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桃の章
俺を見ないあの子のこと 〜涼視点〜
しおりを挟む一仁につきまとう桃を見て、最初はいつも通りだなって思った。将来自分が継ぐであろう親の会社のためにαに取り入ろうとするβ。αとの繋がりを強くして会社をデカく確かなものにしていく。ここに通うβなんてみんなそうだ、普通の家柄ではβならここには通えない。その中でも桃はより必死だった。みんなが家柄や仕事を理解する前から桃は家の仕事を意識していた。
桃は小さい頃から可愛くて、ただαの様なオーラはなかったからΩだろうってみんな思ってた。Ωはαと結婚して家族同士の繋がりで家をデカくしていく。だから桃は小さい頃から料理も作法も一生懸命でΩとしての振る舞いは完璧だった。しかし成長して、下された診断はβだった。αがβを嫁にするのはかなり稀なことで今のままでは自分は家のために何も出来ない、そう思った桃はβとして愚直に家業に取り組むことにした。社会のニーズや状勢、あらゆることを学んだ。とりわけバース関連に敏感で、αが番のために買う衣類に目を付けた桃はアイデアとデザイン性からすぐに人気が出てこの歳で自分のブランドを持つ程になった。そういう努力を惜しまない姿勢に俺が惚れるのはすぐだった。けど成功しすぎて理想が高くなって俺が桃の候補から外れたのもすぐだった。
昔から桃と一緒に居たけど桃が俺をそういう目でみたことはなかった。普通の友達、ただの幼馴染。桃は友達が少ない、それこそ光達くらいしかいないと思う。αは桃が勝手にランク付けするから、相手にされないやつか、媚びを売るやつかしかないから。βからは同じβなのにちょっと要領がいいからっていい気になってるやつと思われてる。Ωからは、βなのに社会的地位の低い自分たちの真似をしてバカにしてるやつと思われてるから。桃は元からΩ思考だから仕方ない、というかそんな桃だからここまで出来たんだと思うけど。
桃には俺しかいないから。友達でもなんでもいいから、俺はずっとこいつの傍にいようと思った。
一仁に脅された日から俺は授業時間以外は桃から目を離せなかった。桃が何をするか分からないし、何が一仁の逆鱗に触れるかも分からなかった。ただ必死に一仁を怒らせないようにすることしか出来なかった。実際はすぐ桃に諦めろって言えば良かったんだ、だって桃は多分、絶対、振られるから。でも初めて自分のαを見つけて、嬉しそうにしていた桃に俺は諦めろなんて言える訳無かった。
でも桃だってずっと楽しかった訳じゃないのは分かってる。一仁、桃に酷くはしないけど徹底的に無視してるし。辛かったと思うのに桃はなんでか一仁を諦めない。だから俺が勝手に終わらせるなんて出来なかった。そんなこんなで俺がぐずぐずしてたから桃の心が耐えられなくなったんだ。
体育祭が終わった後、桃の姿が見えなかった。今日はほぼずっと一仁と居たけど今あいつは1人だった。片付けも終わり際で生徒の数も減ってきて、ついでに一宮の姿も見えなかった。学校中駆け回ってついに2人を見つけた時には、桃が一宮に怒鳴って手を振りかざしていた。
見つけた時は本当に心臓が止まった。間一髪怪我はさせなかったがこんなとこ、あいつに見られたら終わるって思って、一宮のケアもそこそこにその場から逃げた。俺も結局は桃と自分の命が大事だ。避難した先は桃の部屋。俺の部屋は怖すぎるし、桃の同室は他の部屋に泊まって、居ないことが多いから。一仁も、多分桃の部屋は分からないと思う。やっと一息つける。桃をベッドに下ろして俺も隣に座った。桃は担がれて少し静かだったが、下ろしたらまたえぐえぐと泣き始めた。桃が落ち着くのを待ちながら、俺も呼吸を整える。冷静になって考えたら、一宮をあそこに放置はまずかったかもしれない、すぐに一仁の元に連れて行って謝った方が誠実だったのではと、色々考えるのが止まらない。いや、あいつは頭のネジぶっ飛んでるから誠実さとか伝わるか分からない。とりあえず俺らも一宮も無事でここに避難できたのが最良だってことにする。
「……なんで、止めたの。」
俺が落ち着こうと頑張ってるうちに、ぐずぐずだった桃が少し泣き止んで、聞いてきた。
「なんでって、あんなとこ見たら普通止めるだろ」
「なんで、あんなとこいたの」
「あー、一宮があの辺ふらふらしてるの見たから、追いかけたんだよ。」
桃をストーカーしてて、見失ったから探し回った、とは言えなかった。これ以上聞かれても困るから、俺の方から聞いた。
「桃の方こそ、なんであんなこと。桃は誰に手を上げる様なやつじゃなかったと思うけど。これだって、桃の大事な商売道具じゃなかったの。」
自分の血まみれの手で桃の持ってたハサミを取った。それは裁ち鋏で、普通のハサミより大きくて切れもいい。
「だって、あいつが、あいつのせいで、あいつがいるから一仁が……あいつが居なくなれば全部丸く収まるの!」
まぁ、思っていた通りの答え。でももう、桃もわかっただろうし、やってはいけないラインを超えたから、ちゃんと叱らなきゃ。
「僕が悪いの? 僕、ずっと頑張ってきて。だから僕に運命の人が現れて。僕ずっと我慢してきたよ? βでも泣き言言わず努力したし、周りの奴らに嫌われて、嫌味言われても我慢したし、僕の頑張りが認められて、ついに現れた運命の人が、他のΩにとられてもどうにかしようって今までずっと我慢して、頑張って来たのに。……僕は。……桃、まだ駄目かな。桃の頑張りはまだ足りないかな。桃はまだ、運命と結ばれないのかな……」
聞いていて、心が苦しくなった。やっぱり俺には無理だ。桃をずっと見てきた俺には、こんな桃を好きになった俺には、この子を本気で叱れない。
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