ。私達は追い詰められてます。先日の部活動会議でも、女子テニス部の主将、副主将の意見によって、我々男子テニス部への部費の停止が決まってしまいました。これは由々しき事態です。練習ができないのなら、部活動の活動ができないのと同じ。」


 「即ち俺達ぃ~↑何もできなくて生殺しぃ~↑」
 「生殺しウェ―イ!↑部活動報告ゥできない~かぁらぁのぉ?↑」
 「廃部ゥ~!↑」
 「廃部ゥ~!↑」

 「もぉー高峰と山城先輩チャラーい!」

 「ノブノブゥ~!」
 「ノブノブゥ~!」

 「るっせぇ!人がしゃべってんだろ静かにしろや!(若干の巻き舌)」

 「ハイ、サーセン」
 「ハイ、サーセン」
 「なんで僕まで...」

 横から茶々を入れられてキレる照山。佐藤は苦笑いしながら、今後この癖の強いメンツと付き合っていくメンタルが自分にあるのだろうかと少々不安になっていた。しかし竹下の顔を見た途端それは吹き飛んでいた。
 
 「でも2人の言う通りよ。部費がない、そしてコートもなくなった。部活動の活動報告もできなくなった。もう、終わりよ...私達...。」
 「......。」
 「見事に重森にしてやられたな。」
 「岡部...」

 空気が重くなった。佐藤は何か励ましの言葉を投げかけたかったが言葉が見つからなかった。

 「フフッ。ねぇ、学校の部活って報告できればいいんだよね。」
 「竹下君...!?」
 「あぁ...一発で学校の連中を黙らせる方法はあるぜ?」
 「...影村君まで!?」
 「フフ、そうだね。俺達がインターハイに出ればいいだけだよ。」

 「......そうだな。」

 一同がシーンと静まり返る。確かに全国5本の指に入る天才である竹下が試合に出れば県内では勝てる者がいない。必然的に実績が約束される。

 「......でもな。竹下だけが突出してても説得力はその場限りだしなぁ。せめて女子テニス部みたいにあと何人か実力者がいればなぁ。広く層が厚いことを知らしめないと、重森からコートを返してもらえない。」

 岡部は慎重だった。竹下の実力だけを認められても、今後彼が卒業していなくなった時、また弱小校に戻ってしまうのだという不安が拭えなかったが、高峰が徐に飛び出し、チャラチャラした態度とポーズで山瀬の肩を組んで発言した。

 「俺達ぃダブルス元県大上位~、ウェーイ!↑」
 「イエーイ、それマジぃ~?」
 「もぉ、二人ともチャラーい!」

 照山は高峰と山瀬を見て何かを思い出そうとするも出てこない。頑張って何かを思い出し、そして彼らを指さした。その表情は驚きと自分の母校の事を忘れていたのかと反省した。

 「ダブルス...高峰...山瀬...あ!あんた達、もしかしてトリックスターと鉄壁のコンビ!?」
 「...ハイ」
 「...あい」
 「私の後輩だって、それ早く言ってよ!ちょっとぉ!もぉなんで気が付かなかったの!岡部!この二人、私の後輩!陣内第3中学校のすごいダブルスコンビ!」
 「イテテテ!」
 「痛い痛い!先輩痛いよぉ~」


 照山はまるでおばさんのように高峰と山瀬の肩を叩く。佐藤は内心“うわぁ...”という声を上げ引いていた。

 「照山!マジか!トリックスターって一回雑誌に載ってたじゃん!」
 「そうそうそう!それに!」

 照山は更に山瀬を指さした。

 「この子!山瀬信行君!東越大!インカレ代表常連校のダブルスエース!山瀬敏孝やませとしたかの弟!もぉ、チョーうれしいんですけど!お兄様元気!?」

 「照山~、キャラ壊れてるぞー戻ってこーい。」
 「芋女戻ってこーい。戻って―・・・」

 岡部と酒井は彼女を現実に引き戻すも、彼女のバイオレンスな視線にびくりと震える。竹下は静かに笑った。影村も前髪で顔が見えないが、口元は薄っすらと口角が上がっていた。影村が笑ったのはほかに理由がある。山瀬敏孝は彼とも接点があったからだ。

