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二章
こんなやつが攻略対象にいて堪るか
しおりを挟む再び訪れた静寂。リアムがやけに沈んだ表情をしているのが気になるがここで聞くわけにもいかないため、せめてもと思いほかの人にバレないようこっそり彼の腕に身体を擦り付ける。そりゃあ身内が誘拐なんてされてたら凹むよな。
ついでにちょいちょいと袖を引っ張り、口パクで「助けに来てくれてありがとう」「すき」と告げる。
……俺はリアムにこうやって甘えられるくらい元気だって、伝わるといいけど。
リアムはちょっとだけ目元を緩める。そのまま俺に何か伝えようとした時、エドモンドが口を開いた。
「まあ、そうですね。お話しするつもりはあるんですけど、荒唐無稽な話と笑わないでいただきたいのですが。ねえ、リアム」
「……」
「あー、ダンマリはずるいですよお。はいはい、ボクから全部話しますって」
やたらと馴れ馴れしくリアムに絡むエドモンドにちょっとムッとした。この人は元から距離感バグってるけど! けど、リアムが俺じゃない人とこんなに親しげにしてるの、なんか……。
思わずじとりとした目でエドモンドを見る。彼は視線に気づくとめちゃくちゃ嬉しそうに笑って手を振ってきた。
「はあ。ボクはシャノン君を描きたいだけなのになあ。その約束が無くなるかもしれないどころか最悪家も破滅するかもしれないなんて……」
「えっ?」
「シャノン君っ、ボクを憐れむならどうか話を聞いた上で訴えないと誓ってください! 愚弟にも擁護のしようはあるんですが、相応の罰を与えるので」
「え? ん? えーと……」
エドモンドは満面の笑みを一転させ、長いまつ毛を伏せながらこの世の終わりのような表情を浮かべる。そのまま勢いよく立ち上がり俺の方へ歩み寄れば、これまた勢いよく両手を取られ涙の滲んだ瞳で見つめられた。
話の行き着く先が見えない。彼の中で勝手にストーリーが進んでる気がする。
この人、ほんとに乙女ゲームのヒーローの一人か?
「エドモンド、早く話せ」
リアムはエドモンドから俺を奪い返すようにべりっとそれを剥がし、腕の中に閉じ込める。俺はちょろいから急激に機嫌が良くなってしまった。
(けどっ、さすがにマリアベルの前でこんなイチャイチャしてるわけにはいかん!)
ものすごく名残惜しいけどそっと義兄から離れる。ひとつ咳払いをして、エドモンドに無言で話の続きを促す。
「先にリアムに話した時頭の心配をされたこと、ボク根に持ってますからね! シャノン君、ご令嬢。どうかボクがおかしくなったわけじゃないと心に刻んでからお聞きください」
口が重いのはそれが理由だったのか。転生なんて非現実的なものを経験してる俺たちは今更何が出てきても驚かないと思うけど……。
ちらりとマリアベルを見れば彼女は死んだ目でエドモンドを見ていた。……もしかしたら、乙女ゲームの中のキャラ設定とかけ離れてしまっているのかもしれない。
「夢で、お告げ……自称女神様から……」
「ああー! ほらその目! ボクだって疲れで頭がおかしくなったのかと思ってたんですよ。なのに連日毎日毎日夢に出てきて、しかも言ってる内容は当たってるし……」
転生してても普通に驚いてしまった。エドモンド、ごめん。
彼が言うには、少し前から眠るたびに神々しいオーラを纏った見たこともない女性が夢に出てくるようになったらしい。
彼女は開口一番に自分をこの世界の神であると告げ、そのまま綺麗に土下座したという。
(土下座……。神が、土下座)
エドモンドも初めの方こそおかしな夢だなとしか思っていなかったものの、誰にも言っていない秘密を当てられたり彼女が夢で教えてくるちょっとした出来事が本当に現実で起こったり、次第に恐ろしく感じるようになる。この人は少なくとも自分たちと同じ次元にいる存在じゃないと認めざるを得なかった。
そう思った瞬間、また女神様に土下座され「あっ、ようやく神だと信じてくださったんですね? ならば話は早い……。申し訳ありません、うちのバカ天使のせいで貴方の弟が呪われていますので、どうかお気をつけください!!」と告白された……というのが、一連の流れらしい。
「天使って呪いとかできるんだ」
「そこじゃないでしょ……」
思ったことがぽろっと口から洩れてしまい、マリアベルに小声で突っ込まれる。
「それで僕たちが誘拐されたのは、ええと、そのせいだと?」
「おそらく。曰く、恋情が暴走する類いの呪いをかけられたらしいです。呪いの効果は自然に切れるとのことですが、どうして弟がという問いには答えていただけませんでした」
「恋情が」
「はい。恋情です。」
「暴走」
恋情が暴走。
アルロが俺を好きらしいということが念押しされてしまった気がして、非常に居た堪れない気持ちになる。
視線を逃そうにもマリアベルはさっきからなんだかずっと考え込んでるし、拠り所がない。
そうして俯いていると俺の隣からやけに視線を感じた。リアムが見てる、と直感して慌てて顔を上げる。
「! あ、兄上! 僕、応えてませんからね!」
「シャノン……」
義兄に少しでも勘違いしてほしくない。そっと離れたばかりだというのに、今度は思わず俺からぎゅっと抱きついてしまった。
リアムは少し瞳を揺らしてから思いの外強い力で俺の手を握り込む。
「……はいっ、ここまではリアムにも話した通りです。効果が切れるまで大人しくしてたほうがいいとかなんとか言って女神様は満足げに消えてしまったので、ボクもどうしたらいいかわからず……。そもそもアルロがシャノン君を好きだというのも釣書を見て初めて知ったので」
事前に知っていたら貴方たちに先に教えられたんですけど、と困ったような顔をするエドモンド。
「なので釣書を送らないようにしていましたが、裏目に出てしまったようです。申し訳ありません」
そう言って深く頭を下げる。
普段のちょっとへらへらしている彼ではなく、責任を負う者の姿を見て反射的に「いえ、大丈夫です。ほぼ何もされていませんし」と返してしまった。
その言葉を聞いて顔を上げたエドモンドはキラキラとした瞳をしていて、あれ、と思うのも束の間。
「つまりお許しいただけるということでしょうか! リアムからはシャノン君が許すならば大事にはしないと言ってもらってるので、ええ、ええ!」
おっと……。
女神様云々の話を聞いている時から、アルロだって被害者の一人じゃないかと思っていたわけで、多分言われなくても許しちゃってたと思うけど。
思うけど、これはちょっと……早まったか……?
「シャノン、君がされたことは立派な犯罪だ。呪いの話も本当か分からないし」
「う、うーん」
それはそうなんだよな。エドモンドがこの話を全部でっち上げていて、アルロは普通にヤバいやつで、今まさに言いくるめられてる最中っていうパターンも存在する。
「シャノン」
「ん?」
「女神様がいるっていうのは、ほんとよ。でもこの人の言い分に関してはちゃんと私たちの方でも確かめないと。それと……」
マリアベルが小声で、俺だけに聞こえるよう今後の作戦を告げた。
うーん、じゃあ……。
「あの……。僕もアルロが急にこんなことする人には見えないし、不可抗力が働いてるなら大事にはしたくないです。ただ少し確かめたいことがあるので、許す許さないはちょっと……保留で」
これでいいかな?
ちらりとマリアベルを横目で見れば、彼女はよくやったと言いたげにこくりと頷いた。
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