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第65章:隠し事をされるのは愉快ではない、けどね(自重)②
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「え、エウレネ様が現世での2人の協力者に、あなたを選んだというの!? なぜ竜人の、それも魔王軍の幹部まで務めたあなたを……」
「さあ、光の女神さまにどんな深謀があるのか、うち如きにははかれんわ。ただうちは告げられただけや。転生前、魂の状態で天界におるときにな」
竜崎は瞬間、記憶をさぐるように視線を宙に彷徨わせる。それから舞台女優さながらに、朗々とハスキーな声を張りあげた。
「「さまよえる竜人の子よ、汝は地球に人の子として生まれ変わり再びサリス、そしてメルティアと巡り合う宿命。フェイデア侵攻を断念した邪神の僕たちは次なる矛先を地球に定め、その時サリスたちの新たな闘いが幕を開けることになるであろう。汝は人の身に宿した竜人の力もて、勇者と聖女を輔弼する片翼となれ。さすれば汝の罪はあがなわれ、魂は浄化されん」……こんな感じやったかな?」
まーた女神のキャラが変わってやがる。今度は怪しい宗教家みたいな言い回しになってんじゃねえか!
どうも神の威厳を示そうと、無理して慣れない口調でしゃべろうとした魂胆が透けて見えるな……昨日の朝は光琉が聖女っぽい口をきこうとして敬語に四苦八苦していたし、あの女神にしてこの聖女あり、か?
とはいえ、その内容自体は奥杜が告げられたこととほぼ酷似していた。奥杜が女神に授かった使命を軽々と他人に吹聴するはずがないし、適当にでっち上げてたまたま内容が重なったなどとは余計に考えられない。竜崎が本当のことを言っていると、どうやら信じるしかないようだ。
「まあ魂が浄化されるかどうかはどうでもよかったんやけどな、これはうちにも願ったりの申し出だったわ。来世でとはいえ、サリスはんに恩を返すことができるんやからな」
視界の隅で、小吉焔が苦々しげに眉をしかめるのがわかった。先刻竜崎にたしなめられていなければ、「あんな奴(=サリス)に恩を感じる必要などありません!!」と叫びたかったに違いない。
「これでうちの現在の立場が理解してもらえたやろ。さて、そこで我が同志の魔女はんにひとつ聞きたいことかあるんやが」
「同志って、私はまだ……」
「あんたは、前世のうちらのことをおぼえとるんやな? 大戦後の顛末や、その最期も含めて」
竜崎にそう訊かれて、奥杜は虚をつかれたように眼を点にした。
「……ええ、おぼえているわよ。当たり前でしょう」
「ところが、そう当たり前の話でもなさそうなんや。何せ肝心の恩人が、うちらを助けたことを忘れとるときた」
竜崎がまたしても揶揄するような一瞥を俺に投げかけてきた。これは相当、根に持たれているな……
「俺は昨日の朝、自分が前世で勇者だったことを思い出したばかりなんでね。まだ随分、記憶に靄がかかってるんですよ。もう少し時間が経ったら、よりはっきり思い出せるかもしれませんが」
俺が言い訳がましく釈明すると、今度は奥杜にキッとにらまれた。
「天代くん、迂闊に情報を与えないで! この人たちはまだ、」
「大丈夫だ」
竜崎の言い分をすべて鵜呑みにするわけではないが、少なくとも今現在こちらに敵意がないことは確信できる。それに、仮に敵だったとしても、この程度の情報だったら与えても差し支えないだろう。
「なるほど、前世の記憶を取りもどしたばかりか……メルティアはん、いや、光琉ちゃんの方はどうなんや?」
やはりというか、すでに光琉の名前も調べ上げていたようだ。
「光琉が思い出したのも昨日ですよ。俺とほぼ同じタイミング、かな?」
俺が応えると、竜崎は右手をあごに当てて何やら考えこみ始めた。
「ほぼ同時、か……にも関わらず記憶の明晰さには大分差があるようやな。光琉ちゃんはうちらのことをしっかりおぼえとるのに、真人はんは中途半端な認識しかない。これはちと奇妙やないか?」
前世について俺より光琉の方がはっきりとした記憶を有していることについては、癪ではあるが「そういうものなんだろう」と思ってこれまで流してきた。だが竜崎は、その点に引っ掛かりを感じたらしい。
「そもそもうっかり忘れるにしては、事が大きすぎるで。自分が生命を落とした遠因やないか、うちらを助けた一件は」
「記憶に何らかの制限がかけられている、と考えるべきでしょうね。それも意図的に」
竜崎の疑問に応えたのは奥杜だった。女子ソフトキャプテンは、意外そうに我がクラスの風化委員の様子をうかがう。
「何や、うちと口きいてくれるんか。仲間と認めてもらえたゆうことでええんかな?」
「……完全に信用したわけじゃないわ。ただこの件に関しては、私も昨日から気にはなっていたの」
そう言うと、なぜか奥杜は呆れたようなまなざしを俺に向けてくる。今日この場所において、女性陣からこの類の視線を投げかけられたのは何度目だろうか。皆、ちょっと俺にきびしすぎない?
「誰かと討論して仮説を立てたいと思っていたのだけど、肝心の本人が全く気にしてないんだものね……正直、持て余していたのよ」
「なるほど、それで一時的な相談相手にうちを選んでくれたわけやな。光栄やわ」
何にせよ、コミュニケーションの糸口が見つかったのは結構なことだ。
「けど討論言うても、あんたの中ではもうある程度仮説とやらができてるんやないか? おそらく、うちが考えてるんと同じものが」
奥杜は無言を以って、肯定の意を示した。
「サリスはんの記憶には手が加えられている。そしてそんな真似をしたんは、」
「"光の女神"エウレネ、で間違いないでしょうね」
「それしか考えられんわな。他にできる者がいたとも思えんし。では女神はんが、記憶を一部封印した動機は?」
「断言はできないけど、おそらく天代くんがあのことを思い出さないようにするためだと思うわ」
奥杜と竜崎の会話はツーカーで進んでいるように見える。お前ら、実は気が合うんじゃないか?……いや、そんなことより。
女神が俺の記憶に封印をかけた? 2人が導きだした結論に、俺は驚愕せずにはいられなかった。しかもその理由についても、奥杜には見当がついているようなのだ。
……急に息苦しさをおぼえた。何だ、俺はまだ何か、前世の自分に関する重大なことを、思い出せないままでいるのか?
「サリスがあなたたち竜人を保護した記憶が残れば、なし崩し的にその動機の根元、何故そんなことをしたのかまで思い出してしまうかもしれない。エウレネ様はその点の記憶だけは、取り除いておきたかったんじゃないかしら。天代くんの心が受け止めきれるかわからないし、最悪サリスの真の力が暴走して……」
「ダメ!」
突如光琉が大声をあげ、推論をとうとうと述べる奥杜を制した。先ほどの聖女然とした佇まいなどかなぐり捨てた、切羽詰まった様子だった。
「それ以上はダメ。思い出しちゃうかも……しれないから……」
光琉が俺を見つめてきた。その真剣で愁いをはらんだ眼差しに、思わずどきりとしてしまう。
「光琉さん、でも、それは」
「わかってる、自分が無理を言ってるって。多分あたしたちがどう頑張っても、遠からずにいちゃんは思い出すことになると思う。サリスさまとして闘う以上、あの記憶は避けて通れないから……でも今はダメ、もう少しにいちゃんに時間をあげて。こころの準備をさせてあげなきゃ!」
光琉の切々とした訴えに、奥杜も竜崎も口をつぐんだ。
妹が俺に対して、何かを隠しているのはもはや疑いようがない。もちろん気にはなったし、「おい、俺だけ仲間はずれかよ」くらいの軽口を叩く権利は俺にもあるはずだった。だが俺は、そうしなかった。
普段アホばかりやっている妹にここまで真剣な顔をされてしまっては、茶化す気にもなれないものだ。何より(まだよく飲み込めていないのだが)俺に隠し事をするのは、俺を慮ってのことらしいではないか。俺のためを思えばこそ、光琉は心を砕いてくれているのだ。
であれば、その気持ちを無碍にするわけにはいかない。聖女が今はまだ俺に告げるべきではないと判断したからには、ひとまず好奇心を抑えるべきだろう。遠からず知ることになる、とも言っていることだし。
「……そうやな、今はこの話は、ここまでにしとこか」
竜崎が話をまとめるようにそう言うと、光琉は安堵の表情を浮かべた。
「さあ、光の女神さまにどんな深謀があるのか、うち如きにははかれんわ。ただうちは告げられただけや。転生前、魂の状態で天界におるときにな」
竜崎は瞬間、記憶をさぐるように視線を宙に彷徨わせる。それから舞台女優さながらに、朗々とハスキーな声を張りあげた。
「「さまよえる竜人の子よ、汝は地球に人の子として生まれ変わり再びサリス、そしてメルティアと巡り合う宿命。フェイデア侵攻を断念した邪神の僕たちは次なる矛先を地球に定め、その時サリスたちの新たな闘いが幕を開けることになるであろう。汝は人の身に宿した竜人の力もて、勇者と聖女を輔弼する片翼となれ。さすれば汝の罪はあがなわれ、魂は浄化されん」……こんな感じやったかな?」
まーた女神のキャラが変わってやがる。今度は怪しい宗教家みたいな言い回しになってんじゃねえか!
どうも神の威厳を示そうと、無理して慣れない口調でしゃべろうとした魂胆が透けて見えるな……昨日の朝は光琉が聖女っぽい口をきこうとして敬語に四苦八苦していたし、あの女神にしてこの聖女あり、か?
とはいえ、その内容自体は奥杜が告げられたこととほぼ酷似していた。奥杜が女神に授かった使命を軽々と他人に吹聴するはずがないし、適当にでっち上げてたまたま内容が重なったなどとは余計に考えられない。竜崎が本当のことを言っていると、どうやら信じるしかないようだ。
「まあ魂が浄化されるかどうかはどうでもよかったんやけどな、これはうちにも願ったりの申し出だったわ。来世でとはいえ、サリスはんに恩を返すことができるんやからな」
視界の隅で、小吉焔が苦々しげに眉をしかめるのがわかった。先刻竜崎にたしなめられていなければ、「あんな奴(=サリス)に恩を感じる必要などありません!!」と叫びたかったに違いない。
「これでうちの現在の立場が理解してもらえたやろ。さて、そこで我が同志の魔女はんにひとつ聞きたいことかあるんやが」
「同志って、私はまだ……」
「あんたは、前世のうちらのことをおぼえとるんやな? 大戦後の顛末や、その最期も含めて」
竜崎にそう訊かれて、奥杜は虚をつかれたように眼を点にした。
「……ええ、おぼえているわよ。当たり前でしょう」
「ところが、そう当たり前の話でもなさそうなんや。何せ肝心の恩人が、うちらを助けたことを忘れとるときた」
竜崎がまたしても揶揄するような一瞥を俺に投げかけてきた。これは相当、根に持たれているな……
「俺は昨日の朝、自分が前世で勇者だったことを思い出したばかりなんでね。まだ随分、記憶に靄がかかってるんですよ。もう少し時間が経ったら、よりはっきり思い出せるかもしれませんが」
俺が言い訳がましく釈明すると、今度は奥杜にキッとにらまれた。
「天代くん、迂闊に情報を与えないで! この人たちはまだ、」
「大丈夫だ」
竜崎の言い分をすべて鵜呑みにするわけではないが、少なくとも今現在こちらに敵意がないことは確信できる。それに、仮に敵だったとしても、この程度の情報だったら与えても差し支えないだろう。
「なるほど、前世の記憶を取りもどしたばかりか……メルティアはん、いや、光琉ちゃんの方はどうなんや?」
やはりというか、すでに光琉の名前も調べ上げていたようだ。
「光琉が思い出したのも昨日ですよ。俺とほぼ同じタイミング、かな?」
俺が応えると、竜崎は右手をあごに当てて何やら考えこみ始めた。
「ほぼ同時、か……にも関わらず記憶の明晰さには大分差があるようやな。光琉ちゃんはうちらのことをしっかりおぼえとるのに、真人はんは中途半端な認識しかない。これはちと奇妙やないか?」
前世について俺より光琉の方がはっきりとした記憶を有していることについては、癪ではあるが「そういうものなんだろう」と思ってこれまで流してきた。だが竜崎は、その点に引っ掛かりを感じたらしい。
「そもそもうっかり忘れるにしては、事が大きすぎるで。自分が生命を落とした遠因やないか、うちらを助けた一件は」
「記憶に何らかの制限がかけられている、と考えるべきでしょうね。それも意図的に」
竜崎の疑問に応えたのは奥杜だった。女子ソフトキャプテンは、意外そうに我がクラスの風化委員の様子をうかがう。
「何や、うちと口きいてくれるんか。仲間と認めてもらえたゆうことでええんかな?」
「……完全に信用したわけじゃないわ。ただこの件に関しては、私も昨日から気にはなっていたの」
そう言うと、なぜか奥杜は呆れたようなまなざしを俺に向けてくる。今日この場所において、女性陣からこの類の視線を投げかけられたのは何度目だろうか。皆、ちょっと俺にきびしすぎない?
「誰かと討論して仮説を立てたいと思っていたのだけど、肝心の本人が全く気にしてないんだものね……正直、持て余していたのよ」
「なるほど、それで一時的な相談相手にうちを選んでくれたわけやな。光栄やわ」
何にせよ、コミュニケーションの糸口が見つかったのは結構なことだ。
「けど討論言うても、あんたの中ではもうある程度仮説とやらができてるんやないか? おそらく、うちが考えてるんと同じものが」
奥杜は無言を以って、肯定の意を示した。
「サリスはんの記憶には手が加えられている。そしてそんな真似をしたんは、」
「"光の女神"エウレネ、で間違いないでしょうね」
「それしか考えられんわな。他にできる者がいたとも思えんし。では女神はんが、記憶を一部封印した動機は?」
「断言はできないけど、おそらく天代くんがあのことを思い出さないようにするためだと思うわ」
奥杜と竜崎の会話はツーカーで進んでいるように見える。お前ら、実は気が合うんじゃないか?……いや、そんなことより。
女神が俺の記憶に封印をかけた? 2人が導きだした結論に、俺は驚愕せずにはいられなかった。しかもその理由についても、奥杜には見当がついているようなのだ。
……急に息苦しさをおぼえた。何だ、俺はまだ何か、前世の自分に関する重大なことを、思い出せないままでいるのか?
「サリスがあなたたち竜人を保護した記憶が残れば、なし崩し的にその動機の根元、何故そんなことをしたのかまで思い出してしまうかもしれない。エウレネ様はその点の記憶だけは、取り除いておきたかったんじゃないかしら。天代くんの心が受け止めきれるかわからないし、最悪サリスの真の力が暴走して……」
「ダメ!」
突如光琉が大声をあげ、推論をとうとうと述べる奥杜を制した。先ほどの聖女然とした佇まいなどかなぐり捨てた、切羽詰まった様子だった。
「それ以上はダメ。思い出しちゃうかも……しれないから……」
光琉が俺を見つめてきた。その真剣で愁いをはらんだ眼差しに、思わずどきりとしてしまう。
「光琉さん、でも、それは」
「わかってる、自分が無理を言ってるって。多分あたしたちがどう頑張っても、遠からずにいちゃんは思い出すことになると思う。サリスさまとして闘う以上、あの記憶は避けて通れないから……でも今はダメ、もう少しにいちゃんに時間をあげて。こころの準備をさせてあげなきゃ!」
光琉の切々とした訴えに、奥杜も竜崎も口をつぐんだ。
妹が俺に対して、何かを隠しているのはもはや疑いようがない。もちろん気にはなったし、「おい、俺だけ仲間はずれかよ」くらいの軽口を叩く権利は俺にもあるはずだった。だが俺は、そうしなかった。
普段アホばかりやっている妹にここまで真剣な顔をされてしまっては、茶化す気にもなれないものだ。何より(まだよく飲み込めていないのだが)俺に隠し事をするのは、俺を慮ってのことらしいではないか。俺のためを思えばこそ、光琉は心を砕いてくれているのだ。
であれば、その気持ちを無碍にするわけにはいかない。聖女が今はまだ俺に告げるべきではないと判断したからには、ひとまず好奇心を抑えるべきだろう。遠からず知ることになる、とも言っていることだし。
「……そうやな、今はこの話は、ここまでにしとこか」
竜崎が話をまとめるようにそう言うと、光琉は安堵の表情を浮かべた。
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