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第8話
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翌朝。
「ザイン待たせなた」
日が昇り始めた霞掛かる北欧気候の寒気の強いヒンヤリとした早朝。
すでに既に馬に跨り、意気揚々としているザインと、出発の準備を済ませていた彼らの後ろに、入道雲のような蔭を作ったアインリッヒの声が聞こえる。彼女にしては異常なほどの蔭だ。あまりに異様な影に、ザイン何気なく振り向く。
「うわぁぁぁ!」
驚きのあまり思わずザインはバランスを崩し、エスメラルダから落馬してしまう。腰を抜かしたまま、アインリッヒを指さし、振るえている。力の入らない足腰では、後ずさりしても、一ミリも逃げることが出来ない。
「なん?何?」
パニックに陥ったに等しいザインが、声を裏返しにして、彼女が跨っているものの説明を求める。
「我が愛馬の、ロードブリティッシュだ」
鋼鉄のフェイスガードを持ち上げ、凛々しく青い瞳を輝かせながら、誇らしげに愛馬を紹介するアインリッヒだった。融通の利かない彼女らしい、堅苦し挨拶だった。
ロードブリティッシュの馬体は通常の二倍くらいの大きさだろう。黒色の毛並みが美しく輝いている。足の太さも普通の馬では考えられないほど、太くしっかりとしている。一踏みで踏みつぶされてしまいそうだ。非常に利口総なめをしているのが印象的で、絶えず落ち着いて周囲をみている感じが伺える。
「馬じゃねぇよ!絶対ゾウだろ!」
その巨軀に、目を疑うザインだった。だが、理屈は成り立っていた。重厚な鎧を身につけたアインリッヒの体重を支えるには、並の馬では不可能なのだ。駆けることなど尚更困難である。だが、ロードブリティッシュは、それに十分耐えうる。正に重戦車だ。
「そうですね。ザインは寝ていましたから。ロードブリティッシュを見るのは、今朝が初めてでしたっけ」
ロカが、今更の説明をする。
ロンは、相変わらずアインリッヒを避けるように、ツンとしている。
すかさずジーオンがロンをつつく。
五大雄の絆を持ち出したロンだけに、このままではいけないことを、十分に知っていたが、一度張ってしまった意地は、なかなか撤回できない。だが、ジーオンにつつかれて、漸く口を開いた。
「ああ、その、なんだ。ゴホン!ザインが許したのだから、私が怒る理由もない。それに元は夜盗が起こした騒動だ。アインリッヒには、責任のないことだ!」
そう言って、横を向きながら手だけを差し伸べるロンだった。
アインリッヒは、何故か一度ザインと目を合わせた。ザインはこくりと頷く。彼のその頷きで、迷いを払った。二人の手が硬く握られる。
その時、ロンが張りっぱなしの意地に照れくさそうにしているのがアインリッヒにも解った。甲冑の上からだったが、彼の手の握り返し方で、表情をつかみ取れる。
握手を終わった直後ロンは、腕組みをして、顔をそっぽ向けたままだった。
「んじゃ、みんな頼む。俺達が帰還んしなかったときは、なんて、縁起でもないことは、考えんなよ!」
真っ先に心配しそうな、ロンに向かって、釘をさした。それから、ザインは照れくさそうに、横目で彼を見ているロンに向かって、口元をにやけさせながら、半笑いで、生意気でツンとした視線を向け、エスメラルダの上に跨る。
と、次の瞬間、ザインは空中に放り投げられた。一瞬何が起こったのかは、当の本人には解らないが、他の四人には、その光景がよく解った。
ロードブリティッシュである。ザインは、ロードブリティッシュに襟首をくわえられ、放り投げられたのだ。
ドスン……。
鈍い音と共に、ザインが頭から地面に突き刺さる。
