明日の夢、泡沫の未来

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「だから本気でやばいんだって、真面目に聞いてくれよ端波はしば!」

「聞いてるよ、多岐川たきがわ

 そう答える端波秀臣ひでおみの様子は、どう見ても真面目に取り合っている風ではなかった。左手に乗せた弁当箱に目を落としたまま、右手に持った箸でおかずを口に運ぶのを一向に止めようとしない。

 月曜の昼休み、隣のクラスに行って端波を呼び出し、第二美術室まで強引に引っ張ってきたのである。この部屋は俺たち美術部員が慣れ親しんだ部室でもあるし、旧校舎一階廊下の最奥にあって隣は空室、休み時間は滅多に人が寄りつかない。建物全体がボロい旧式だが、密談には最適である。旧校舎の部屋はどこも鍵がかかっておらず、自由に出入りできる点もありがたい。

「このままじゃ近い将来、細川ほそかわは殺されちまうかもしれないんだぞ。お前だって俺の予知夢が本物だってことは、知ってるはずだろ!?」

 俺は右手に持った箸を端波に向けた。こいつに釣られて弁当箱を開いてみたものの、俺の方は一向に味わう気になれなかった。今はとても食欲など湧かない。

 一年時から同じ美術部員で昨年はクラスも一緒だった端波秀臣は、この高校で俺が最も親しくしている友人と言っていい。こいつくらいには打ち明けても構わんだろうと考え、去年俺はそれまで誰にも――両親にさえ――言ったことがなかった自分の秘密を教えていた。つまり俺、多岐川一馬かずまは、時折「予知夢」を見る特異体質だということをである。

 それがいつ到来するかはわからない。自分の意思で見ようと思って見れるものでもない。しかし時々、夜眠っていると、ふと夢の中で「ああ、これは夢なんだ」と気づき、えも言われぬ浮遊感に包まれることがある。そしてそういう感覚になった時見ている夢は、そう遠くない未来、必ず現実になるのだ。

 予知夢は常に無音だった。その中では音が消え、嗅覚や味覚も存在せず、ただ風景だけが見える。大昔のサイレント映画を見ているような感覚だが、白黒ではなく色はついている。

「そう遠くない未来」と表現したが、夢をみてからどれくらい経過して起こるのかもこれまたランダムだ。翌日さっそく起こることもあるし、1~2ヶ月待たされることもある。しかしこれまでの経験上、そのタイムラグは3ヶ月を越えることはないようだった。

 つまり今から3ヶ月以内に細川珠希たまきは暴漢に襲撃されてしまう、そのことを俺は確信していた。

「別に疑ってるわけじゃないさ。これまで散々、実証されてきたからな」

 もちろん端波も最初は信じなかった。初めて打ち明けた時は、可哀想な動物を見るような眼差しを向けられたものだ。そこで以後、予知夢が訪れるたび翌日にその内容を端波に伝えるということを何度か繰り返した。

 最初は大国の〇〇国が地球の反対側にある△△国に戦争を仕掛ける、というものだった。2週間後、この予知夢は実現し、テレビやネットは騒然となった。国際政治や軍事の専門家さえ予想していなかった電撃作戦だったらしく、誰もが慌てふためいていた。

 このことは端波の疑いの牙城に亀裂を入れるには十分だった。普段ニュースなんかまともに見ない俺が、専門家さえ右往左往させる世界的大事件を当てたのだ。

 半信半疑となった端波に、次の予知夢を伝えた。

「近いうち、市内のX区で火事が起きる。時間は15時ごろ」

「……今度はえらい身近な予言だな。しかも時間まで指定するか」

「しばらく教室の窓から注意してみてみるんだな」

 昨年俺と端波が所属していたクラスの窓からは、X区の象徴ともいえる巨大モール天頂部の看板がはっきり見えた。2日後、さっそく夢は現実となった。午後の授業もそっちのけで窓の外を眺めていると、X区にあるモール看板の向こうから黒い煙が昇ってきたのだ。慌てて教室の時計に目をやると、針は15時03分をさしている。

 幸い火事はすぐに鎮火した。うちのクラスも多少ざわついたが、教師に一喝されすぐ通常の授業にもどった。

 だがこの件に関して、俺の予言はやや正確さを欠いていた。火事があったのはX区ではなく、隣のY区だったと後で知った。俺たちの教室から見て、Y区は巨大モールの向こう側に位置する。

 いい加減なことを教えてしまった、これでは疑われても仕方ないなと思っていたが、何故か端波はこの一件でより俺の予知夢を信じる気になったようだ。首を傾げていると、「最後にもう一度検証してみたい、また予知夢をみたら教えてくれ」と何と向こうから提案してきた。

 その予知夢がきた。それもおあつらえ向きのものだった。学年全体で一斉に受ける模擬試験で、端波が5教科合計で344点をとる、というものだった。

 これは1科目平均70点にも満たない。いつも試験は学年トップクラスの点を叩き出す端波にしては、大失敗と言っていい結果だ。流石に気を悪くするだろうかと思いながら、それでもこの夢の内容を端波に伝えた。すると特に怒るでもなく、「ふむ、なるほど……」と一人で頷くだけだった。こちらはわけがわからなかった。

 やがてすぐに模擬試験の日が来た。全科目択一式の試験で、各問5つの選択肢から1つを選びマークシートを塗り潰すことで回答する形式だ。試験からおよそ1ヶ月後、結果を印刷した成績表が配られた。俺の点数は……ここでは関係ないから割愛してもいいだろう。注目すべきは端波の点数だ。俺が夢で見たとおり、5教科344点だった。

「すごいな、1点の誤差もなくドンピシャだ」

「まさかお前がこんな低い点をとるなんてな……まあそれでも俺よりは良いが」

「まあこんなもんだろ。問題を全く読まないで適当に番号選んでいったにしては上出来だ」

「……何?」

 一瞬我が耳を疑った。

「今回の模擬試験、俺は一切問題に目を通していない。全教科全問、勘に任せてマークシートを塗った」

「な、何でんなことしたんだよ」

「決まってるだろ、お前の予知夢とやらの真偽を確かめるためだ」

 俺は唖然として声も出なかった。

「それで俺の点がピッタリ夢と一致したんだからもう間違いないな。お前の予知夢は本物だ。しかも一度夢で見た出来事は、多分俺たちがどう足掻あがいた処で変更はできない」

「危ねえことするなあ……もし予知夢通りにならなかったらどうしたよ。秀才のお前が、目も当てられない点取っちまうことだってあり得たんだぞ」

「なあに、模擬試験の点数なんて次で幾らでも挽回できる。それよりせっかくこんな面白い話があるのに、みすみす検証しない手はないからな」

 平然と言ってのけたものだった。以来、端波は俺の予知夢体質を信じるようになり、俺は端波の発想力と大胆さに一目置くようになったのだった。

 その後、学年があがりクラスは別々になってからも、俺と端波の交流は続いた。その間何度か俺に予知夢が訪れたが、その度に端波に内容を伝えていた。そしてその全てが実現したことを、こいつは知っているはずだ。

 それなのに今回、細川が背後から何者かに襲われるという予知夢に関してだけは、何故か端波の反応は妙に淡白なのだ。
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