10 / 53
一章
塩って何の効果があるのか実は知らない
しおりを挟む「おやすみなさいませ、シャノン様」
「今日もありがとう、おやすみなさい!」
夜、俺付きの侍女のアリアとおしゃべりしたあとベッドに潜る。
アリアはリアムに負けず劣らず表情が「無」な人種だけど、いつもなんとなく優しげに俺を見てくれている金髪ショートカットの美人さんだ。背丈もすらっとしていて、どうやら武術に長けているらしい。
たしかにいつも気づいたらそばにいて普段は気配も感じないし、俺が十人束になってかかっても敵わないかもしれない。
(……にしても、精霊……精霊か。シャノンが俺として生まれてる時点で漫画の設定は破綻してるけど、精霊なんていう単語自体がそもそも出てきてなかった気がするけどなあ)
まあ、魔法が使えるファンタジー世界なんだから精霊の一人や二人や百人いてもおかしくないけど。
頭までかぶっていたシーツをずらし、ベッドの中から目だけ出して天井を見つめる。
精霊の存在とか感じたことないけどなあ。俺が意識する必要があるって言ってたけど、どうやってやるんだ?
「……精霊さ~ん、俺の魔力食べる? なんちゃって」
天井に向かって手を掲げ、指先にちいさな光を灯してみる。
うーん精霊の呼び出し方……リアムに聞いたら分かるかな?
「……………………」
「………………ん?」
ふと、ベッドが軋む音がした。
なんだ? アリアか? 何かがあって俺を起こしに来たのだろうか。
シーツをひっぺがし身体を起こして視線を彷徨わせる。
「アリア? なにかあっ……」
「よぉ、シャノンちゃん」
近くから全く聞き覚えのない男の声がして、息が止まる。
気道が狭くなり、背中におかしな汗が流れるのを感じながら、ゆっくり、すごくゆっくり声の方に顔を向ける。
褐色の肌に濡羽色の髪、紫みのある暗く青い瞳を持つ青年がベッドの端に腰掛け、口角を持ち上げてこちらを見ていた。
「ずぅ~っといたのに全然気づいてくれないんだもんなぁ。オレ、魅力ないのかと思ったわ。言っちゃあなんだが、オレを見たいっていう人間は多い……」
「……………………………………」
「あ? どうした」
ぽかんと口を開ける俺を不思議そうに見る青年。
俺は思いっきり息を吸い込んだ。
「…………………………………………ぎ」
「ぎ?」
「ぎゃあーーーー!!!!!!!!!! 不審者!!!!!! 不審者!!!! うわあーーー!!! 誰か!!! アリアーーーー!!!!!!!!! 死ぬ!? 俺、死ぬ!?」
「え!? は!?! おい、落ち着け! お前、今の会話の流れは完全にオレがお前に呼ばれた精霊だろうが!」
「は!? 何!? ケイティ!? 誰!? 何言ってんの!? 最近の不審者って自己紹介すんの!?」
「何言ってんのはオレのセリフだよ! お前耳ついてんのか!?」
ケイティ(仮)が何か言っているが、パニックになっている俺には急に現れた知らない男に殺されるのではという恐怖で頭に何も入ってこない。
「シャノン様! どうされました!?」
「アリ、ア、アリアぁ~! しっ、知らない人が……!」
「知らない人……?」
俺の叫び声を聞きつけたアリアが音もなく扉を開け俺のそばに寄る。
恥も外聞もなくアリアの腕に縋り、えぐえぐと泣きつく。
孤児院にいた頃もここに引き取られてからも特に身の危険を感じることなく生きてきた俺にとって、急に目の前に出てきた怪しい人に話しかけられるなんていう出来事はあまりにも怖すぎた。
「……シャノン様、誰もいないようです」
「え!? そっ、そこ、ちょうどアリアのいるとこに変な男の人が……おと……あれ?」
「左様ですか……。結界も破られていませんし、誰かが部屋に潜入した形跡はありませんね」
注意深く周囲を確認するアリアの腕の中から恐る恐る顔を出し、そろりとベッドの端を見る。
……いない。ケイティ(仮)が、いない。
「あれ……?」
「シャノン様、貴方様は突然周囲の環境が変わりましたから、お疲れが出てしまったのではないでしょうか。怖い夢を見た時は温かい飲み物に限ります。お持ちしますので、少々お待ちください」
アリアが労しそうな声色で俺に声をかけ、背中を何往復か優しくさすってくれた後そっと離れていった。
「……でもさっき、そこに……」
愉しげに笑っていた、突然現れ跡形もなく消えた男の顔が頭に浮かぶ。
この部屋には誰も入って来てないと言うアリア。彼女はあの男の姿を全く見ていないらしい。
アリアは魔法も一流らしいから、彼女のサーチで感知できていないなら本当に誰も来ていないのだろう。
(え? 俺は本当に悪い夢でも見ていたのか? それとも、アリアでも分からないほどの実力を持った……いや、そんな人間そう易々といてたまるか! そもそも俺を狙う理由なんてないよな。魔法が使えるだけの平民だぞ。この家に来てからまともに外にも出てないのに……)
全力疾走した時のように高まる脈を落ち着けようと深呼吸をしつつ、考える。
そうしてある一つの結論に至った。
俺が幻覚を見たんじゃないとしたら、誰にも気付かれず部屋に入るなどという人間技ではないような芸当を行ってしまう、そんな存在。
(幽霊だ…………………………………!!!)
いや、生きてる侵入者より遥かに怖いじゃないか!!!
俺は誰かに恨まれるようなことをした記憶はないのだが!? 地縛霊か!?
その後、カモミールティーを淹れて戻って来てくれたアリアに塩を持って来てもらうように頼む。
アリアのクエスチョンマークに塗れた視線が背中に突き刺さるのを感じながら、部屋の入り口と窓の近くに塩を盛った。
この世界、除霊ができる人とかいるのだろうか。とりあえず、気休めに塩に向かって南無南無しておいた。
……しかし、不審者が来たと思った時に叫ぶ以外のことが出来なかったのは今思うと悔しいな。自分の身くらい守れるように、早急に魔法が上手くなりたい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
実際シャノンは環境疲れしているので頭が溶けちゃってますね。恐怖に負けて精霊の記憶はすっ飛んでいると思われます。
そして、お気に入り千越えありがとうございます……! この場を借りてお礼申し上げます。
ここまで読んでいただけると思っていなかったので小心者のわたしはかなりドッキドキしていますが、物語の一区切りに向けて頑張って更新していきますので、優しく見守っていただけると嬉しいです!
137
お気に入りに追加
4,814
あなたにおすすめの小説

