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二章
もしたんこぶができてたら傷害罪になっちゃうのかなあ
しおりを挟む俺の方向に倒れ込んできたアルロを思わず避ける。……あっ、やば、地面にぶっ倒れちゃった。
「え? だ、大丈夫かなこれ」
「ちょっと! 変態を心配してる場合じゃないでしょ!」
そこにあったクッションを手に取りおろおろしつつアルロの近くにそれを置いていると、可憐な見た目に反した力強さで腕を引かれる。
「マリアベル、逃げてって言ったのに」
「あんな死亡フラグ立ててる奴置いて私だけ逃げるなんてできないわよっ。ここ、知り合いの家なんでしょう? 見つからないようにどうにか……」
ぐいぐいと手を引っ張られついさっきも使った階段を急ぎ足で登る。でも俺はうまく力が入らなくて、途中で何度も足がもつれてしまう。
そんな姿を見かねたらしいマリアベルが一言「もう!」と言葉を発し勢いよく俺をおぶった。
「ち、ちょっと待っ、女の子にこれはさすがに! お、おお俺歩け」
「てないでしょ! 黙ってなさいよ、ここから出ればいいのね?」
確かに、確かにこの人とはそんな身長変わらないけど! けど、男心的に女の子にこんな易々とおんぶされてるっていうのは……。
羞恥心で爆発寸前になっていたけど、ガチャリと音を立てて入り口の鍵が開けられハッとする。
「あっ、待って! ここ、めちゃくちゃ普通に廊下に繋がってるんだ。だからここを開けたら……」
「あ、本当に連れ込んじゃってたんだ……。シャノン君とご令嬢、申し訳ありません。お怪我は?」
「え?」
ドアを開けた先では、エドモンドが平然とした顔で佇んでいた。
***
(リアム視点・少し時間が戻ります)
「今、何と」
「シャノンとの繋がりが切れた! ああ、いや、切れたというのは正しくない。えーと、あれだ。連絡が取れない!」
放課後、いつも通りシャノンを教室まで迎えに行けばそこには誰もいなかった。
しかしシャノンのカバンはそのままそこにあったし、トイレにでも行ったのかもしれないと少しの不安を抱えながらも扉の側で待つことにした。
……だがそれから五分経っても十分経っても彼は現れずこれはおかしいと確信する。
そこに、冒頭のテディの発言だ。
「お前らみたいに念話するとかは出来ないけど、基本的にシャノンがどこにいるのかは直感的に分かる。なのに今、あいつの居場所が探れない」
珍しく焦った顔をする闇の精霊に俺の心臓が嫌な音を立てる。
シャノンが一人でどこかに行くにしても、どうしてここに彼のカバンが残っている?
それにあの子は何度かこっそり俺を置いて出かけた前科こそあるものの、その全てはテディと一緒だったはずだ。
なら、シャノンの意思の外側から手を出されていたら?
どこかに連れ去られたのかもしれない、と認めたくない可能性が脳内に浮上する。
「っ、どこに、」
「オレとマシュも探してみる。加護をこうやって無視するなんて、普通にできることじゃ……」
「あっ、いたいた! リアム。話したいことがあるんですが」
急いで教室に入りシャノンのカバンを手に取る。勝手に開けてごめんと思う暇もなく、どこかに犯人の手がかりがないか外へ内へ探していた時、突然エドモンドの声が背後から聞こえた。
「……エドモンド、すまないが今それどころではないんだ」
「え? そうですか……。でもボクの方もそんなに猶予がないかもしれないというか……、いやあでもうさんくさいしなあ」
エドモンドののんびりした話し方に余計焦りが募った。こうしている間にもしシャノンに何かあったらと思うと気が気でなく、失礼だとわかりながらも彼を無視して教室内を調査することに決める。
「おや、そういえばシャノン君は?」
帰るだろうと思っていたエドモンドは何故だかここに居座ることにしたようで、適当な椅子に座っていた。そんな彼に触れられたくないところをあっさり指摘されると反射的に口元が歪む。
「ああっ、ならやっぱりボクの話を聞いた方がいいと思いますよ! とはいえボク自身も半信半疑なので、信じていただけるかわかりませんけど」
