義兄のものをなんでも欲しがる義弟に転生したので清く正しく媚びていくことにしようと思う

縫(ぬい)

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二章

「おじさんがなんでも買ってあげるよ」の気持ちになる

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 この子のせい……。

「と言うと?」

「本当に言葉の通りよ。精霊に加護を与えられたのも、貴方たちの加護が分裂してるのも、そもそも貴方たちがこの世界に生まれたのも全部全部この私の至らない部下のせいだわ」

 女神様はじっとりした温度の目で幼女を見つめる。
 彼女は小さな身体を余計縮こませて俯いてしまっている。

(なんか……ロリ相手にこんな怒るの、視覚的に随分可哀想になるなあ)

 話の流れはまったく分からないが俺の中に同情心が育っていく。そんな俺に気づいたのか、女神様は両手と首を勢いよく振って「騙されないで!」と叫んだ。

「この子が幼いのは見た目だけでもう何百年も生きてるわ、天使だから当たり前よ! それに私だって何度この見た目に絆されて許しちゃったことか……。アメリア、貴女から説明なさい」

「うっうっ……はい、女神様ぁ……。ぐすっ、うう、ま、マリアベルがプレイしてた乙ゲーを作ったのはアメリアなんですぅ!」

 この子が? 作った? 乙女ゲームを?

 マリアベルに視線を向ければぽかんとした顔で天使を見ている。
 これは話が長くなる予感がする、と何となく感じ取った俺は静かにリアムの側に近寄って、その腕をぎゅっと掴んだ。






「待ってください、それじゃあ僕とマリアベルは本当なら存在してちゃいけないってことですか?」

「うーん、そこまでは言わないけど」

 天使からの長い長い独白を聞く。本当に長い、それでいて信じ難い話だった。


 全ての始まりはこのロリ天使――アメリアが、女神様が管轄するこことは別の世界で流行っていた乙女ゲームにどハマりしてしまったことに起因する。
 本来一介の天使が自分が担当する場所以外の世界に干渉することはタブーである。
 しかし運がいいのか悪いのか、アメリアは天使としての能力が頭一つ抜けていたために世界と世界をつなぐ空間管理の仕事をしていた。そのため偵察と称して度々そちらの世界に出向きこっそり乙女ゲームを買い漁ったのだった。
 それでもバレるもんはバレる。隠せないくらいの量を買ったせいで仕事に私情を持ち込んだことがあっさり女神様に発覚し、ゲームを全部没収される。
 だがアメリアはめちゃくちゃ諦めが悪かった。代わり映えのない日常に飽きて、それを埋めてくれたのが乙女ゲームだった。なので、決めた。

 買えぬなら、作ってしまおう乙女ゲーム、と!


 とは言っても創作センスが彼女自身にあるわけじゃない。キャラクターをいちから考えるのはなかなか難しいため、ヒロインは自分で創作しつつ後は自分の世界にいるイケメン達の将来成長した姿を妄想して、攻略対象として登場させることにしたのだ。

 そういえばこの話を聞いた時、マリアベルが「ええ!? ナマモノってこと!? 私ナマモノ二次創作地雷なのに!」と叫んでいたが意味がよくわからなかったな。

 まあとにかく、それはそれはすごい熱意でアメリアはひとつのゲームを完成させる。
 中身はよくある話になったものの、自分の妄想を自分でプレイするのは思いの外楽しくてひとりでニヤニヤしながら遊んでいたそうだ。
 そう、元々はひとりで楽しむつもりで。
 だがアメリアは諦めが悪いだけでなく、死ぬほどドジっ子であったのだ。

 ……正直、そんな子に大事な役職を任せるなというのが本音だが俺は空気が読めるので口をつぐんだ。

 そんなドジっ子アメリアが何をしたのかと言うと、例の別の世界に仕事に行った際肌身離さず持っていたそれをうっかり手が滑って落としてきてしまったらしい。
 そこでそれを女神様に報告できていたらまた違ったかもしれない。
 だがアメリアは諦めが悪いドジっ子なだけでなく、変なところで楽観的な性格をしていた。

