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一章
義兄、ご乱心
しおりを挟む(リアム視点)
義弟が可愛い。
なにが、というか全部可愛い。
俺の後ろをちょこちょことついてきたり頭を撫でると嬉しそうに目を細めるのは小動物を連想させる。
小さな顔に並ぶそれぞれのパーツは特別に誂えたかのような造りで、彼の華奢な肢体があわさり、学園にいる令嬢よりもよほど可愛いとつい思ってしまう。
身長差ゆえ上から見下ろしたとき、シャノンの瞳を囲う長いまつ毛が見えて、なんだかむず痒い気持ちになる。
シャノンに出会ってまだ数ヶ月なのに、今や彼の存在が日々の癒しになっている。
父の仕事を手伝う日々にやり甲斐があることには変わりないが、シャノンを構ってほっとした気分になって初めて自分が少々疲れていたことを自覚した。
だから、休暇が明けたことは素直につらかった。
家を出る前シャノンに寂しそうにされた時は思わず学園に行かないと言ってしまいそうになった程だ。
あからさまにしゅんとした顔をするシャノンに頬が緩みそうになるのを、顔に力を入れて必死に耐えた。
「おや? リアム、今日は随分口数が少ないね」
「え? いつもこんなもんじゃないですか?」
心の中で「絶対早く帰る」と誓っていると意地悪く笑う殿下の顔がぬっと視界に入り込む。
その横で軽口を叩いているのは殿下の側近のひとりである、侯爵家の子息。
先生に呼ばれているため今ここにはいないが、いつもはあとふたり、騎士団長の子息と宮廷魔術師の子息が殿下のお側にいる。
俺は殿下の特殊な護衛として学園に通っている間は側にいることになっているが、俺以外の四人は生徒会入りをしているため四六時中一緒にいるわけではない。
「……そんなことはありません」
「そうかぁ。ところでリアム、君の家にはひとり子息が増えたらしいね。歳は十二で、随分可愛い子だと聞いたけど」
「え!? そうなんですか!?」
侯爵家の子息――エドモンドががばりと顔を上げてこちらを見る。
思わず眉を寄せてしまうのはもう仕方がないだろう。
「どういう子ですか!? いいなあ、ボクに紹介してください! え!? 殿下はご存知なんですか? ああ、孤児院への慰問で見かけたことが! え! そんな可愛い子なんですか!? ああー! ますますいいなぁ!! リアムっ、悪いようにはしません。ほらほら今のうちにボクみたいな立場の人間と縁を繋げておいても損はないですよねぇ!?」
「エドモンド…………」
殿下がぽんぽんと情報を伝えているのを見て頭が痛くなる。
エドモンドは頭もキレるし、家柄もいいし、決して人柄は悪いやつではない。
しかしちょうどシャノンほどの年頃の少年に異様に執着している……いや、この言い方だと性癖がまずい男みたいな紹介に……実際性癖はまずいと思うが……。
「ボク最近インスピレーションが枯れててスランプ気味だったんですよ。あなたの弟君に会えたらこの枯渇した泉がきっと溢れ……」
「はははは、エド、ちょーっと声が大きいなあ」
「もごっ、あっ、申し訳ありません」
殿下がにこにこと笑いながらエドモンドの口を凄い勢いで塞いだ。エドモンドはすぐにいつもの飄々とした表情に戻る。
……彼の趣味は絵を描くことであり、その画力にも目を見張るものがあるのだが、彼が創作意欲を刺激される存在はどうやら年端もいかない少年らしく……。
絵とモデルのことになると変態臭が増すエドモンドの実情を知っているのは彼の実家と、それから俺たちだけだ。
「申し訳ないが義弟はまだ色々と慣れていないから……」
「まあ、それもそうですね。ちょっと興奮しすぎました。可能でしたら弟君が成長しきる前にお会いしたいです」
ちょっとか?
ひとまず引いてくれたのでホッとする。
シャノンがこんな勢いの男と出会ってしまったらきっと怖がってしまう。
「すまない、少しからかいすぎたね。でもエドのことは置いておいても、君の義弟には是非会ってみたいな。魔法の才がある少年なのだろう? 先生も紹介できるかもしれない」
「……はい、家族に伝えます」
完全に面白がっている顔の殿下に軽く頭を下げつつ、内心少し焦った。
エドモンドはさておき、殿下がシャノンと改めて会って気に入ってしまったらどうしたらいいだろう。
殿下には未だ婚約者がいない。
シャノンは愛嬌もあるし努力家だ。ちゃんと礼儀も持ち合わせている。
見た目も中身も可愛いシャノンのことをもし、もしも殿下が婚約者――は性別上ないとして、将来側室なんかに添えようと思ってしまったら?
じり、と臓器が焼けるような不快感を覚えた。
帰宅すると、シャノンが俺に甘えたいらしいことを知った。
学園での出来事に少し疲れていた俺は食い気味で快諾する。シャノンで癒されて忘れよう。
兄弟で風呂に入るなんて、かなり仲が良いみたいで嬉しい。
そう思ってシャノンと脱衣所に来た。
来たのだが。
頬を朱に染めながら大きな目を潤ませ自身の服に手をかけるシャノンを見て、思わず喉が鳴った。
咄嗟に天を仰いで風呂場に入り自分を誤魔化したけど、義弟に感じた感情に困惑する。
決定的だったのはシャノンの素肌を抱きしめた時。
彼の赤が映える白い肌が目の前に晒された時、ドッと心臓が高鳴った。
眉尻を下げ唇を噛み締める扇情的なシャノンの表情を見て全身に素早く血が巡る。
自分の感情に呆然としている間にシャノンは風呂を出て行ってしまう。
……俺は熱がおさまるまで風呂場から出られなかった。
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