26 / 27
第26話
しおりを挟む
部屋に戻った二人。ベッドの上でアインリッヒを抱くザイン。この時の腕の痛みは定かではないが、アインリッヒの方は、漸く落ち着きを見せた。
「ユリカ……、その、髪の色……」
アインリッヒが、今現在、尤も気になっていたことをザインに問う
「ああ、これ?なに、ほら、お前鎧着てただろ。水の中じゃ思うように外してやれなかったから、チョイとばかし、『力』を使って……、あ!わりぃ、鎧、ぶっ壊しちまってよぉ。ま、俺も焦ってたんだな、コントロールし損なって……。そう言うことだ、心配すんなって……、髪の毛も生え替われば、元に戻るよ」
ザインは、剣術に使っているあの技を応用したのだが、髪が白髪になってしまうのは、尋常な力の消耗ではなかったということだ。ソウルブレード。魂の剣。つまり言い換えれば、彼の技は、彼の生命力が力の根元なのである。
極限状態に達した彼は、その寿命を二十年は縮めていた。脱力状態の先日の時のこと、戦時中のことも考えれば、自分に残されている寿命は、多くても十年程度であろうと、本人も自覚していた。だが、アインリッヒだけには、悟られたくない。それだけが切ない。
ザインの微笑みは、アインリッヒを納得させることは出来なかった。彼女はたまらなくなり、ザインから顔を背ける。
「ユリカ。私はお前の足を引っ張ってばかりだ。出逢ったとき、私の鎧が弾いた破片がお前を傷つけた。リザードマンの時は、足場の悪さに足を取られ、膝を痛めた私のために、お前は無理をし、そして、今度も!!」
アインリッヒは再び正面を向き、ザインの頭を胸の中に抱きしめる。彼女の柔らかみに包まれたザインは、目を閉じる。彼女の胸の内から聞こえる、葛藤に興奮する鼓動が、愛おしくてたまらない。全身全霊で、彼女を愛し、悦びに振るわせたくなる。
「馬鹿だなぁ。最初の時だって、俺がチンタラやってなきゃ、あんな事にはならなかったし、リザードマンの時だって、一人で混乱してたのも俺だし、お前があの時拳圧を受けてくれなきゃ、俺は水郷の外に落ちて、即死だぜ。それに、俺がやりたくてやったんだ」
本当に馬鹿だと、どうしようもないと言いたげなザインだった。だが、責める気はなかった。心理的な頂点に立った瞬間、ザインは再びアインリッヒを抱いていた。
「どうやら、ザインは帰ってきたようですね」
と、安宿の薄壁の向こうから聞こえるアインリッヒの喘ぎ声で、そう判断するロカ。ジーオンは落ち着いた様子で、茶を一啜りする。
「で、国王への報告はどうする」
話を本題に戻したロンだった。
「まず、エピオニア自体にはもう不安材料がないこと、アーラッドのこと、彼の言っていた融合のこと、まだ黒幕らしき者がいると言うこと、こんな所ですかね」
「フム。そんなところかのぉ」
「しかし、ザインの奴、あの怪我で何処行ってたんだ?気になるなぁ」
ロンが後味の悪い疑問を最後に残した。
それから随分夜中のことだ。ザインは胸の中に眠るアインリッヒの肩を抱きながら、左手の指先で、一つの感触を確かめていた。
〈あれは、何だったんだ。あのドロドロってしたやつ……〉
実はザインは、自分が気を失った後の状況を確かめるため、城に戻っていたのだ。幸い状況はそのまま残っていた。后達はどこかへ避難したらしい。やはり、コレばかりは明日の朝と言うわけには行かない。まずアインリッヒの頬を数回撫でるように叩く。
「ん?どうした?」
「一寸ジーサンのトコ行って来る。良い子にしててくれよ」
「もう、子供ではない。早く帰ってきてくれ……」
大人びていると同時に、背伸びをしているアインリッヒのハスキーに掠れた眠たげな声。冗談と本気の両方が、重なった二つの感情をザインに返す。
ザインがアインリッヒの下から抜け出すと、アインリッヒはそのままベッドに伏せてしまう。まるで、ベッドに残るザインの体温に頼るようだ。
一方夜中に起こされたジーオンはたまったものではない。
「なぬ?玉座の間に残されたドロドロ?」