「まあ、落としちゃったけどプレイされるだけなら問題ないでしょう。女神様に怒られるのやだもん!」と、この問題をぽいっと放置する。

 その頃には乙ゲー熱も落ち着いていたアメリアは今度はネットに投稿されている携帯小説にハマり出していたので、正直もうゲームはどうでも良かった。アメリアは熱し易く冷め易い天使である(らしい)。
 飽きたとはいえ自分が原作の乙女ゲームがどういう扱いをされるのか気になったアメリアはまたまた仕事のついでに別世界を覗く。
 そこでアメリア作乙ゲーが爆発的に流行っていると聞いて、彼女は有頂天になった。
 モブ役として登場させたリアムの人気が訴えられているという話も手にいれ、もうここまで来たら一緒だろうと思い今度はリアム主人公のスピンオフ小説を書き始め、それをこっそり別世界に持ち込んだ。そしてちゃっかり漫画化させたらしい。


(ぜんっぜん反省してねーじゃねーか!!)

 職権濫用のオンパレードである。絶対に仕事を任せちゃいけない人種だ。
 でも俺は話が終わるまで口をつぐむ。俺は! 空気が! 読めるから!!


 兎にも角にも俺たちが読んだ、またはプレイしたことのある漫画とゲームの正体はこれらしい。
 それだけならまだよかった。でも彼女が世界の均衡の調整を任されるくらい能力が高く実力のある天使だったことが、非常に悪い方向に動く。
 彼女の作った話の中に出てくる人物は基本的にこの世界の人間を参考にしている。しかし、「マリアベル」と「シャノン」は完全に創作として、いちからアメリアが考え作ったものだった。
 (能力は)優秀なアメリアがそれらを世界を跨いで存在させたせいで本来は存在しない創作物のはずの二人が、時空が歪みこの世界の個体として突然産み落とされてしまった。
 しかも空間を跨いだ影響か、あちらの世界で死んだはずの魂が二人のキャラクターに馴染んでしまったらしい。


 ここまで聞いた俺は真っ青だ。だって、自分がまるで存在してはいけなかった人間だと伝えられたように聞こえたから。

「でも、本当なら僕とマリアベルは生まれていなかったということでしょう。女神様としてはそんな人たち、生かしておけないのでは?」

 自分で言っておいて手が震える。場合によっては俺とマリアベルはここで存在ごと消えてしまうかもしれない。
 もし俺がいなくなったらリアムはどうするんだろう。きっと悲しんで、つらい思いをする。それともその記憶ごとなくなるんだろうか?

(……どっちも嫌だなあ)

 爪の跡がつくくらい握り込んでいた俺の手に、リアムがそっと触れた。
 ハッと彼を見れば、義兄の目にも動揺が浮かんでいた。それなのに、俺を慰めるよう優しく手のひらを撫でる。

「リアム」

「シャノン、君が消えるというなら俺も」

「待って待って待って! 私が悪者みたいになってるけど、そんな悪魔みたいなことしないわよ! たしかに貴方たち二人は異質な存在だけど生まれちゃった以上仕方ないじゃない。ていうか人間たった二人の矮小な存在だけで別に私の世界はゆらがないから、正直放置で問題ないのよ」

