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Record.3

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 土曜日 海生代高等学校 校庭

 授業が午前中で終わり、下校時間となった。朝何もなかった場所にいきなり部活動勧誘のブースが展開され、1年生達は困惑していた。1年生達が出てきた時、2年・3年生の部員達が勧誘を始める。そこはまるで街の市場のように声かけ、ビラ配り、勧誘のための直接的なコミュニケーションが行われて行った。

 「水泳部!全国クラスの水泳部!俺達と全国取ろうぜ!」
 「柔道部どうだい!ブーメランパンツなんか履いてないで胴着着て柔道やろうぜ!なぁ!」
 「空手部!青春を空手部で謳歌しないか!竹刀なんてチョップだ!せいっ!」
 「剣道部こそ至高!剣道部!三刀流もこの通り!...っててて!いってぇー!空手部なにしやがる!」
 「やめろー!パンツ引っ張るな!柔道部!」

 海生代高等学校の部活動勧誘は盛り上がっていた。この学校は水泳競技、女子テニス、剣道部が全国筆頭となっていた。女子テニス部に関しては最近赴任してきた女性教員の始動により、全国進出を果たす快挙を遂げる。部活動のブースが固まってる中、その外れにポツンと1つ、ビニールシートを敷き、ミカン箱を裏返した机に1人の3年生と2人の2年生がジュースのパックを吸いながら座っている。

 「なぁ、女子テニス部全国行ってから俺達の扱い酷くない?」
 「あぁそうっすね。2面あった使えるコートは部員減少に実績無しだっつって取り上げられて1面しかないし、その1面ももうすぐ取られて実質幽霊部活になっちまう。」
 「この学校にある4面あったコート全部女子にとられんのか―。もう同好会になっちまいますね。」
 「山城、俺がいなくなったら、後頼むわー。」
 「部活無くなんのに?」

 3年生テニス部主将の岡部浩二おかべこうじは、大きくため息をつき絶望の表情で山城へと呟く。2年生で副主将の山城も紙パックのコーヒー牛乳を吸いながら空を見上げる。3年生部員の酒井俊明さかいとしあきは女子テニス分顧問に不満があった。

 「それにしても、あの女子テニス部の顧問なんだってな。俺達を目の敵にするや、コートも取上げ、ついには6人キープできなかったら部活動廃止とか勝手に職員会議で決めて言いやがってよ。」
 「そりゃあな。あれだけ効率重視でぐいぐいやられたらそりゃあ周りの先生が倒されるっしょ。おまけにうちの顧問の峰沢なんかへなへなの押しに弱い美術教員だしよ。酒井の言う通りですわ。」

 3人はボーッと日向ぼっこをしながら部員が来るのを待っていると、1人の教員が現れる。3人は恨みつらみの表情を浮かべてその教員を見ていた。重森亜樹しげもりあき。女子テニス部の顧問の教師である。
重森は超高圧的な態度で生徒を抑え込むことを得意としている。

 「お前達、6人メンバーをそろえると言って大見え切った割には一人も来ていないな。このままでは廃部だぞ。」

 「...。」

 「岡部、お前もそろそろ進路のことを考えるのだ。」
 「進路は決めた。猛勉強はしてるさ。でもな、まだ後輩達に全部を引き継いではいないんでね。」
 「無駄だ。無くなる予定の部活に引き継ぎも何もない。弱小な部活は淘汰される。県大会にも出場できないようでは、いくら予選の準決勝を突破しようともそれは弱小も同じ。淘汰されるのだ。」
 「...ッ!」
 「...(おい!山城!よせ!)」
 「私に暴行を加えた場合お前達は即退学処分だ。残り1か月、1人でもインターハイの県予選を突破しない限りこの部活はないものとする。あぁ、そうそう。既に残りの1面も我々女子テニス部が貰っていくぞ。そちらの顧問である峰沢先生が職員会議で譲渡すると言っての事だからな。」

 
 重森はクルリと身体を後ろに向けて女子テニス部のブースへと戻っていった。

 「ま、部が残っていたら試合には出られるでしょう。幸い連盟協会には登録しているんでしょうからね。」

 3人は圧倒的敗北感に襲われ、意気消沈してシートの上で四つん這いになっていた。


 重森がそんな3人の姿を見ては、それを鼻で笑って足を進めようとしたところだった。彼女が進行方向へ向き直った時、それは女子生徒達の黄色い声援と共に現れた。その中には女子テニス部のレギュラーメンバーまでいた。

