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二章
嫌なことは先に片付けるタイプ
しおりを挟む(リアム視点)
「囮ということですか?」
「うーん、身も蓋もない言い方をするね。もっとおしゃれに言えないかな?」
目の前にはいつも通りにこにことしている殿下。相変わらず内心が読めない御方だ。
今日彼に呼び出されたのは他でもなく、俺が期間限定の護衛に選ばれた理由を遺憾無く発揮せよ、というお達しのためであった。
「申し訳ありません。ご依頼は勿論お受けします」
「ああ、そんなに肩肘張ったものじゃないよ。ただ可能性がある以上、君なしで彼女に接触するのは些か危険だからね」
簡単な話だ。季節外れで学園に転入してきたとある男爵家の令嬢が魅了を操っている疑いがあるらしい。
この国で軽度な魅了を使うこと自体は特に禁止はされていないが、対人については別だ。
そもそも魅了とは元々、相手の気持ちを無理矢理自分に向けるなんて物語みたいな力を持つものではなくて、あくまで術者本人にかけるものだ。本人の魅力が倍増したように周囲の目に映るようになる。だから、軽度な魅了ならば化粧と同義なのだ。
しかし優秀で膨大な力のある精神魔法の使い手が魅了を使うと、魅了のタチが変化して他人に魅了をかけられるようになる。つまり力の強い者が使う魅了は、術者本人ではなく、他人に魅了をかけて他人の気持ちを操作するような精神作用の魔法へと変化してしまう。
「……しかし、そこまで力を持った精神魔法の使い手など、ここ数十年現れていないとお聞きしておりましたが。それにそこまで稀な力のある者なのに貴族科に通うと?」
類稀なる精神魔法の才を持つ者が高位貴族に目をつけられず、男爵のままでいることも不思議だ。
「うんうん、そうだよね。というよりは、彼女は実のところ精神魔法なんて使えないと思うよ」
「はい?」
噛み合わない回答に思わずゆっくりと瞬きをする。ええと、俺は殿下方が魅了に誤ってかけられないように彼らの盾となるべく、先んじて彼女に接触しろと言われてここにきた気がするが。
「……精神作用する魅了魔法使用の疑いがあるんですよね?」
「あー、まあ、魅力魔法自体なら誰でも使えるよね~」
「あの、申し訳ありません。仰ってる意味がよく」
そりゃあ自分にかける魅力魔法は下級の魔法の一つだから、覚えようとすれば魔力のあるものは誰でも覚えられると思うけど。
俺は囮役で呼ばれたんじゃなかったのか? 彼の考えていることが分からず、眉が寄る。
「なんというかさ、彼女は水属性に相当長けてるみたいでね。特に治癒魔法が得意みたいで、まあ、それはそれで貴重だから将来的に治癒師としてスカウトしてもいいんじゃ無いかと思ってたんだけど。ちょーっと、なんか、うーん言いにくいな」
「……」
「ごめんごめん、そんな顔しないでくれ! はっきりいうとね、ちょっと、いやかなり妄想癖があるみたいで」
「……はあ」
またしても話が読めないが、つまるところ殿下が直接接触するのにはすこし障りがある生徒なのだろう。続きを聞こうと言葉を呑み込む。
「影から話を聞くには、彼女は自分には特別な力があって誰も彼もが自分のことを好きになる……と常日頃から豪語してるらしいんだ」
「少し自信過剰なだけでは?」
「私もそう思ったけど少し気になることがあってね。彼女、私と私の側近についての情報に異様に詳しいんだ」
私たちの幼少期のエピソードや家庭環境について、はたまた個人的な趣味まで、と続ける殿下の台詞を聞いて、まさかエドモンドのあの趣味も……と危惧する。
「あ、エドが絵を描くのが趣味なのは知っていてもその対象が少年なことは知らないらしい」
「それは良かった、です」
なぜ考えていることが分かるのだろうか。顔には出ていないはずだが。
相も変わらず微笑んでいる殿下をちらりと見る。
「しかし、それらの情報は人脈や金を駆使すれば掴めるものではないですか? 国家秘密のようなものは漏れていないのですよね」
「そうだよ。金と人脈があれば、ね。彼女は庶子で、半年前に男爵家に母親と共に正式に迎え入れられたみたいなんだ。その男爵家も別に名を馳せてる家でも無いから……」
ね、少し不思議だと思わないか? と問いかけられ、確かにと思う。
ただそこから魅力魔法に繋がる意味がいまいち掴めない。