「ロードブリティッシュ?」
ロードブリティッシュは、今まで一度も人間に危害を加えたことがない。それが突然ザインを放り投げたことに、アインリッヒ自身が、一番驚く。
「おい、今彼奴、モロ頭から落ちたぞ……」
ロンが、ザインの正面に向き直し、腕組みをほどき、少し前屈みになりながら、そろりとザインの様子をうかがうために彼に近づく。
「受け身、取れませんでしたね……」
ロカは、そのまま立ちすくんだ状態で、視線だけを無様なザインの方に向ける。
「大丈夫じゃろ。こう言うシーンは、怪我も大したことがないのが、相場じゃ」
ジーオンは、全くと言って良いほど心配していない。長年の経験からだろうか。そして、彼の予想通りザインはムクリと起きあがる。少し首を違えたのか、痛そうに数度左右に首を傾けながら、皆の居る名所まで戻ってくる。
「タタ……。一体何が起こったんだ?」
間抜けにもザインは、もう一度エスメラルダの上に跨ろうとした。すると、またもや襟首を噛まれ、放り投げられてしまうのだった。
「ウギャ!!」
今度は民家の塀に打ち当たる。
「こら!ロードブリティッシュ!止めないか!!どうしたというのだ?!普段のお前らしく無いぞ!」
アインリッヒが叱りつけてみるが、ロードブリティッシュは、ツンとしてキカンボウになってしまう。此処で、最年長者がピンと来る。
「こりゃ、ヤキモチじゃな」
そう言ったジーオンの方に、全員が振り向く。
「ヤキ……モチ?」
代表してロンがそう訊く。
「ほりゃ、エスメラルダは女馬、ロードブリティッシュは男馬、ザインも男馬じゃなくて、男じゃ」
納得できるが納得できないような理屈だ。それをそうと理解するために、全員の呼吸が自然に停止した状態で、互いの顔を何度もみて、打ち出した結論に間違いがないことを認識する。
「ハハ!じゃ何か?ザインがこの馬に跨ろうとすれば」
ロンはちょうど全員の中心に立ち、両腕を広げて、ぐるりと回りながら馬鹿馬鹿しさを声に出して、再度みんなに問う。
「何度でも投げられちゃいますね」
正直他人事だが、他人事のように、今にも吹き出しそうな顔をしている三人だった。アインリッヒには、何が可笑しいかは解らない。男共の下らない笑いにしか見えない。
「くそう。何でだよ」
ザインが瓦礫をかき分けながら、漸く出てくる。ザインは意地でも、エスメラルダに跨ろうとした瞬間。イヤな気配を感じる。
「アイン……」
「ああ、済まない」
アインリッヒは、一定距離外に愛馬を遠ざけようと、手綱を引いて誘導しようとするが、鬣を振り乱し、いやがって言うことを聞いてくれない。どうしてもダメだと、アインリッヒは首を横に振る。
困った。アインリッヒの装備では、他の馬がそれに耐えかねる。とんでもないところで、行き詰まってしまった。
「走るか?」
ロンがからかい半分に言う。
「バカ言うな!」
かといって、自分もエスメラルダを他人に貸す気はない。その辺がロードブリティッシュが、ザインにヤキモチを焼いている所なのだろう。「愛馬」と言うところで、アインリッヒもその感情は良く解る。
「ほら」
アインリッヒが、手を差し伸べる。
その手があった。
だが、ザインは酷く警戒する。だが、あまり警戒心を剥き出しにしていると、馬の方に疑念が生まれてくる。グチグチ考えるのはやめにする。身長の加減からザインが、後ろに座ることになる。どうやらこちらの方は、問題は、ないようだ。其れは、アインリッヒにも言えることだった。
基。
「それじゃ、サウスヒルのロカの屋敷で落ち合おう」
ロンがそう言うと、彼は先頭を切って馬を走らせた。アインリッヒもザインを後ろに乗せ、ロードブリティッシュを走らせる。
走りは豪快で、切る風も重厚に感じる。ヒュッと風が流れるエスメラルダの背中とは違い、流れがたたき付けるような感じだ。そのエスメラルダも無事ついてきている。