 わ、矮小……。
 シリアスな空気が一瞬で吹き飛んでしまった。そうか、俺は矮小な存在……。

「問題はそこじゃないの。もしこれが貴方たち二人がうっかり生まれちゃいましたってだけなら叱るだけで済んだのに……。この子、その後に色々やらかすから」

「うう、うっ、だ、だってぇ。やばいと思ったんだもん! それが全部裏目に出るなんて……うわーーーん!!!」

 また爆泣きし始める天使。話すこともままならない彼女に変わって、女神様がその続きを疲れた顔で話し始めた。女神様がだんだん問題児を抱えている先生に見えてくる。



 俺とマリアベルに気づいてさすがにやばいと思い始めたアメリア。
 世界に影響がないように、あんまり他の人に接触しないようにさせなきゃ! とあの手この手を使い始める。
 特にマリアベルはリアム推しだったため、面倒ごとを起こす前にリアムには接触させないと強く誓った、らしい。
 面倒ごとを起こしてるのはアメリアだと思うのは俺だけなんだろうか。

 俺は彼女の創作通りリアムの義弟として引き取られてしまったため、せめて力が集中するのを防ごうと俺に加護を与えようとしていた精霊達に土下座して加護先を分けてもらうよう懇願する。
 しかし、アメリアは知らなかったのだ。闇と光の加護先を分けた際の副作用に。
 彼女の行為は確かに力の分散には繋がったけど、俺とリアムの距離を近づける最も大きな要因になってしまった。
 後々俺とリアムがいい感じになってしまったことに気づくも時すでに遅し。なっちゃったものは仕方ないけど、ワンチャンがあれば引き離したりできないだろうかと策を練っていたらしい。天使ってなんだろう。

 続いてマリアベルに関しては、アメリアがハマっていた携帯小説あるあるにあるような「ヒドイン」になることを危惧してわざと殿下に危険視されるよう周囲を誘導した。
 冷静に考えればそれって余計攻略キャラとの距離近づけてない? と思うけど、半ばパニックになっているアメリアはそんなことに気づかない。
 殿下達に注視されるだけで良かったのに、なぜだかマリアベルはリアムに特攻をしかけた。誓いは爆速で破棄される。
 特攻してしまったものは仕方ない。そのついでに俺とリアムが仲違いする一因になってくれないかと、彼女の中にある推しへの愛を利用して恋心が芽生えるようちょっとした魔法をかける。
 ……冷静に考えればそれって君がマリアベルをヒドインにしてない? と思うけど、半ばパニックになっているアメリアには……以下略。

 だがマリアベルと俺の精神が想定以上に大人だったためそれが失敗したどころか、余計俺とリアムの距離が縮まってしまった。
 アメリアは決めた。女神様に頼んでシャノンとリアムを引き離してもらおうと。

「え? なんでそこまでお……僕とリアムを破局させたがるんですか?」

「えー、もう目的と手段が入れ替わっちゃってるもいうか、全部上手くいかなかったら意地になってるというか……。アメリアはこういうとこがある子で、でも能力はずば抜けてたから色々任せてたんだけど。流石に今回の件でだいぶ下まで降格させたわ」

 ……クビにしないだけマシだろうな。

 そこで初めてアメリアから洗いざらい今回の件を聞いた女神様は、めちゃくちゃ怒った。当たり前である。
 アメリアのお願いが許可されるわけもなく、カンカンに怒った女神様から頭を冷やせと謹慎を食らってしまう。
 アメリアは拗ねた。それはそれは拗ねた。
 敬愛する女神様から見限られてしまうかもしれないのだ。それもこれもシャノンがリアムとイチャイチャしてるからだ! と清々しい責任転嫁をキメる。
 そこで見つけたのがアルロ。俺への好意に気づいたアメリアは、アルロがリアムから俺を略奪してくれないだろうかと期待を込め、こっそり彼に魔法呪いをかけたのだった。
 そしてあの誘拐につながる。天使ってなんだろう。

「……あの、お話を聞いているとどうしてその天使が私たちを愛し子と言うのか理解できないのですが」

 マリアベルが色々な感情を飲み込んだ表情で淡々と尋ねる。たしかにそれはそうである。どこが愛しいんだ。

「…………結果だけを見ると貴女二人を作ったのはアメリアになるから。便宜上愛し子って存在になるのよ。それにアメリアの愛し子特権の、望んだ能力がひとつ手に入る加護、ちゃんと行使できてるでしょう」

