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二章
私利私欲に使ってなんぼ
しおりを挟むアメリアがちょくちょく現れては物陰の奥からじっと俺たちを見て満足げに帰っていく以外には特に日常に変化が見られないまま、しばらく経った。
そんなある日、学園に向かうと教室にアルロの姿があった。ものすごく久しぶりに感じるそれに声をかけようとして、少しだけ迷う。
(来てるってことはもう大丈夫なんだよな? 挨拶くらいしても……)
「! シャノンっ」
俺がおろおろしてるうちに向こうから話しかけてもらってしまった。
あの時のアルロはほぼ不可抗力状態だったとはいえ身体が若干の恐怖を覚えているらしく、意思に反して手に汗が滲む。
それを無視して「おはよう」と挨拶を口にしかけ……アルロがものすごく綺麗に九十度で頭を下げたため、中断された。
「え」
「シャノン、申し訳ない。情けないが、私は何も覚えていなくて……。ただ君たちに迷惑をかけたということだけは兄から教えてもらった。せっかく友人になってくれたというのに、私は……」
「あ、あわわわわ」
こんな教室のど真ん中で急に謝罪劇を始めなくても!!!
まだ朝早く登校している生徒が少ないとはいえ、ゼロではない。慌ててアルロの腕を引っ張り廊下の端っこまで連れて行く。
「あ、あ、アルロ様! お気持ちは分かりましたから! あんなところで言ったら周囲が勘違いを」
「勘違い? いや、私が迷惑をかけたのは事実だから何も間違っていない。周りに侯爵家が何かしてしまったのだと広まっても構わない」
構うだろ!!
構うからエドモンドはあんなに必死に俺たちに口止めしてたんだろ!!
この人は、いい意味でも悪い意味でものすごく真っ直ぐなんだな……。
もはや尊敬する。視線を上げてゆっくり彼を見上げれば、アルロはちょっと顔を赤くしながら視線を彷徨わせていた。
うーん、いつも通り。
「いえ、その件はもうお気になさらないでください。アルロ様の身体に異常がないなら、忘れましょう。……でもひとつだけお聞かせ願いないことが」
「なっ、なんだ!? なんでも言ってくれ!」
「白鷺の君って何ですか?」
途端、アルロは後ろの壁に思いっきり背中をぶつけてものすごい音を立てた。
動揺の仕方がダイレクトすぎる。
「そっ、そそ、そ、それをどこで……あっ、私が言ったのか!?」
「はい、ご名答です」
「そうか……」
アルロはすごく、すごーく言いたくなさそうにしていたけど、俺がじっと見つめているともごもごと小さな声で詳細を教えてくれた。
どうやらアルロが小さい頃読んでいた本に出てくる少女の通称で、彼はその子が創作の存在でありながらも初恋だったんだそうだ。
「……その子と、君が、その……。似てるんだ、なんとなく」
「え? あ、はあ」
白鷺の君と呼ばれ迫られた記憶が蘇り、その空気を思い出して思わず視線が泳ぐ。
まさかここで改めて告白されてしまうのか? どうあってもそれに応えることはできないけど、アルロとの縁を切りないわけじゃないからできれば気まずくなりたくない。
上手な断り文句を探して脳をフル回転させている時、不意に背後から誰かの影を感じた。
「が、ガルシア伯爵令息」
「ご機嫌よう。俺の義弟が見えたので、つい。申し訳ない、お取り込み中だったでしょうか」
「いや、用事はもう……。……シャノン、私とはまだ友人でいてくれるだろうか」
「はいっ、もちろん!」
それは願ったり叶ったりである。
しかし突如現れたリアムがわざとらしさ全開で俺の腰を抱くものだから、思わず声が上擦ってしまった。
アルロはどこか達観した目で俺たちを見た後、「正式なお詫びの品は後日」と言い残して教室に戻っていった。
「……リアム、どうしてここに?」
「シャノン。君はいつも他の人とあのくらい距離が近いのか?」
俺の質問には答えず、義兄がそう囁く。
……なんか、なんかさ。元々嫉妬しいだったけど、随分素直に表に出すようになったと思う。
それが嬉しくてメロってる俺はもう重症なのかもしれない。
「今のは内緒話だったから……。心配してくれたんですか?」
「……そりゃあ大事な婚約者が俺じゃない男と親密にしてたら気になるさ。それに、相手が相手だ」
つい今、義兄が威嚇したから俺にワンチャンなんて感じてないと思うけど。
学校だからイチャイチャなんてできないが、こっそり人差し指を絡めて顔を覗き込む。
「リアム。僕も貴方が僕の知らないところで色んな人にモテてるんだろうなあと思うとモヤッとします。お揃い、ですね」
そう小首を傾げる。……さすがにちょっとあざとすぎただろうか。
リアムはぐぅ、と喉を鳴らすと絡んだ指先を親指の腹で撫で、それはそれは嬉しそうな声色でこう言った。
「…………今すぐ抱きしめて、キスしたい」
「だっ……、学校です!」
「分かっている。帰ったら、な」
俺の渾身のかわい子ぶりは、見事に義兄にストレートで返される。
敗北。完全敗北だ。白旗を元気よく振る。
ちょっとリアムを嬉しくさせたかっただけなのに、俺の方が真っ赤になってしまう。
「うう……これが尊いってことなんですね……。はあ、こんな人たちを別れさせようとしてたなんてアメリアは重罪です! 贖罪にアメリアがシャノンさんとリアムさんの二次創作を」
「……」
出た。
天使の地上研修ってこんななのか? 餌食にされてるようにしか感じないが?