寝ぼけ眼で、目をこすりながら、鈍りきった頭をどうにか回転させる。
「なんてのかな、こう、スライムっぽく。実物は見たことねぇけど、ドロドログチャグチャッとして、気味悪いの……」
「あぁ、ありゃ変わり果てたアーラッドのなれの果てじゃ」
「アーラッドの?」
「ふむ。あ奴が変身したところまでは、お主も知っておるだろ?あの後に続きがあっての。別に儂等が奴を倒した訳じゃなくてのぉ、魔族と融合した奴は、何らかの変調をきたし、自滅。あふ……、続きは明日じゃ……」
倒れ込むように、ベッドに寝るジーオンだが、ザインが強引にそれを引き起こし、ジーオンの肩を前後に揺さぶる。
「待った待った!それじゃ、融合は未完成で……、て、魔導師って輩は馬鹿じゃねぇし、悪党の性格を考えると、未完成の技法を己に試すってコトもまずねぇ!!」
ザインは興奮しまくり、ジーオンの肩をさらに激しく揺する。
「オヨオヨオヨ!!馬鹿もん!脳が味噌になるわい!!休息無くして明日の勝利無しじゃ!お主も、はよ寝い!」
ジーオンはすっかり不機嫌になり、サインを振り切って、毛布を殻にして眠りに着く。
翌朝、テーブルを囲む五人だった。しかし、ザインの目の下には、黒々とクマが出来ている。結局眠ることなど出来なかった。昨夜、問題の解決の糸口もあの様なので、浮腫んだ顔をよりいっそムッとさせてる。
「要は、黒幕は、アーラッドって奴の可能性は、低いって訳だ。結論としちゃ、俺達の出したものと、対してかわらん」
ロンは食欲旺盛だ。確かに問題の根本的解決には至っていないかも知れないが、とりあえずは家に帰ることもできる。アインリッヒとザインのいちゃつきが、彼の欲求不満を増大させている感もある。
「いや、そうなんだけど、俺達を此処まで警戒してるんなら、何でそんな中途半端な真似をするかだ。結局奴は俺達を倒せずじまいだ。問題は、そこ」
ザインのホークは、あまり食べ物には延びず、しきりに空を掻いてばかりいる。
「彼も言っていたでしょう。貴方が知将の息子ではなく、本人だったことが、計算ミスだった」
ロカが簡単に結論づける。しかし、食の手は休めない。
「しかしよぉ……」
ザインは何か肝心なことを忘れている気がしてならなかった。
「ユリカ。考えても始まらないこともある。ほら、冷たいものでも飲めば、頭がスッキリするかもしれないぞ」
心身共に充実したアインリッヒが、頬杖をついて、ザインの目の前に、メニューを出す。
「冷たいものねぇ……、アイスティー、アイスコーヒー、オレンジジュース、クリームソーダ……、へぇ、クリームソーダねぇ、ガキの頃は貧乏で、なかなか飲めなかっただよなぁ。こう、緑色のソーダを半分飲んで、アイスクリームを半分食って、後は混ぜて飲む……、ん?あ!ねぇちゃん!!クリームソーダ、二つくれ!!」
近くのウエートレスに、大声でそれを要求するザインだった。ロンは飲みかけた水を思い切り噴きこぼしてしまう。まさか、この歳でそれを頼むとは思いもよらなかったのと、注文の取り方ももう少しあっただろうと、両方の意味があった。思わず赤面をしてしまう。
「フフ……。ユリカ、可愛いな」
無邪気な彼だと、ザインの頬を両手で挟み、ゆっくりと撫でる。
「ゴホゴホ!!お前らなぁ……」
もう、これ以上呆れて何も言えないロンだった。
暫くすると、ザインの目の前に、クリームソーダがやってくる。ザインが美味しそうに舌をペロリとさせる。それから、テーブルの中央にあるサラダののった器を退け、その位置に、クリームソーダを持ってくる。
「じゃーん!皆さん。コレは何でしょうか!」
そして宝物を見せるかのように、両手を差しだし、それに注目させる。
「クリームソーダ!」
ウンザリと言った感じで、投げやりなロンが言う。
「ブブー!アーラッドだ」
「は?」
ザインの言うことは、ちんぷんかんぷんだ。この瞬間から、皆の視線が、目の前のクリームソーダに釘付けになる。そうなるとザインはしめたものだった。