「もしね、彼女がただちょっとアレなだけなら別にいいんだ。実力があるならそれくらい飼い慣らすさ。ただ、少しのもしもがあっては困る。彼女のいう特別な力が精神魔法のことで、私に近い誰かを狙っていて、私たちの情報を知るために既に誰かに魅了をかけて聞き出していたら……」
そこで言葉を切って、すっと殿下の目が細められた。
いつものフレンドリーな彼の顔とは違う、ピラミッドの頂点に立つものの表情に思わず背筋が伸びる。
「……おそらく彼女にそんな力は無いが、万が一を考えて俺が行き、彼女の考えを探れと。そういうことでしょうか」
「正解! 精神魔法が使えないってことが確信できたらそれでいいんだ。女性同士の噂話は馬鹿にできないからね、私たちのこともそれで知ったんだと言われたら納得するさ。それより、私としては優秀な治癒魔法の使い手を一人でも多く確保できる方がメリットがある」
殿下はまたいつも通りの甘いマスクに表情を戻す。
容姿端麗眉目秀麗でザ・王子様の彼だが、実はバリバリの武闘派だ。
王位を継ぐのは第一殿下だとそもそも決まっているし、殿下は将来騎士を引き連れて辺境付近に出向き、国境を守る生活がしたいんだといつか笑って教えてくださった。
当たり前だが辺境に怪我はつきものだし、才能ある治癒師の卵ならば何人でも欲しいのだろう。
「色々と方法を考えてみます。殿下、他にご用事は……」
「あはは、君はいつも早く帰りたがるのに長々とすまないね! うんうん、帰ってリアムの婚約者君とイチャイチャしてきていいよ。また明日ね」
揶揄いを受けながら頭を下げる。言われていることは何も間違っていないのだから、別に恥じる必要はない。
シャノンを馬車に待たせているため、なるべく早歩きで外へ向かう。
俺を見たらいつも通りあの可愛い顔を向けてくれるだろうか。少しだけ汗をかいているから俺から抱きしめるのは躊躇するが、きっとシャノンに抱きつかれたら振り払えない。
思わず緩む口元を正すこともせず校門を抜けた瞬間、不意に片手を誰かに掴まれる。
驚いた俺は反射的にその手を払った。
「あっ! ご、ごめんなさい……。あの、あの、リアム……様ですよね?」
「……どなたでしょうか。それに、名前で呼ぶ許可も与えていませんが」
目の前にいたのは桜色の髪色にエメラルドの瞳をした一人の少女。
高位貴族ではない。というより、覚えている貴族の中にいた顔ではなかった。
ただこの学園の制服を着ているということは少なからず貴族であることに間違いはない。把握漏れしている下級貴族か、はたまた……。
「あの、えと私マリアベルって言います!」
「そうですか、急いでいるので申し訳ありません」
視線を合わせずに数歩後ろに下がる。
今まで学園内でもご令嬢に声をかけられることは何度もあったが、このギラギラとした目が苦手でわざと冷たくあしらっていた。
今回もその類か、とその場を去ろうとした時、聞き捨てならない言葉が耳に入る。
「あなたの義弟の噂は聞いています! なんでも、リアム様のものを全て自分のものにしてしまうようなお人なのでしょう? お労しい……。私、特別な力があるのでお役に立てるかもしれません!」
誰の話だ。
俺の義弟はシャノンしかいないが、この人が言う人物像とは似ても似つかない。
薄気味悪さを感じ、やはり無視してこの場を去るのが一番かと思ったときふとひとつの可能性が浮かんだ。
「失礼、君は治癒魔法が得意だったり?」
「!! そうですっ、リアム様に知っていただけているなんて!」
だから名前を、と言いかけて口を閉じる。
ほぼ間違い無いだろう。殿下の言う女子生徒とは、十中八九彼女のことだ。帰り際に聞いた容姿の特徴とも一致する。
少し思案した後、後日彼女と会う約束をその場で取り付ける。
シャノンとの時間が減るのは苦痛だが、それならば早めにこの件を片付ければいい。
やたら嬉しそうな女子生徒をその場に残し、今度こそ俺はシャノンの待つ馬車へと歩みを進めた。
「……嘘でしょうっ、リアムと接触しないようにあの手この手思いつく限りやったのにぃ! ああ~、もう怒られてもいいからあ! 女神様、助けてぇ~!!」
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一応書いておくと、特にすれ違ったりしない予定です。仮にちょっとすれ違ったとしても秒で仲直りさせます。安心してください。
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