グローリー

城華兄 京矢

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最終話

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   姫君の居場所は、街でも一級のホテルだ。しかもロイヤルスイートである。当然だ王城が崩壊したのである。一国を預かるものが、安い宿に身を置くはずがない。一室は、一般家庭よりさらに広い。高級感にあふれて、一見した質感は、王城内の一室と見間違えるほどだ。そんな環境の中、気丈な姫君に比べ、王妃は少し不安げである。
  「そうですか。アーラッドは何者かの差し金で……、王の居ないこの国に、あなた方が滞在して頂ければ、心強かったのですが……、そう言う事情であれば、仕方がありません。馬車は、この国の物をお使い下さい」
   姫君の瞳は、一晩中悲しみに暮れていたのか、すっかり赤らんでいる。当たり前である。父親が無惨に殺されたのだ。だが、彼女は気丈に振る舞っている。とても十代の少女とは思えない。懸命に笑顔を作ってみせる。
   だが、今は彼女と語らう時間も慰めてやる時間もない。互いのこれからを祈るように、ザインと姫君は握手を交わす。そこからは、互いの気力がよく伝わった。
   この姫君であれば、この国は十分持ち直すことが出来るだろう。ザイン達は行為に甘え、馬車を借りる。四頭引きで、御者付きだ。
   夕刻には、サウスヒルとの間にある集落に着く。だが、ゆったりとしている暇もない。
  「さぁ!行くぞ!エスメラルダ!!」
   ザインは勢い良くエスメラルダに跨る。しかし、である。ザインはロードブリティッシュにより、襟首を噛まれ、放り投げられてしまう。ザインの意気込みは、早速挫かれてしまうのであった。
  「結構……焦ってますね」
   冷静にザインを分析するロカだった。ザインは、後頭部を強打したらしく、干し草の上で、後頭部を抱え、もんどり打っている。
   そして、漸く立ち上がるザインだった。
  「だぁ!!うっせぇ!!行くぞ!!」
   と、散々に心配する声に対して、今度は、ロードブリティッシュに跨るアインリッヒの後ろに乗り込み、ストレスをぶちまけるようにして、声を張り上げるのだった。
  
  
  
   馬を程ほどに休憩をさせつつ、夜通し馳せること三日。心身共に疲れ切った頃、クルセイドに着く。
  「さぁ、城が見えたぞ」
   ザインがアインリッヒの背中から声をかける。二人はロードブリティッシュ背の上で、その手綱を握っているのはアインリッヒだ。ザインの手は、アインリッヒの括れた腰に、確りと回っている。
  「あと一息だな。行きは盗賊に襲われたり、リザードマンと戦う羽目になったが、帰ってくるといえば、早いものだ」
   一時的とはいえ、帰国できたことにホッと一言漏らすアインリッヒだった。
  「それは、アーラッドも居なくなったことだし……、…………いや、違う!違うぞ!!」
   急に危機迫った声を出すザインだった。その時、彼が完全に忘れていた事実を思い出した。彼とアインリッヒは、クルセイドに着く前に、盗賊の襲撃にあっている。彼らがクルセイドに集まることを何故知っていたかという疑問もあったが、その謎は、エピオニアに着けば、解決できるものと踏んでいた。走らせていた馬を、それぞれ自然に止める。
   だが、あの結果である。アーラッドは黒幕ではなかったし。疑問も核心を残したままの状態だ。
  「ザイン。どうした?」
   冷や汗をかき始めているザインに、ロンは馬を寄せ、その険しい表情から、彼の心理状態と、思考を読みとろうとする。
  「そもそも、アーラッドは、どうやって俺達の来訪を知ったんだ?監視をしていたのは、間違い無く奴だ。他にそんな芸当の出来る奴は、ジーサンと、ロカ以外いるか!?」
   ザインは、周囲にその確認を取るが、全員首を横に振り、該当する国には、そんな力をもった魔導師が居ない事を、再認識する。
  「黒幕のことばかり考えて、肝心なことをお留守にしてた」
   ザインが焦っていたのは、アーラッドの放った、あの破壊光線の凄まじい威力を想像したからだ。
  「つまり、クルセイド城内に密通者がいた。と言うことになりますか」
   恐らくこの時点で、誰もが考えていた結論が、ロカの口から飛び出る。皆頷くが、その中で、ザインだけは首を横に振る。そして、ジーオンを一睨みする。まさか、彼がジーオンを疑っているのではないか?まさか?逆の疑いがザインを襲う。
  「ジーサン……」
  「なんじゃ?」
   ジーオンは、いつもの様子だった。落ち着いている彼らしさが感じられた。
  「融合とか、契約ってのは、やっぱり魔力が優先するのか?!」
   ザインが、ジーオンを疑い、睨み付けたのではないことを理解できると、三人はホッとする。アインリッヒは、特に安心した。何より仲間と戦うことで、彼の心が傷つくことを恐れたのである。
  「意味が解らぬが……」
  「ホラ!幻影では、アーラッドの奴は蛇を使っていた!呪いには、小動物を生け贄に使う!」
  「ふむ。魔力はいるじゃろうな。じゃが、知識と魔力を増幅する手段、場合によっては、それ相応の贄を、要する。しかし、時間をかければ、巨大な魔術を完成させることも不可能ではないはず。モノによっては……じゃが」
   話は自然と、魔族との融合に関することになっていた。アーラッドがそのキーワードだ。
   推測だが、ザインの中で一つの結論が出る。躊躇いはあったが、最悪の事態を招くよりましだと、結論に踏み込む。
  