「アイン。こっちっかわを、ライトの魔法で暖めてくれないか」
「ああ」
何をしでかすかは解らなかったが、ザインの言うことなので、アインリッヒはすぐにライトの魔法で、片方のクリームソーダを照らす。すると、見る見るうちに上のアイスクリームが溶け始める。
「はいストップ!」
ザインは、アインリッヒを止めると同時に、ストローで軽く一混ぜする。クリームソーダは濁る。当たり前のことだ。アイスクリームは半分ほど残っている。
「で、俺達が出くわした奴さんは、恐らくこんな状態だったのかな?もう一寸溶けてたかも知れないが……」
「意味がわからんな」
「まあ聞けよ。ロン、つまり、俺の予想では、奴は完全に融合していなかったって、ことさ、こうしてこうしてっと!」
ザインは、残りのアイスクリームを沈め、ついにはソーダの中にとか仕込んでしまう。コレが完全体と言うわけだ。全く手のつけられていないほうを見ると、まだ溶けていない。つまり、完全体になるには、それなりに時間が掛かると言うことだ。アーラッド本人には、その事を告げられていないことになる。
「まぁ、確かにこうなる前に、奴を倒せたことは、私達には幸いだが、黒幕という点においては、根本的解決に、至ってない」
黒幕が解ったと思ったロンにとっては、何とも見当違いのザインの閃きだった。
「解ってねぇなぁ!早く奴サンを探さなきゃ、完全体になるってコトだぜ!」
すっかり黄緑色に染まってしまったソーダを、一気にストローで啜ったザインは、グラスをテーブルに叩きつけるように置くと、大きくふんぞり返る。
「なぜそうなる?!」
飛躍した話に、ロンは着いて行けない。
「自分が最強なら、部下に不安なんて持つ必要がねぇだろうが!!」
彼らはそれぞれ、一国を支配してもおかしくないほどの力の持ち主だ。その彼らが、何の野心も持たずに、こうしていることのほうが、よほど不思議である。
強大な力を持った人間は、それに酔いしれて、何をしでかすか解らない。ロンには、その部分の根本的な考えが抜けていた。術が成功したなら、最終的に自分への使用を考える。当然である。
「つまり、私達は、一刻も早く帰らねばならない、と言うことか!」
「そ・ゆ、コト!!」
一斉に全員が立ち上がる。
「しかし、ユリカ。その腕では……」
ジーオンが的確な魔法をかけてくれいるため、通常に動かす分には、それほど支障をきたさないが、激しい戦闘には、まだ耐えることは出来ないだろう。
「ダイジョウブ。ぶっ通しで走っても四日はかかる道のりだ。馬のことを考えりゃ、そんな無茶も出来ねぇし、十分時間はある。てか、俺達にも余力がいる。ラスボス見つけて、電池切れなんてのも馬鹿な話しだ。可能な限り無理なく早くって所だ」
しかし、ザインはこう言い切った。それに、すぐに戦闘があるわけでもないと、考えていた。そうであれば、養生にも十分時間を費やすこともできる。まずは中央に戻り、王にこの事を報告しなければならない。しかし、こういうときに限り、例の兵士が居ない。どこかでザインたちを見ているはずだが……。
宿の外へ出て、周囲を見渡してみるが、それらしき人影もない。
「そうじゃ、駅馬車の馬を借りればコトは足りるぞ!」
今まで黙っていたジーオンが、全員が焦っている中、閃きを見せる。
「そうですね!集落まで戻れば、私達の馬もあることですし」と、ロカ。
「決まりだ!」
ロンが真っ先に駆ける。その時、彼の真正面から、エピオニアの兵がやってくる。
「五大雄殿!探しました!まさかこのような、所に!」
このような所とは、王城周辺の町並みに比べれば、華やかさに欠けると言うことだ。宿も三流宿である。彼らは、ジーオン達を探すのに手間取っていたらしい。姫君が何かの用なのだろう。急いではいるが、駅馬車より良い馬を借りられるかも知れないし、馬車であればザインにとっては好都合だ。彼らは、兵士達に姫君の場所を案内される。急ぎ気味の馬車は、あわただしく、エピオニアの市中を駆けるのだった。
