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二章
腐女子、怖い
しおりを挟む「……」
家に帰り、何を言うでもなくリアムと向かい合って座った。最近は彼の膝の上が定位置だったから逆に新鮮な気持ちになる。
(……行く前は、別に前世バレしてもいいって啖呵切ったけど)
女神様からの弁明を全部聞いたってことは、俺が元々あるかもしれない未来を知ってて(これは結局天使の創作で、ない未来だったけれど)、その上で行動していたことがバレたってことと同義だ。
いつも通り触れてくるからすっかり頭から飛んでたけど、ちょっと冷静になると急に不安になる。
リアムはそれを聞いてどう思ったんだろう。俺が彼の立場だったらなんだか騙されたような気分になるんじゃないだろうか。
言い訳するなら、俺は転生の自覚があると言ってもそのほとんどを覚えていない。以前の自分がどういう性格でどういう人生を歩んでいたかなんて一ミリも知らない。だからこそ俺はシャノンとしての自我が強いんだ。
だから前世持ちだなんて言ってもそれ以上に説明することがなくて、そもそもそれ以前に転生なんていうあり得ないような話、わざわざ人に伝えられない。
嫌にドキドキする。リアムはどうして今、黙っているんだろう。
隠し事をしていたことに呆れているのか、こうして冷静になって、改めて異様な存在の俺に薄気味悪さを感じたのか。
義兄がゆっくり息を吐く音が聞こえた。思わずびくりと身体揺れて、背中に冷たい汗が伝う。
どうしよう。俺、今更リアムに拒否されても離れられる気がしないんだけど。
もしそうなったら俺は天使の言っていた「ヒドイン」みたいになってしまうんだろうか。
しんとした空気と共に嫌な想像が次々に浮かぶ。明らかに自分の思考がネガティブに振り切れているのがわかる。
……ええい、黙ってても変わらん!
「リア、」
「シャノン、こっちむいて」
ぐるぐる考え込んでいるだけなのは性に合わない。黙っててごめんととりあえず謝ろう、と顔を上げれば、いつの間にか対面にいたはずのリアムが横に座っていた。全然気づかなかった。
おそるおそる義兄の目を見る。彼は何かを堪えているような、拗ねているような、とにかく形容し難い顔で俺を見ていた。
想像していたどの表情とも違う顔にぽかんとしてしまう。
どういう感情なんだ、これは。
「……はあ、情けない。すまない、少し嫉妬していた」
「し……な、誰に?」
「あの空間にいたすべての存在に」
リアムは今度ははっきりと口元を歪ませ眉尻を下げる。
そしてまるでマーキングする動物の如く、俺を思いっきり抱きしめればぐりぐりと頭を擦り付けた。
「ぅ、ふふ、くすぐったい」
リアムがなぜ嫉妬しているのか分からない。分からないけど、どうやら呆れたり怒ってるわけじゃなさそうだと察して俺の不安は爆散する。それでも黙っていたことは謝ろうとするも、柔らかい彼の髪の毛が頬に当たるのがくすぐったくてそちらに意識が取られる。
「リアム、今まで黙っていてごめんなさい。その、前世? のこととか」
「ん? ああ、いや、それは構わない。言えないだろう、普通。そうではなくて……君とマリアベル嬢が急激に仲良くなっていたのはこの共通の秘密があったからかと思って」
……嫉妬してるのはそれか!
その言葉でリアムの態度に納得する。
そうだった。この人はすんとしてる見た目に似合わず、やきもち妬きの可愛い人なんだった。
なんとも言えないふにゃふにゃな気持ちが湧き上がり、勢いのまま顔を斜めにしてリアムの頬にキスをする。
「許してくれるんですか? 僕、貴方に隠し事してたのに」
「許すも何も、怒っていない。俺が君の立場でも簡単に言葉にできない。下手したら頭の病気を疑われるだろう? だが、君の秘密を知っていた人物に嫉妬するくらいは許して欲しい」
リアムは俺の髪を一束手に取り、口付ける。
王子様みたいなキザがかった仕草が完璧に様になっていて頭の中と心臓が大暴れする。
(それこそ、許すも何も、ご馳走様なんだけど!)
照れてしまって顔が熱い。リアムが先程までの拗ね顔を引っ込め、優しい目で俺を見た。
「君が生まれてきてくれて良かった。あの子は天使として失格なのかもしれないけど、シャノンがここにいるのはあの子がいたからだ。……秘密だが、少し彼女のドジに感謝している。これは、罪になるんだろうか」
彼の親指が頬を滑る。なんだか何も言えなくなって、返事の代わりに目を閉じた。
それなら俺だって、共犯だ。
唇を食むように動くリアムの舌を感じる。
この人の温度を手放したくないなあと改めて思いながら、リアムの背に腕を回した。
「あーっ、おはようございますぅ!」
「…………」
「?? シャノンさんって朝、弱い?」
なんだ? 悪夢か?
ちゅんちゅんと囀る鳥の声。ふと早くに目が覚めて、まだ寝ているリアムを残して起きあがろうとした時。
件のドジっ子幼女天使が目の前にいた。
「……夢? ああ、そう。おやすみ……」
「ええっ! 待って待って! シャノンさんに捨てられたらアメリア、今度こそ女神様に見捨てられちゃいますぅ!」
大きな瞳を涙で潤ませる天使に、昨日のギャン泣きを思い出して思わず片手を上げ彼女の口を塞ぐ。
「おい、リアムが起きるだろ! 何しにきたんだよぉ」
「あっシャノンさんってそっちが素なんですねっ。えっとえっと、アメリア、平の天使まで階級が落ちちゃったので……。一介の天使って下界に降りて人間を守護しながら地上研修をするんですよぉ! だから」
「待て、わかった。皆まで言うな」
その人間に俺を選んだ……というか、この感じだと女神様に選ばされたんだろう。
多分だが、俺に対する贖罪も含まれている気がする。
(めちゃくちゃありがた迷惑なんだが!?)
この子だと、俺が逆にお守りすることになるんじゃないのか? 俺には彼女に対する信頼値などない。
「それならマリアベルでも良かっただろ。俺は、えーとほら。精霊もいるからさ。むしろマリアベルのほうが」
「そうなんですっ。どっちかって女神様に言われたんですけど、アメリアはシャノンさんが良くて!」
さりげなくマリアベルに押し付けようとしたがあっさり失敗した。なんだか嫌な予感がする、続きを聞きたくない!
耳塞いで寝ちゃおうかな……などと現実逃避を始めた俺の耳にアメリアの明るい声が響いた。
「あのっ……アメリア、ちょっと前に初めてBLジャンルに手を出したんですけどぉ……。昨日も色々読んでて、溺愛攻めと可愛い受けって、最高だなって……」
天使は頬をぽっと染め、俺と眠っているリアムを交互に見た。
結局この子の原動力はムキになってる時もしくは己の萌えなんだろう。ていうか怒られたばっかの時にBL読むな。
この先の生活を思い描いて頭が痛くなった。
「えーと、結構です」
「そんなこと言わないでくださぁい! アメリア、身分は落ちましたけど実力はありますからぁ!」
「結構です」
現実を見ないために二度寝を決めた。
アメリアはしばらく何か言っていたが、俺が寝てしまったと思ったのかまた静かになる。ていうかどうやって入ってきたんだ。天使に不法侵入罪は適用されないのだろうか。
俺は両手を胸の前で組んで、例の森に向かって強く強く祈った。
ああ、女神様、どうか返品させてください! と。
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