 「ねえ!あの子めっちゃイケメン!」
 「え、まじ!?うわ!やっば!めっちゃ爽やかじゃん!」
 「え、誰誰!?男子テニス部行くの!?」
 「ねぇ、あのラケットバッグって、メーカー専属契約のやつじゃ...」
 「あの子、もしかして全国5人の天才!」
 「うっそ!まじで!?あの竹下君なの!?こんな超弱小校に!?」
 「ってか、隣の子誰?マネージャー?めっちゃ可愛いんだけど!芸能人?」

 女子生徒達の話は止まらない。竹下と佐藤が男子テニス部のブースへ足を進めていた。重森は竹下の進路を塞ぐように立ちはだかった。彼女は腕を組み竹下と佐藤を睨む。まるで男子テニス部のブースへ行かせないような姿勢だった。しかし、竹下のメーカー専属契約使用のラケットバッグを見ると、今起きている事態の大きさを感じ始める。

 「お前、男子テニス部への入部を希望しているのか?」
 「フフッそうだよ。先生は誰だい?」
 「私は女子テニス部顧問の重森だ。本日を以って男子テニス部は練習用のコートをすべて取り上げられた。入部したとしても練習場所はない。お前が全国の5人の天才だか何だか知らないが、テニスは学校の外でやるのだな。」
 「フフッ。いらないよ。外でやるから。」
 「なに?」
 「練習場所がここにないだけで、この学校から試合に出られるんでしょう?俺はそれで十分だよ。練習相手はスポンサーの指定する場所があるから。それに俺、貴女達は眼中にないんだ。フフッでは。」

 竹下は重森の横を通っていった。佐藤も重森に一礼すると竹下の後を追いかけて行った。重森は2人の後姿をギッとにらみ舌打ちをする。すると今度は女子生徒達の黄色い声援が無くなった。

 周りの生徒達が一人の男の迫力に押し負けて只々見つめるしかなかった。その男は重森の前で止まる。影村義孝15歳と11か月。身長は今年の春で190センチ台となった。そんな彼は身長163センチの重森を見下げる。重森はあまりの迫力に後ずさりした。

 「.........。(な、何だこの男は...それにこの体格、最早軍人ではないか!これだけの体格で高校生...早熟...いや、まだ伸び代があるだと!?馬鹿な!)」

 「......。」
 
 竹下とは全く対照的で威圧的で恐ろしい。そして前髪で顔が見えない得体のしれない大男を前に重森はたじろいだ。影村は彼女の横をスッと通過していった。

 「お、お前!聞いたであろう!男子—」

 「Halt die Klappe und gib auf.黙って諦めな

 「.........。」


 重森は影村を止める様に動こうとするも、影村が低く通った声で重森に答える。

 「試合に出られればそれでいい。この国じゃ、連盟に加入してれば金払ったら出られるんだろ?そうさせてもらう。それだけだ。」

 「この国.....?」

 影村はポケットに手を突っ込んでその場を後にする。男子テニス部のブースには、先ほど重森に心を折られて意気消沈して体操座りをしている3人がいた。

 「フフッ、すいません。入部したいんですけど。」
 「私マネージャー希望です!この人の!」

 3人の顔が絶望から希望の光を当てられる。まるで天使が2名、この地に降り立ったといったように見えた。竹下と佐藤はそれぞれ仮入部届を提出した。

 「い、いいんすか!いいんすか!こんなコートも取り上げられた弱小テニス部に入部なんて!いいんすか!」
 「フフ、いいんすよ。今後の方針は明日当たりにでも話すという事でいいですか?」
 「はい!いいんすよ!いいんすよ!竹下君!いいんすよ!」
 「フフッ、これ俺の番号です。集合場所とか情報をショートメールでください。それでは失礼します。」


 竹下と佐藤は校門の方へと向って行った。2人が立ち去った後、少しして固まっていた岡部、山城、酒井は飛び上がって喜んだ。しかし、それも束の間だった。

 「あー、テニス部ってのはここか?仮入部届だ。」

 影村は男子テニス部のブースに到着すると間髪入れず仮入部届を提出した。

 「は、はい...俺、3年の酒井です。(おい、何だよこいつ!でっけぇな!バスケ部とかバレー部とかじゃねぇのかよ!)」
 「お、おう。ようこそ男子テニス部へ...俺は主将の岡部だ。(やっべ、こんなでけぇ奴ファーストサーブ打ったら90%ぐらいで入るだろ...今年の1年エグイな。つーかなんだよこの体格、軍人かよ!)」