「ユリカ……、その、髪の色……」
アインリッヒが、今現在、尤も気になっていたことをザインに問う
「ああ、これ?なに、ほら、お前鎧着てただろ。水の中じゃ思うように外してやれなかったから、チョイとばかし、『力』を使って……、あ!わりぃ、鎧、ぶっ壊しちまってよぉ。ま、俺も焦ってたんだな、コントロールし損なって……。そう言うことだ、心配すんなって……、髪の毛も生え替われば、元に戻るよ」
ザインは、剣術に使っているあの技を応用したのだが、髪が白髪になってしまうのは、尋常な力の消耗ではなかったということだ。ソウルブレード。魂の剣。つまり言い換えれば、彼の技は、彼の生命力が力の根元なのである。
極限状態に達した彼は、その寿命を二十年は縮めていた。脱力状態の先日の時のこと、戦時中のことも考えれば、自分に残されている寿命は、多くても十年程度であろうと、本人も自覚していた。だが、アインリッヒだけには、悟られたくない。それだけが切ない。
ザインの微笑みは、アインリッヒを納得させることは出来なかった。彼女はたまらなくなり、ザインから顔を背ける。
「ユリカ。私はお前の足を引っ張ってばかりだ。出逢ったとき、私の鎧が弾いた破片がお前を傷つけた。リザードマンの時は、足場の悪さに足を取られ、膝を痛めた私のために、お前は無理をし、そして、今度も!!」
アインリッヒは再び正面を向き、ザインの頭を胸の中に抱きしめる。彼女の柔らかみに包まれたザインは、目を閉じる。彼女の胸の内から聞こえる、葛藤に興奮する鼓動が、愛おしくてたまらない。全身全霊で、彼女を愛し、悦びに振るわせたくなる。
「馬鹿だなぁ。最初の時だって、俺がチンタラやってなきゃ、あんな事にはならなかったし、リザードマンの時だって、一人で混乱してたのも俺だし、お前があの時拳圧を受けてくれなきゃ、俺は水郷の外に落ちて、即死だぜ。それに、俺がやりたくてやったんだ」
本当に馬鹿だと、どうしようもないと言いたげなザインだった。だが、責める気はなかった。心理的な頂点に立った瞬間、ザインは再びアインリッヒを抱いていた。
「どうやら、ザインは帰ってきたようですね」
と、安宿の薄壁の向こうから聞こえるアインリッヒの喘ぎ声で、そう判断するロカ。ジーオンは落ち着いた様子で、茶を一啜りする。
「で、国王への報告はどうする」
話を本題に戻したロンだった。
「まず、エピオニア自体にはもう不安材料がないこと、アーラッドのこと、彼の言っていた融合のこと、まだ黒幕らしき者がいると言うこと、こんな所ですかね」
「フム。そんなところかのぉ」
「しかし、ザインの奴、あの怪我で何処行ってたんだ?気になるなぁ」
ロンが後味の悪い疑問を最後に残した。
それから随分夜中のことだ。ザインは胸の中に眠るアインリッヒの肩を抱きながら、左手の指先で、一つの感触を確かめていた。
〈あれは、何だったんだ。あのドロドロってしたやつ……〉
実はザインは、自分が気を失った後の状況を確かめるため、城に戻っていたのだ。幸い状況はそのまま残っていた。后達はどこかへ避難したらしい。やはり、コレばかりは明日の朝と言うわけには行かない。まずアインリッヒの頬を数回撫でるように叩く。
「ん?どうした?」
「一寸ジーサンのトコ行って来る。良い子にしててくれよ」
「もう、子供ではない。早く帰ってきてくれ……」
大人びていると同時に、背伸びをしているアインリッヒのハスキーに掠れた眠たげな声。冗談と本気の両方が、重なった二つの感情をザインに返す。
ザインがアインリッヒの下から抜け出すと、アインリッヒはそのままベッドに伏せてしまう。まるで、ベッドに残るザインの体温に頼るようだ。
一方夜中に起こされたジーオンはたまったものではない。
「なぬ?玉座の間に残されたドロドロ?」
寝ぼけ眼で、目をこすりながら、鈍りきった頭をどうにか回転させる。
