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一章
俺たちの冒険はこれからだ!?
しおりを挟む「……母上?」
「なあに?」
明るい陽が差し込む中、俺は母上に刺繍を教わっている。
なぜだ。
「貴族は男でも刺繍を学ぶものなのですか?」
「だってシャノンちゃん、数学のお勉強の時間暇でしょう?」
会話が噛み合っていないが、母が言っていることは正しい。
数学に関してだけ勉強の進みが異様に早すぎて、ついに数学はもう教えることはありません宣言されてしまった。
ここにきて前世チートみたいなのが発動した気がしてちょっとテンションが上がったけど、今まで数学の授業を受けていた時間がまるまる暇になってしまったのだ。
「はい、ですが、ええと、刺繍は女の子の……」
「あら、シャノンちゃん器用ねぇ。今度はそっちをこうしてごらんなさい」
すっごい遮るじゃん!?
有無を言わさない母にお手上げになって、黙々と刺繍をすることに決める。
こうしていると無心になれるから、考えごとをしたくない時はいいかもしれないけど。
考えごとを……無心、無心……。
――『シャノン』
「~~~~~っ!!!」
すぐ赤くなろうとする頬を必死に冷ます。
初めてあのやたら……その……アレなアレをした翌日、目を覚ますとめっ……ちゃくちゃ優しい顔をしたリアムが目の前にいて、思わず悲鳴を上げてしまった。
けど、いつもは朝、義兄を送り出す時にもう死ぬんだってくらい寂しくなるのに、あの日からはそれがちょっとマシになっていて驚いた。
マシュの言う通りだんだん例の作用が解けてきているんだろう。
だから治療と割り切って義兄とアレをアレすることには異論はない。もう三回もしてるし。ない、ないけど。
(あんな顔でキスされてる俺の身にもなってくれ!)
色気をダダ漏れにして、まるで目の前の人が愛しくてたまらないみたいな顔をして、俺の名前を呼んで……。
(俺、リアムにあんな顔されるようなことした覚えないし! なんか好かれてるのかもって思っちゃうからやめてほしいんだけど!)
副作用、怖すぎる! 義弟への家族愛をあんな歪み方させなくてもいいだろう。
そう、そうだ。リアムはきっと今まで距離の近い人間なんて傍にそうそういなかったから、それで義弟可愛さがなんか……なんかああなってしまっているだけだ。
別に俺自身にそういう好意があるわけじゃ……。
(待て、傷つくな、傷つくな! 俺!)
思わず視線が下がる。この治療行為が終わった後、俺たちの関係が至ってフラットになって、リアムのあの顔が俺じゃない人に向けられたら?
いや、そもそも俺は断罪回避して伯爵家がめちゃくちゃになるのも回避して、それで生き抜けたらいいと思ってて。
リアムには似合いの婚約者がいずれ出来て……。
百面相する俺を黙って見守っていてくれていた母だが、俺が乱心のあまり針を指に刺しまくっているとさすがに慌てて声をかけてきた。痛い。
「シャノン、その指は……」
「あ、ちょっと刺繍した時に刺しちゃって。えへへ」
あなたのことを考えていたらぶっ刺しました。と心の中でだけ言っておく。
もはやその習慣が身についてしまっているので、夜、流れるような動作でリアムの部屋に来てしまった。慣れって怖いなあ。
「刺繍? ……ああ、そうか」
傷口に触れないように俺の指を触りながら、リアムはおかしそうに笑った。
キューン…………。
(……キューンじゃないだろ!!!!)
危ない、また頭が少女漫画になっていたようだ。
マシュは三回くらいやったら大丈夫とかなんとか言ってなかったか?
確かにおかしいくらい寂しいのはマシになってるけど、俺は全然リアムにトキメキまくってるみたいなんだが。
「あの……兄上、その、マシュのことは見えてますか?」
「ん? …………いや」
「そっ、そうですよね。僕もなんかまだおかしいかな? って思ってて! いつ頃大丈夫になるのかなあ」
視線を彷徨わせながら俺はつとめて空気を明るくしようとする。ピンクな空気になると気持ちがめちゃくちゃになるからだ。純粋無垢なシャノンくんは空気を変えるのは得意なのである。
「シャノンは早く大丈夫になりたい?」
「え! それは……はい。兄上にもご迷惑をかけてしまいますし、テディが見えないのも不便だと思う……ので」
「……………………」
リアムは俺の目をじっと見つめて黙ってしまった。
へ、変なことを言ってしまったか?
