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二章
俺は真面目な生徒なのだ
しおりを挟む手、冷たくて気持ちいい……。
ふと意識が浮上すると見慣れない天井が視界に広がっていた。俺の部屋だ。
(あー、いつもリアムの部屋にいたから自室で寝てるなんて久しぶりなのか)
ん? 自室? なんで俺はそもそも寝ているんだ?
疑問を抱いて身体を起こそうとするとぐわりと眩暈がして、そのまま再度ベッドに倒れ込む。
「……?」
「大丈夫か、シャノン」
クエスチョンマークを脳内に浮かべていると、右耳に声が届いた。
視線を向けると俺の右手を両手で握っているリアムが心配そうに俺を見ている様子が目に入る。
「兄上?」
「熱はだいぶ下がったみたいだが……。疲れから出る発熱だと医者が言っていた。気づかなくてすまない」
熱、熱か。確かに何となくぼーっとする。
義兄に迷惑かけちゃったっぽいなあ。
冷たさが心地いい彼の手をにぎにぎと無意識のうちに揉みつつ、「ごめんなさい」と口にした。思ったより弱々しい声が出て、自分で驚く。
疲れるようなことした覚えないけどなあ。学園に通うことに思ったより気を張っていたんだろうか。
「リアム、光魔法で治せないのかって必死で面白かったよお。別に治せなくないけど、時間経過で治せる病気は自分の治癒力に任せないとダメだからさ~。でもちょっとだけ冷やしてあげる」
パッとマシュが姿を現して、一瞬俺の額に指を突きつけたと思えばふっと熱が引いた。いや、引いたというより、顔付近の空気の温度が下がったみたいだ。
「……? 水魔法?」
「違うよ、これは生活魔法の応用。シャノンたんは難しいこと考える前におねんねしようね~」
お礼を言おうと起き上がる俺を手で制したマシュがちらりと視線を向けた先にはテディがいて、此方に向かって魔力を練っていた。待て、何をする気だ!?
ビビる俺にお構いなしに彼は周囲の重力を操り、俺の身体はまたベッドに逆戻りさせられる。
「ぐ、いや、こんなことに闇魔法使わなくても」
「お前は安静にしてなきゃいけないんだって。もう大丈夫とか言って起きようとするの目に見えてるからさぁ~? 学校も全快するまで休めよ」
「うう……」
そりゃあ好き好んで休みたいわけじゃないし! 感染症じゃないなら熱下がれば行っていいだろって思ってたけど!
恨めしげな目をテディに向けていると、リアムが不意にその大きな手のひらで俺の目を覆い隠した。
「……俺が急にあんな話をしたから、俺が引き金になってしまったのかと」
…………。
あんな話って何だっけ。
熱で浮かされまくっていた俺は直前の記憶が結構曖昧で、しかし何の話でしたっけなどという空気の読めない発言は出来ないから押し黙っておく。
別に不快な話をされたような記憶はないし。
「兄上、違います。……多分。僕はそもそも疲れてる自覚もありませんでしたし……。そんな悲しそうな声、しないでください」
むしろ義兄にこんな切なそうな声をされる方が悲しい。
リアムの手にそっと自分の手を、慰めるように重ねた。
「ああ。……それに、あの話は撤回する気もない。俺は……、いや、何でもない。おやすみ。シャノン、早く元気になってくれ」
あの話って何だっけリターンズ。
まあ、後で思い出せばいいか……と、俺は呑気に目を閉じることに決めた。
「ご心配おかけしましたっ!」
三日後、惰眠を貪った俺はもうすっかり元気になった。
今なら校庭を何周も走れそうだ。
「シャノンちゃん、どこか怠かったりしない? もう少し休んでいて大丈夫だと思うけれど」
「いえ! これ以上授業に遅れるわけにもいかないので」
母が心配そうに俺を見て、父は後ろで何度か頷いている。
……ここまで心配されるの、こそばゆいけど居心地はいいなあ。
しかし本当に授業に遅れるわけにはいかない。早く魔法の基礎課程を終えて、俺は例の魔道具のお店のお爺さんのところに行きたいし!
鼻息荒い俺に母は「今日はもしかしたらお友達に色々聞かれるかもしれないし、身体が辛くなったら早退していいのよ」と言ってくれた。色々聞かれるとは何だと思ったけど、その優しさはありがたい。
「シャノン。行こうか」
「はい、兄上!」
いつも通りリアムと共に馬車に乗り込んで登校する。
三日ぶりに義兄とこうやって近い距離に座れてちょっと嬉しい。俺は元我儘で欲しがりの義弟なので、実は今ちょっとリアム不足だった。
すすす、と隙間を詰めてぴったり彼に肩をぶつけてみる。
「……シャノン?」
「兄上、看病してくれてありがとうございました! 兄上が風邪をひいた時は、僕が看病しますね」
俺は結局感染るような症状じゃなかったから良かった……いや良くはないのか……まあ、とりあえずリアムに感染すことはなかったけど、風邪かもしれないのに隣にいてくれたのだ。
義兄の優しさに頬が緩む。にっこにこで彼を見上げる。
リアムは俺が甘えるのを見て数度瞬きしてから、嬉しそう(に見える)な顔で髪の毛をすくように撫でてくれた。
「そうだ。シャノンが療養している間に父上と母上に話をして、正式に手続きをしてもらったよ。元々その気だったらしいから書類も用意していたみたいで、既に提出も完了した」
「? 何のですか?」
話が見えない俺はきょとんとしてしまう。
「ん? 俺たちの婚約の話だ。シャノンが了承してくれたから」
こんやく……コンヤク……こんにゃく……、
「婚約!!!??」
寝耳に水とはまさにこのことだ。
急に大声を出した俺をびっくりしたように見て、義兄は不思議そうに首を傾げる。まるで、当然だろうと言わんばかりに。
……この空気、俺が悪いのか!?
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