上 下
90 / 94

第66章:"光の聖女"が全力で俺の学園生活を闇に閉ざそうとしてきやがります(絶望)①

しおりを挟む
「そう言えばうちとしたことが、今度の件のびがまだやったな」

 竜崎りゅうざきは何かに気づいたように両手を合わせると、つかつかと俺に歩み寄ってきた。

「色々あって遅くなってもうたけど、すまんかったな、天代あましろ真人まさとはん。うちのもんが見当違いのケンカふっかけて、えらい迷惑かけてもうた。このとおりや、堪忍してくれんか」

 そう言って、俺に向かって深々と頭を下げる。

 俺は面食らった。ケンカをふっかけてきたのは竜崎ではなく小柄な指抜きグローブ野郎の方なので、彼女に謝られても反応に困るのだが。

 それにしても"うちのもん"ときたか。言い方が随分仰々ぎょうぎょうしい気がするな……前世で魔王軍だった頃の名残、だろうか?

 竜崎は顔を上げると、今度は場の片隅で苦虫にがむしを噛みつぶしたような表情を浮かべている小吉こよしほむらの元へ近づいていき、その左耳を右手の親指と人差し指でおもむろにつまみ上げた。

「ぐぇっ!? お、お嬢、何するんすか!」

 苦情を聞き流しつつ、そのまま小吉の小柄な体躯たいくを俺の前まで引きずってくる。そこでやっと耳を解放したかと思うと、間髪を入れず同じ右手で前世の部下の頭頂部をわし掴みにした。

「ほら、しょーきち、あんたも謝るんや。うちにばっかやらせて、張本人が知らんぷりしとるんやない」

「うわあ……や、やめてください! 俺もう17ですよ、こんな子供みたいな扱いは、っていたた! わかりました、わかりましたって!!」

 竜崎に無理矢理頭を下げさせられる元竜人ドラゴニア。完全に悪さをしでかして母親に叱られる子供、といった図である。前世の上司には、いまだに(文字通り)頭が上がらないらしい。

光琉ひかるちゃんもすまんかったなあ。このごんたくれのせいで、えらい嫌な思いしたやろ」

「へ、何のこと?」

 小首をかしげる光琉。

「そか、あの放送は中等部までは流れてへんのやな……」

 竜崎の誠意は妹には響かなかったようだが、代わりに俺の記憶を刺激した。

「思い出したぞ。光琉お前、何スマホの中に日記と称してあることないこと……というかないこと9割書いてんだよ! 俺がいつ、お前を「子猫ちゃん」(実際に口にするだけで鳥肌が立つな!)なんて呼んだ!?」

「な、なななな、なんでにいちゃんがそれ知ってんの、まさかあたしのスマホ勝手にのぞいたの!? サイッテー、それはさすがに"るーるいはん"でしょ、夫婦の仲にも礼儀ありだよ!!」

 ギャーギャーうるさい妹に、俺は事の経緯を説明した。

 かくかくしかじか。

「あ、あたしのスマホがあ!?」

 光琉は驚愕きょうがくの叫び声をあげると、制服の上からおのれの身体のあちこちをパタパタと叩き始めた。

「ほ、ほんとだ、ない……あたしのスマホがないわあああああ!!!」

 ◯スタと身体が入れ替わった◯リッシュ嬢のようなテンションで取り乱す我が妹様。というか、今頃気づいたんかい。

「し、しかもあたしの日記が校内放送で読み上げられた!? なんてことなの、オトメのヒメゴトが。そんなの「フライばしの損壊」だわッ!!」

「「プライバシーの侵害」、な?」

 久々に聞いた気がするな、光琉のトンチキ翻訳いいまちがえ。まあ作中時間は、本編開始からまだ1日そこそこしか経って……いや、何でもない。

「そんなハジをかかされたんじゃ、あたしもうオヨメに行けないじゃない。にいちゃん、オトコらしく責任とってよね!」

「なぜ俺の責任になっとるか。ま、まあ、無理に他家の嫁にいくこともないだろうが……じゃなくて!」

 明後日の方向に脱線しかけた会話の流れを、無理矢理軌道修正する。

「いいか、一番の非はあんなハタ迷惑な放送をしでかした野郎にあるにしても、だ」

 チラリと小吉に一瞥いちべつを送る。可能な限り嫌味ったらしく。

「そもそもあんなねつ造日記をツラツラ書いてたお前もお前だ! おかげで俺たち兄妹がふしだらな関係だって誤解が、校内中に拡まっちまったろうが!」

「そ、そんな噂が! あたしとにいちゃんが、フシダラナカンケーだなんて!!……フシダラな……カンケー……」

 光琉はそれまで無駄に高速回転していた舌に急ブレーキをかけると、腕組みして何やら考えこみはじめた。どうでもいいが、ここまで"考えるポーズ"が似合わない中学生も珍しいだろう。