気持ちが沈む俺とは正反対のやたら明るい笑みを浮かべるエドモンド。
本当に、戯言に付き合っている時間は……と思う。けど、訝しげな顔をしたマシュが耳元で「ねえ。なんかこいつ、知ってる匂いがする……聞くだけ聞きなよ」と告げてきたため、彼の家に場所を移動して話を聞くことにした。
先に家族と騎士団に連絡をしようとしたがそれだけはちょっと待ってくれと土下座の勢いで止められる。ちらりと精霊たちを見ると、多分大丈夫だとでも言いたげに頷いていた。
馬車に揺られながらも本当にこの選択は正しいのか、シャノンは泣いていないか、今すぐここを降りてがむしゃらに探した方がいいのではないか、ぐるぐると思考が回る。
(精霊の加護っていう特別な力があるからって、好きな人ひとり探し出せないなら意味がない。何のためにこんなものを与えられているんだ)
例の男爵令嬢の件だって、結局シャノンを巻き込んでしまった。
シャノンを誰にも渡したくなくて結んだ婚約。彼も俺を好きだと言ってくれているけど、果たして力のない自分であの子を幸せにできるんだろうか。
……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
祈ることしかできない自分の無力さに唇を噛む。どうか無事であってくれ、と握り込んだ指先に力を込めた。
***
(シャノン視点)
あの後、俺たちはあれよあれよという間に普通の客人の如く迎え入れられ、エドモンドの自室に案内された。もちろん手錠は外してもらっている。
「……」
「……」
(き、き、気まずい……)
エドモンドから見たら俺たちは不法侵入してきた人物にならないのだろうか。なぜこんな丁重なおもてなしを受けているんだろう。
マリアベルはマリアベルで、警戒した顔を崩さずもはや睨む勢いでエドモンドを見ていた。エドモンドは乙女ゲームの攻略対象者の一人って聞いてたけど、ヒロインがヒーローに向ける顔じゃないな。
「あ、あのぉ、僕ら、不法侵入したわけじゃなくて」
「知ってます知ってます。ボクの愚弟が貴方がたを連れてきたことも、地下に閉じ込められてたことも。なんなら、ボクは弟が暴走することを事前に知っていたと言っても間違いではないですし」
「……!?」
やけにシーンとした空気を変えるべく声を上げる。ちょっと上擦ってしまっているがご愛嬌だ。
しかしそれに対して帰ってきたエドモンドの言葉がよく理解できず言葉が詰まる。
思わずマリアベルを見れば、彼女も意味がわからないという顔で俺を見ていた。
(ええ、まさか、本当にこいつまでグルとかいうオチは……)
本当にそうだったら、俺の中のエドモンドの株は一生上がらないぞ。
何があっても逃げられるよう咄嗟に部屋のドアが少し開いていることを確認して、地面につけた足に力を込める。
もし、もし俺らに何かしてこようとするなら、エドモンドより先に地面を蹴ってここから……。
「シャノン!!」
「ぎっ…………!? ……っ、」
不意に廊下から慌てた足音が聞こえたと思えば、音を立てて扉が大きく開き勢いよく背後から抱きしめられた。
反射的に出そうになった叫び声を自分の両手で抑える。慣れ親しんだ、知っている匂い。
「兄上……!」
ここがどこかも忘れ、がばりと振り返って思いっきり抱きつく。ダムが決壊したみたいに涙腺が緩んでぼろぼろと涙が溢れ出た。
「う、うう……。ふ、普通に怖かった……」
「すぐに助けられなくてすまない、シャノン……っ。怪我は? っ、この跡は」
「え? あ、これは多分……ちょっと擦れちゃっただけなので」
鉄に擦れたらしい傷跡が指にあった。色々必死で今まで気づかなかったな……。
「エドモンド、話が違う! きっと怪我はさせないって」
「あー! あーあーあー、ここにスケッチブックがあったら麗しき兄弟のラフが描けたのに……」
噛み合わない会話を繰り広げる義兄とエドモンドに涙が引っ込んだ。
どうやら内通しているらしい二人の雰囲気に、蚊帳の外になっていたマリアベルが堪らず声を張り上げる。
「どういうことか、説明してくださいっ!」
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