「え?」

 思い当たる節がなくてぽかんとする俺と正反対にマリアベルはハッとした顔をする。

「それじゃあ、私の治癒魔法の能力が高いのって」

「そうね、それを望んだからじゃないかしら」

「あ、シャノンちゃんは魔道具についてだぜ。言ったろ、祈ったらできるようになるって」

「うわっ、テディ!?」

 突然背後に聞きなれた声がしてびくりと肩が跳ねた。リアムも俺の肩を支えつつ、「どうしてここに来れるんだ?」と言いたげな顔をする。

「あら闇の精霊、最近どうかしら」

「元気元気、すこぶる元気。女神様のだーいすきなマシュも、嫌がって来てないけど元気だぜ」

「え、あ、知り合いなんだ」

 いや、天使が精霊と接触できるくらいなんだから知り合いでもおかしくないか。テディがフランクすぎて忘れてたけど、彼はすごい精霊なんだった。

「あの天使まーた泣いてんの? 女神様があの子の泣き顔に負けて今までの失態許しまくってたから今回みたいなことになるんだろ」

「返す言葉もないわ。アメリアは我が子みたいな存在だったからつい失敗にも目を瞑っちゃってたけど、何もしてない人をああやって魔法で操作するのは、まあ正直なところ天界の罪には問えないんだけど倫理観として……」

 問えないんだ……。天界、怖いな。
 思わずリアムを掴む手に力が入った。義兄はそれに気づくと俺の髪に軽い口付けを落とす。
 人前でそんな行動をされると思わなくて、咄嗟に頬が染まった。

「よく飲み込めていない部分がほとんどだが、天使さえ引き裂けないようシャノンは俺のだと知らしめようと思って」

「そ、そんなことしなくても……」

 といいつつ、全然満更でもない。頬が緩むのを止められない。

「はあ、こんなにイチャイチャしてる二人を引き離せないかなんてよく考えるわ……。どう見ても徒労に終わるじゃない」

「女神様。それで、俺達は今後も彼女に邪魔されながら生きていかなければならないんでしょうか」

 珍しくリアムの口調が荒い。俺は新鮮なリアムにシンプルにときめいてしまってるけど、彼なりに怒りを押し込めているんだと察した。

「それはもうさせないわ、約束する。というかアメリアも降格したことでやっと反省したみたいだから……やる気もないと思うけど」

「そうっ、そうなんですぅ。アメリア、もう何もしません! ううっごめんなさいぃ」

 ぼろぼろと大きな涙をこぼすロリ天使。泣きすぎて目が溶けちゃいそうだ。

(うーん、女神様がこの顔に弱いのも分かるな。こっちの罪悪感が刺激されるというか……)

「えっと。言い換えれば僕は貴女のおかげでリアムと出会えて、彼を好きになれたので……。特に恨んではいませんよ。アルロには謝って欲しいですが」

「私は推しにガチ恋したのが貴女のせいって分かって微妙な気分になってるけど、力もくれてたみたいだし。誘拐以外については怒ってないわ」

「!!」

 俺たちの言葉を聞いたアメリアは一瞬顔を輝かせた後、うろうろと周囲を見渡してからそっとこちらに近寄る。

「アメリア、これからちゃんと信頼回復できるように頑張るっ……。貴方たち、いい人ね」

 顔を真っ赤にしつつふにゃりと笑う美幼女にうっかりキュンとしかけた。なるほど、女神様はこれにやられまくってたんだな!!


 その後、色々と他の話も聞いてから不思議空間より退出する。
 目を閉じた一瞬で森の中に戻っていて、時間を確認すればこの場所に来た時から一分も経っていなかった。
 俺たちは黙って森を抜け、それぞれの帰路につく。
 …………ああ、なんかめちゃくちゃ疲れたなあ!
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