貴方だけは愛しません
玲凛
BL
王太子を愛し過ぎたが為に、罪を犯した侯爵家の次男アリステアは処刑された……最愛の人に憎まれ蔑まれて……そうしてアリステアは死んだ筈だったが、気がつくと何故か六歳の姿に戻っていた。そんな不可思議な現象を味わったアリステアだったが、これはやり直すチャンスだと思い決意する……もう二度とあの人を愛したりしないと。

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。
天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。
成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。
まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。
黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。

嫌われ変異番の俺が幸せになるまで
深凪雪花
BL
候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。
即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。
しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……?
※★は性描写ありです。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

俺の異世界先は激重魔導騎士の懐の中
油淋丼
BL
少女漫画のような人生を送っていたクラスメイトがある日突然命を落とした。
背景の一部のようなモブは、卒業式の前日に事故に遭った。
魔王候補の一人として無能力のまま召喚され、魔物達に混じりこっそりと元の世界に戻る方法を探す。
魔物の脅威である魔導騎士は、不思議と初対面のようには感じなかった。
少女漫画のようなヒーローが本当に好きだったのは、モブ君だった。
異世界に転生したヒーローは、前世も含めて長年片思いをして愛が激重に変化した。
今度こそ必ず捕らえて囲って愛す事を誓います。
激重愛魔導最強転生騎士×魔王候補無能力転移モブ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる