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二章

やっぱりオタクの気持ちは難しい

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 マリアベルが言うには、乙女ゲームのシナリオの終盤でヒロインが女神様に会いに行く展開があるらしい。
 光の力がどうのこうの……と色々説明してくれたけどよく分からなくてあんまり頭に入らなかった。ごめん。
 とにかく、彼女は女神様とコンタクトを取る方法を知っていると言うことになる。ここが「ゲーム通り」なら。

「正直、上手くいく確率は低いかもとは思ってるわ。だってそもそもキャラクターの性格がゲームと違ってるんだもの。私も光魔法なんて持ってないし、ゲームの設定とは乖離してるって考えるのが自然だけど……。試す価値はあると思うから」

 その通りだ。アルロを許すためにも、俺は女神様に会う必要がある。

「もし、もしよ。仮に本当に女神様に会えたとして、その……。やっぱりリアム様がいることは問題にならないかしら」

「どういうこと?」

「ほら、私たちって転生とかしちゃってるじゃない。神様がそれを把握してないわけないと思うのよね。例えば、リアム様の前で私たちの素性が暴露される可能性ってわりとあると思うんだけど」

 ふむ。
 言われた通り、その場面を想像してみる。

 もし女神様に会えて、その場にリアムもいて、開口一番「転生生活どう!?」とか話しかけられたとしたら……。

「……別に問題ないんじゃないかなあ」

 俺、気づいた時からずうっとシャノンだったし。シャノンは自分だって自覚があるからシャノンに乗り移ってるっていう感覚無いし。

「確かに好き好んでバッドエンド迎えたいわけじゃなかったから酷いことしないように気をつけて生きてたけど、それって悪いことじゃないと思う。うーん、破滅の未来を知ってるからそれを回避しましたって言うの、実は前世が虫で貴方に潰されましたとか言われるよりいいんじゃない?」 

 実際そうじゃないだろうか。悪いことをしたっていう感覚はない。誰かをひどく騙したとか詐欺とかやってないし、俺がこの道を選んだことで誰かが壊滅的な被害を被っただろうか?

(……あ、原作にいた婚約者の人は結局どこに行ったんだろう。俺が大人しくいい子になったことで運命が変わっちゃった人といえば、リアムと、その人だ)

 あれ、じゃあもしかして悪いことしちゃってるのかな。
 ……いや、リアムは俺のこと好きって言ってくれてるし。

 彼女はきょとんとした顔で俺を見た後、不意に破顔した。

「貴方ってなんか……変にポジティブなのね。あは、てかどんな例えよ」

「変ってなんだよぉ」

 つられて俺も口元が緩む。まるで普通の友達みたいに笑い合っていると、またテディに「リアムが」と告げ口されたのでそっと距離を取る。

「なんなのよ。もうリアム様に隣に来てもらったら?」

「えっ、ダメだよ。リアムがそばにいるなら俺もうちょっと可愛い感じで話したいから、今聞かれると困る」

「え? 貴方のあれってぶりっ子のつもりだったの? 別にそんなに変わらないでしょ、一人称違うくらいじゃないの」

 変わるんだよ! 俺の気持ちが!
 今までずっと素直で可愛いシャノンちゃんでやってきたから、ザ・普通の少年みたいな俺の素の話し方で今更周りの人に接せない。テディとかマリアベルは別だけど。
 ……ん? そう考えると周囲を騙してることになるのか?

(いやいやいや、俺のはあくまで処世術だ!)

 そんなことを色々考えていたら、いつのまにか陰鬱とした森の入り口にたどり着いていた。




「え? ここ?」

「そうよ。この中に祭壇があって、そこで祈りの言葉を唱えると女神様に会えるの」

 風が俺たちを迎え入れるかのように木々を揺らす。
 なんか、女神様じゃなくて悪魔とか出てきそうなレベルの森なんだけど……。でも彼女がそう言うならそうなんだろう。
 道はマリアベルしか分からないから大人しくついていくことにする。
 さすがにここからはリアムも俺の背後にピッタリとついてきてもらう。ちょっとでも離れてると迷子になっちゃうからね。別に俺が寂しがりでなるべく近くにいてほしくなったとかじゃないからね。

「シャノン。君を疑うわけじゃないんだが、本当に彼女を信頼して大丈夫なのか? その、言い方は悪いが……。彼女は一時殿下に危険視されていた人物だ」

「マリアベルは年頃の女の子らしく夢みがちなとこがあるだけで、悪い子じゃないですよ。それに彼女が僕を罠に嵌めるようなメリットはもう無いと思います」

「……随分信頼してるんだな。いつの間に、互いに呼び捨ても許しているし」

 ちょこっとだけ拗ねたような響きのあるリアムの声に彼の表情を伺えば、本当にちょっとだけしゅんとした様子を顔に浮かべていた。

 ……ぐっ、か、かわいい!