「ザイン待たせなた」
日が昇り始めた霞掛かる北欧気候の寒気の強いヒンヤリとした早朝。
すでに既に馬に跨り、意気揚々としているザインと、出発の準備を済ませていた彼らの後ろに、入道雲のような蔭を作ったアインリッヒの声が聞こえる。彼女にしては異常なほどの蔭だ。あまりに異様な影に、ザイン何気なく振り向く。
「うわぁぁぁ!」
驚きのあまり思わずザインはバランスを崩し、エスメラルダから落馬してしまう。腰を抜かしたまま、アインリッヒを指さし、振るえている。力の入らない足腰では、後ずさりしても、一ミリも逃げることが出来ない。
「なん?何?」
パニックに陥ったに等しいザインが、声を裏返しにして、彼女が跨っているものの説明を求める。
「我が愛馬の、ロードブリティッシュだ」
鋼鉄のフェイスガードを持ち上げ、凛々しく青い瞳を輝かせながら、誇らしげに愛馬を紹介するアインリッヒだった。融通の利かない彼女らしい、堅苦し挨拶だった。
ロードブリティッシュの馬体は通常の二倍くらいの大きさだろう。黒色の毛並みが美しく輝いている。足の太さも普通の馬では考えられないほど、太くしっかりとしている。一踏みで踏みつぶされてしまいそうだ。非常に利口総なめをしているのが印象的で、絶えず落ち着いて周囲をみている感じが伺える。
「馬じゃねぇよ!絶対ゾウだろ!」
その巨軀に、目を疑うザインだった。だが、理屈は成り立っていた。重厚な鎧を身につけたアインリッヒの体重を支えるには、並の馬では不可能なのだ。駆けることなど尚更困難である。だが、ロードブリティッシュは、それに十分耐えうる。正に重戦車だ。
「そうですね。ザインは寝ていましたから。ロードブリティッシュを見るのは、今朝が初めてでしたっけ」
ロカが、今更の説明をする。
ロンは、相変わらずアインリッヒを避けるように、ツンとしている。
すかさずジーオンがロンをつつく。
五大雄の絆を持ち出したロンだけに、このままではいけないことを、十分に知っていたが、一度張ってしまった意地は、なかなか撤回できない。だが、ジーオンにつつかれて、漸く口を開いた。
「ああ、その、なんだ。ゴホン!ザインが許したのだから、私が怒る理由もない。それに元は夜盗が起こした騒動だ。アインリッヒには、責任のないことだ!」
そう言って、横を向きながら手だけを差し伸べるロンだった。
アインリッヒは、何故か一度ザインと目を合わせた。ザインはこくりと頷く。彼のその頷きで、迷いを払った。二人の手が硬く握られる。
その時、ロンが張りっぱなしの意地に照れくさそうにしているのがアインリッヒにも解った。甲冑の上からだったが、彼の手の握り返し方で、表情をつかみ取れる。
握手を終わった直後ロンは、腕組みをして、顔をそっぽ向けたままだった。
「んじゃ、みんな頼む。俺達が帰還んしなかったときは、なんて、縁起でもないことは、考えんなよ!」
真っ先に心配しそうな、ロンに向かって、釘をさした。それから、ザインは照れくさそうに、横目で彼を見ているロンに向かって、口元をにやけさせながら、半笑いで、生意気でツンとした視線を向け、エスメラルダの上に跨る。
と、次の瞬間、ザインは空中に放り投げられた。一瞬何が起こったのかは、当の本人には解らないが、他の四人には、その光景がよく解った。
ロードブリティッシュである。ザインは、ロードブリティッシュに襟首をくわえられ、放り投げられたのだ。
ドスン……。
鈍い音と共に、ザインが頭から地面に突き刺さる。
「ロードブリティッシュ?」
ロードブリティッシュは、今まで一度も人間に危害を加えたことがない。それが突然ザインを放り投げたことに、アインリッヒ自身が、一番驚く。