「……あの」
「迷惑じゃない。役得だと思っている。そもそも、迷惑だと言うなら君にもだろう。きちんと精霊が見えるようになったら、シャノンは俺と距離を取るようになる?」
何だ!?
最近では特に珍しくもないけど、やっぱりリアムが饒舌に話していると吃驚する。
……言われている意味が上手に咀嚼できなくて沈黙してしまう。
「きっと、徐々に副作用はなくなっていると思う。シャノンにも心当たりがあるんじゃないか? ……けど、俺は」
ゆっくり詰められる距離に、心臓が爆発寸前になった。
彼の目には優しい色が見て取れて、けど俺に迫っているその姿勢とは正反対で、温度差でどうにかなりそうだ。
ここ三日間と同様にリアムの唇が俺に重なろうとして――。
「あーー! もう無理! これ以上は無理だ! 三日以上隠れてるなんてオレが全力だしても無理に決まってるだろ!」
「ちょっと、根性だしなよ! 今いいとこだろ! 気配消すのなんてお手の物だぜってドヤってたくせに!」
……直前でピタリと止まった。
ゆっくり背後を振り返ると、肩で息をしているテディと文句を言っているマシュが見える。
「……ん?」
「はー、シャノンちゃんごめん! こいつが二人がいい感じになってるからしばらく身を隠せって」
「はあ!? 僕だけじゃなくておまえもノリノリだっただろ!? 僕だけのせいにしないでよね~っ」
全く話が見えない。
困惑したままリアムを見ると、なぜかリアムも気まずそうに目を逸らしていた。
……俺だけ何も分かっていないパターンらしい。
黙ってリアムを見つめ続けていると、観念してように口を開く。
「……実は初めてシャノンに口付けた後から、はっきりと光の精霊……マシュが見えるようになっていた。きっとシャノンも闇の精霊のことを見れていたんだと思う。だが……」
「二人を見てるのは眼福だし、僕は三日とかテキトー言ってたし、しばらく見えてないことにしようかなってテディに気配消してもらってたんだよねぇ。あはは」
あははじゃないが?
……でも、わかった。つまりもう既に俺たちは一緒にいる必要はない。
「……じゃあ、僕は自分の部屋に」
「帰らなくていい」
食い気味にリアムに言葉を遮られる。
……むしろ否定して欲しくて言ったようなものだ。
だってさあ、つまり、リアムにちゅーされてバックバクになってたのも俺のこと好きなのか? ってもだもだしてたのも色々なこと思うのも、全部全部光も闇も関係ないってことだろ!
いつだ、いつから俺はリアムのことをそんな気持ちで見ていたんだ。
俺は鈍感難聴ハーレム主人公じゃないから、闇とか光とか、副作用とか、そういうもののせいにしたがっていたこれがどんな感情なのかくらい、分かる。
言葉にする勇気はないけど、もし家族愛を他のものに勘違いしているんだとしても、リアムも俺のこと……。
ちらりと視線だけ上げれば、リアムはまだ気まずそうに瞳を揺らしていた。
俺は確かに、破滅しないような人生を生きようと決めた。
猫を何匹も飼ってるし、家族仲を良くするために可愛くて純粋なシャノンを作った。
そもそも別に破綻するくらい家族仲が悪いわけじゃなかったし、シャノンに婚約者はいないし、俺は詳しく漫画の内容を覚えてないしでなあなあなとこも多いけど……。
この人が嫌じゃないなら、その過程で俺がリアムを好きになることくらい許されるかなあ。
「……じゃあ、ここで寝ますっ。テディは後で色々話してもらうからね!」
勢いよくリアムの胸に飛び込んで目を閉じる。
義兄は最初は固まっていたけど、ゆっくりと俺の背を撫でてからぎゅっと抱きしめてくれた。
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打ち切りエンドみたいな空気が出ていますが全然続きます。引き続きよろしくお願いします! 次から章は変わるかもしれません。
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