 二人きりだったら今すぐタックルかましてリアムの胸に頬擦り付けたいところだけど、残念ながらここは外なので衝動を耐える。
 その代わりリアムの小指に俺の小指を絡めて、小声で「離れないでくださいね」と告げた。
 途端に目に輝きが戻りひとつ頷くリアムに俺のきゅんメーターが壊れそうになったが、これは必要な犠牲だ。仕方ない。

 しばらく森の中を歩いた後、「ここよ」と教えられ足を止める。

「……あ、しまった」

「マリアベル?」

「えっと、場所はここで合ってるはずなんだけど光魔法が必要なのを忘れてて。その」

 マリアベルがちらりとリアムを見た。……と思えば一瞬で目を逸らす。心なしか挙動が不審だ。

「マリアベル、なら兄上にどうして欲しいか君が言わないと」

「わ、わ、分かってるわよ。でも推しと話すなんて軽々しくできるわけないじゃない!」

 ええ……? 今更すぎる……。
 大体、前まであんなにぐいぐい行ってたじゃないか。

 そんな気持ちが顔に出ていたのか気まずそうに顔を背けられた。

「あの時は早くリアム様を救わなきゃって思ってたのと、もしかしてワンチャンあるのかもって……なんかちょっと私もおかしかったのよ! はあ、どうしてあの時あんな不躾に絡みに行けてたのかしら。神々しすぎて視界に入れるのも不敬だわ」

「あの、だから」

「あっやっぱ無理! 無理無理無理! 目が潰れる! シャノン、貴方からお願いしてくれない? 祈りの言葉は私がやるから、リアム様にはなんでもいいからあそこの石に向かって光魔法を込めて欲しいの」

 マリアベルはひとりでキャーキャー言いながらぐいぐいと俺の背を押す。
 オタクってみんなこうなんだろうか。なんだか変わりようがすごい。それこそまるで、リアムに迫っていた時の彼女の方がなにかの魔法にかけられてたみたいだ。

 まあとにかく彼女の言う通りにしようと言われたことをそのままリアムに告げる。
 指定された石は、えーと、お世辞にも聖なる雰囲気なんて感じなくて……なんなら苔も生えてるけど……。

 さすがの俺も本当にこれか? と一抹の不安を抱える。
 
(……でも仮に何も起きなくても、やって損はないでしょ)

 そう思うもののなんだかちょっとだけ怖くて小指だけを繋いでいた手を一度離し、全ての指を絡ませぎゅっと繋ぐ。
 リアムは訝しげな顔で石とマリアベルを見比べていたがそれで覚悟を決めたのか、黙って右手を翳し魔力を練る。

 ふと、全身になにかあたたかい膜を感じた。
 ああ、これ、リアムの魔力だと理解したと同時に目の前が真っ白に光り、思わずぎゅっと目を閉じる。





「……………………え?」

 しばらくそうしていたら、不意に知らない女の人の声が聞こえた。
 恐る恐る目を開けると、真っ白な髪の毛を腰まで伸ばした綺麗な女の人がぽかんとした顔で俺を見る。
 見間違えでなければ女性の背中には大きな純白の羽。彼女に感じる不思議なオーラ。
 直感でこの人が女神様であると感じた。


 ……感じたけど。


(え? カップラーメン食べてない?)

 彼女が手に持っているのはどこからどう見てもインスタントラーメンであった。
 全体的に真っ白な服を着てるのに汁が跳ねるもの食べて平気なんだろうか。

「…………色々聞きたいんだけど、先に食べていい?」

「あっ、はい、どうぞ」

 麺は伸びちゃうからな。仕方ない。

 俺の中の冷静な部分が「これ、俺も向こうもパニックになってておかしな思考になってるな」と考える。

 そのせいでしばらく俺は、シーンとした空間で美女がカップラーメンを食べているのをただ見つめるという謎の時間を過ごすはめになった。
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