「おい、今彼奴、モロ頭から落ちたぞ……」
ロンが、ザインの正面に向き直し、腕組みをほどき、少し前屈みになりながら、そろりとザインの様子をうかがうために彼に近づく。
「受け身、取れませんでしたね……」
ロカは、そのまま立ちすくんだ状態で、視線だけを無様なザインの方に向ける。
「大丈夫じゃろ。こう言うシーンは、怪我も大したことがないのが、相場じゃ」
ジーオンは、全くと言って良いほど心配していない。長年の経験からだろうか。そして、彼の予想通りザインはムクリと起きあがる。少し首を違えたのか、痛そうに数度左右に首を傾けながら、皆の居る名所まで戻ってくる。
「タタ……。一体何が起こったんだ?」
間抜けにもザインは、もう一度エスメラルダの上に跨ろうとした。すると、またもや襟首を噛まれ、放り投げられてしまうのだった。
「ウギャ!!」
今度は民家の塀に打ち当たる。
「こら!ロードブリティッシュ!止めないか!!どうしたというのだ?!普段のお前らしく無いぞ!」
アインリッヒが叱りつけてみるが、ロードブリティッシュは、ツンとしてキカンボウになってしまう。此処で、最年長者がピンと来る。
「こりゃ、ヤキモチじゃな」
そう言ったジーオンの方に、全員が振り向く。
「ヤキ……モチ?」
代表してロンがそう訊く。
「ほりゃ、エスメラルダは女馬、ロードブリティッシュは男馬、ザインも男馬じゃなくて、男じゃ」
納得できるが納得できないような理屈だ。それをそうと理解するために、全員の呼吸が自然に停止した状態で、互いの顔を何度もみて、打ち出した結論に間違いがないことを認識する。
「ハハ!じゃ何か?ザインがこの馬に跨ろうとすれば」
ロンはちょうど全員の中心に立ち、両腕を広げて、ぐるりと回りながら馬鹿馬鹿しさを声に出して、再度みんなに問う。
「何度でも投げられちゃいますね」
正直他人事だが、他人事のように、今にも吹き出しそうな顔をしている三人だった。アインリッヒには、何が可笑しいかは解らない。男共の下らない笑いにしか見えない。
「くそう。何でだよ」
ザインが瓦礫をかき分けながら、漸く出てくる。ザインは意地でも、エスメラルダに跨ろうとした瞬間。イヤな気配を感じる。
「アイン……」
「ああ、済まない」
アインリッヒは、一定距離外に愛馬を遠ざけようと、手綱を引いて誘導しようとするが、鬣を振り乱し、いやがって言うことを聞いてくれない。どうしてもダメだと、アインリッヒは首を横に振る。
困った。アインリッヒの装備では、他の馬がそれに耐えかねる。とんでもないところで、行き詰まってしまった。
「走るか?」
ロンがからかい半分に言う。
「バカ言うな!」
かといって、自分もエスメラルダを他人に貸す気はない。その辺がロードブリティッシュが、ザインにヤキモチを焼いている所なのだろう。「愛馬」と言うところで、アインリッヒもその感情は良く解る。
「ほら」
アインリッヒが、手を差し伸べる。
その手があった。
だが、ザインは酷く警戒する。だが、あまり警戒心を剥き出しにしていると、馬の方に疑念が生まれてくる。グチグチ考えるのはやめにする。身長の加減からザインが、後ろに座ることになる。どうやらこちらの方は、問題は、ないようだ。其れは、アインリッヒにも言えることだった。
基。
「それじゃ、サウスヒルのロカの屋敷で落ち合おう」
ロンがそう言うと、彼は先頭を切って馬を走らせた。アインリッヒもザインを後ろに乗せ、ロードブリティッシュを走らせる。
走りは豪快で、切る風も重厚に感じる。ヒュッと風が流れるエスメラルダの背中とは違い、流れがたたき付けるような感じだ。そのエスメラルダも無事ついてきている。
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