 「フフ、実力は申し分ないね。」
 「明るいニュースね。ねぇ竹下君!」
 「そ、そうだね。」
 「ムフフフ...」

 佐藤は竹下の近くに寄る。竹下はグイグイ来る佐藤に困惑したが、影村が黙って佐藤へスッと自然な動作で席を譲ったところを見てさらに困惑する。佐藤は流れる様に席へと座り、ルンルンと上機嫌で竹下を見つめていた。他の面々は佐藤を見て“こいつヤベー奴だ”と内心思った。照山は咳払いをして話題を戻す。

 「それじゃあ次は部費の問題ね。活動資金がないとボールも買えないし、コートも借りられないわ。それに私達の指導をしてくれるコーチが必要よ。如何に竹下君でも、それなりに教えてくれる人がいないと。」

 「フフ、震災のおかげで全然練習してないからね。スポンサー企業のコートは週に1回貸してくれるそうだよ。でも、企業のコートだから、部外者は難しいかもね。誰かコーチみたいな人がいれば理由は作れそうだけど。」

 「コーチかぁ、雇える金ないしな。ってか部費ねーし。」
 「...ですよねぇー。」

 照山と竹下の言葉に不安を抱く岡部と酒井。そんな2人の空気を見かねた影村は、鞄から何か雑誌のようなものを取り出して投げ出すように机に置いた。彼がスイスでとあるサークルに所属していた時に学んだ事をこの国でも実践しようとした。

 「金がねぇなら、ラケットで稼ぐしかねぇ。ここに竹下がいるだろ?手分けして賞金が出る大会探すしかねぇよ。期限はインターハイ予選ってやつまでだ。別の意味で練習にもなるだろ。」
 「賞金稼ぎ!イイ!思い切ったわね影村君!」

 「それじゃあ、私と理恵華ちゃんで、情報集めて試合準備よ。」

 竹下は影村を見て微笑んだ。影村もどこか悪どそうな笑みを浮かべる。普通ならば考えられない方法だが、テニス雑誌には草トーナメント情報の欄があり、エントリーして優勝すれば賞金が手に入る。しかし、海外の大会と比べれば、賞金額は雀の涙程度であるがそれでも学生の彼らには大きなものだった。草トーナメントならば身分や年齢の制限がないが、賞金が出る大会となれば参加者のレベルも高くなる。

 「フフ、これじゃあもう俺達アウトサイダーだね。」
 「違いねぇな...。」

 こうして、海生代高等学校男子テニス部再生プロジェクトが始まった。彼らはまずメンバー非募集型のサークルを立ち上げることにした。テニスサークルのサイトへ全員を登録した。そして照山と佐藤は互いに連絡を取り合い、誰がどの試合に出場するかを決めていた。

 「高峰君と山瀬君はダブルスの試合。竹下君はちょっと大きな試合に出てもらおう。」
 「影村君は...テニス経験者?」
 「...たしなむ程度だ。俺は自分で探す。」

 影村は席を立って部屋を出て行った。彼が言った“別の意味で練習にもなるだろ”という言葉。これは無意識下で日本に来て不安を抱える自分自身へ向けてだった。影村が出て行った後、彼らは大いに盛り上がっていた。岡部と照山と酒井は草トーナメントについて話していた。

 「草トーナメントで賞金稼ぎか。考えもしなかったな。影村すげぇ発想だよな。」
 「あぁ、でも賞金付きの草トーナメントって、コーチクラスの人間も出場するんだよな。」
 「...なるほど。確かに勝つのは難しいわね。でも...。」
 「どうした照山。」
 「影村君...やるわね。」
 「どういうことだ?」

 「これはあくまで推測だけど、影村君が草トーナメントでお金を稼ごうっていう発想。まず、大勢の前での試合に慣れるため、そして次に社会人という学生とは違うプレースタイルを持った選手が多い。つまり、相手は体の出来上がった大人達。フィジカル、メンタル共に学生とは段違いだし強い。そして賞金はもとより、それ目当てにコーチクラスの選手が参加する。交流するきっかけになれば...」

 「コネクション!」
 「それな!」

 照山の推理を聞いた途端、1年生メンバーの全員が固まった。そして彼らの頭に照山が推測する未来の構図を描かせる。今の男子テニス部は崖っぷちも崖っぷち。部費が出ないなら稼ぐのみ。竹下は立ち上がる。全員が彼を見る。彼が口を開いた。