  
   苦い顔をしたザインはゆっくりと口を開いた。
  「黒幕は……、クルセイド国王だ」
  
  
   誰もが、返す言葉を失った。それぞれの動揺を示すように、馬達も落ち着きなく、足を浮かせている。
   ザインの中だけで纏まった結論だ。そこへたどり着くまでの筋道が、全く理解できない。だが、冗談で彼がこのようなことを言わないのは、誰もが解ることだった。人民の頂点に立つ国王より、彼らにとってはザインのほうが、遥かに信用のおける人物だった。しかし、黒幕が国王と言われれば、流石に否定せざるを得ない。
  「まさか!馬鹿な!!」
   真っ先にこう言ったのはロンだった。そして続けてこういう。
  「私達五大雄は、祖国はもちろん、中央においてもその信頼は衰えないはず!何よりも私達は忠義を尽くしている!!」
   五大雄と言うものに、何より誇り持っているロンは、拳を握り声を荒げ、悲痛に訴える。それは同時に、ザインを疑えないことを意味していた。
  「より頑強な国家体勢を作り上げるため、力を持ち、民からも慕われる我々は、王にとっては、邪魔な存在だった……」
   悲しげに、ロカが呟く。静かに目を閉じ、現実を受け止めることにした。
  「その演出として、エピオニアを危険とし、我々を潜入させ、最終的に、アーラッドと心中か……」
   アインリッヒが、簡単な線を結んだ。それが大凡の目論見だ。
  「いや、もっと都合がいいのは、俺とアインを抹殺しておくことだった。そうすれば、アーラッドは、深手を負わされ、十分に力を付けた国王が、ヤツを倒す。国を統率する王だ。計算高くなくては、やっていけない。それぐらいのことは、十分考えられるはずだ」
   ザインが語り終えると、ジーオンは徐に、スタークルセイドのエンブレムを懐から取り出し、ぽとりと地面に落とす。すると、ロン、ロカ、アインリッヒもエンブレムを取り出す。しかしザインはエンブレムを取り出さない。そして緊迫感のない声でこう言った。
  「もったいねぇよ。捨てることないって」
   命がけ、と言った雰囲気に飲まれていた全員の顔が、ぽかんとなってしまう。そう言う雰囲気に持ち込んだのは紛れもなくザインの筈だ。しかし、今はヘラヘラと笑っている。
  「そうだな。帰ってから考えても、良い話だ」
   アインリッヒが、再びエンブレムを懐にしまい込む。それを見たロンとロカも、エンブレムを捨てるのを止めた。そそくさと懐にしまい込む。
  「わ、儂の立場はどうなるんじゃ?!」
   みっともなく、馬から降り、エンブレムを拾い直すジーオンの姿が、ションボリとして感じられる。にやにやしているザイン、クスクスとおかしげに笑う三人、年甲斐もなくむくれっ面をするジーオンがそこにいた。
  「いざ、出陣!」
   ザインが力強く右腕を振り上げると、アインリッヒが勢い良くロードブリティッシュを走らせる。ロン達もそれに続く。
   城に着くと、兵士達が城内へ続く通路の両脇を、いかめしい趣でびっしりと固めている。これは英雄凱旋への敬意である。城内に入ると、ジーオンを筆頭に玉座の間まで向かう。
  「よくぞ、エピオニアに埋もれていた危機を、攻略してくれた」