 影村から放たれる威圧感にガタガタ震えながら受け答えする岡部と酒井。しかし山城だけはどこか違った。

 「あ、この前校門で里川ビビらせてた。よく来たなぁ。よろしく頼むぜぇ大将!」

 山城は一度影村に会っているのか、堂々としていた。ナンパ癖のある男故の特質か、山城はどんどん影村と会話を進めていく。

 「昨日はうちのクラスメートがごめんなぁ。俺が謝ってもしようがねぇけど。」
 「問題ない。次の活動はいつになる?」
 「おおうおう、明日ショートメール送るからさぁ、番号教えてくれない?」
 「いいだろう。」
 「おう、悪いようにはしねぇよ。サンキューな。」

 影村も校門の方へと立ち去っていった。岡部と酒井はニシシと笑う山城を唖然とした表情で見つめていた。圧倒的コミュニケーション能力。流石は男子テニス部きってのナンパ師といわれることだけはある。その後、もう2人の入部希望者が現れる。1人は180センチで細身、顔はそこそこイケメンだった。頭は茶髪でピアスを付けており、制服がはだけている。風貌的にかなりチャラく最早チャラ男だった。もう一人は身長165センチ程で細身だった。顔は童顔でパーツも整っており、その手の嗜好を持っている女性からは好奇の目で見られそうな位に危うかった。

 「ウィーッス!俺達入部希望者っすぅ!」
 「ぼ、僕も入部希望者です。ってかもぅ、高峰チャラーい!」
 「いいジャンいいジャン!こういうのは楽しまねぇとノブノブゥ!」
 「んもぅー!」

 背の高くチャラい方は高峰直樹たかみねなおき、もう一人の相方は山瀬信行やませのぶゆき。後に伝説のメンバーの一員として、トリックスターと鉄壁の呼び名で全国クラスのダブルスペアとして活躍する選手となる。そんな2人の内、高峰は山城と目を合わせる。無言のシンパシーを感じた二人は数秒膠着の後、互いに手をがっしりと握り合った。

 「ウェ―――イ!よろしくッスゥ!フゥゥゥ~↑↑」
 「ウェ―――イ!よろしくッスゥ!フゥゥゥ~↑↑」


 この時、岡部と酒井そして山瀬は “あ、同じ種族がいた” と胸の内で言葉に出して呆れた表情で2人を見ていた。高峰と山瀬が立ち去った後、残った3人は安堵とこれからの活動をどうするか不安が入り混じった表情となっていた。

 「はは、賑わってるねぇ...ちゃんと必要人数が集まったみたいだ。」
 「はい、先生。新しいマネージャーも入りました。」

 男子テニス部のブースの状況を見に来た教員1名、現女子マネージャーが1名。彼らが男子テニス部のブースの目の前に来たところに3人が教員の方を指さす。

 「裏切者ダ。」
 「裏切者ダ。」
 「コート返セ!ミネサワ!ナガサワ君ッテ呼ブゾ!」
 「コノ、タマネギヤロー!」
 「ソウダ!剥クゾ!コノヤロー!」 

 「おいおい、君達。酷いな。重森先生とはちゃんと話したんだぞ?次のインターハイまで待ってくれって。なんでカタコトなんだ。」
 
 3人に責め立てられる顧問の教員である峰沢昭二みねさわしょうじは後頭部をポリポリと掻く。その隣で腕を組んでため息をつく現マネージャーの照山翔子てるやましょうこ。彼女は佐藤とコンビで社会人、学生問わず男子テニス部の練習試合に一般大会など試合の情報収集などに奔走し、影で部を支える重要な支柱となった。男子3人は照山を指さす。

 「ア!コート譲渡ニカカワッタ芋女ダ!」
 「芋女ダ!」
 「芋食ッテ屁コイテ寝ロ!芋女メ!」

 「あんた等ね...芋女って...しかもなんでカタコトなのよ!ちょっと座りなさい!」

 照山は3人に対してとにかくバイオレンスで凶暴だった。峰沢が苦笑いをする中、照山は3人を正座させて説教を始めた。兎角メンバーは揃う。こうして天才1名、怪物1名、チャラ男2名、普通2名、ショタ1名、芋女1名、美少女天然マネージャー1人という何ともアンバランスな構成の男子テニス部が始動することとなった。
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