 「フフ、じゃあ、サークルの名前、俺が決めてもいいよね?」


 今日ここに、新たなるテニスサークル 「アウトサイダーズ」 が誕生したのである。

 
 影村は鞄を持って帰り道を歩く。通学路から外れた大通りを出て歩いていると着信音が鳴った。彼は携帯端末の画面を開いた。そしてそのままチャットアプリを起動しグループページへ。そこには日本人の知り合い達が彼の帰国を祝っていた。

 “影ちゃん!おかえり!今週日曜日よろしくね!”
 “おかえり!影!また5セットマッチで勝負だ!”
 “義孝、今度は負けないからな。他の世界ランクジュニアに負けるんじゃねぇよ。たぶん相手にならんだろうけど”
 “ヒッティングパートナーなんて2年ぶりだね。よろしく”
 
 “おう”

 “ しばらく日本にいるんでしょ?それじゃあ、影ちゃん連れて鹿子テニスフェスティバル行こうよ。あそこならそれなりに相手になる人もいるよね ”

 “おいおい、誰も影の相手にもならねぇよ(笑)”

 “ そうだね。でも影ちゃんには日本の試合の雰囲気とオムニコートにも慣れてもらわないとね。賞金がっぽりもらえるし ”

 “ 去年出場した連中、眼が¥マークになってたもんな笑えるぜ ”

 “ オムニコートは嫌いだ ”

 オムニコートとは、人工芝に砂を混ぜた、管理がしやすい日本で最も普及しているものであるが、世界の公式試合指定のコートではないどころか世界でもあまり普及していないので、本人はオムニコートが嫌いだった。

 影村は後ろでSUVが停車したのを確認すると、車両へと足を進める。車の後部ドアの窓が下がり、彼の母親の日和が顔を出した。運転席には彼の父親の影村太志かげむらたいしが座っている。

 「義孝、ごめんね。遅くなって。」
 「いや、丁度終わったところだ。」
 「そう...」

 影村は助手席のドアを開けて太志の隣へ座った。車は走り出し、国道を市街地へ向けて走り出した。太志は基本無口で表情が乏しいが、影村がP.T.S.Dを発症した際は彼を抱きしめて日和共々大粒の涙を流した程に情に脆い一面がある。

 「日本の学校はどうだ...。」
 「あぁ、あっちに比べれば大したことはない。」
 「そうか...母さんから聞いたよ。部活、テニスにしたそうだな。」
 「...。」
 「止めはしないさ。お前はあの時よりも格段に強くなった。コートの上で思いっきり暴れな。」
 「そうするさ。」
 「......もし、あの時と同じことが起きたらお前どうする気だ?」

 「......。」

 影村は外の景色を見て、P.T.S.Dを発症した当時の情景を思い起こした。響く罵声、委縮した審判。誰一人として味方がいない観客席。所詮は子供の遊びだと罵詈雑言を止めなかったテニスのマナーやルールを知らなかった大人達。影村は暫く考えた末に行った。

 「フッ。圧倒的な実力差でねじ伏せるさ。」

 太志は息子の言葉を聞きゆっくりと口角を上げる。影村自身も口角を上げて鼻で笑った。日和も息子の逞しさに安堵の笑みを浮かべる。車は市街地へと入っていった。

 「あいつらに追いつけよ。」
 「わかってるよ。というか、あいつらが化物なだけだ。」
 「そんな連中の試練ともいえるしょうもない競争に耐えきったお前も相当なバケモノだがな。」
 「...フッ」
 「ハッハッハ...」

 夕暮れの薄暗い紫色の空、海の水平線に夕日の線が出来上がる。星々がちらつくその下で、工業地帯の明かりが工場の鉄骨を照らし、まるで芸術作品のような神秘的な造形を作り出す。影村はボーッとその景色を眺め、スイスで出会った人々の顔を思い出す。

 一方、竹下達が部活のミーティングを終えて学校から出てきた。意見交換と行動目標を決めるだけで他の部活動と同じぐらいに時間を消費していることに気が付いた彼らは、このミーティングが如何に有意義で重要だったかを後々思い知らされたのだった。
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