「……シャノン、彼女は」
「いやあ……。放っておいたら飽きるんじゃないですかねぇ。今までのものもあっさり熱冷めたっぽいですし……」
「そうだよなぁ! シャノンちゃんにはオレがいるんだから、天使とか必要ないっつーの」
テディがさっと姿を見せてアメリアをじとっとした目で見つめる。天使が「えっ三角関係!?」と言った言葉は聞かなかったことにした。
「だってあの天使ってあの女神の直属の部下でしょ……。そりゃあ変に決まってるだろ。変な女神には変な天使がついてるんだよ」
続いてマシュまで現れる。いつの間にか、俺たちの周囲が賑やかになっていた。
いや、もちろん俺たち以外に精霊と天使は見えないけどね!
なんかちょっとむず痒いな。俺がシャノンに転生したんだって気づいた時は孤児院にいて、親もいなくて、断罪回避のためにどうしたらいいか考えなきゃいけなかったから。
いろいろ、本当にいろいろあったけど結果として俺はリアムっていう得難い好きな人が出来たし、愛してもらってるし、家族関係はなんともないし。
幸せすぎてバチが当たりそうだなあなんて思っていたら、ふとリアムが魔法を使った気配がした。
「? どうしました?」
「シャノン」
「はい? なん、んっ」
顔を上げた瞬間に顎をとられ、唇が重なった。
学校だって言ったのに! という文句も言えずただ触れ合うだけのそれが、リアムが満足するまで角度を変えて繰り返される。
「っは、リアムっ、ここじゃあ」
「結界を張ったから外からは見えない」
しばらくしてキスの嵐から解放されて文句を言うも、しれっとした顔でそう返される。
き、貴重な光魔法をこんなことに……!
……いや、俺も尾行に闇魔法使いまくったからなあ……。
うまく言い返せず黙っていると、少し焦ったように「嫌だったか?」と聞かれて、首を横に振った。
「嫌じゃ……ないから困るっ!」
「…………そうか。可愛いな、シャノン」
我慢できなくてすまない。と優しく抱きしめられて本日二本目の白旗を振る羽目になる。
勝てない、俺はリアムには勝てない!
その後、後ろ髪を引かれつつもリアムと別れ大人しく教室に入った。
今日も一日授業を受けて、大好きなリアムと帰って、リアムと一緒に眠る。
(あー、やっぱ、こんな幸せでいいのかなあ)
なんだか反動でやばい不幸でも起きそうだ。なんて縁起でもないことを思う。
今日は寝る前にリアムとどんな話をしようかな。あ、そうだ。マリアベルを昼に誘ったら一緒にご飯食べてくれるかなあ。
考えれば考えるほど口元が緩みそうになって、慌てて片手で口を隠した。
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二章はここでおしまいです。三章からはシャノンが一気に(年齢が)成長するので、なんとなく年齢的に書けなかったすけべをめちゃくちゃ盛り込みたいです。
引き続きお付き合いしてくれる方は三章でお会いしましょう! ここまで読んでいただきありがとうございました!
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