   既に先遣隊の誰かが、王に報告したのだろう。だが、事件の詳細は知らないはずだ。一つだけ言えるのは、黒幕の思惑通りに事が運ばなかったのは確かであると言うことだけである。
   しかし、王に飛びかかるわけには行かない。そうすればたちまち大勢の兵に囲まれ、彼らの行き場が無くなってしまう。何も知らない兵達を、傷つけるわけには行かないのだ。
   ザイン達は、まだ国王への忠誠の姿勢を崩していないかのように跪いたままである。赤く敷き詰められた絨毯を眺めながら、真実を待つばかりだ。
   だが、兵士達が突如ざわめき出す。静粛でなければならないこの場で、落ち着きのない空気が、部屋中に広がって行く。
  「諸君。静粛に……」
   国王が冷静に、このざわめきを沈めにかかる。しかし、ざわめきは次第に、叫び声に変わって行く。
  「王!そのお姿は……」
   一人の兵士がついに堪えきれず、恐怖に震えながら、このように申し出た。
  「儂が?……!!」
   王は自分の腕を見て、ギョッとする。それと同時に不信に思ったザイン達は、面を上げ国王の顔を拝む。そこには既に、自分たちの知っている国王の趣は無かった。アーラッドと同じように、醜い悪魔の顔になり果てている。
  「馬鹿な!馬鹿な!」
   人間の姿を保てなくなった国王は、とたんに慌てふためきだす。予想外だと言いたげだった。
   立ち上がり、狂ったように部屋を破壊しだす。国王であるため、兵士達にはどうすることもできない。しかし、ザイン達は各々構えを取る。
   理由は簡単だった。己の予想に反し無事生還した五大雄への怨念が彼の中の悪魔を増幅させたのである。そして、人間である彼を保てなくさせたのだ。
  「魔法を統べる根元の力よ。かの者の力を封じたまえ!!ルートアウト!!」
   ロカが素早く魔法を唱える。彼はアーラッドとの戦いで、尤も有効な手を学習していたのだ。しかし、瞬間にして、ロカに疲労の色が濃く出る。相当の魔力を消費したようだ。
   それは国王が、魔法を使用できないようにするための魔法だ。
  
  「大いなる神の後光よ!!悪しき者を焼け!!サンスピリッツ!!」
   続けざまにジーオンが杖を振りかざし、攻撃呪文を唱える。対魔族用の神聖魔法のようだ。悪魔化した国王の黒い表皮を焼き、そこから腐敗に近い異臭が放たれる。
  
  「ぐあぁぁ!何故だ!!」
   自分の変化に動揺しながらも、絶対的な力を得ているはずの自分が意図も容易く、彼らの攻撃にダメージを受けている事に、混乱を隠せない。
  
  「ソウルブレード!!」
   国王が絶叫し、混乱している間にザインが十八番で斬りつけた。ロンもアインリッヒも、時間差で王に斬りつける。
  「奥義!龍乱舞」
   ロンの気合いの入った声が部屋中に響きわたる。しかし、誰が見ても我流なのは一目瞭然だった。しかしその連撃は、相手の反撃を許さないほど凄まじかった。
  
   アインリッヒは持ち前の剛刀で国王を一刀両断にする。
   国王はダメージを受けながらも、その凄まじい再生力で死ねずにいる。魔物である利点と欠点をも同時に持ち合わせたための、苦痛である。
  