「なんてのかな、こう、スライムっぽく。実物は見たことねぇけど、ドロドログチャグチャッとして、気味悪いの……」
「あぁ、ありゃ変わり果てたアーラッドのなれの果てじゃ」
「アーラッドの?」
「ふむ。あ奴が変身したところまでは、お主も知っておるだろ?あの後に続きがあっての。別に儂等が奴を倒した訳じゃなくてのぉ、魔族と融合した奴は、何らかの変調をきたし、自滅。あふ……、続きは明日じゃ……」
倒れ込むように、ベッドに寝るジーオンだが、ザインが強引にそれを引き起こし、ジーオンの肩を前後に揺さぶる。
「待った待った!それじゃ、融合は未完成で……、て、魔導師って輩は馬鹿じゃねぇし、悪党の性格を考えると、未完成の技法を己に試すってコトもまずねぇ!!」
ザインは興奮しまくり、ジーオンの肩をさらに激しく揺する。
「オヨオヨオヨ!!馬鹿もん!脳が味噌になるわい!!休息無くして明日の勝利無しじゃ!お主も、はよ寝い!」
ジーオンはすっかり不機嫌になり、サインを振り切って、毛布を殻にして眠りに着く。
翌朝、テーブルを囲む五人だった。しかし、ザインの目の下には、黒々とクマが出来ている。結局眠ることなど出来なかった。昨夜、問題の解決の糸口もあの様なので、浮腫んだ顔をよりいっそムッとさせてる。
「要は、黒幕は、アーラッドって奴の可能性は、低いって訳だ。結論としちゃ、俺達の出したものと、対してかわらん」
ロンは食欲旺盛だ。確かに問題の根本的解決には至っていないかも知れないが、とりあえずは家に帰ることもできる。アインリッヒとザインのいちゃつきが、彼の欲求不満を増大させている感もある。
「いや、そうなんだけど、俺達を此処まで警戒してるんなら、何でそんな中途半端な真似をするかだ。結局奴は俺達を倒せずじまいだ。問題は、そこ」
ザインのホークは、あまり食べ物には延びず、しきりに空を掻いてばかりいる。
「彼も言っていたでしょう。貴方が知将の息子ではなく、本人だったことが、計算ミスだった」
ロカが簡単に結論づける。しかし、食の手は休めない。
「しかしよぉ……」
ザインは何か肝心なことを忘れている気がしてならなかった。
「ユリカ。考えても始まらないこともある。ほら、冷たいものでも飲めば、頭がスッキリするかもしれないぞ」
心身共に充実したアインリッヒが、頬杖をついて、ザインの目の前に、メニューを出す。
「冷たいものねぇ……、アイスティー、アイスコーヒー、オレンジジュース、クリームソーダ……、へぇ、クリームソーダねぇ、ガキの頃は貧乏で、なかなか飲めなかっただよなぁ。こう、緑色のソーダを半分飲んで、アイスクリームを半分食って、後は混ぜて飲む……、ん?あ!ねぇちゃん!!クリームソーダ、二つくれ!!」
近くのウエートレスに、大声でそれを要求するザインだった。ロンは飲みかけた水を思い切り噴きこぼしてしまう。まさか、この歳でそれを頼むとは思いもよらなかったのと、注文の取り方ももう少しあっただろうと、両方の意味があった。思わず赤面をしてしまう。
「フフ……。ユリカ、可愛いな」
無邪気な彼だと、ザインの頬を両手で挟み、ゆっくりと撫でる。
「ゴホゴホ!!お前らなぁ……」
もう、これ以上呆れて何も言えないロンだった。
暫くすると、ザインの目の前に、クリームソーダがやってくる。ザインが美味しそうに舌をペロリとさせる。それから、テーブルの中央にあるサラダののった器を退け、その位置に、クリームソーダを持ってくる。
「じゃーん!皆さん。コレは何でしょうか!」
そして宝物を見せるかのように、両手を差しだし、それに注目させる。
「クリームソーダ!」
ウンザリと言った感じで、投げやりなロンが言う。
「ブブー!アーラッドだ」
「は?」
ザインの言うことは、ちんぷんかんぷんだ。この瞬間から、皆の視線が、目の前のクリームソーダに釘付けになる。そうなるとザインはしめたものだった。
「アイン。こっちっかわを、ライトの魔法で暖めてくれないか」
「ああ」