 やがて、(おそらく普段は無縁であろう)思考の海への潜水を終え、現実世界へと浮上した妹は。

「……にいちゃん、過ぎてしまったことはしょーがないよ」

 急にものわかりがよくなってやがった! きれいな◯ャイアンばりの豹変である。

「人の口にはたてられないってもいうしさ、噂は噂で受け入れるしかないと思うの」

「待てコラ、何こんな時だけすまし顔してんの!? いつもの駄々っ子ムーヴはどうした、今こそ万年反抗期の本領を発揮する時だろうが!」

「あたしもいつまでもコドモじゃないの、にいちゃんと違ってオトナになったのよ。ここは素直に妹の成長を喜んで欲しいものだわ、別に「キセージジツを仕立て上げてもらえてラッキー!」とか思ってるわけじゃないからね?」

「例によって本音が漏れ出てんぞ!」

 め、女狐めぎつね聖女め、風評被害を欲望のために逆用しようとしてやがる。こわっ!

「学校中に知れ渡ってしまったんだもの、もうあきらめるしかないわよ。いつまでも偽りの仮面ペルソナをかぶって生きていくわけにもいかないしね。さ、あたしたちもこれからは本当の自分をさらけ出して行きましょ、「真実はいつもひとつ!」なんだよ?」

「どさくさ紛れにおのれの妄想を真実に格上げしようとしてんじゃねえ!」

「ていうかその校内放送、高等部にしか流れてないんでしょ? もったいないなあ。そだ、どうせなら同じ内容を中等部でも流して」

「やーーめーーてええええええ」

 簡単に自分のプライバシーを切り売りしようとするんじゃあない! このアマ、自爆◯ガンテにためらいが無さすぎる。

 どうやら俺にとって最大の災厄は、前世の宿敵たちではなく実の妹だったようである。"光の聖女"の手によって、明日からの学園生活がいよいよ闇に閉ざされようとしている。誰かたすけて。

「……な、なんやメルティアはん、前世とはちょっと性格違わへんか?」

 俺と光琉のやり取りをかたわらで聞いていた竜崎が、当惑したような声を出した。ようやく我が妹の本性に気がついたらしい。

「ええ、変わったわね。とても同一人物とは思えないわ」

 奥杜おくもり相槌あいづちには、これ以上ない実感がこもっていた。

「ま、うちも他人ひとのことはよう言えんか。それにあんたやサリス……真人はんも、前世とは性格かけ離れとるようやしな」

 その点は自覚している。前世の姿が思い出せない小吉については何とも言えんが、この場に集まった他の4人は4人とも、前世とはまるで別人になっている。

 ……いや、まぎれもなく"別人"なのか。やはり前世は前世でしかなく、今の人格はあくまでこれまでの現世の人生で培われてきたものに他ならない、ということだろうか。

「ええやないの、今生こんじょうの聖女さまは親しみやすうて。うちはすっかり気に入ってもうたわ」

 アホの本性を、竜崎は意外なほど好意的に受け止めたようだ。親しみやすい、かなあ。

「もの好きね……まあ、近寄り難さとは無縁のキャラクターであることは認めるわ」

 奥杜まで何やらツンデレじみた反応を示す。皆、光琉に対して甘すぎない? やはりここは兄として、俺だけでも厳しく接しなければならんな、うん。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

虚弱な兄と比べて蔑ろにして来たクセに、親面してももう遅い

月白ヤトヒコ
恋愛
毒親に愛されなくても、幸せになります! 「わたしの家はね、兄上を中心に回っているんだ。ああ、いや。正確に言うと、兄上を中心にしたい母が回している、という感じかな?」 虚弱な兄上と健康なわたし。 明確になにが、誰が悪かったからこうなったというワケでもないと思うけど……様々な要因が積み重なって行った結果、気付けば我が家でのわたしの優先順位というのは、そこそこ低かった。 そんなある日、家族で出掛けたピクニックで忘れられたわたしは置き去りにされてしまう。 そして留学という体で隣国の親戚に預けられたわたしに、なんやかんや紆余曲折あって、勘違いされていた大切な女の子と幸せになるまでの話。 『愛しいねえ様がいなくなったと思ったら、勝手に婚約者が決められてたんですけどっ!?』の婚約者サイドの話。彼の家庭環境の問題で、『愛しいねえ様がいなくなったと思ったら、勝手に婚約者が決められてたんですけどっ!?』よりもシリアス多め。一応そっちを読んでなくても大丈夫にする予定です。 設定はふわっと。 ※兄弟格差、毒親など、人に拠っては地雷有り。 ※ほのぼのは6話目から。シリアスはちょっと……という方は、6話目から読むのもあり。 ※勘違いとラブコメは後からやって来る。 ※タイトルは変更するかもしれません。 表紙はキャラメーカーで作成。

処理中です...