  「邪なる者に封印を施せ!シルドダーク!!」
   すかさずジーオンが、魔法を唱え、国王の周辺に光の六芒星を描く。彼は最後の反撃に出るべく、アーラッドの放ったような、光線を口から放とうとするが、それは既にロカによって封じられている。
  
   次の瞬間、王は二つの肉体、つまり人間である彼と、魔族であるで彼が完全に引き離される。そして、悪魔の身体は完全に消滅する。
   以外と呆気ない幕切れに見える。だが、もし、アーラッドとの戦闘がなければ、こうはならなかっただろう。国王は五大勇の力というものを、十分に理解していた。
   だからこそ、ザインとアインリッヒを道中で襲い、さらにはリザードマンを彼らにぶつけたのだろう。しかし、ザインの存在が、全ての計画を狂わせたのだ。国王にとって、ザインはただ、ノーザンヒルの称号を烏受け継いだだけの、若者に過ぎなかった筈だったのだ。
  
  「何故だ……」
   既にズタズタになっている国王は、そう呟き続ける。
  「悪魔に魂を売った時点で、あんたの敗北は、決まってたんだよ。魔族との融合は、確かに強烈な力だったが、人間との欠点も併せ持つ。再生能力がある反面、神聖魔法にはめっぽう弱い。人間のように多彩な魔法を使える反面、実体化した肉体は物理攻撃に弱い。道理さ……」
   ザインは、上から見下ろす。
  
  「この国は、絶対的な力が必要……なんじゃ……」
   その時点で国王は息絶える。彼が何を感じ、何故絶対的な力を求めていたのかは、不明のままだ。ただ、五大雄が生まれた七年前の戦争が、その引き金の一端だったことは、間違いのない事実なのだろう。
   国を一つに纏めようとすればするほど、その不可能さを感じたのだろう。何れは崩れて無くなるものだ。
   国をより、強い力で纏めようとすればするほど、王は苦しんだのだろう。
   良君か暴君か……、その場にいた者は、コレを考えずには、居られない。
   数日後、彼らは一旦それぞれの国に帰る。国王の居なくなった中央だが、跡取りはいる。国民には、王は急死と告げられた。
   国王が死んだ直後、一つの鍵が落とされていた。その鍵は、どの部屋の鍵でもないらしい。
   そして、国王がどのようにして、あの力を手にいたのか、疑問はいくつも残る。しかしその後、その謎を解けるものはいなかった。そのすべを知る者も、また見つけることは出来なかった。その謎が解き明かされるのは、まだまだこれから先の物語のことである。
  
   王の葬儀が済んだ後、彼らは一度それぞれの国に散ることになる。国王はこの国の第一子にゆだねられることになった。それにジーオンがいるのだから、おかしな方向には進まないだろう。当分は彼も忙しい身になりそうだ。
  
   ロンとロカは、それぞれ温かな家庭がある。家族と語ることは山ほどあるだろう。当分物語りを語るのに退屈することはないだろう。
  
   アインリッヒは、ザインとの熱い数日を胸に押さえ、任務完了報告のため、ウェンスウェルベン家に戻ることになる。一人の剣士として、一人の女性として、父に向かい、示さなければならないことがあったのだ。
   もはや、家内で彼女を見下せる者はいない。鎧はつけていないが、今度はザインとよく似た軍服姿のりりしいアインリッヒがいた。だが、それも数日の話だ。目処がたてば、自らの足でザインのところへ向かうつもりだったのが……。
   そのザインは、更に数日後、我慢しきれずに、半ば誘拐気味にアインリッヒをウェンスウェルヴェン家から連れ出してしまうのだった。
   そして、屋敷に連れ帰るなり、ウェンスウェルベン家の断りもなく式を挙げてしまうという始末だ。両家の間で、どれほど騒ぎになったのかは、言うまでもない。
   挙げ句の果てに、アインリッヒをやっかい払いできた、ウェンスウェルベン家にとっては、同じ五大勇であるザインバーム家に迎え入れられるという、特典付きだった。
   若造であるザインにそう丸め込まれてしまうのである。しかしそれは、最もな事実だった。
   最終的には、両家の一騒動も、彼の一言で収まることになる。
  
   此処に一つの栄光を築き上げた者達に、一つのページが書き足されるのであった。
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