何をしでかすかは解らなかったが、ザインの言うことなので、アインリッヒはすぐにライトの魔法で、片方のクリームソーダを照らす。すると、見る見るうちに上のアイスクリームが溶け始める。
「はいストップ!」
ザインは、アインリッヒを止めると同時に、ストローで軽く一混ぜする。クリームソーダは濁る。当たり前のことだ。アイスクリームは半分ほど残っている。
「で、俺達が出くわした奴さんは、恐らくこんな状態だったのかな?もう一寸溶けてたかも知れないが……」
「意味がわからんな」
「まあ聞けよ。ロン、つまり、俺の予想では、奴は完全に融合していなかったって、ことさ、こうしてこうしてっと!」
ザインは、残りのアイスクリームを沈め、ついにはソーダの中にとか仕込んでしまう。コレが完全体と言うわけだ。全く手のつけられていないほうを見ると、まだ溶けていない。つまり、完全体になるには、それなりに時間が掛かると言うことだ。アーラッド本人には、その事を告げられていないことになる。
「まぁ、確かにこうなる前に、奴を倒せたことは、私達には幸いだが、黒幕という点においては、根本的解決に、至ってない」
黒幕が解ったと思ったロンにとっては、何とも見当違いのザインの閃きだった。
「解ってねぇなぁ!早く奴サンを探さなきゃ、完全体になるってコトだぜ!」
すっかり黄緑色に染まってしまったソーダを、一気にストローで啜ったザインは、グラスをテーブルに叩きつけるように置くと、大きくふんぞり返る。
「なぜそうなる?!」
飛躍した話に、ロンは着いて行けない。
「自分が最強なら、部下に不安なんて持つ必要がねぇだろうが!!」
彼らはそれぞれ、一国を支配してもおかしくないほどの力の持ち主だ。その彼らが、何の野心も持たずに、こうしていることのほうが、よほど不思議である。
強大な力を持った人間は、それに酔いしれて、何をしでかすか解らない。ロンには、その部分の根本的な考えが抜けていた。術が成功したなら、最終的に自分への使用を考える。当然である。
「つまり、私達は、一刻も早く帰らねばならない、と言うことか!」
「そ・ゆ、コト!!」
一斉に全員が立ち上がる。
「しかし、ユリカ。その腕では……」
ジーオンが的確な魔法をかけてくれいるため、通常に動かす分には、それほど支障をきたさないが、激しい戦闘には、まだ耐えることは出来ないだろう。
「ダイジョウブ。ぶっ通しで走っても四日はかかる道のりだ。馬のことを考えりゃ、そんな無茶も出来ねぇし、十分時間はある。てか、俺達にも余力がいる。ラスボス見つけて、電池切れなんてのも馬鹿な話しだ。可能な限り無理なく早くって所だ」
しかし、ザインはこう言い切った。それに、すぐに戦闘があるわけでもないと、考えていた。そうであれば、養生にも十分時間を費やすこともできる。まずは中央に戻り、王にこの事を報告しなければならない。しかし、こういうときに限り、例の兵士が居ない。どこかでザインたちを見ているはずだが……。
宿の外へ出て、周囲を見渡してみるが、それらしき人影もない。
「そうじゃ、駅馬車の馬を借りればコトは足りるぞ!」
今まで黙っていたジーオンが、全員が焦っている中、閃きを見せる。
「そうですね!集落まで戻れば、私達の馬もあることですし」と、ロカ。
「決まりだ!」
ロンが真っ先に駆ける。その時、彼の真正面から、エピオニアの兵がやってくる。
「五大雄殿!探しました!まさかこのような、所に!」
このような所とは、王城周辺の町並みに比べれば、華やかさに欠けると言うことだ。宿も三流宿である。彼らは、ジーオン達を探すのに手間取っていたらしい。姫君が何かの用なのだろう。急いではいるが、駅馬車より良い馬を借りられるかも知れないし、馬車であればザインにとっては好都合だ。彼らは、兵士達に姫君の場所を案内される。急ぎ気味の馬車は、あわただしく、エピオニアの市中を駆けるのだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる